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エスタトゥアは誘拐されました

「なんでこうなったんだ!!」


 エスタトゥアは叫んだ。病院内なのに怒鳴り声をあげた。

 それは無理のないことである。なぜなら緊急で運ばれてきたのはエル商会の商業奴隷であり、エスタトゥアより4歳年下のマスコット、ポニトなのだから。

 彼女は昏睡状態で頭から血が流れている。今は応急処置で押さえているようだ。

 医者と複数の看護士が必死に指示を出している。


 ポニトの両親が駆け寄り、娘に呼びかける。

 喉が枯れても血が噴き出ても関係と言わんばかりであった。

 ちなみに父親は人間で、母親はリスである。


 ポニトはそのまま手術室に運ばれた。

 彼女の両親は神に祈るだけであった。


「俺の責任だ」


 ラタジュニアが現れた。悲痛な面持ちでつぶやく。

 エル商会は暴徒の的になっていたのだ。エスタトゥアが働いていたのだから当然である。

 日頃エル商会に恨みを持つ人間も加わり、店に石を投げたりしたそうだ。


 もちろんフエゴ教団が守ってくれていた。盾を持ち出し、対処した。

 さらにカンネが王者の威圧で暴徒たちを気絶させたのである。

 しかしそれに耐えきった一人がラタジュニア目がけて鉄棒を振り下ろした。

 だがそれがポニトに当たってしまったのである。


 現在暴徒たちは騎士団によって拘束されている。

 それが一部の人間がエル商会に放火したのだ。現在カンネとザマが指揮して消火活動に当たっている。

 もうコミエンソ北区は大騒ぎであった。


「町ではこんなうわさが流れている。ラタジュニアが悪いんだ。みんな俺が悪いとな」

「なんだよそれ! 意味が分かんないよ!!」


 エスタトゥアはすごく怒った。だが同時に気づいた。ここまで不自然な事態が続くことに。

 

「まさかエビット団の仕業なのか?」

「十中八九そうだろうな。奴らは行動を起こし、俺たちを追い詰めるらしい」

「なんのためだよ! 俺たちにこんなことをして奴らに何の得があるんだよ!!」

「俺たちを悲劇の主人公にするためだろうな」


 ラタジュニアの口からとんでもない言葉が出た。

 エビット団の目的は神応石しんおうせきの活性化だ。ラタジュニアたちを追い詰めることにより、彼らと、その周辺の人間たちが理想像を押し付ける。

 馬鹿らしいと思うがそれが神応石の力を引き出す最大の手段なのだ。


「今回の件でエビット団の仕業だと広まるだろう。同時に俺たちは同情される。

 そしてエビルヘッドに対する憎しみも増すだろう。それこそが奴らの狙いなのだ。

 神応石をフエゴ教団より一歩理解している奴らの戦略なのだ!!」


 ラタジュニアは悔しそうにつぶやいた。当然だろう。自分の店はおろか、商業奴隷のポニトが巻き込まれたのだ。

 自分は幾ら傷ついても構わないが、他者に危害が及ぶことなど許されない。


「今、俺は教団に呼ばれている。店の件は心配するな。火災保険に加入しているから店は立て直せる。

 あとはお前とポニトが回復すればいいだけだ」


 そういってエスタトゥアに背を向ける。

 なんとなく彼女にはその背中が寂しそうに見えた。


「私は店に戻ります。カンネさんやザマさんだけに任せられませんからね。

 ここには護衛も置いておきます。安心して寝てください」


 ブランコは去った。あとは明かりの消えた暗い部屋にエスタトゥアだけが取り残された。

 しかし彼女は眠ることなどできない。興奮して目が冴えているからだ。

 それに怒りが彼女に安眠など許さないのである。

 ポニトの笑顔が浮かぶ。あの子は純粋無垢な子だ。あんないい子が何でひどい目に遭わねばならぬのか。

 その理不尽な運命にエスタトゥアのハラワタは煮えくり返っていた。


「ちくしょう。俺には何もできないのかよ。俺はこんなにも無力なのかよ」

「はい、そうです」


 突然声がした。それはどこだと部屋を見回す。

 すると天井に何かが蜘蛛のように張り付いていた。

 それは馬人間であった。馬面の男が腰巻一つで天井に張り付いていたのだ。

 エスタトゥアはぎょっとした。 


「ひさしぶりだな。俺だよ、スレイプニルだよ」


 スレイプニル! サルティエラで爆弾騒ぎを起こしたエビット団の尖兵だ。

 当時は顔を隠していたが、今は馬の顔を晒している。

 こいつは馬の亜人だったのか?


「かーぽれぽれぽれ。いやー、あのネズミの面を見たかね?

 すごく絶望に染まっていた顔だよ。肥溜めに溺れかけたドブネズミみたいな感じだな。

 俺はあれが見たかったのだよ。いつも俺が一番だ、俺がすごく偉いんだと自信ありげないけすかない顔がね」


 相変わらず悪意に満ちた口調だ。笑い方もむかついてくる。

 エスタトゥアは吐き出す様に聞いた。

 

「なんなんだお前は? まさかこの騒ぎはお前の仕業なのか?」

「正解でーす! よくできたね、褒めてあげよう。

 まあ細かい部分は他の人がやってくれたけどね。俺は最後の仕上げをするためにここに来たのさ」

「仕上げだと?」

「そう、お前を誘拐するためだ!!」


 そう言ってスレイプニルは降りてきた。そしてエスタトゥアを右手で担ぎ上げる。

 そして窓を突き破り、着地した。どうもここは三階建てだったようだ。

 落下する際に軽く驚いたが、叫びたい気持ちを口で押えた。


 地面に着地すると、一気に走り出した。二本足の馬の割には圧倒的な脚力であった。

 こうしてエスタトゥアは誘拐されたのだった。

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