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噂のあの人もやってきたよ

「なんだこれは?」


 エスタトゥアは森の中で奇妙なものを見つけた。

 それはストーンサークルで、不揃いの岩が円を描くように並んでいるのだ。

 中央には平たい岩が置かれている。


「これは獣人族の供物を捧げるものですわね」


 隣でカンネが答えた。二人は食料を採集している最中にこれを見つけたのだ。

 今は二人の他にボスケとオーガイが来ている。その護衛にハンゾウとハットリもいる。

 そのため食料が足りなくなったのだ。

 もっともボスケとオーガイは食料を持参していた。魚や肉の缶詰をごっそりと持ってきたのだ。

 ただそれでは山籠もりにならないとして、食料を探しているのである。


「なんだよ、獣人族の供物って」

「もちろん人間ですわ。しいて言うなら子供を捨てる場所ですわね」


 子供を捨てると聞いてエスタトゥアは顔をしかめた。

 

 カンネの説明によればこの手のストーンサークルはオルデン大陸に多いという。

 獣人族は人の道から外れた集団だ。それ故に村と交流はしない。

 だがビッグヘッドの王であるキングヘッドの提案によって生まれたという。


 まず捨てる子供を中央の台に寝かせる。赤ん坊から3歳までと決められていた。

 必ず名前を書かれた板も持たせる。名前のない子供は手を付けないという。

 その時刻は必ず満月と決まっている。その日に子供を捨てるのだ。

 ただし捨てる一週間前に旗を立たせなければならない。

 獣人族が必ず来るわけではないからだ。満月の日に旗が消えていれば近くに待機している証拠である。


「で子供はどうなるんだよ」

「男なら喰われますわ。ですが薬草で眠らせ、苦痛のないようにしますの。

 そして肉は男たちが食べるのですわ。女たちは一切口にできませんけど」


 女の場合、自分たちの子供として育てるという。男を食べた場合骨は首飾りなどの装飾品となる。

 それにその者の名前を付けるのだ。こうしてその子は永遠に獣人族の一員として生きるのである。


「もっともこの儀式は形骸化しておりますわ。もう子供を捨てる村が少なくなっておりますのよ。

 精々人間と亜人のハーフが捨てられるくらいですが、それも少なくなってますし」


 これは自分と同じだ。エスタトゥアも人間と亜人のハーフだが捨てられなかった。

 もっともエビルヘッド教団の影響が強いかもしれない。


「だとしたら俺の村を襲撃したあいつらは別格なのかもな」


エスタトゥアは思い出す。最初は盗賊と思っていたが、実際は獣人族が襲ってきた。

 村人を殺害し、その肉をげらげら笑いながら食べていたのだ。

 まるで人を殺すことに酔っているように思えた。


「人喰いには厳格な掟があるものですわ。人を喰ううしろめたさを払拭するにはそれくらい必要ですわ」

「つーか、あんた詳しいな。俺でさえ知らなかったのに」

「おほほ。これくらい婦女子のたしなみですわ。もっとも今では年配の方しか知らないでしょうけど」


 フエゴ教団の布教のおかげで子捨てが減ったのだ。

 もちろん獣人族は年がら年中人を喰っているわけではない。

 普通に獣を狩り、狩猟で暮らしているのである。


「さてこんなところには用がない。さっさと行こうぜ」


 エスタトゥアは声をかけると、いきなり目の前に黒い物が落ちてきた。


「やっほー! エスタトゥアちゃん、元気してた?」


 それは巨大な蜘蛛であった。いや蜘蛛にしては足が4本しかない。

 蜘蛛の亜人、正確にはジョロウグモの亜人だ。

 逆さになっており、挨拶している。脚を扇のように広げており、両腕には黒いヒモを握っていた。

 これからぶらさがっているのようである。

 だがエスタトゥアは冷静なままだ。


「……こんにちはジュンコさん」

「あっ、あれ~? 反応薄くない? いきなり人が空から降ってきたのになんで驚かないわけ?」


 ジュンコと呼ばれた女性は全身黒と黄色の縞々の毛で覆われていた。

 黒髪のボブカットに口から牙が生えている。

 身体はエスタトゥアと同じくらいの大きさだが、これでも彼女より年上だ。

 

 アラクネ商会の会長、ジュンコである。衣服を中心に扱う店だ。

 エスタトゥアのステージ衣装をデザインをした人でもある。


「ボスケさんにオーガイさんが来たら、次はあなただと予測しただけです。

 それにどうせ来るなら空から落ちてきそうと思いましたから」

「ええ~? 二人のせいでサプライズイベントが台無しになったわけ~?

 すごくショック~!」


 ジュンコは口をとがらせていた。彼女は見た目通りに幼い性格をしていた。

 会長としての手腕はそれなりなのに、プライベートになるとポンコツになるのだ。

 ボスケとオーガイと仲がよく、エスタトゥアもよくお茶をしていたのだ。


「まあ、まあ、まあ!! ジュンコ様がいらっしゃるなんて!!

 ああ、なんという幸運なのでしょう。あの高名なファッションデザイナーであり、アラクネ商会の会長であるジュンコ様と出会えるなんて!!」


 カンネは感極まった。中身を知るエスタトゥアにとって彼女はそんなすごい人には思えない。

 しかしそれを口にしたらややこしくなるので無視することにした。


「あらあなたはハンニバル商会のご令嬢ですね。ナトゥラレサ大陸で闘神王国に赴いたときに闘技場でお見掛けしましたから」

「まあ、ジュンコ様に顔を覚えられていたなんて光栄ですわ!!」

「つーか、闘技場で何してたんだよ……」


 あまり聞きたくないと思った。

 

「それはそうとエスタトゥアちゃん。あなたとっても面白そうなことしているじゃない。

 ブランコさんから聞いたわよ」

「いや、面白くないから!! 俺はこいつのせいで巻き込まれたんだよ!!」

「そうなの? でもボスケさんやオーガイさんもここに来ているというじゃない。

 二人が来て、私がこないのは不公平でしょ?」

「不公平ってなんだよ。お呼びじゃないっての!!」


 エスタトゥアは吐き捨てるように言った。するとしまったという表情になった。

 ジュンコの目から光が消えた。そして膝を曲げて座り込んだ。

 そしてぶつぶつと呟き始める。にこにこと笑みを浮かべながら涙をぽろぽろと流し始めた。


「そりゃあ、突然押しかけて来たことは悪いと思っているのよ? でもお呼びじゃないってひどいと思うのよね、ボスケさんやオーガイが来ているのに私だけのけ者にされるのって悲しいじゃない? とても傷ついたわ。私はジョロウグモの亜人だから男が好きと言われているけど、本当は男の人が嫌いなのよ、だってすごく怖いんですもの。でも今の夫と結婚して子供を作るくらいはできるのよ? ああ、キャラが中途半端だから私は嫌われているのね、ボスケさんみたいに声は大きくないし、オーガイさんみたいに踊りも上手じゃない。アイドルを目指すあなたにしては私なんかいらないんでしょうけど、それでもあんまりじゃないかしら? 私だってかわいい子が好きなのよ。いえ、愛でるだけで性的なことには興味はないわ。でもそんなに邪険にしなくてもいいじゃない。私はあなたに会いたくて来ただけだけど、私は―――」

「あ―――!! すみません、来てくれて嬉しいです!! ただ仕事が忙しいから無理かなって思っていただけなんです!!」


 するとジュンコは泣いた鴉がもう笑ったようになった。ぱっと明るくなり、エスタトゥアに抱きついた。

 ジュンコは普段は明るいがネガティヴスイッチというのがあり、それを踏むと先ほどのように暗くなるのである。

 ボスケの別荘でも何度かやらかしたことがあった。

 エスタトゥアは抱かれながらも乾いた笑みを浮かべている。


「そうなんだ!! もうびっくりしたじゃない!!」

「あはは……」


 その様子をカンネが一歩引いて眺めていた。いきなりネガティヴになったジュンコに恐れをなしたのだ。


「なんという暗黒空間……。これが一流の人間だけが持つ闇の力……」


 カンネは見当違いの予測をしていた。


「ところでジュンコさんの護衛はどこですか?」


 エスタトゥアは辺りを見回すが誰もいなかった。


「いないよ。なんでそんなことを訊くの?」

「いやボスケさんやオーガイさんも護衛がいましたから。二人ともフエゴ教団の一週間の騎士なので」


 それはハンゾウとハットリのことだ。二人ともフエゴ教団の一週間の騎士ワンウィーク・ナイツの一員だからだ。


「そうなんだ。残念だけど私に護衛はいないよ。必要ないから」

「そうなんですか」


 エスタトゥアが何気なく言うと、ジュンコは胸を張って答えた。


「だって私自身がその一週間の騎士の一員だもん」


 エスタトゥアは目を見開いて驚くのであった。

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