獣人族との出会い
「なんだありゃ……」
エスタトゥアは茂みの中に隠れ、様子をうかがっている。
今彼女はある集団を盗み見していた。
それは異質な集団であった。全員で50人ほどいる。
まず人間が主だが亜人もいる。共通しているのは獣の毛皮を身にまとい、足には皮袋を履いていた。
さらに頭部にはインドクジャクの羽根で飾られている。
頬には炭で模様を描かれていた。肌は垢まみれで、ひげをもじゃもじゃ生やしている者が多い。
そして首や腕には赤ん坊の頭蓋骨であしらった首飾りや腕輪を身に付けているのだ。
男たちは皮で作られたテントを張り、女たちは簡単なかまどを作り、土器を使って料理を作っている。
子供たちは獣の頭蓋骨で作られた太鼓を叩いたり、骨で作られた笛を吹いて遊んでいた。
あとは数十羽のインドクジャクを柵の中に入れている。ギャーギャーと不快な泣き声をあげていた。
「獣人族ですわね」
隣にいるカンネがつぶやいた。ちなみにボスケにオーガイ、ジュンコもいる。
もちろん護衛のハンゾウやハットリもいた。
「おそらく今回ここが彼らの住処なのですわ。彼らは遊牧民と同じで季節ごとに移動をするのです」
カンネが説明してくれた。ちなみにこの間見たストーンサークルには旗は立っていない。
まだ彼らがテントを張り終えてないからだ。
準備が整い次第旗を立てに行くという。
「なるほどね。彼らなら安心だわ。よし挨拶しましょう」
ジュンコは立ち上がると茂みから出て行った。
そして獣人族の中に入っていく。彼女はいつの間にか皮袋を取り出した。
中には干したトウモロコシが入っている。
「ムースト グスト《初めまして》!! 私はジュンコ。フエゴ教団の者です。
皆さんはインドクジャクを飼うパポレアルの部族の方ですね?」
そこから一人の老人が出てきた。皺が多く、年齢も性別も全く不明である。
インドクジャクの羽根を飾りとし、毛皮をすっぽりと着ていた。
そしてよろよろと杖を突いている。額には緑色の鳥の刺青があった。それは他の者も同じである。
異質なのは首飾りだ。赤ん坊の骸骨がずらり十個は繋がっていた。
手首にも頭蓋骨が5つほどあった。
「ようこそ、火を祀る者よ。私は、長老のアントニオ」
ぺこりとアントニオは頭を下げた。なんとも掠れた声で空気が抜け出ているかと思える。
ジュンコは彼に袋を渡した。
「これはトウモロコシが入っております。手持ちにはありませんが戻れば麻袋で三袋は提供できます。
なので今日は皆さまとお話がしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、いいだろう」
周りはまったく反対していない。長老の命令に逆らえないというより、気にしていないというところだ。
老人が自分の家に近所の子供を招き、お菓子を差し出す程度でしかないようである。
エスタトゥアは獣人族は人を喰うと聞いていたので身構えていたが、肝心の本人たちは気さくであった。
正直人間の村の方がよそ者を忌み嫌っているように思える。この差は何だろうか?
こうして今宵は獣人族たちと一緒に食事をとることになったのだった。
☆
「デスピアダドに会ったのか?」
エスタトゥアは焚火の周りを囲み、食事をとっていた。
メインはインドクジャクの肉だ。オスの方を潰して客にふるまうのである。
もも肉に香草と一緒に焼いたもので香ばしい匂いがした。
それを被りつくとじゅわっと肉汁があふれ出る。木の実を潰したパンを付け合わせに食べた。
逆に彼らはジュンコからもたらされたトウモロコシでパンを焼き、スープを作って食べていた。
客人が持ってきたものは、客に出してはいけない決まりがあるのだ。
エスタトゥアはかつて自分の村を襲ったデスピアダドを思い出し、口に出した。
アントニオは反応するが、他の者は無関心である。
「会ったというか、俺の村を焼き払ったんだ。まあ俺は村八分だったからどうでもいいけど。
みんな食い殺されていたな」
「なんたることだ。あの者は人の授かり物ではなく、命を奪ったのか。
それでデスピアダドはどうなった?」
「えっと、死んだ。ビッグヘッドに喰われたんだ。実際は俺の旦那様に縛られた隙にビッグヘッドがやってきてみんな喰い殺されたんだ」
すると周りの空気が重くなる。ただしジュンコは動じていないので、痛いところを突かれたわけではないようだ。
「あいつ最近までいたのか。しかもでか頭に喰われた。魂は永遠に木の鎖に縛り付けられたというわけか」
みんな死んだというより、いたという表現であった。なんとも一族の人間にしては軽いと思った。
彼らにとって死は身近である。死んでもいなくなったとしか思っていないのだ。
別にデスピアダドが嫌われているわけではないと言いたいが、彼は問題を起こしていたようである。
デスピアダドはアントニオの孫だった。この世代だともう人食いは過去の遺物と化していた。
ストーンサークルに子供が捨てられることも少なくなっていたのだ。主に狩猟で食べていけるようになっていた。
捨てられても女の子だけが捨てられていた。これなら獣人族が拾って育ててくれるからである。
だがデスピアダドは異常であった。彼は人をなぶり殺しにし、同じ兄妹同士で結ばれることを望んだ。
よそ者の赤ん坊と結婚するなど冗談ではないと思っていたそうだ。
もちろんアントニオは許しはしない。結果デスピアダドは半殺しにされた。
しかし彼は逃げた。妹のフアナを連れて。それで十数年行方不明となっていたのである。
「パポレアルはもう人は食わない。俺が人を喰ったのはもう40年も昔のことだ。
俺が首にぶら下げているのは、ホセ、マヌエル、フランシスコ、フアン、ダビィ、ハビエル……」
アントニオは頭蓋骨を手にし、名前を呼んだ。どうやら食べた人間の名前らしい。
食べた赤ん坊の骨は装飾品とし、永遠にその名を遺すのである。
「パポレアルでは俺だけしか人を喰っていない。他の部族ももう人食いはいなくなった。
全員大地の肥やしとして戻っていったのだ。俺ももうじき大地へ戻るだろう。
だがデスピアダドとその息子たちは違う。でか頭に喰われたということは、死んだ後木に変わることだ。
我らベスティアは木になることは大地に帰らず、その命を吸い取る者として忌み嫌っている。
デスピアダド、禁忌を破り、赤ん坊ではない人を喰った。だからでか頭に喰われた。
唯一の救いはフアナは兄の道連れにならずにすんだということだ」
アントニオは頷いた。
フアナは自分の娘たちとともに、かつてオンゴの村で暴れていた。もっとも本心からではなくエビルヘッド教団、略してエビット団に操られていたのだ。
ラタジュニアによって捕縛されたが、彼女らは復讐心などなく、ナトゥラレサ大陸へ送られていったのである。
「ふぅん。でもなんでそんな細かい決まりがあるんだろうな?」
エスタトゥアは不思議に思った。なぜストーンサークルで子供を捨てると獣人族が拾うのかわからないのだ。
これは百数年前、しゃべるビッグヘッドであるキングヘッドがもたらしたルールだという。
村によってはキングヘッドが直に教えたところもあるが、大抵は口コミでもたらされたそうだ。
主に塩を行商するサルティエラの人間が広めたのである。
子供を捨てる理由が明文化されると、こぞって子供をストーンサークルの捨てたというのだ。
ちなみにパポレアルだけではなく、イノブタやヤギを飼う部族が複数いるのである。
ストーンサークルでは畑で耕した小麦や米、穀物などを大量に置けば、獣人族が育てた家畜や家禽の肉、薬草などと交換されるというのだ。
よそ者と口はききたくないが、物々交換はしていたのである。
「……? ちょっと用事ができたので、失礼するね」
ジュンコは席を外した。そしてハンゾウとハットリも離れていく。
エスタトゥアは首を傾げた。
「あれ? ジュンコさんどこへ行くのかな?」
「おそらく~~~、自分のお仕事に向かうのですわ~~~!!」
エスタトゥアの疑問をボスケが答えた。
それをオーガイが補足する。
「はい。ジュンコさんは自分のなすべきことをしに行ったのです」
一体何しに行ったのだろうか? エスタトゥアはそう思っても二人は答えなかった。
答えるわけがない。何しろジュンコは血みどろの行為を行うのだから。




