コンサートで締めることになりました
「どうしてこうなった……」
エスタトゥアは茫然となった。今彼女はノースコロシアムにいる。
普段はスポーツの試合が行われるのだが、今日はコンサートの日だ。
その主役はゴールデンハムスターであるエスタトゥアなのである。
彼女の衣装は派手なアイドル衣装であった。
「そうだな。俺もどうしてこうなったか理解不能だ」
カピバラの亜人であるラタジュニアが答えた。彼はエスタトゥアのご主人様だ。
彼女は商業奴隷として彼が経営するエル商会の奴隷になったのである。
奴隷と言っても過度な重労働はしないし、法律で決められている。
ただし犯罪に巻き込まれたら登録代を払っておしまいという定めがあった。
「スポンサーはフレイ商会にフレイア商会、スサノオ水産にヘルメス商会。あと俺の親父も出資しているよ。なんだかなぁ」
ラタジュニアはぼやいた。
本日はエスタトゥアのデヴューコンサートの日なのである。
彼女が大勢の前で歌と踊りを披露するのだ。
「別にアセロ会長たちは恩返しとか義理とかで出資してません。
むしろ金になるから開いたのですよ」
白蛇の亜人ブランコが言った。肌は蛇の皮で表情はつかみどころがない。
しかし彼女の中身は極度の幼女趣味だ。10歳の女の子が大好きなのである。
「旦那様が反対なさるのはわかります。だってこんなかわいいエスタトゥアさんを人目にさらすなんて耐えられません!
私としてはこのまま自室に連れ帰り、私の身体を思う存分いたずらしてほしいです!!」
「あんたがいたずらされるのかよ! 欲望が駄々漏れだよ!!」
エスタトゥアは突っ込まずにいられなかった。
「くしゅくしゅ、エスちゃんかわいいの!!」
そういってエスタトゥアの腰に抱きつくのはシマリスの亜人ポニトであった。
彼女は頭部を強打され意識不明の重体だったが、無事に回復した。
なんでもラタジュニアの母親である白猫の亜人スーが神応石を活性化させる装置を持ってきた。
そして彼女に対して無事に目覚めるように祈らせたのである。
神の祈りはきちんと届けられたのであった。
「ははは。ありがとう。ポニトが褒めてくれただけで嬉しいよ」
「あーら、わたくしもですわよ!!」
今度はライオンの亜人カンネが入ってきた。彼女もアイドル衣装を着ている。
彼女もエスタトゥアと一緒にデヴューするのだ。
もちろん血のにじむレッスンを続けてきたのは言うまでもない。
「おーほほほ!! わたくしもついにデヴューですわよ!
そしてエル様のハートを射止めるのはわたくしですわ!!
エスタトゥアさん、あなたには負けなくてよ。おーほほほ!!」
「エスタトゥアさん、うざいと思いますが気にしないでください」
いつの間にか黒豹の亜人ザマがエスタトゥアに耳打ちした。
ザマはカンネのメイドなのだが毒舌なのである。
エスタトゥアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「というか事件は解決したと言えるんだろうか?」
エスタトゥアは回想する。
自分が人間のイサベルに刺されて以来、事件が起きた。
人間たちによる亜人に対する不満が爆発したのである。
実際は社会不適合者たちが自分を棚に上げ、弱者をいたぶるだけだった。
か弱い亜人の子供たちを罵詈雑言を浴びせ、石を投げたり落書きしたりして憂さを晴らしているだけである。
もっとも表立ってやる馬鹿は多いが、内心、不満をくすぶっているものはいるだろう。
亜人とて人間を見下している者はいてもおかしくはない。
それがエビルヘッド教団の仕業にしても、彼らだけの責任とは言えないと思う。
人間は大なり小なり不満を抱えて生きている生き物だ。
何かの拍子でそれが爆発しないとも限らない。
今回はポニトは無事だったし、首謀者のロキは逮捕された。彼はみじめな犯罪奴隷としてナトゥラレサ大陸に送られたのだ。
彼の父親ウトガルド会長は息子が自分の子でないと知ると、我が子に罵声を浴びせたという。
もちろんこの男も騒動を起こした首謀者として息子同様犯罪奴隷にされた。
だがこれは氷山の一角に過ぎない。露骨な態度を表すのは少数だけである。
もしかしたら自分たちの知らないところで亜人たちを抹殺する計画が立てられているかもしれない。
フエゴ教団のやり方に反発し殺しにかかるかもしれないのだ。
そう思うと不安でならない。
「気にするな」
ラタジュニアが頭に手をやり、なでなでする。
「俺がお前を守るよ」
そう言い切った彼の言葉はとても頼もしかった。
エスタトゥアに笑顔がこぼれる。
「羨ましいですわ! エル様、わたくしにもしてくださいまし!!」
カンネが騒ぐ。さてもうじき出番だ。ステージに向かおう。
☆
「やあ、エスタトゥア! まさかこのような日が来るとは思わなかったよ!」
「本当だね。あんたの身体をなでなでしたこの手は宝だよ!!」
ヒマワリの亜人ヒラソルと、その妻ジャンガリアンハムスターの亜人ペルラであった。
ヒラソルは他の町の司祭として赴いていたが帰宅したらしい。本当なら40歳でないと赴任はしないのだが、村が増えたため司祭不足になったのだ。
ちなみにヒマワリ畑で油の生成をおこなっているという。
「すごいのれす。かわいいのれす! 最高なのれす!!」
「お父さん、興奮しないで。みんなが見ていますよ」
ヒラソルはロボロフスキーハムスターの男の子に注意する。
実はペルラの父親で名前はラタジュニアだ。オンゴ村の司祭である。
身体が小さいため、ペルラの子供にしか見えない。ちなみに近くには人間の奥さんがいた。
「父ちゃんは変わらないねぇ。まあエスタトゥアが可愛いのは賛成だよ」
娘も同意した。夫は苦笑いを浮かべていたが。
「さすがはラタジュニア様ザマス。ここまで育て上げられるとはさすがザマス」
黒猫先生だ。プリメロの町にあるフレイア商会の商業奴隷の先生だ。
ちなみに彼女の本名はガトで、ザマの叔母に当たる人だという。
「おお、エスタトゥアさん。見違えたねぇ。さすがは坊ちゃんだ」
「本当にきれいです。うぅ、場の雰囲気で酔いそうです」
山猫の亜人ガトモンテスとツキヨダケの亜人ルナもいた。
ガトモンテスはオンゴ村でレストランを経営しており、ルナはその従業員だ。
ルナはなぜか遠く離れた三角湖に流れ着き、エスタトゥアとともに水泳大会に参加したことがある。
今回でクビになりかけたがなんとかなったようだ。
「本当だわね。でも筋肉が足りないわ。もっと肌を露出する服を選ぶべきよ」
「そうです~。お姉さまの言う通りです~」
こちらはベニテングダケの亜人ヘンティルと、妹でサシハリアリの亜人イノセンテだ。
ふたりはオンゴ村の村長の娘である。姉のヘンティルは筋肉ムキムキで男に見えるが立派な女性だ。
イノセンテは胸がすごい豊満である。
ふたりとも三角湖でエスタトゥアとともに水泳大会に参加した仲であった。
「はっはっは! 今日はあんたの晴れ舞台だ!! 堂々とするがいい!!」
「その通りですわ。この会場で観客は全員あなたたちを見ておりますわ。ああ、羨ましいですわ!!」
塩の町サルティエラの町長、イザナミと、塩山の責任者ヨモツだ。
イザナミは99歳だが筋肉隆々で必要な部分しか隠していない。
玄孫のヨモツはグラマーな体型でマイクロビキニしか身に付けていなかった。目の部分は灰桜色のマントをすっぽりかぶっている。
「まったくでゴワスな! ばあちゃんの人を見る目はすごいでゴワス!!」
「ばあちゃんゆうな!! イザナミさんと呼べ!!」
ニシキヘビの亜人のスサノオが言うと、イザナミは胸の筋肉を動かしただけで衝撃波を生み出した。
巨体のスサノオを吹き飛ばしてしまう。
ちなみにスサノオはイザナミの孫だ。イザナミの娘がコミエンソで蛇の亜人と結婚してできたのである。
「うぅぅ、百歳なのにこの威力。まだまだばあちゃんには敵わないでゴワス!!」
「また言ったな!! それにわたしはまだ99歳だ!!」
「口は災いの門でございますね」
遠縁のおじさんが悲惨な目に遭い、ヨモツは合掌していた。
「ほう、なかなかの賑わいやんか。これは大儲けできそうやね」
「がはは、アマはこんなときでも銭儲けの算段かいな」
「当然やで、うちはもっと商売を拡大したいんや。これは性癖やね。あんちゃんはあんちゃんの道を行ったらええねん」
三角湖にあるジライア村の村長であるヒキガエルの亜人ガマグチと娘のヤドクガエルの亜人アマだ。
ちなみに兄のナガレヒキガエルの亜人ナガレはいない。
職人修行で忙しいからだ。
「なんとも美しいやないけ。三角湖の方も勝るとも劣らない。ハットリもそう思うやろ?」
ナメクジの亜人ベンテンが言った。彼女は三角湖のツナデ村の村長だ。
もうひとりはナメクジラの亜人ハットリだ。彼は無口だが表情は笑顔である。
二人は従弟であった。
「ほう、あの嬢ちゃんきれいじゃのう。今日は歌と踊りを披露するんじゃったのう」
「そうですよ。おじい様。でも私はお世話をできません。ハンゾウさん、お願いいたします」
「……構わんが、なぜだ?」
三角湖のオロチマ村の村長であるアオダイショウの亜人アオイが祖父を連れていた。
人間と蛇の亜人のハーフであるハンゾウとは懇意である。
「ふふふ。アオイ、こんなところにいましたか。エスタトゥアさんを疵物にした恨みを晴らさせていただきますよ」
ブランコがやってきた。手には包丁を握られている。
「というわけであとはよろしく!!」
アオイは逃げた。ブランコは後を追う。取り残されたのはハンゾウと年老いた蛇の亜人だけであった。
ハンゾウはため息をつかずにいられなかった。
「エスタトゥアちゃん、おめでとう。今日この日を迎えられたのはあなたの実力よ」
「そうですよ。あなたが諦めずに努力したからこそ、今日という日が来たのです」
「あたしに感謝してよね~。ほりゃ、ありがとうって」
ボスケとオーガイ、ジュンコが答辞を述べる。
ボスケはウシガエルの亜人で歌手だ。オルデン大陸一の歌姫と名高い彼女だが、今日の彼女の声は低い。
エスタトゥアという愛弟子に対して自分の言いたい音程でしゃべっている。
オーガイはマイタケの亜人だ。踊りの師匠である。
ジュンコはジョロウグモの亜人で、装飾品を扱うアラクネ商会の会長兼デザイナーだ。
「ふふふ。エスタトゥアさんがまさかこのような道を歩むとは思いませんでした。
ヴァルキリエもとても喜んでいるわ。ねえ?」
「うん……」
黄金猫の亜人でありフレイア商会の会長であるオロが言った。
隣には人間でオロの孫娘であるヴァルキリエがいる。
彼女は目を血走らせ、額に青筋を立て、エスタトゥアを睨みつけていた。
だがこれは彼女なりの表現で、とても機嫌が良い証である。
「ボハハハハ!! ヴァルキリエはあいかわらず感情表現が下手やなぁ!!」
黄金のイノシシの亜人であるアセロが言った。彼はフレイ商会の会長だ。
オロの兄でもある。ちなみに彼の後ろには人間の双子、グリンとブルスティが立っていた。
丸い体系の女の子である。
「ふむふむ。今回の宣伝効果は……、絶大ザマスな」
白山羊の亜人でヘルメス商会会長トリスメギストスが答える。
彼はエスタトゥアに好意を抱いたというより、今回のコンサートで得られる宣伝効果を期待していたのだ。
実質チケットは完売しており、売り上げもボスケと比べて半分だが、まずまずといえよう。
それに歌を利かせるだけではなくエスタトゥアのキャラクターグッズを販売で利益をあげているのだ。
「息子もなかなかのものだ。まさかアイドルを育て上げるとは夢にも思わなんだ……」
ラタジュニアの父親であり、独楽鼠の亜人であるラタは涙を浮かべた。
その隣には妻のスーと、リビアヤマネコの亜人である娘イデアルがいた。
「というか、みんなあなたのことばかりですわね。わたくしのことはガン無視ですわ」
「そりゃあ、お前はまだ知名度が足りないためさ。これからだよ」
「その通りですわね」
エスタトゥアとカンネはステージの上に立つ。
観客席は満席だ。みんなが彼女たちに歓声を送る。
「俺たちの戦いはこれからだ!!」
こうして夜は始まりを告げたのであった。
おしまい。
今回で最終回です。ですが外伝は書きますのでご期待ください。
けど連載当初はここまで長くなるとは思わなかった。
本当に26話で完結させるつもりだった。
あと題名に偽りありだった。トゥースペドラー、直訳して歯の行商人なのだが、主人公は活躍してない、行商人としての活動も皆無だった。
なので反省してセクハラファンタジーを連載したのだが。
まあ、失敗も糧になると思ってます。ご愛読ありがとうございました。




