スレイプニルがざまぁな状態になりました
「かーぽれぽれぽれ!! もうすぐあいつがくる。楽しみだなぁ」
馬の亜人は高笑いしていた。
こいつの名前はスレイプニル。エビルヘッド教団の信者だ。
なにやらカピバラの亜人であるラタジュニアに恨みを抱いている。
そしてここはとある丘に連れてこられた。ガローテの丘と言い、かつて処刑場であった場所らしい。
エスタトゥアは縛られていた。地面に寝転がっている。
夜の肌寒さが身に染みた。
「お前は一体何なんだ! なんで俺たちに恨みがあるんだよ!!」
「恨みだって? もちろんあるに決まっているさ。俺はロキなんだからなぁ!!」
ロキ。かつてコミエンソでウトガルド商会を営んでいた男だ。
ラタジュニアに嫌味を言うだけでなく、難癖をつける最低な人種だった。
のちに教団に喧嘩を売り、奴隷にされたそうだが逃げ切ったという。
だがロキは人間だったはずだ。馬の亜人ではないはずだが?
「かーぽれぽれぽれ!! 俺は赤ん坊の頃、取り換えられたんだよ。
人間とウマの亜人の赤ん坊になぁ。そして成長したら真実を教えられたんだ。
そのおかげで俺は馬に変わっちまったんだよ!!」
神応石のせいだ。自身が人間ではなく、亜人の混血児という事実を知らされた。
その絶望からロキは馬の亜人に姿を変えたというのだ。
もちろん両親はこの事を知らない。知っていたらロキは病死という名の毒殺を受けていただろう。
道理で両親と顔が似ていないと思ったものだ。
「すべてはあのネズミのせいだ! 俺はあいつのさや当てに選ばれたのだ!
この私は馬の子だったなんて信じられるか! わかるか、私の絶望が!!
エビット団は許せないが、すべてはネズミの責任だ!!
私はあいつに復讐する。お前をいたぶって嘆き悲しむ姿を楽しむのだ!!」
スレイプニルことロキはおかしくなっていた。
元凶に復讐するよりも、弱い自分をいじめて楽しもうというのだ。
なんとも歪んだ思考回路だろうか。
「しかしあのリスのガキが殴られたときは胸が躍ったね。
でも絶命しなかったのは残念だな。死んでくれたら盛り上がっていただろうに。
いやいや、あのまま目を覚まさなければ親が泣き叫ぶだろうな。それはそれでおもしろい。
それをお前らのせいに仕向ければ最高だな!!」
ロキはポニトの不幸を笑い飛ばしていた。
自分が不幸なのが許せない。なんで自分だけが苦しい思いをするんだ。
その負の感情が積み重なったのだろう。この男の精神はすでに脆い砂の大地だ。
ちょっとした衝撃で液体化現象を起こし、崩れ去ったのである。
「待ちな。ロキ」
声がした。そこにはいつの間にかラタジュニアが立っていたのだ。
「かっぽ~れ! お早いお付きだな。そんなにこのハムスターの味が忘れられないのかね?」
どうやらロキはラタジュニアを呼び出す細工をしていたようだ。
もちろん一人で来い。人に知らせたら人質はコロスと脅し文句を入れていただろう。
「……お前は俺に何を望む? 店の権利か、金が欲しいのか?」
気丈なラタジュニアに対し、ロキは地面に落ちていた石を拾い、彼に投げつけた。
石は額にぶつかり、毛の間から血が垂れる。
ロキの顔は醜く歪んでいた。
「かぽー、かぽー!! 私はお前のその面が気に喰わないんだよぉ!!
いつも偉そうにしやがって。偉いのは俺なんだ、この俺にひざまずかなくてはならないんだ!!
そもそも亜人が幅を利かせるなんてむかつくんだよ!!
フレイ商会も、フレイア商会も、その他の亜人が頭の店は潰してやる!!
人質を取って、店の権利と金を奪い、家族もまとめて殺してやるぜ! か~ぽれぽれぽれ!!」
あまりにも邪悪なロキの思考に、エスタトゥアは寒気を感じた。
この男の狂気は常軌を逸脱している。
ロキは別にいじめられたり、差別されたことはないのに親の愚痴を聞いて復讐心が風船の如く膨らんだのだろう。
そして弱者を狙い、相手をいじめることを正当化させていったのだ。
「まずはお前だ!! 抵抗するなよ! こいつがどうなってもいいならな!!」
ロキはこん棒を手に取り、ラタジュニアを殴った。
何度も殴り、地面に倒れる。うつ伏せになった。
「かーーーぽれぽれぽれぽれぽれぇぇぇ!! 無抵抗の奴をいたぶるのは楽しいなぁ!!
やっぱり弱い者いじめは最高だぜ!! いじめを撲滅するなんて許せない!!
いじめは金のかからない素晴らしい娯楽だ! もっともっと餓鬼どもに広めるべきなんだ!!」
こん棒は血だらけになった。ラタジュニアは何も言わない。
興奮して汗をかいたのか、額をぬぐう。
そしてエスタトゥアに近寄った。
「なっ、なにをするつもりだ!!」
「お前を相手に楽しませてもらうぜ。どうせ枕営業をしているんだろう?
デカガエルやキノコオバケにも女同士で楽しませているに決まっているんだ。
お前みたいなハムスターの化け物がまともに生活できるわけないんだよ!!」
ロキの目はうろんであった。もうこの世の人間ではなかった。
乳房を揉み、下半身をあらわにしようとした。
エスタトゥアは逆らおうとした。その度に顔を何度も殴られた。
口を切り、鼻が潰れ、血が流れる。げほげほとせき込んだ。
目から涙が浮かんでいる。心が折れそうになった。
「やっ、やめろ……」
ラタジュニアがかすれた声を出した。
ロキはそれを聞いてにやりと笑う。
まるで悪魔のような笑みであった。
「はぁ~~~? 何を言ったのかな~~~? ボクチャン聞こえな~~~い?」
ロキはわざと耳が聴こえないようなしぐさをする。ラタジュニアは再び声を出した。
「やめて……くれ。これ以上、やったら、死んで、しまう……」
絞り出すような声にエスタトゥアから涙が流れた。
だがロキはゲラゲラ笑いだす。
「かーーーぽれぽれぽれぽれぽれぇぇぇ!! やめるわけないだろうが!!
人の不幸は蜜の味、涙の味は甘露なんだ!! 他人が不幸になるほど面白いものはない!!
人の不幸な顔を見るともう笑いがこみあげてたまらないぜ!!
かーーーぽ」
しかしロキは最後まで言えなかった。
ロキのあごが砕かれたのだ。舌を出していたので噛み切れてしまった。
突然あごから衝撃が走り、脳が揺れる思いがした。
ロキの身体は三回転した後、地面に叩き付けられた。
ロキが飛んだあとには二本の白い柱が突き出ている。
先端は巻いてあった。これがロキのあごを砕いたのだ。
「……やめろ、といったはずだ。お前が死んでしまうとな」
ラタジュニアの目が光る。あれは彼の前歯だ。
彼は地面の中に歯をミミズのように伸ばしていたのだ。
「本当は俺をいたぶっている最中に足の裏を刺すつもりだった。
だがエスタトゥアに標的を変えたから、ゆっくりと工作する時間ができたからよしとするか」
ラタジュニアは立ち上がり、エスタトゥアに近寄った。
そして彼女の手を取り起こした。
地面ではロキが血と涎を垂らしながらあごを抑えて絶叫していた。
「さっきお前がほざいていたが、今のお前の面を見ても俺はちっとも面白くないな。
弱い者いじめをした罪悪感しかないね。そもそもお前には最初から勝ってたし……」
ラタジュニアはロキを見下していた。
それは氷のように冷たい眼であった。
先ほどロキに殴られた痛みは感じておらず、恨んでもいない。
精々道を歩いている途中子供が前を見ないで体当たりしたくらいにしか思ってないのだ。
「さあ帰ろう。後の事は先輩に任せるとしよう」
そういうと、空から金髪の美女が飛んできた。
彼女はヴァルキリエ。フレイア商会の会長オロの孫娘であり、ラタジュニアの教団学校の先輩であった。
彼女は一週間の騎士の称号を持っている。
ヴァルキリエはエスタトゥアを見た。鬼のような形相でにらんでいる。まるで親の仇のようだ。
そしてロキを見る目は赤ん坊を見るような優しいものになっていた。
だがエスタトゥア走っている。不機嫌な顔は彼女にとって上機嫌であるあかしだ。
そして笑顔は怒りの形相なのである。
彼女はマントの下からこん棒を取り出した。
黄金の髪が8つのこん棒を手にしている。
ヴァルキリエは笑顔のまま、ロキに近づいた。
「はひぃ、はひぃぃぃ!! にゃっ、にゃんで、おみゃえぎゃ!!」
ロキはあごが砕かれても罵倒し続けている。
「実はロキの手紙にはここには俺一人で来いと書いてあったんだよ。
だけど俺はその手紙をわざと人目に置いたわけだ。
おそらく他の人が教団に教えたんだろうな」
ラタジュニアはしれっと答えた。彼は馬鹿正直な人間ではないのだ。
「ああヴァルキリエ先輩は可愛い者が大好きだ。特にエスタトゥアを気に入っている。
お前はそんなこの子をいたぶろうとしたんだ。まともな生活なんかできっこないぜ」
そういってラタジュニアはロキに背を向けた。
「がぼぉぉぉ!! ひぎょうらぞぉぉぉぉぉ!!」
ロキは叫ぶが、次の瞬間、ボコボコ音が響いた。
ぺきぺきと骨の砕ける音と、ぶちゃぶちゃと内臓が潰れる音が入り混じっている。
さらにロキの絶叫が漏れ出していた。
「がぼぼぼぼぉぉぉぉぉぉ!!」
ヴァルキリエの拷問は続いた。のちにロキは全身複雑骨折となった。
眼球は砕かれ、内臓も破壊された。
額の神応石はすでに切除されており、もう力は使えない。
教団の病院で新人の医師たちの実験体として一生を送ることになったのだ。
ロキの弱い者いじめを楽しんだ代償であった。
本当はロキはラタジュニアがぼこぼこにする予定でした。
ですが卑怯者とはいえ人をボコボコするのは良くないと思い、ヴァルキリエ先輩に任せました。




