溜まったものが噴き出した感じ
「うーん、ここは?」
エスタトゥアは目を覚ました。どこかの病室であることは理解できた。
いったい自分は何でここにいるのだろうか? 自分は白く清潔なベッドで寝ているのはわかる。
確か旧知のイサベルに刺された……。
「そうだ、俺は刺されたんだ!!」
エスタトゥアは起き上がり腹をさすった。
腹部にはガーゼが張ってあるだけだった。痛みはない。薬品の匂いが鼻につく。
なぜだろうと思っていたら部屋に誰か入ってきた。
「ようやく目を覚ましたようね。安心したわ」
白蛇の亜人ブランコだった。彼女は灰色のワンピースを着ていた。
病院なので派手な格好は慎んだということだろう。
「ブランコさん。俺は一体どうしたんだ?」
「あなたはイサベルに刺された後、ここに担ぎ込まれたのよ」
ブランコが説明してくれた。
あれから三日ほど経っている。当時エスタトゥアはイサベルに刺された。
理由はわからない。だがホテルマンがすぐに察しイサベルを取り押さえた。
ここで幸運だったのがアラクネ商会の会長ジュンコがいたことだ。
彼女は糸を使い、エスタトゥアの傷口をあっという間に縫い付けたのである。
内臓には異常はなく、意識不明なのは精神的なものだろうと言われた。
実際入院する必要はなく、あくまでエスタトゥアが落ち着く場所で安静させているだけであった。
「ちなみにイサベルは矯正奴隷に落とされたわ。今頃オラクロ半島行の船に乗っているはずよ」
「え、取り調べもなしにですか?」
「当然よ。奴隷に人権はない。事件を起こせば過程など無関係なのよ」
商業奴隷は事件を起こしても主同士で示談すればそれで済む場合があるという。
だがイサベルはフレイ商会の商業奴隷だ。会長のアセロはすぐラタジュニアに土下座してイサベルを矯正奴隷にした。
そしてエスタトゥアを登録したときの金額を支払い、入院費はフレイ商会持ちとなったのだ。
相手が死んだ場合は登録した金額の10倍を支払う義務がある。
両方死んだら、目撃証言をもとに、相手にお金を払うのは変わらない。
要は奴隷が問題を起こしても金で大抵解決する。
イサベルがどんな気持ちでエスタトゥアを誘うが関係ない。
彼女はエスタトゥアを刺した。その結果だけが重視されているのだ。
イサベルは一生を棒にふるったといえる。
「一応事情聴取はしたそうよ。なんで自分があんなことをしたのかわからないとね」
ブランコは冷たく言った。
正直、エスタトゥアを傷つけた奴隷などどうでもいいのだろう。
だが彼女は食いついた。
「ちょっとまてよ。もしかしたらエビット団の仕業かもしれないぞ」
「ええ、フエゴ教団が来てそちらの調査もしているわ。
だけど、それはそれ、これはこれよ。イサベルがあなたを刺した事実は変わらない。
催眠状態でも人を傷つけることは躊躇するけど、おそらく彼女はあなたに不満を抱いたのでしょうね」
「不満……、か。確かに俺は恵まれているよな」
エスタトゥアはしょんぼりとなった。ラタジュニアに商業奴隷にされてアイドルというわけのわからない者をやる羽目になった。
そのおかげで歌姫ボスケに舞姫オーガイ、ファッションデザイナーのジュンコと関わることになった。
さらにサルティエラの塩の女王イザナミと玄孫のヨモツとも関係を持っている。
三角湖でも3つの村の代表と顔を合わせていた。常人では考えられないコネだ。
それにパーティではフレイ商会にフレイア商会、スサノオ水産にヘルメス商会など大手の会長とも懇意になった。
ただの商業奴隷ではありえないものだ。イサベルが務めたフレイ商会も大きいがコネの点ではエスタトゥアの方が上だ。
普通の人なら嫉妬してもおかしくないのである。
「もう忘れなさい。今はこっちに問題が起きているわ」
ブランコはカーテンを開いた。時刻はすでに夜だ。
だが病院の前では松明がびっしりと掲げられており、ゆらゆら揺らいでいた。
「なんだありゃあ……」
「あなたを断罪しろと訴えている集団よ。人間が亜人を挿して罰せられるのはおかしいとね。
あとウトガルド商会の元会長さんが先頭になってわめいていたわ。もうあの老人はまともじゃないわね」
「むちゃくちゃだ」
エスタトゥアは呆れていた。
話を聞くと彼らはエスタトゥアが刺されて病院に担ぎ込まれた後、イサベルの事情聴取をした。
そして彼女を規定通り矯正奴隷にしたのである。
人間の男たちはそれに激怒した。なんで亜人を刺しただけで人間が奴隷にならなければならないのかと抗議したのだ。
そしてエスタトゥアをこの手で処刑すると息巻いているのである。
現在はフエゴ教団が彼らを対処していた。
「調べた結果、あいつらは別に亜人に何かされたわけではないのよ。
普段はまじめに働かず、面倒なことはすべて奴隷に押し付ける。
弱い者いじめを愛し、強い者に媚びる最低な連中ね。
今回の事件をきっかけに亜人追放運動を繰り広げているようだけど、連中は自分たちの事を理解していないわ。
オルデン大陸では人間は少数なのにね」
ブランコが言うにはもうオルデン大陸では人間の勢力は落ちているという。
彼らはよそ者を嫌い、技術の流出を恐れた。変化することを忌み嫌っているのだ。
それがフエゴ教団によって激変させられた。
おかげでよそ者の血が混じり、むかついているというのである。
もちろん真面目な人間は多い。彼らは無能で威張るしか能のない人種なのだ。
亜人だけでなく、同じ人間でも嫌っている者が多い。
「大丈夫なのか? かなりの人数だけど……」
「平気です。大半は興味がないのに無理やり引っ張ってこられた大人しい人ばかりです。
実際は事件などどうでもいいけど、頭数をそろえるためだけに脅して参加させただけです。
ほら、みてごらんなさい。教団の神の雷が炸裂しますよ」
ブランコが言うと、ぴかっと光った。さらにつんざくような音もする。
男たちは目を抑え、地面にうずくまった。
騎士たちは男たちを拘束する。
先ほどの光はスタングレネードというものだ。大きな音と光で相手を無力化させるのである。
もちろんまともに当たれば衝撃波でケガをするので使用には注意を払うが。
首謀者はすぐに逮捕される。こちらは詰め所に拘束され事情聴取を受ける。
その後犯罪奴隷か矯正奴隷にするか裁判をするのだ。
この辺りが商業奴隷と、一般人の差と言えよう。
「どいてどいて! 急患だよ!!」
廊下が騒がしくなった。誰か運ばれてきたらしい。
いったい誰だろうと廊下を出てみた。
するとエスタトゥアの目に光が消える。
それは信じたくない光景だった。
急患として運ばれたのはポニトだったのだ。
彼女の頭から血が流れていた。
イサベルにしろ、ポニトにしろひどい目に遭っています。
連載当時はこんな展開ではなかったのに驚いてますね。
別に受け狙いなのではないですが、ラスボスを倒すためには読者のカタルシスを解消するのが一番です。
ハッピーエンド目指して突っ走るのでよろしく。




