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獣人族の前で歌を披露しました

「さあ、見せてあげなさい! あなたのアイドルとしての底力を!!」


 カンネが叫んだ。彼女は酔っている。お酒は飲めない年代だが酔っぱらっていた。

 彼女は場の雰囲気に酔っているのである。大勢の人間が集まり、わいわい騒ぐ特殊な空間。

 アルコールなしでも頭がふらふらになることもあるのだ。


「やだよ。なんで俺がそんなことをしなくちゃならないんだよ」


 エスタトゥアは渋った。別に芸を見せるのが恥ずかしいわけではない。

 カンネにやれと言われたのが気に喰わないだけだ。

 ご主人様であるラタジュニアに命じられるなら話は別であるが。


「歌と踊りならボスケさんやオーガイさんがいるだろう?

 俺の拙い芸なんか見てもつまらないよ」

「つまる、つまらないはあの方々が判断いたしますわ。

 むしろおふたりの高貴なものより、あなたのほうが親しみやすいと思いますわ」


 カンネは嫌がらせで言っているわけではない。

 アイドルの話は昔アグア教団から聞いたことがある。アグア教団とはフエゴ教団から別れたナトゥラレサ大陸で有名な宗教だ。

 実際は水力発電に力を入れており、浄水場の施設などを建設しているのである。

 さてアイドルとは歌って踊れるものだということだ。

 カラフルでフリルの衣装を着て、甘ったるい歌を歌うのである。


 正直、ナトゥラレサというか闘神王国ではあまり理解できなかった。

 そもそも歌とは戦士たちが死地に向かうときに自身の勇気を奮い立たせるための物である。

 そして踊りも精霊を降ろすために必要な儀式であり、それらを加えたものは理解できないのだ。


 二百年前は流行ったというのは理解できる。だが現代の人間に共有しろというのは無理な話だ。

 カンネ自身もラタジュニアの行動に首を傾げた。

 彼は夢を見る放浪者ではない。あらゆる知識と情報を得て商売しているのだ。

 現在フエゴ教団の冷凍技術で一週間かかる道でも食べ物を腐らせることはなかった。

 それ故に輸送費が高くなってしまっているのだ。


 人件費だけでなく、宿賃やヤギウマの世話などあるからさらに値段は跳ね上がる。

 フエゴ教団ではもうすぐ鉄道を復活させる動きはあった。

 鉄道とは蒸気の力で動く鉄の乗り物である。それは線路を敷かないと動かせないので、目下工事中だという。


 ラタジュニアのエル商会は地産地消だ。地元の農家や狩人から野菜と肉を買うのである。

 遠くで買うのは保存のきくものくらいだ。

 輸送費が浮くため、値段も安くなるし、地元も潤う。

 科学の力が復活しつつあるコミエンソでは新しいものを積極的に使う傾向があった。

 ラタジュニアはその欠点を見抜き、あくまで自分を貫いたのである。


 新しいものを取り込まないと時代遅れとバカにされる。

 そんな中で周りに惑わされずに商売を成功させたラタジュニアは有能な人間なのだ。

 彼の父親は除いて借金をしてしまい、逆に倒産させてしまう場合が多かった。


 カンネはそれを知っている。だからこそエスタトゥアを気まぐれでアイドルに育てているわけではないと理解している。

 もっともエスタトゥアはエビルヘッド教団と縁があるため、ラタジュニアはなんとか彼女を救うためにアイドルにしようとしていたが。


「あなたは商業奴隷ですが、歌を歌い、踊りを踊る資格はありますわよ。

 それに子供たちもわくわくしているようですわ。それに応えないのはいけませんことよ」


 カンネが言った。後ろを振り向くと5歳くらいの子供たちが囲んでいる。

 エスタトゥアが何か芸をしてくれると期待しているのだ。

 仕方ないのでエスタトゥアは踊ることにする。


 焚火の前でエスタトゥアは歌った。

 

「まいにち~、まいにち~、わたしは店前で~。

 歌を歌って、うんざりしちゃいます~。

 ある晩、わたしご主人様に~、喧嘩して町を飛び出しました~。

 初めて歩いた外の世界~、とっても広くて目が回る~。

 腹は痛くて、吐き気がしたよ~。

 すぐにお店に、逃げ込みました~」


 エスタトゥアは奴隷にされ、アイドルにされた者の悲しみを唄った。

 題名は歌えエスタトゥアというもので、正直恥ずかしくて嫌だった。

 ご主人様に命令され、最初は逃げ出してみたのだ。

 しかし実際の世界はあまりの広さに吐き気を催し、結局奴隷としての生活を選ぶ。

 そんな悲しくも哀れな内容を踊りと共に歌ったのである。


「うわ~。なんかすごいね」

「うん。おねえちゃんのうたがとってもきれい」

「おどりもすごいや。みててたのしい」


 子供たちは喜んだ。大人たちも拍手をしてエスタトゥアを褒めたたえる。


「なかなかの芸だ。歌の中身はよくわからん。

 だが聴いてて、とても、よかった。

 お前の歌は、俺たちの、心に響いたぞ」


 族長のアントニオが言った。彼らは俗世のことは詳しくはない。

 だからこそエスタトゥアの歌は心に響いたのである。

 エスタトゥアも彼らの素直な感想に驚いた。

 人間の住む村では理解できないと馬鹿にされていたのにだ。


「悲しいことですが、今のオルデン大陸では常識によって縛られておりますわ。

 なまじ情報を得ている故に自分が理解できないものは受け入れられないのですわ」


 カンネが言った。


「その通りですわ~~~!! 今でこそわたしも名は売れてますけど、最初は嫌われておりましたわ~~~!!」

「そうですね。食用キノコのマイタケなのに性別が女というだけで白い眼で見られることは普通でした」


 ボスケとオーガイがしみじみに答えた。


「あれ~? もう終わっちゃった?」


 ジュンコが帰ってきた。ハンゾウとハットリも一緒である。


「あらジュンコさん。お仕事は終わったのですか?」

「うん、終わったよ。今はフエゴ教団の騎士団たちが後片付けをしている最中だね」

 

 オーガイの質問に答えた。実はジュンコたちは襲撃者たちを討伐していたのだ。

 彼女は体毛の裁縫人ヘアー スキルを使える。毛を森中に張り巡らすことで異変を感知できるのだ。

 相手は百人ほどで怠け者で小ずるい性質の者ばかりであった。

 どこからか拳銃を調達し、獣人族だけでなく、ボスケやオーガイさえ殺すつもりだったらしい。

 しかし一週間の騎士にとって敵ではなかった。泣き叫び癇癪を起す3歳の子供を十人相手にするほうがマシと思えるくらいだ。


「エスタトゥアちゃんの歌声はここまで聴こえていたよ。とってもよくなったね。

 今まであの子は自分を縛っていたと思う。だからこそ初めて見た人は何をしたいのかわからなかったんだよね」


 ジュンコが説明した。

 そもそも歌と踊りを一緒にしたくらいで納得できないなどありえない。

 そう思っている人は内心エスタトゥアの心境と行動が不一致だと感じたからだ。

 心から歌ってないし、適当に踊っている。だから何がしたいのかわからなかったのだ。


「まあ、まだまだだよね。そこらへんはボスケちゃんやオーガイちゃんが鍛えてくれないとね。

 せっかく覚悟を決めているのに」


 ボスケとオーガイは神妙な面持ちになった。

 彼女らはラタジュニアに自分がエスタトゥアの先生になると売り込んだ。

 ふたりともラタジュニアの父親に恩があるので、親の七光りかと思われた。

 実際は違った。ふたりはエスタトゥアと関わればエビルヘッド教団に狙われる覚悟を決めていたのだ。


 一週間の騎士であるハンゾウが護衛についていた時点で、エスタトゥアの秘密は知っていた。

 ラタジュニアが難色を示したのは、ボスケが最初から狙われる恐怖を受け入れていたからだ。

 エビルヘッド教団の恐ろしさは理解している。それでも彼女たちは戦うことを決めたのだ。


「まあ、あの子が可愛いのはわかるよ。あたしも気に入っちゃってるからね。

 それに、エビット団のやり方がすごくむかつく。

 だからあたしは負けないからね」


 ジュンコは覚悟を決めていた。それはボスケとオーガイも同じである。

 エスタトゥアの歌声はまだ響いていた。

 こうしてエスタトゥアとカンネの山籠もりは終えたのである。


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