ラタジュニアたちは商会連合のパーティに出席します
「パーティだって?」
エスタトゥアとカンネの山籠もりが終わり、彼女たちは帰ってきた。
エル商会はあいかわらずのいい賑わいだ。
エル商会はハンバーガーを主力としているが、今回は米料理が提供されることになった。
オルデン大陸では海産物たっぷりのパエリアが、オラクロ半島ではトマトのリゾットが出される。
さらにナトゥラレサ名物のクスクスという料理も出されていた。
みんな物珍しさに注文しており、大好評である。
以前から客にハンバーガーだけでなくパエリアも出せと言われていた。
それで何度がテストを繰り返し、パエリアだけでなくリゾットやクスクスを出すことになったのだ。
コミエンソにはオラクロ半島やナトゥラレサ大陸出身の者が多い。
そんな彼らに人気があった。
エスタトゥアは変わらず接客サービスで忙しいし、カンネはある程度我慢強くなった。
三角湖から運ばれた米を使用しており、飯炊きはそちらの人を雇っている。
米は小麦より安くなじみがない。その米の消費を促す意味もあった。
会長であるカピバラの亜人であるラタジュニアは会長室で書類の整理をしていると、会計の白蛇の亜人ブランコが紹介状を持ってきたのである。
「はい。コミエンソの郊外にあるホテルで商会を集めたパーティが催しされます。
旦那様にもぜひ参加していただきたいと」
するとラタジュニアは渋い顔になった。正直彼は人の多いところには行きたくないのだ。
行商人として赴くならともかく、どんちゃん騒ぎをするところにはなるべくいきたくない。
かといってコネを作るのも大事だ。商売は横のつながりが重要になる。
悩んでいると、ラタジュニアは紹介状のないように目を落とす。
「? これ開催日が今日じゃないか」
「はい。その通りです。紹介状自体は一週間前に来ておりました」
ばんと扉が開いた。そこには二メートルほどの背が高い大男がふたり立っていた。
顔は狛犬のようである。身に付けているのはふんどしと下駄だけであった。
鍛え上げられた筋肉を見せつけんばかりである。
「アゴウにウンゴウ……。なんであんたたちが……」
どうやらラタジュニアは顔見知りのようである。アゴウとウンゴウは彼の両腕を取った。
そして無理やり部屋から連れ出そうとしている。
暴れてもびくともしない。ものすごい力だ。
「ラタ様の命令です。このまま坊ちゃまを連行しろと」
「命令なので仕方ないのです。ご了承ください」
ふたりは白目で言った。まったくラタジュニアに敬意を払っていない。
その横を廊下でエスタトゥアは覗いていた。
ちなみにシマリスの亜人ポニトも一緒である。
「なんだありゃあ?」
「だんなしゃま、おっきいひとにだっこされて、たのしそうなの~」
ポニトには連行されたラタジュニアが楽しそうに見えるらしい。
幼女の夢を壊さないようエスタトゥアは黙っていた。
「旦那様はこれから商会連合の開くパーティに出席するのです。
ちなみにあなたも参加するのですよ。さあ、着替えましょう」
そういってブランコは彼女を部屋に連れ込んだ。
後はエスタトゥアの絶叫だけが聴こえるばかりであった。
「おみやげまってるの~」
ポニトが手をあげて楽しそうに笑っていた。
☆
「うわー、すげぇな!」
エスタトゥアは驚いだ。コミエンソの郊外にあるホテルは海岸の近くに会った。
お城のような作りだが、城ほど屈強な作りではない。
フエゴ教団の技術がたっぷりと詰まっていた。
電気や水道、ガスなどの設備が充実しており、エレベーターなる籠があった。
ここまで来る途中カボチャ型の馬車に乗せられてやってきた。
確かシンデレラという名前だったと思う。以前ボスケが乗っていたのを思い出した。
その数は百台を超えており、馭者やお付きの者を含めると数百人は超えている。
ホテルの中はきちんとした正装をした人間や亜人たちが出迎えてくれた。
礼儀正しい挨拶にきめ細かいサービスと、まるで夢の国に来たみたいだ。
途中ではきれいな花や木が飾られており、絵画や彫刻もあった。
もっともラタジュニアはアゴウたちに挟まれ、身動きは取れずにいた。
エスタトゥアは青のドレスを身に付けている。首にはネックレスなどが飾られていた。
ちなみにカンネは参加していない。今の彼女はハンニバル商会の令嬢ではないのだ。
留守番をしろと命じられた時の彼女の顔は絶望に染まっていた。
「なぁ、なんで嫌がるんだよ。もしかして親父さんの件があるからか?」
エスタトゥアは訊ねた。そもそもラタジュニアの名前はラタの息子という意味だ。
ラタ本人は結構な商人で、幅広く活躍している。
息子はその父親の七光りを嫌っており、反発していると思っていた。
そうこうするうちにエスタトゥアたちは会場へたどり着いた。
そこはホテル内でもっともきらびやかな空間であった。
まばゆい照明にきれいな花が飾られている。
テーブルの上には酒や肉、果物が山積みになっていた。
きれいに着飾った淑女たちが会話をしている。
まるで天上に来たみたいだ。エスタトゥアは場違いな気がしてきた。
ラタジュニアはやっと降ろされた。アゴウとウンゴウは主の元へ戻っていく。
「よぅ、ひさしぶりだな。元気にしとったか?」
そこに声をかけてきたのはコマネズミの亜人だった。
エスタトゥアより背が低く、手には杖を持っている。
その横に先ほどのアゴウとウンゴウが挟んでいた。
「えっと、あなたは……」
「うむ。儂はラタ。ラタ商会の会長じゃ。そしてこやつの父親でもある」
そういってラタジュニアに杖を向けた。
彼は頭をぽりぽり掻いて、言った。
「おひさしぶりです。お父さん。今回はどうして強引な手段を使ったのですか?」
「ああ、他のみなさんに頼まれてな。お前がなかなか遊びに来てくれないからすねておるのだ。
この機会を使って、みなさんに挨拶をしなさい」
ラタが答えた。見た目は子供が大人に説教をしているように見える。
だがエスタトゥアは違った。ラタの気に圧倒されているのだ。
左右を挟むアゴウとウンゴウがかすむくらいの威圧感があった。
背が低いことなど関係ない。ただ自分はこうあるべきだと自信に満ちていた。
それは傲慢とかではなく、支配者としての当然の振る舞いだというものだ。
彼の鋭い目つきはたやすく弱者の心を見破ってしまうだろう。そう思った。
「あっ、自己紹介が遅れました。私はエスタトゥアと申します。
エル商会の商業奴隷です。以後お見知りおきを」
エスタトゥアはぺこりと頭を下げた。奴隷と言ってもあくまで仮の事だ。
矯正奴隷か犯罪奴隷でなければ問題はない。
ラタもにこやかに返してくれた。
「うむ。あなたがエスタトゥアさんか。ブランコからよく聞いておるよ。
うちの愚息があなたをアイドルに育てようとしていることもね。
まったく大変であったろうよ。そもそも今の世にアイドルが通じるとは思えんがね。
それにあなたの過去も知っている。だからこそ選んだのだろうが、愚の骨頂じゃな。
まあ、儂もあなたの身の安全は保障しよう。ではな」
ラタは挨拶が終わると去っていった。
エスタトゥアは冷や汗をどっとかいた。
ようやくラタがいなくなったのでほっとした。
「ふぅ、あれが旦那様の父親か。気の弱い奴がいたら心臓が止まりそうな圧迫感だな」
「そうか? 俺はそう思わないけどな」
息子はけろっとしている。長年親子だからラタのすごさがわからないのかもしれない。
「それはそうと、好きな物を食べるといいぞ。テーブルに欲しいものがなければ屋台がある。
あそこはかつてキノコ戦争が起きる前の世界中の料理が並んでいるからね」
ラタジュニアはうながした。エスタトゥアは目の前のごちそうに目移りしている。
料理にがっつくとラタジュニアはジュースをもらい、飲んだ。
気のせいか周りの目がするどく刺さっている。
まるでラタジュニアが来たのが気に喰わないみたいにだ。
「ふん……。あのでかネズミ、来やがったのか」
「まったく大物の名を借りるなんて恥知らずもいいところだわ」
「しかもわけのわからないアイドルに金を注ぐなど、狂人としか思えないね」
「あいつのせいでウトガルド商会は潰れたと聞くぜ。ロキが可哀想だ」
「ああ、なんで亜人どもを商人として認めるのか理解できないぜ……」
エスタトゥアは料理に舌鼓を打ちながらも、話を聞いていた。
ラタジュニアはあまり他の商会に好かれていないようである。
どれも人間の方が多かった。それでも亜人が商会の会長をやれるのはフエゴ教団の教えなのだろう。
そんな彼らだが大手の商会の会長たちには米つきバッタのようにへこへこしている。
弱者に強く、強者に弱い典型的な人種だ。
きっとウトガルド商会のような客を飯の種にしか思わないのだろう。
自身は努力をせず、他人が努力をしろという傾向があるのだ。
「おお! ラタジュニアはんやないか!!」
そこで声をかけられた。それは一体誰なのだろうか?
今回で最終章に突入します。何篇で終わるかわかりませんが、連載当初に考えていたラストを書きます。




