外伝その3 悪乗りゲーム
「ふふふ、やるねえエル。子供の頃は無口で引っ込み思案だったのに、えらい成長ぶりだ」
「そういうサビオは人を喰った態度はいただけないな。まったく進歩していない」
「こう見えても気を付けているけどね。ボクのせいでホビアルがひどい目に遭う可能性もあるよ」
サビオは純白のマントにピチピチスーツを着ていた。マントはまるで天使の翼を彷彿する。しかしその表情はふてぶてしさがあり、小悪魔に思えた。
一方のラタジュニアは黒い全身甲冑を身に付けている。兜は牛のような黒光りする角が生えていた。黒い翼もまるで蝙蝠の羽根に見えた。
足元は浮遊した岩のみだ。空は血の色のように紅く、不安を掻き立てる。下は黒い雲海が広がっていた。ばちばちと雷鳴がとどろいている。
「さてボクのターンだ、いくよ!!」
サビオはカードを空に投げた。ぽんと白い煙が巻き上がると、突如歓楽街が現れる。
「陥落の歓楽街 火属性。爆炎の賭博師のすばやさを2あげる」
「次はこれだ!!」
次にサビオがカードを投げる。今度は赤くド派手な冠とマントを付けた男が現れた。
『爆炎の賭博師 魔法・火・闇属性。体力4攻撃力4すばやさ4.場に出ると互いの手札を捨て、新たに8枚の手札を加える』
ふたりのカードは淡い光を放つと、蛍のように散らばった。新たに新しいカードが8枚手元に残る。
「おのれ! 人の手札をめちゃくちゃにしやがって!!」
「ふん、これくらい序の口さ」
サビオは再びカードを投げる。死体が転がったボロボロの町が現れた。
『死体の市街地 土属性。鉄の死神の攻撃力を2あげる』
次に大きなカマを持つ黒光りした鉄の死神が出てきた。
『鉄の死神 武器・土・闇属性。体力5攻撃力5すばやさ5.光属性のカードを即死できる』
「ぬぬぬ!! 畳みかけるようにカードを出すとは!!」
「甘いよまだ甘い。ボクの攻撃はまだまだだ!!」
鉄の死神に不気味な心臓がとりついた。
『鳩の心臓 闇属性のカードを即死させる』
「どうだい、ぶるっちまう展開だろ。おしっこを漏らす前にトイレに行くことを勧めるよ」
サビオは不敵に笑う。童顔なので嫌味を感じさせなかった。しかしラタジュニアはまったく笑わない。
くっくと、肩で笑う。
「サビオ、俺とお前の付き合いは長いよな。もっとも俺は人見知りだから顔を合わせることはなかった」
訥々と昔話をするラタジュニアに、サビオは怪訝な顔になる。彼とは赤ん坊の時からの付き合いだ、根が真面目である彼が突如昔話などするわけがないと信じている。
ラタジュニアはカードを投げた。彼の頭上に奇妙なものが浮かび上がる。第魔法カード発動だ。ハイエナの姿だが尻尾は縄のように長い。
『死体喰いの早縄死んだ人物カード枚数に応じて、相手に1のダメージを与える』
「次はこれだ!!」
『膿の海 水属性』
『座高の雑魚 武器・水・光属性。体力1攻撃力1すばやさ1』
「なんだ座高の雑魚か。何の特性もない雑魚じゃないの。そんなのでボクの攻撃をかわせるものかな」
「躱す必要はないさ。まだ俺のターンなのだからな」
もう1枚カードを出す。
『幕の膜 魔法効果を一切受け付けない』
「最後はこれだ!!」
『ジメジメ《スクエルド》した自滅 場にある人物カードを破壊する』
するとジメジメしたアメーバが爆炎の賭博師と鉄の死神を包み込む。そのまま消化して消えた。そこから小さなふたつの光の玉が現れ、サビオの身体を打ち抜いた。
「ぐあぁ!!」
サビオは胸を抑えて倒れかけた。全身に激痛が走る。ラタジュニアの攻撃が自分に来たのだ。
「ふふふ、やるねぇ。でもまだまだこれからだよ」
「望むところだ」
☆
「なぁ、さっきから後ろがうるさいんだけど」
エスタトゥアは呆れていた。サビオとラタジュニアの周りにいる観客たちが騒いでいるのだ。ふたりがカードを出すたびに実況を繰り返していた。
おかげでエスタトゥアは奇妙な雰囲気に飲み込まれ、幻覚を見た気分になる。エルフのグリンディが声をかけた。
「えへへ。キノコ戦争が起きる前の話だけど、カードゲームで遊ぶときは果てしない妄想を屈ししないと勝てないと聞いたよ。想像力がないと戦略を練ることができないんだって」
「意味が分からないな」
エスタトゥアには理解できない話だ。まだ商業奴隷として働き、勉強をするのが忙しい。それ故に娯楽関係はまだ手つかずだ、同僚のシマリスであるポニトとじゃんけんしたりあやとりをする程度だ。
「次は白銀の乙女騎士だ」
「なら博識の邪神を出そう」
ゲームは続いている。白銀の乙女騎士は先ほどの騒ぎで出していたカードだ。
「ふふふ。乙女騎士がタコ博士にいいように嬲られているよ。エロイなぁ」
「おおお! エロッス、エロッス、エロいッス!! 意味は分からないけどサビオは最高ッス!!」
サビオの後ろにいるホビアルがポーズを決める。はっきりいってうざい。サビオとラタジュニアは慣れたものかまったく動じていなかった。
「うおぉぉぉ! 白銀の乙女騎士がぁぁぁぁ!!」
突然大声が響いた。それは先ほどのラモンという人間であった。そいつはゲームの展開を見て、狂ったように咆哮を上げたのだ。
「美しい、美しい乙女騎士が、タコの触手に凌辱されるぅぅぅぅぅぅ!! そんなのはありえない、ぜぇぇぇったいにありえないのだぁぁぁぁぁ!!」
ラモンの身体が膨らんだ。べりっと着ている服がちぎれた。すると額に角が生え、顔つきが牛へ変化していった。店内は大騒ぎになった。人が別の者に変化したのだ、その驚きは常識を超えている。その一方でエスタトゥアは焦っていなかった。人が亜人に変化することに違和感はなかったのだ。
それを見たラタジュニアは慌てず近くにいる少年を捕まえた。
「君、ラモン君のことを知っているかね」
「おっ、同じ学校に通っていたからね。友達じゃないけどある程度は知っているが……」
「では彼の両親は人間と牛ではないのかな」
「なっ、なんでその事を知っているんだよ?」
「それで彼は牛の子供だといじめられていたのではないかね」
「全くその通りだよ。まあ他の学校の奴らには、俺たちもからかわれたけどね。特にラモンは家に帰って母ちゃんのおっぱいを飲んでろとしつこく言われたらしいな。昔はひ弱で無口だったからいじめられやすかったんだ」
差別を許さないコミエンソでもいじめは絶えない。大抵は警邏隊に見つかるといじめはやめろと殴られるのだが、彼らは反省しないことが多い。むしろ殴られてフエゴ教団に憎しみを抱く始末である。
いじめは遠い未来に報いが来る。人をいじめる人間は他の誰かにいじめられても文句は言えないのだ。
ちなみにラタジュニアたちの通う司祭学校ではいじめはなかった。教師たちがその傾向を見張っており、行おうとすればおしおきされるからである。
おそらくラモンたちは一般的なノースコミエンソの学校に通っていたのだろう。いじめた相手はたぶん南にあるサウスコミエンソの人間たちだ。彼らは亜人を嫌っている。自分たちより有能だからだ。大抵は学校を卒業するころには亜人に対する感情は緩和されている。しかし中には亜人だからいじめていいという発想の人間もいるのだ。
ラモンは暴れていた。彼は黒い牛に変化した。闘牛だ。レスレクシオン共和国の前身であるスペインでは闘牛が盛んだった。彼の母親はホルスタインだが、息子は乳牛を否定し勇ましい闘牛に生まれ変わったのである。
人間から亜人に変化する。それは珍しいことではない。エスタトゥアも以前ロキという人間が馬の亜人に変化したのを知っていた。もっとも変身中の姿はこれが初めてだが。出来の悪い特撮映画を彷彿する。
「ウモー―――!!」
「まずいッス! 自分が前に出るッス!!」
ホビアルが前に出ようとするとラタジュニアが前に出た。
「お前が出ると周りは鉄の糸だらけになる。敵味方もズタボロになるぞ。ここは俺に任せろ」
「うん、君に任せるよ。ボクらはお客さんを避難させるとしよう」
サビオはゲームをやめて客を非常口へ誘導させる。ホビアルにも命じた。彼はパニックになった店内においても冷静沈着である。なんとも頼もしい人間だろうか。
「さてお前さんはさっさと眠ってもらうか」
ラタジュニアは歯を伸ばした。彼の突き出た日本の歯は槍のように鋭くラモンの顎を貫いた。顎に衝撃を受けたラモンは白目を剥き、後ろに倒れた。がしゃんと近くの机を倒して床に沈む。
ラモンは大の字で気絶した。
「ふぅ、お客様方、大変ご迷惑をかけました。つきましてはエル商会においてハンバーガーセットを全員無料サービスさせていただきます。ご容赦ください」
ラタジュニアは頭を下げると観客たちは沸き上がった。実際は彼の責任ではないのだが、あえて謝罪する。彼らはハンバーガーセットが無料になると知り喜んだ。気前の良さがラタジュニアの特徴のひとつだ。
「サービスったってかなりの人がいるぞ。ブランコが聞いたら切れるんじゃないか」
「そうとはいえませんよ。今回の件でラタジュニアちゃんに好意を持った人は大勢できました。その人たちが今後もエル商会に通うとなれば採算は取れますよ」
グリンディが答える。事実エル商会には新規の客が増えた。
「くーっ、さすがはエルッス! では自分も肉体美をたっぷりと見せるッスよ!!」
ホビアルはポージングを決めた。
「いや、それはいらねぇ」
エスタトゥアは思わず突っ込んだ。
今回はもろ遊戯王のパロディですね。カード名はほぼダジャレが多いですが、博識の邪神だけスパイダーマンのドクターオクトパスが元ネタです。




