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ボスケさんの過去が明かされました

「それではお腹に力を込めて~~~! えい!!」


 ウシガエルの亜人であるボスケが声をかけた。

 目の前には大きな木の実が切り株の上に置いてある。

 彼女は声を出すと、周りの景色がぴりぴりと揺れ出した。

 細かい振動が骨身にこたえる。


 すると木の実は大きく破裂した。

 あたり一面に砕け散ったのである。

 それをゴールデンハムスターの亜人であるエスタトゥアと、ライオンの亜人カンネが拍手をした。


「どうですか~~~!! 一流の歌手はみ~~~んなこれほどの力がなければならないの~~~ですよ~~~!!」

「なんて素晴らしいのでしょう!! ボスケ様は空飛ぶカラスを歌声で破裂させると聞きましたが、これほどとは思いませんでしたわ!!」

「違います~~~!! わたしは~~~、生き物を破裂させたことなどありませ~~~ん!!

 そんなの、かわいそうでしょ~~~!!」

「その通りですわ。わたくしったら下世話な噂に惑わされるなんて。まだまだ修行不足ですわ」


 カンネはしょんぼりとしていた。エスタトゥアは逆のことを考えていた。


「歌の力で木の実が爆破するなんて。歌手ってのはこんな危ないものなのか?」

「違いますよ。エスタトゥアさん。これはボスケさん特有の力です」


 マイタケの亜人オーガイが答えた。ちなみに彼女はジョロウグモの亜人であるジュンコとともに用意されたテーブルと椅子に座り、ジュースを飲んでいた。

 もちろんテーブル一式はカンネがナイフで作り上げたのである。


 さて一言で声の力と言えど千差万別である。ボスケの場合は声の力で物を破壊することができるのだ。

 ただしこちらは指向性がある。でなければ木の実だけでなくエスタトゥアたちもただではすまないからだ。

 声の力だと人の感情を強く揺さぶることも可能である。ボスケはフエゴ教団に関わりがあるわけではないが、先天性のスキル持ちなのだという。


「ボスケちゃんて昔は無口だったんですって。子供の頃はそれで家族や村の人にからかわれ、人嫌いになったそうだよ」


 ジュンコがけらけら笑いながらお菓子を摘まんでいた。

 エスタトゥアは信じられなかった。今のボスケは声がでかい。慣れたからいいが、常人では耳が痛くなるほどの大音量だ。

 ジュンコは説明する。


 ボスケはウサギの亜人が住むピーター村で暮らしていた。村長の家系で父親はウサギで母親はカエルだった。

 子供の頃から無口というか声が小さかった。

 逆に声を大きくすれば極端に高くなり、家族や村人たちから馬鹿にされてきたのだ。

 彼女が10歳になると実家を出て掘っ立て小屋を作った。そこで一人暮らしを始めたという。

 ちなみに亜人は10歳になれば大抵独り立ちすることが多く、ボスケは家族に見捨てられたわけではない。


 ボスケは人一倍力があるため、畑仕事は得意であった。村人も声はともかく働き者の彼女を重宝していたのだ。

 だがある日村は伝染病が流行った。ボスケもそれにかかり、小屋の中でぐったりしていた。

 声を出すことはなかった。彼女は自分の声を他人に聞かれるのが嫌だった。


 意識はもうろうとして来た。このまま自分が死んでも誰も悲しまないと思っていた。

 実際彼女は死を迎えようとしていたのだ。

 それをエスタトゥアの主人であるラタジュニアの父親、ラタに救われたのである。


「当時ラタさんは私の住む小屋まで足を運んでくれました。わたしのかすかな声を頼りに来てくれたのです。

 そして決して安くない薬を分けてもらいました。村のみんなはお礼に野菜を渡しましたが、薬代にはほぼ遠いのです。

 あの時ラタさんはわたしに言いました。なぜ声を出さなかったのかと。わたしは答えました。

 声を聴かれたくないからと」


 ボスケは普通にしゃべっている。大人になってようやく普通の音量で話せるようになったのだという。

 当時ラタは行商人であった。だがサルティエラやフエゴ教団とのパイプが出来上がっていたという。

 ボスケの声を聴き、ラタはある思い付きをしたというのだ。それが歌手になることである。


 彼女の声はとても大きくて透き通ったものがあった。歌手なら声が大きくても問題はない。

 娯楽が少ないフエゴ教団のコミエンソでならそこそこ需要はあるのではとのことだ。

 それでやることはないのでためしにラタについて行ったというわけである。

 結果として彼女はオルデン大陸一の歌姫になってしまったのだ。ラタにお礼をしようとしても、自分はただ無責任に勧めただけであり、恩を返す必要はないと断られた。


「ラタさんにとってはどうでもいいことかもしれません。ですが声にコンプレックスのあったわたしにとって、あの人は命の恩人なのです。

 わたしが歌手として食べていけるようになり、挨拶に行っても昔助けたことは忘れていました。

 あの人にとって人を救うのは当たり前であり、覚えていないのです」

「私もそうですね。食用キノコの亜人でありながら性別が女という疎外感に悩まされていました。

 同じくヘンティルさんは男らしさを求めてボディービルにのめりこみました。

 ルナさんは心の弱さから酒に逃げようとしましたが果たせずエア酔っぱらいという特技で逃げたのです。

 ラタさんに踊りを勧めてもらわなければ自殺していたかもしれません」

「あたしは当時ぐれていたっけ。親の跡は継ぎたくないし、教団学校だって好きで通っていたわけじゃないからね。

 あたしが町でかつあげしようとしていたらラタさんにびんたを喰らったよ。親にだってぶたれたことなかったんだ。

 でも真剣にあたしを叱ってくれたのはラタさんだけだったよ」

「なんかジュンコさんだけ同情できないなぁ」


 ボスケとオーガイは自身のコンプレックスで命を縮めていた。

 だがジュンコは単に親に反発する不良娘なのだ。

 するとジュンコの目から光が消える。

 そして周りは暗く重たい雰囲気になった。


「そりゃあ、あたしは元不良少女ですよ。家はアラクネ商会でそこそこお金があり、苦労はしませんでしたよ。ボスケさんやオーガイさんみたいにコンプレックスなどありませんでしたよ。ああ、ジョロウグモの亜人なので毛が多いからお風呂は大変ですけどね。でもあたしはあたしなりに苦労しているんですよ。当時の家はまだ奴隷の数が少ないからあたしが跡継ぎとして育てられたけど、本当は衣服関係の仕事はしたくなかったんですよ。だって毎日母親からしつこく布や糸の材質に関して詳しくなれだの、編み物の勉強をしろだの言われたら頭がおかしくなりますよ。暴力は振るわれたことはなかったけどね。お金があり、衣食住に不自由はしなくても幸せとは限らないのですよ。むしろボスケさんやオーガイさんのほうが幸福だと思いましたね。でもね、あたしだって不幸を自慢したいわけではないんですよ。だって不幸自慢なんて聞いても面白くありませんものね。でもボスケさんやオーガイさんだけ同情して、あたしだけのけ者にされるのはとても悲しいですよ。ええ、とっても悲しいです。そりゃあエスタトゥアちゃんの身の上話は知ってますよ。あなたに比べればあたしなんて乳母に日傘の世間知らずなお嬢様ですよ。でもそれとは関係なくあたしはあなたの―――」

「わーーー!! すみませんでした!! 心にもないことを言って申し訳ありませんでした!!」


 エスタトゥアはジュンコのネガティヴスイッチを踏んでしまい、慌てて土下座する。

 するとジュンコはにっこりと笑顔を浮かべた。


「えへへ。ごめんねエスタトゥアちゃん。どうもあたしは心が弱いというか、すぐ落ち込んじゃうんだよね」

「まったくジュンコ様の心をもてあそぶなど言語道断ですわ」


 エスタトゥアはぐったりとしていた。カンネは無責任にジュンコに同調している。

 だがオーガイはぽんとエスタトゥアの肩を叩いた。


「ジュンコさんが本気になれば落ち込むどころの話ではありません。おそらく血が吹き荒れるでしょう」

「血……ですか?」

「はい。ジュンコさんが一週間の騎士ワンウィーク ナイツに選ばれたのは親の七光りなどではありません。そのスキルのすごさから来るのですよ」


 オーガイが真剣な表情で言った。一体ジュンコの本質はなんなのだろうか?

 するとジュンコは急に真顔になった。


「どうやら誰かがこの辺りに近づいてきたみたいだね。しかも大勢だ。あたしが張った糸の結界に反応したからね」


 一体誰が来るのだろうか? それはあと数刻でわかることであった。


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