プロローグ
「勝った・・・のか?」
俺は放心したままディスプレイの中で、倒れた敵プレイヤーがバトルフィールドから消えるのを見た。マウスを握る手が緊張に震えている。
《勝者:ヒビキ》
そして、短い通知音声。このゲームでお世話になっている女性の声だ。
その瞬間、すさまじい歓声が円形闘技場を揺るがした。
観戦していた数万人のプレイヤーがエモで総立ちになって俺に拍手を送り、公開チャットの白い文字は爆発したように流れ、同時に秘密チャットの赤い文字に賞賛の嵐が巻き起こった。
《ヒビキ! 世界一おめでとう!》
《マジか! モンクで勝ったのか! つかそのスキルなんだよ!》
《ヒビキさんおめでとうございます!》
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一緒に遊んだフレンドからのチャット。フレンド登録をしていない人からも無数に送られてくる。
ようやく勝てた実感がわいてきた。恥ずかしくも俺は部屋の中で叫んだ。この際近所迷惑なんて関係なく、勝利の雄叫びを上げた。
なにせ世界一になったのだから。
ラグナロク・バトル・オンライン。
世界一を誇る剣と魔法のオンラインゲームだ。自由自在なキャラクター制作、数豊富な種族、異常なまでに大きなフィールド、バランスのいい戦闘と生産システム。純粋に高難易度のダンジョン攻略や超大規模ギルド戦を楽しむもよし、生産でオンライン内経済のドンになるのもよし、新たなスキルを自分で作り道場を開くのもよし、開発可能なフィールドで自分たちの町を築くのもよし、のんびりほのぼの楽しむのもよし。VRではないが、現実に可能なことはほとんどできるといっても良いほどの自由度を誇るオンラインゲーム。
そのオンラインが大規模アップデートのコマーシャルで開いた対人戦闘の世界格闘大会。俺はその大会でいままさに世界最強になった。
画面は完全に俺の手から離れている。
会場の空に初公開のグランドマスターの神オーディーンが現れて、俺に祝いの言葉を述べつつ専用イベントで授賞式を行っていた。グランドマスターは神様だけあって、見たこともない煌びやかな装備を付けた白髪の威厳ある老戦士だ。
それをフレンドたちとチャットで会話しながらわいわいと観賞する。
五年かけて育てた自分の分身が褒められることは嬉しいが、現実の俺は荒んだ男の一人暮らしの部屋でジュース片手にジャージ姿だ。二十代半ばですでに窓際族に追いやられた俺が誇るべきはゲームの腕ぐらい。
まあ、それも結構裏技的なところはあるけど。
本来、スキルというのは製作側が用意するのが当たり前だが、俺の場合はすべてのスキルを自作している。これは流派製作システムといって、バランスのとれた製作側のスキルをこちらでいじくって新たなスキルを作ることができる。厳しい条件や製作側の許可がなければできないことなので非常に面倒な手順を踏むが、開祖になれば道場を開けるのでマイナーなプレイヤーがネタ的に作るのだ。
それを俺は三年かけて真剣に作った。
しかも誰にも秘密にしてコツコツとソロで練習して。
ほとんどのプレイヤーはレベル上げにいそしむところだが、俺はその自作スキルを趣味で楽しんでいた。だけど今回の大会はレベル一律、装備一律、純粋なプレイヤースキル勝負というなんともフェアな大会になったものだから俺がかなり有利となった。
なにせ、ほとんどのスキルやコンボ技は攻略サイトに載って対策を取られているのだ。俺の自作スキルはその対策がない。予選では死ぬほど頑張って既存のスキルで勝ち越したが、本戦に入って自作スキルを惜しげもなく披露し、相手をはめていった。コレが気持ちいいこと気持ちいいこと。相手は初見のコンボ技に見事にはめられ撃沈していく。防御力の高い騎士などに苦戦したが、こちらは回避と攻撃力特化のモンク。攻撃は当たらないので時間をかけて倒していった。
まあそれでも流石世界大会。
後半戦になると数少ない情報から対策を早々に立てて反撃してくる。決勝戦の相手などHPが二桁単位での紙一重の勝負となったわけだ。予選と本選が土日の二日で終わってくれて本当によかった。そのおかげでどれほど対戦したかわからないけど。分刻みだし。
モンク職は全戦闘職中最弱といわれる代わりに自作スキルを比較的楽に作ることができる。
おそらく次はないだろう。自作スキルなんて裏技はこの大会で広まり、対策がなされていく。高レベルプレイヤーは対人戦での初見殺しを考慮して、予選からもっと白熱したバトルが展開し俺など紙切れのように吹き飛ばされるのだ。
それはいい。棚からぼた餅のように舞い込んだ世界最強の称号。しかも初大会優勝だ。この快挙はラグナロク・バトル・オンラインのサービス終了まで語り継がれて、攻略サイトには俺のキャラクターネームが刻まれる。
すでに有名攻略サイトの管理人からスキルを公開してくれなかと催促のチャットが舞い込んでいた。ついでにインタビューがしたいなんてことも。
インタビュー?
俺が?
いや、それはちょっと恥ずかしいな。
適当にはぐらかしつつ返信と。
そうこうしていると、盛大な授賞式が終わりグランドマスターから装備品を渡された。
《オリハルコンナックル》
おお。なんか強そう。
どうやらゲーム内でもたった一つのユニーク装備らしい。
というかユニーク装備なんてこのゲームには腐るほどある。高レベルの生産職が無駄に凝り性でグラフィックから作るのだ。グラフィックの刃の反り方が違うだけで微妙な攻撃力が変わったり、柄の長さが一センチ違うだけでもスキルの発動時間がコンマ違ったり、そもそも武器リストにないような形状の武器まで作ることができるので生産職のブラックスミスは嬉々として楽しんでいる。
てかゲーム制作会社も凝り過ぎだよ。
まあ、たぶん大会優勝者だけに与えられる武器だからきっとすごいと思う。
ダンジョンで性能を試して使えるようだったら、専用武器にしよう。
あ、フレンドと一緒にダンジョンに潜ってお披露目会でもするか。
ディスプレイの中の俺はグランドマスターに渡されたオリハルコンナックルを天高く掲げて、かっこよく吠えている。
つか、こいつと交代できないだろうか?
現実の俺はジャージ姿で暗い部屋の中、ディスプレイ画面の明かりをにらめっこしてるだけだし。緊張が抜けて一気に眠いからちょっと目がシパシパするし。
よく考えたら金曜日から三日間一睡もしていない。大会間近だということで練習用の人形をぶったたきすぎた。不安と緊張で練習していないと落ち着かなかっただけなのだが。
しかも専用イベント長いな。チャットがなければ俺はきっと寝ていたかもしれん。
すごく嬉しいが今の俺はものすごく眠い。フレンドから遊びの催促が山のように来ているので、この後は朝までかかりそうだ。
その前に二時間、いや三十分でもいい。ベッドで休憩したい。
お、グランドマスターが大会の閉会を宣言して天上界へと帰っていく。
やっとか・・・。
ん?
キャラクターは大会控え室ではなく俺のホームに戻っているし。
《グランドマスターからプレンゼトがアイテムボックスに入っています》
そうか。装備品もらえたけどアイテムボックスに入っているのか。その辺はプレゼント支給と同じなんだな。
オリハルコンナックルを確認して少し休憩でもするとしよう。
俺は部屋の中にある宝箱をクリックして、アイテムを確認した。
《オリハルコンナックル》
・プレイヤーの魔力で攻撃力を高める武器。稀少な魔力変換鉱石オリハルコンを使っているため打撃力を向上させる。進化により形状を変更可能。専用スキル《ナックルブラスター》。
専用スキル《ナックルブラスター》
・魔力量によって単体最大攻撃力を誇る。切り替えによって範囲攻撃可能。吹き飛ばし効果任意。
マジで?
これMP馬鹿食いするけど魔法使いの中級範囲魔法並の範囲攻撃ができる。ダンジョンで使えない子モンクの汚名返上ぐらいにはなるスキルだ。MPなんぞモンクが使うこともないので痛くもかゆくもないし、チャージタイムが長いのが難点だが魔法使いのように詠唱で動きが止まることもない。ボコスカ敵を殴っている間に溜まる。単体攻撃につかってもコンボ一巡ぐらいのダメージソースにはなるし、初撃に使った後コンボにつなげて、チャージが終了してまたブラスター・・・。しかも大技にあるようなコンボを妨げる吹っ飛び効果もなしにできるし。なんだこの神スキル。一応、このスキルは魔法攻撃判定になるみたいだ。
ナックル自体は拳を覆うようなごく普通の手甲みたいな感じ。もっとカッコイイグラを期待したが、まあいいか。魔力を消費すれば攻撃力上がるみたいだし。
使えるな。
うん、すげー使うのが楽しみだ。
早速装備してと。
あれ?
アイテムボックスに見知らぬ装備品がまだある。
《自動進化型高機動戦闘用ヒーロースーツ初期装備一式》
初期タイプ:タイツ(部分装備不可、譲渡不可)
頭装備 ヒーローヘルム
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力向上、視覚状態異常無効、サポートAI搭載
胴装備 ヒーロースーツ
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力向上、自動HP回復、自動MP回復、自動SP回復、地形効果半減、状態異常抵抗中
手装備 ヒーローグローブ
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力、器用さ向上
帯装備 ヒーローベルト
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力向上、ヒーロースーツ着脱システム搭載
脚装備 ヒーローホーズ
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力、素早さ向上
脚装備 ヒーローブーツ
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力、移動速度、脚部攻撃向上
首装備 ヒーローチョーカー
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力向上、進化によって武器化可能
耳装備 ヒーローイヤリング
使用者のレベルに応じた魔法抵抗と物理防御力向上、長距離念話可能
「なんだこれ?」
出てくる説明欄を見ながら思わず声が出た。
いや、装備品としてはかなり強いというか色々とぶっ壊れた性能がすごすぎる。
そしてツッコミどころが多すぎる。
ヒーロースーツって・・・。
念話ってなんだ? チャットのことか? サポートAI搭載ってのもよくわからん。
しかも最後に
呪い:スーツを使用していることを他者に漏らしてはいけない。公衆の中では変身不可。
まったくもってよくわからん。強すぎる装備だから他のプレイヤーにバラすなってことか?
まあ、この能力みたらすぐさま色々と騒ぎになるし、わからなくもないが・・・。
グラフィックがなぁ。
だってこのヒーロースーツは見た目がネタだ。メタリックホワイトとレッドでできた全身タイツだぜ? ヒーローを謳っているだけあって某特撮系のヒーローぽくはあるが、あまりにもダサすぎる。コレを着て喜ぶなんてどんな変態だよ。
でもさっきからチャットで装備品を見せろとフレンドたちから矢の催促。
休憩してから溜まり場に行くことを返信。
ま、せっかくだしコレ着て後で驚かせるのもありか。呪いだとかいってるけど、所詮ゲームだ。まあいいか。
てなことで、ヒーロースーツ一式とやらをポチりポチりと装備する。
うん。やっぱりダサい。全身タイツだから俺なんて絶対分からないだろう。ご丁寧にキャラクターネームが空白だ。
さて、休憩しますか。
椅子から立ち上がって、大きくのびをした。
眠い。めちゃくちゃ眠い。携帯のタイマーを一時間後にセットして、ベッドにダイブ。 久しぶりの布団と達成感でニヤニヤすると声が聞こえた。
《ヒーロースーツの装着を確認しました。転送システムを起動します》
え? いつもスピーカーから聞こえてくる合成音が何故か頭の中で鳴っている。
《システムオールグリーン。・・・転送開始》
その瞬間、ベッドがまぶしい光に包まれた。
◆
「フレイ。転送は完了したか?」
「はい。滞りなく」
「ガイヤへは漏れてはおらんだろうな」
「干渉は閾値以下です。問題ないかと」
「よし。ならばあとは送った魂の成長を見届るだけだな。果たして何人が到達できるか楽しみだ」
「・・・一つ問題が」
「ん? なんだ? 申してみよ」
「はい。それが転送システムに一部介入したものがありまして転送先が変更されたようです」
「ほう。システムに介入か。して、その魂の転送先は?」
「それが・・・大陸中央の戦場跡地。アンデッドのダンジョン内です」
「低レベルでは手が出せんな。その魂の監視は切っておけ。死んだものと見なして良い」
「畏まりました」