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エル商会

「なんだこりゃ……」


 エスタトゥアは呆気に取られていた。それは目の前の光景に見惚れていたのである。

 ちなみに彼女は薄緑色のドレスを着ていた。そのうえでエプロンとメイドキャップを身に付けている。まるで森の妖精みたいな衣装であった。

 エル商会の制服だ。ここに来て一週間後、ブランコからきっちり躾けられていたのだ。もらった猫に便所と寝床を教え込むように徹底的にだ。

 ブランコはかわいいものに目がないが、勉強に関しては厳しかった。怒鳴りつけることはしないが、間違えばじろりと蛇の眼でにらみつけるので失敗できなかった。

 もっともわかりやすく間違いを指摘しているので、同じ轍は踏まなかったのだ。できなかったことができるようになる喜びを教えてもらっていたからだ。

 そうなると覚えることが楽しくなり、一通りの規則を覚えることができた。


 さてエスタトゥアは何を見ていたのだろうか。それは人の波である。滅んだが自分の村ではありえない人の数だ。プリメロの町並の多さであった。

 エス商会は昔司祭が使った家を改良した店だ。玄関は大きく改良され、多くの人が入れるようになっている。

 壁を取り払われ、客がゆったり座って休める施設が作られていた。丸い机に椅子が囲まれていたり、大きなゆったりとしたソファーが備え付けてある。

 もちろん便所も用意されており、臭い対策の花が大量に飾られていた。

 

 彼らが手にしていたものはハンバーガーという食べ物だった。

 家族連れや若者たちがおいしそうに食べている。木製のカップには果物のジュースが満たされていた。

 店員に注文すればすぐに作ってくれる。出来立てが食べられるのだ。


 売られている品物は豊富であった。

 使っている肉はアライグマやイノブタ、ヌートリアなど、狩猟で得られた肉を買い取り、ハンバーグにしていた。

 それにレタスやトマトが挟まれている。他にもインドクジャクの目玉焼きが入ったものや、ヤギウシのチーズな挟むものもある。

 さらにインドクジャクの肉をから揚げにして甘いタレをつけたものや、アメリカザリガニのカツを挟んだものもあった。


 どれもエスタトゥアは昼食として食べたが、あまりのうまさに感動したものだ。

 新鮮なレタスやトマトは屋敷に作られた冷蔵庫なるもので保管されているという。

 畑から獲って数か月と聞いたときは驚いたものだ。


「研修でちらっと見たけど、実際に店内に入ると圧倒されるな」


 エスタトゥアは感心するようにつぶやいた。ブランコに北区を案内されたが、プリメロの町以上の熱気を感じた。ただ人が多いだけではない、何かしら力強さがあるのだ。

 それはこの町で一旗を揚げようとする者や、それを利用して商売をするものがみっすくジュースのように入り混じり、想像以上の味が生まれているようなものである。

 この店にはその熱気がそのままやってきたような気がする。


「なのなの~♪ このおみせはと~~~ってもしゅごいなの~!」


  エスタトゥアに声をかけた者がいる。それはリスの亜人の女の子だった。

  正確にはシマリスの亜人である。

  シマリスはリス科の哺乳類である。体は黄褐色で背に黒い縦縞が5本ある。

木によく登るが、巣穴は地中に掘るのだ。


 背丈は十歳のエスタトゥアの半分しかない。着ているものはエスタトゥアと同じものだが、どことなくぬいぐるみのような印象を受ける。

 耳の位置は人間と同じで、目は黒くくりくりとした愛らしい印象があった。

 後ろにはしっぽが出ており、ほうきのように太く、フリフリと揺らしていた。


 彼女の名前はポニト。六歳だがエスタトゥアと同じ商業奴隷である。といっても両親はこの店で働いているのだが。


「それにだんなしゃまもしゅごいなの~! パパもママもしゅごくほめてたなの~!」


 ポニトは舌足らずな口調で主であるラタジュニアを絶賛していた。語彙が少ないのが難点だが、慕っている気持ちはよく伝わってくる。


 ブランコから説明されたが、この店はハンバーガーを売る店だ。だがそれだけではなく、主であるラタジュニアが自ら行商に出向くという。

 オルデン大陸にある村を回り、珍しい商品を買い付けに行くそうだ。

 ちなみにハンバーガーの材料はすべてコミエンソ中心で仕入れている。

 地産地消といい、近場の農家や猟師と契約し、定期的に野菜や肉を入手しているのである。


 ちなみに従業員は近くにある商店街から引き抜かれていた。全員借金を盾にされていた。

 彼らは全員生活無能者であった。職人としての腕は天下一品だが、商売人としては子供以下だったのである。

 ラタジュニアは十五歳のときから商売をしていた。まず貧しい店に自分のアイデアを売り込んだ。

 それがハンバーガーである。それを売り出したところ大ヒットした。

 使う野菜や肉は商店街から仕入れたものだ。それも安く仕入れたのである。


 もちろん契約書は交わしている。売上金はすべてラタジュニアのものであり、店側には決められた金額しか払わなかったのである。

 もっとも依然と比べればはるかに上回る金額だが、店主としてはたまったものではない。

 自分の店なのに自由にならないことに腹を立てていたのだ。だが契約書には勝てない。泣く泣くあきらめる羽目になった。

 ただし奥方たちはきちんと金を管理してくれているので感謝していた。


「けどなぁ、店を奪うなんてすごすぎだろ?」


 エスタトゥアは感心していた。あの男は結構お人よしかと思っていたが、意外にやり手であったことに驚いたのだ。

 ポニトは店を奪われた店主の娘であった。父親は人間でパン職人だったが博打好きでパンをこねるより金を賭けるのが大好きなのである。

 店を奪われて以降、毎月決められた金額しかもらえなくなった。店は別に雇った奴隷が働いている。奴隷なので売るものは安い。労働者などが腹いっぱい食べたいためによく通っていた。

 売上金はもちろんラタジュニアの物である。洋服屋や陶器屋なども定期的に制服や新しい皿などを仕入れており、商店街に仕事を与えていたのだ。

 

「でもママはよろこんでたなの。パパはおうまさんやサイコロをてにできなくなって、ぷりぷりなの。でもママはよろこんでたなの~」


 ポニトが無邪気に笑っていた。家族間は不穏なものがある。

 ちなみに子供はすべて商業奴隷にしたのは児童虐待を防止するためだ。

 所有権はすべてラタジュニアにある。自分の子供でも傷つければラタジュニアの物を傷つけたことになるのだ。

 そうなればそいつは矯正奴隷と呼ばれる身分になってしまう。


 矯正奴隷は遠いオラクロ半島やナトゥラレサ大陸に送られる。そして毎日厳しい労働に使われるのだ。それは馬車馬の如くである。日曜に勉強を教えることになっていた。

 何年か経ち、既定の金を貯めれば解放されるが、二度とオルデン大陸には戻れない。

 新しい人生へ旅立てるための配慮であった。


 ちなみにエル商会でも自分の子供を虐待した夫婦が二組おり、いずれも矯正奴隷として引っ張られていった。

 これが大手のフレイア商会やフレイ商会だと二桁は軽い。

 さすがに矯正奴隷の末路を知れば、虐待などやりたくなくなるのだ。

 もちろん博打や酒以外にフォローをしており、きちんと従業員を支配することも店主として重大である。


「しっかし、知れば知るほどあいつってすごい奴だったんだな。最初はお人よしな奴かと思っていたけどな」

「むー、だんなしゃまをあいつよばわりだめなのー! ポニトぷんぷんなのー!」

 

 ポニトは敬愛する旦那様が侮辱されたことが気に入らないようだ。

 だが怒る姿は愛らしい。とても畏怖は感じない。

 そこへブランコがやってきた。


「はいはい。おしゃべりはそこまでにしなさい。勤務中ですよ」

「あっ、ブランコしゃまなの~。おはようございましゅ~」

「はい。おはようございます。あいかわらずポニトはかわいいわね」


 そう言ってブランコはポニトの頭を撫でた。

 ポニトは頬を真っ赤にして嬉しそうである。

 その様子を見てエスタトゥアは疑問に思った。


「なあ、ブランコ」

「さん付けで呼びなさい!!」

「ブランコさん、よろしいでしょうか?」

「なにかしら?」

「ブランコさんは可愛いものが好きなんですよね?」

「ええ、大好きです。ですがプライベートとして分けております。

 勤務中では控えておりますよ」

「なのに、なんでポニトを見て撫でるだけですませてるんだ?」


 エスタトゥアから見てポニトはかわいい。思わず頬ずりしたくなる愛らしさだ。

 なのにブランコは落ち着いたものである。


「何を言っているのかしら? 六歳の子供にいたずらすると思っていたのかしら?

 それは児童虐待に当たりますわよ」

「俺も十歳の子供だろうが!! お前が俺にしたことを忘れてないぞ!!」


 ブランコが真顔で返答したので、思わずエスタトゥアは怒鳴った。

 寸法を測られたときのブランコの異常な目つきがいまでも忘れられないのだ。


「私にとって十歳がストライクなのです。それ以下は頭をなでなでするだけですませております。

 これはキノコ戦争時代からの常識ですわよ」

「どんな常識だよ!! つーかお前の常識なんか知らねえよ!!」

「エスタトゥアさん!!」


 いきなりブランコが叫んだ。思わずエスタトゥアは背筋をピンと伸ばしてしまう。


「上司には敬語を使いなさい。私はうるさく言うつもりはありませんが、世の中には敬語に異常なまでに噛みつく人もいます。

 部下のしつけができてないことを理由に契約を反故しようとする人もいます。

 まあ、そんな人とは事前に調査して相手にしないようにしてますけどね」


 ブランコの講釈に呆気にとられた。しつけに関してブランコは厳しい。

 気を緩めるとべらんめえ口調になりそうになるエスタトゥアを叱咤するのだ。

 わずか一週間でエスタトゥアは調教されたといえる。


「ちなみに私はポニトさんを元にぬいぐるみを作りました。

 毎晩寝るときに抱いてますよ」

「ほんとにしゅごいの~! ポニトがもうひとりできたの~。まるでかがみをみているみたいなの~」

 

 ポニトは無邪気に笑っているが、エスタトゥアは乾いた笑みを浮かべていた。

 今の話を聞けばブランコは等身大のポニトのぬいぐるみを作ったことになる。

 本人と同じ原寸のぬいぐるみを抱いて寝る。まさか自分も同じサイズのぬいぐるみを制作されたのではないかと疑っていた。


「安心なさい。あなたのぬいぐるみはもうすぐ完成します。できたら見せてあげますね」

「見たくねぇよ!! 怖いよ、あんたの猟奇趣味に戦慄するよ!!」

「本当はあなた本人を抱いて寝たいですが、旦那様にたしなめられておりますので、断念しております。ハァ」


 ブランコは深いため息をついた。苦虫を潰したような顔つきである。

 エスタトゥアは心の中で部下の暴走を止めたラタジュニアに感謝していた。

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