外伝その1 ゲームスクエア
そこは不思議な空間が広がっていた。人が百人ほど入っても余裕があるほどで、6人ほど囲めるテーブルが多く、ほとんどの席は埋まっている。
テーブルの上にはボードが置かれていた。ボードには絵が描かれており、駒などが乗っている。カードやサイコロを手にしていた。
他にはカードを手にした者がおり、皆熱中していた。
ここはゲームスクエアといい、ノースコミエンソにある店だ。入場料は1000テンパで一時間たっぷり遊べる。トランプや花札、囲碁に将棋、リバーシやすごろくなど様々だ。
その店の奥には屋台が三つほど並んであった。そこでは軽食を提供している。
ホットドッグにフィッシュアンドチップス、ハンバーガーがあり、入場料を払った際にチケットが渡される。その券には時刻を書き、半券を引き換えに好きな軽食をもらえるのだ。
その内ハンバーガーを提供するのはエル商会だ。ハンバーガーを作るのは商会の会長であるカピバラの亜人ラタジュニアで、商業奴隷のゴールデンハムスターの亜人エスタトゥアが手伝いをしていた。店は一番右端である。
「どういう店なんだろ?」
エスタトゥアはパンを真横に切り、レタスをもいでいた。エル商会もそうだが、この店はどこか異質と感じている。店の雰囲気が異常なのだ。大勢の人で賑わっており、頭がくらくらしてくる。大通りでも人はいるがそれとは違うものを感じた。自分の住んでいた村では考えられないと思っていた。
「ここはゲームを楽しむ店だ。コミエンソでは結構流行っているぞ。デキウス商会が取り仕切っているんな。大人向けだと金をかけるところもあるが、そちらは18歳以下は立ち入り禁止だよ」
カピバラ人間が答えた。十代後半だが、同年代と比べると一回り大きい体格をしていた。
彼は腕を組んでいた。突き出た前歯を蛇のように伸ばし調理しているのだ。彼のスキル、トゥーススキルである。もちろん先端は薄手の布に包まれていた。それと脱毛防止のクリームを全身に塗ってある。教団が発明したものだ。亜人は特に抜け毛の問題があり、不衛生にならないための処置だ。
「そうなのか。なんかわけがわからないな」
「ルールを覚えれば簡単だよ。現物を買えば自宅でも遊べるしね。ここでは見知らぬ人と対戦をしたい人が来るところなのさ」
「そういえばカンネは来なかったな。なんでだろ」
カンネはライオンの亜人である女性だ。エスタトゥアより2歳年上の12歳である。コミエンソのあるオルデン大陸より海を渡って南方にあるナトゥラレサ大陸の出身だ。
彼女はラタジュニアの婚約者を自称しており、高飛車な態度が目立った。
「彼女はスポーツの方が好きなのさ。屋内でゲームをやるのは性に合わないそうだよ。今頃はノースコロシアムの外にある公園でザマと一緒にテニスを楽しんでいるだろうな。代わりに今度そちらに付き合うことになるが」
ラタジュニアは答えながらも歯の動きは全く止めない。ザマは黒豹の亜人でカンネのメイドだ。ちょっと腹グロだが有能である。
エスタトゥアも野性味あふれる彼女はこの店に合わないと思った。ちなみにカンネはナトゥラレサ大陸では1、2を争うハンニバル商会の令嬢である。もっとも商売の仕方や立ち振る舞いはアグア教団に教わっていた。アグア教団はフエゴ教団から分裂した組織で、水葬を行っている。かつて地中海と呼ばれた海に栄養を取り戻すためだ。人間の遺体を細かく砕き、魚のえさにするのである。
それと水力発電所を建設しており、その経営も行っていた。
「えへへ、ラタジュニアちゃんもかわいい妹ができて楽しそうですね」
声をかけたのは隣の屋台だ。人間に見えるが金髪で耳がとんがっている。十代前半にみえる小柄であどけない笑顔が特徴的であった。
彼女は油を使ってフィッシュアンドチップスを作っている。妖精王国の前身であるイギリスでは有名な軽食だ。エスタトゥアはイギリスと言われてもピンとこないが。
フィッシュアンドチップスは魚のフライトフライドポテトを添えたものだ。酢や塩をかけて食べるのである。客の好みで酢や塩のビンが置かれており、客は好きにかけて食べるのだ。
「グリンディさん、彼女は妹ではありませんよ。商業奴隷です。私には血の繋がったイデアルという妹がいますから」
「えへへ。照れなくてもいいじゃない。妹はいっぱいいても困らないもんね。エスタトゥアちゃんもラタジュニアちゃんにたっぷり甘えるといいよ」
ほわほわした笑顔を浮かべると、苦情を言う気が失せた。ため息をつくも不快になったわけではない。彼女の名前はグリンディ・オアシス。妖精王国出身の料理人である。
ラタジュニアは顔見知りだが、エスタトゥアは初対面だ。なんとも幼い女性だと思ったが、主人は間違いを正す。
「彼女はエルフの亜人だ。年齢は36歳だが、外見より若く見られてるのが特徴的だよ」
「なっ、全然わかんなかった! でもエルフってなんだ?」
「エルフとは妖精の事だ。妖精王国では割とよくいる人種だよ。向こうでは動物系より、妖精や植物系の亜人が幅を利かせているのさ。グリンディさんのお父さんは海軍中将で、名家だと聞いたな」
それを聞いたグリンディは顔が曇る。あまり触れられてほしくない話のようだ。
「あたしは実家から勘当された身なのよね。母国は植物由来のものしか口にできないし、料理の幅も狭いのよ。まあ十歳までは肉と魚は食べられるけど、まともな調理なんかないのよさ。昔はヒコ王国にいたけど、この国の方が新鮮な野菜や肉に魚が豊富なのよ」
グリンディはけらけら笑っていた。どこかぎこちない笑顔である。この話はもう切り上げるべきだと思った。
☆
「おらぁ! なんで俺が負けるんだよ!!」
突如怒声が響いた。声の主は二人用のテーブルからだ。十代後半の人間の男で立ち上がった。相当興奮している様子だ。
相手はカードゲームを興じていたようだ。どうやら負けたので腹を立てているようである。
「俺の美しい白銀の乙女騎士が、雑魚の小鬼の戦士に負けるなんてありえないんだよ!!」
エスタトゥアは相手が何を言っているかわからなかった。そこにグリンディが声をかける。
「えへへ、あれはファイティング・マジックというカードゲームだよ。デキウス商会が作ったもので、特に白銀の乙女騎士はエロい格好をしているから、ファンが多いのですよ」
確かにカードの絵柄を見ると、白銀の乙女騎士は異質だった。顔をすっぽりと真っ白いかぶとを被り、口元だけ出ている。さらに肩当てに腰布以外全裸であった。剣で刺されたら致命傷を受けること間違いなしである。
実はコミエンソではこの手の人種が多い。偶像崇拝といい、架空のキャラを愛するのである。古くは小説の登場人物であるシャーロック・ホームズや、三国志演義を実話だと信じる者がいた。キャラの論争で殺人まで発展した場合もあるのだ。
特にコミエンソでは神応石を額に埋める人間が多い。神応石は人の精神に大きな影響を与える石だ。ラタジュニアが歯を自在に伸ばせるのはそのためである。
「俺のぉ、俺の乙女騎士が負けるわけないんだぁぁぁ!! こんなの認めない、俺は認めないぃぃぃぃ!!」
男は口から泡を履き、白目を剥いていた。すでに正気ではなかった。ラタジュニアは歯を伸ばし、槍のように相手のあごを打ち抜いた。
男はがっくりと膝から落ちて、気を失った。
それを見た周囲の人々は拍手喝さいをした。
「いやぁ、さすがはラタジュニアさんだ。すばらしい歯のスキルだね」
「というかラモンの奴、ついに切れたか。いつかやると思っていたよ」
「迷惑だよなぁ。ああいうやつがいるから、コミエンソの格が落ちるんだよ」
どうやら件の男はラモンという名前で、評判の悪いようであった。神応石は鍛えればラタジュニアのようなスキルを身に付けることができる。だが下手をすれば精神が暴走し正気を失うこともあるのだ。コミエンソで狂人が出てくるのはこのためである。
ラモンは店の人間がふたりで運ばれていった。
「そういえばなんであんたがここに来ているんだよ。こういうのは会長の仕事じゃないだろ」
エスタトゥアは今更のように思い出した。ラタジュニアはエル商会の会長で、一番偉いのだ。それに有能な人物であり、商会にはなくてならない存在だ。
しかし彼は行商を好んだ。見た事のない土地に行き、見た事のない品を扱うのが楽しいのだ。もちろん副会長は不機嫌である。会長の尻の軽さに呆れているのだ。もう少し腰を下ろして仕事をしてほしいと願っている。
「確かにな。だがここでの仕事は俺を名指しで呼んでいる。問題はないのさ」
「そうなのか。でもなんのために」
エスタトゥアが訊ねようとしたら、突如歓声があがる。店内に誰かが来たようだ。それは有名人のようで黄色い声があがっている。
「ついに来たか」
ラタジュニアは休憩中の看板を出す。後片付けを始めると、屋台を出た。
入ってきたのは人間の男だった。十代後半だが同年代に比べると幼い容姿である。切りそろえた髪に黒縁眼鏡をかけた少年だった。緑色の服とズボンを着ていた。
背後には彼より背の高い女性が立っている。肌は日焼けしており、岩のようにごつごつした筋肉の持ち主であった。
その少年はラタジュニアの前に立つ。
「ひさしぶりだね、エル」
「そちらこそな、サビオ」
ふたりは握手をした。
今回の話はコミエンソの娯楽を考えてみました。震災で停電になりボードゲームが活躍したと聞き、電気を使わないゲーム専門の店を思いつきました。
エルフのグリンディ・オアシスは、ネイブルパイレーツに出てきたエルフのフリードウッド・オアシス駐在武官の娘です。グリンディはアメリカのロックバンドグリーン・ディが由来ですが、ジョジョ第五部のチョコラータのスタンド名ですね。
オアシスはイギリスのロックバンドがモデルで、一度オアシスのメンバーがグリーン・ディに曲をパクっていると主張したそうです。
ラモンはスペインのテロリストの名前です。




