イサベルとの再会は凶事であった
「なんで俺がこんな目に……」
エスタトゥアはパーティ会場の隅で歌を披露することになった。
大勢の商会の会長たちがじろじろ見ている。
大抵人間の方は小汚いハムスターのくせにと陰口を叩いていた。
逆に亜人の方は好奇心旺盛で目を輝かせている。
それに場の雰囲気に飲み込まれており、心臓がぱくぱくドラムを叩くように鼓動を刻んでいた。
深呼吸して落ち着かせる。これ以上のステージはサルティエラや三角湖でもあったから、対処法はばっちりだ。
そう思い込んでいる。
「まあこの次にボスケさんが真打として登場すると思うけどな」
「わかるか。あの人だけでなくオーガイさんも控室で待機しているぞ。ちなみにジュンコさんも来ている。この日のための衣装をこさえることができずに残念がっていたよ」
「ああ、わかるよ。この展開に慣れてきた」
ラタジュニアは横にいて彼女を励ました。
だが緊張するのは同じである。サルティエラのソルトコロシアムでも三角湖の行事でも同じことだ。
それはそうとエスタトゥアは周りを見回す。大物は大抵亜人が多く、人間が少ない。
なんとなくだが亜人の方が差別されている気がしたのに意外だと思った。
「むしろ人間の方が希少種なんだよ。この世界は」
ラタジュニアが言った。
彼の話によればオルデン大陸では人間が3で亜人は7だという。
百年前フエゴ教団の人間が加わっても勢力図は変わらなかった。
むしろ近親相姦が主流となっており、死産が多く、奇形児は珍しくなかったそうだ。
それに亜人たちが残した亜人全書を調べた結果彼らは外見が変わった人間であることが判明した。
人間でも毛に覆われている者はいるし、角が生えている者もいる。
フエゴ教団はいきなりではなく、少しずつ、亜人と交わった。
そして人間の方でも各村を支配下に置き、同じ村での結婚を禁じた。
村の若者を教育し下水道を作った。さらに貝を砕き石灰を作り、石鹸を生み出した。
子供の夭折も減り、食糧事情も向上した。
もっともよそ者と交わる怒りは今も消えてはいないらしい。
「はっきり言えばアセロさんやオロさんたちは苦労をし続けてきたよ。
亜人というだけで白い眼を見るやつがほとんどだったらしい。
それでもみんなと一緒に知恵を絞ってここまで来たんだ。俺は過去の偉人の真似をしたにすぎん」
ラタジュニアは自傷気味に答えた。真似をしても必ず成功するわけではない。
彼自身、非凡ではないということだ。
「それはそうと、今日唄う内容は明るいものと言われている。
前向きで鬱を吹っ飛ばすようなのを一発頼むと言われたよ。
まあ、お前の場合はそうだろうな。下手な歌を歌えば来客が暴走するかもしれん」
これは本当である。エスタトゥアは常人より神応石が大きいのだ。
神応石とは人の精神に作用するもので、大抵の人は脳の中にある。
ただし砂粒ほどの大きさしかない。エスタトゥアの場合は大豆ほどの大きさだという。
これは彼女の出生に秘密があった。彼女の父親はエビルヘッド教団、エビット団の工作員であった。
人間の女性と結婚し、子供を作る。そしてその子供が差別されるように仕組むのだ。
なんで回りくどいことをするのかわからないだろう。しかしこれが神応石にとって都合よく働くのだ。
例えば熊の亜人の子供なら、熊の様な力を持っているに違いないと噂される。
神応石は周囲の人間の心も反映するのだ。ましてや多感性な子供がそう思い込むのは珍しくない。
そういった子供を増やし、やがて主神であるエビルヘッドを倒させる。
死んでも問題はない。悪の化身は死んでも人々の記憶に残るからだ。
「厄介だよなぁ。そもそも旦那様が俺をアイドルにしようとしなければよかったのに」
「しょうがないだろう。お前はゴールデンハムスターの亜人だ。
俺と同じく歯のスキルが発言してもおかしくなかった。
だからハムスターとは無縁のアイドル活動をすることで、スキル発言を阻止するつもりだったんだ」
「だからといって俺に声のスキルが発言するとは思いもしなかったけどね」
これは明らかな失敗であった。彼女の歌はもろ精神に訴える威力を秘めていた。
各村で歌を歌い、村人が感情的になって襲ってきたのもそのためだ。
だからといって歌うのをやめるわけにはいかない。むしろ歌い続けコントロールできるように仕向けた。
それに踊りのおかげで歌だけに集中することがないので、怪我の功名と言えるだろう。
もっとも偶然に頼っていたので褒められることではないが。
「さて、歌いますか。歌は勝利のマリオネット!!」
エスタトゥアはステージに上がった。周りは自分に嫌悪の目と好奇と期待の目を向けている。
子供たちもわくわくしていた。
エスタトゥアは歌い出す。
「どうよ、思い知りました~、わたしの底力~。
今も威風堂々、がんばります~。
空の青さが~、目に染みます~。
明日を繋ぐ、雲の糸~。
弱い人なら~、手を伸ばし~。
強いお方は~、慰める~。
みんな最高、みんな最高。
幸せの世界~。
みんな最高、みんな最高~。
幸せの~、世界~」
エスタトゥアは一通り歌を追える。正直投げっぱなしな歌詞だが鬱を吹き飛ばす内容だ。
商会の会長たちの反応は様々だった。
「なんだあれは? ボスケの弟子なのにあんなものなのか? 意味の分からない歌と踊りを合わせるなんて」
「所詮は亜人のやることだ。なんでも二つ組み合わせればいいと思い込んでいるんだ」
「正直、ボスケの弟子でなければ退室していたよ。ふん」
人間たちの評価はこんなものだ。まともに評価せず亜人というだけで決めつけていた。
むろんそれらはごく一部でしかない。他の人間たちは感心していた。
「ボハハハハ!! いやー、素晴らしかった!! わしが子供の頃見たアイドル番組のアイドルと遜色あらへんわ!!」
「そうでゴワスなぁ!! おいどんとこの大漁祭にぜひ来てほしいでゴワス!!」
「ふむ。ミーの商会の宣伝にぴったりザマス。ふむふむ……」
アセロやスサノオ、トリスメギストスは褒めたたえていた。
オロとヴァルキリエもぱちぱちと拍手を送っている。
それに子供たちは人間、亜人に関係なくエスタトゥアをきれいだと言っている。
正直子供たちに褒められた方がうれしかった。
こうしてステージは終わり、ボスケのステージが始まった。
☆
「ふぅ、疲れたなぁ」
エスタトゥアは会場を抜けた。そして暗いところで一休みしている。
もちろんホテルの従業員は彼女を見守っていた。エスタトゥアにおしぼりや水を持ってくる。
至れり尽くせりのサービスに彼女は感心していた。
「あはっ、エスタトゥア、おひさしぶり!!」
後ろから声をかけられた。振り向くと人間の女の子が立っている。
髪の毛は金色で切りそろえてあった。肌は白い。
メイド服を着ており、先ほどのパーティ会場で奉仕をしていた一人かもしれない。
「……お前、イサベルか?」
「そう! イサベルちゃんなのでした!!」
彼女はエスタトゥアが商業奴隷に登録する際に、プリメロの町にあるフレイア商会の職業訓練で同期だった少女だ。
まだ一年も過ぎてないのだが、それ以上と感じられた。
あまりに濃い時間なので、長いと思ったのだ。
「確かフレイ商会で商業奴隷として働いているんだよな。元気か?」
「うん、元気だよ。毎日掃除洗濯、子守をしてて忙しいよ。そっちは随分楽して儲けているじゃない」
なんとなくイサベルの口調に棘があった。にやにや意地の悪い笑みを浮かべている。
自分は苦労しているのに、相手は幸運に恵まれていると感じだ。
それでもエスタトゥアは顔色を変えず返してやる。
「楽して儲ける……ね。人から見ればそうなるだろうな」
エスタトゥアはイサベルの嫌味を理解していた。正直自分が苦労知らずとは思えない。
なぜなら今の職場は面倒臭い人間が多い。仕事もおそらくイサベルと大差はないだろう。
おそらくは隣の家の芝生は青く見える心理だ。
他所から見ればエスタトゥアはアイドルというわけのわからないことをして儲けているように見えるのだろう。
「どんなところも似たようなものだぜ。見た目は楽しそうでも別の苦労がある。
人を妬むより、まず自分を……」
エスタトゥアは口にできなかった。
彼女の腹部にナイフが突き刺さっていたからだ。腹の中が火をくべられた様に熱くなる。
血がマグマのように感じられた。意識が遠くなっていく。
相手はイサベル。彼女の形相は般若のようになっていた。
「アハッ、アハッ! アハーーー!!
あんたのせいであたしの人生は真っ暗になったのよ!!
あんたさえ、あんたさえいなければ!!」
どす黒い怨念をぶつけられ、エスタトゥアの意識は遠のいていった。
イサベルは第一章に登場した人間の女の子です。
当時はこんな役割を担う人間ではありませんでした。
インパクトとしては十分だと思うけど、受け狙いにしてもやりすぎだと思いましたね。




