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川からボスケさんが流れてきました。

「はぁ、なんで俺がこんな目に」


 エスタトゥアはため息をついた。この世ですごい不幸が押しかかってきた気分である。

 着ているのは革ビキニだ。

 今彼女がいるのはコミエンソから数キロある山奥であった。

 オルデン大陸は開発されている地域は少なく、村から村へ網目のようにつながっているが、空白が多い。


 今いる山もそのひとつであった。

 かつては町があったようだが、キノコ戦争によって胞子の毒に汚染されたという。

 それをビッグヘッドが汚染された土や石を喰らい、水を求めて穴を掘った。

 時期が来ると木に変化し、ビッグヘッドの実を数十個落としていくのだ。

 さらに増えたビッグヘッドは時を重ねるごとにうじゃうじゃ増えていく。

 町をすべて食らいつくした後は森だけが残ったそうだ。これは当時の亜人たちが記録していた。


「あら。エスタトゥアさん。何を黄昏ておりますの?」


 後ろから声がした。エスタトゥアは振り向かない。相手は誰かはわかる。

 ライオンの亜人、カンネだ。海を越えた大陸ナトゥラレサにあるハンニバル商会の令嬢だ。

 着ているのも革ビキニだ。別に露出狂ではない。動物系の亜人は毛に覆われており、皮膚呼吸がしにくいからである。

 今ふたりは山籠もりの最中である。だがカンネの背後には立派な山小屋が建っていた。


「せっかくわたくしが山小屋を作ったのに、なぜ渋い顔をなさりますの?

 ああ、テントを使わないのがルール違反だとおっしゃいますのかしら。

 それなら気にせずともよいではないですか。絶対テント以外使うなと言われてませんから」

「……そんなんじゃねぇよ」


 エスタトゥアのぶっきらぼうな返答にカンネはきょとんとした。


「つーかなんで山小屋を作れるんだよ!! こっちはナイフくらいしかないんだぞ!!」

「あらナイフ一本あれば何でも作れますわ。蔓から水は飲めますし、食料にもなります。

 さらに石鹸にもなりますのよ。こんな便利な物がありますか」

「それはわかるよ! でもなんで山小屋を作れるんだよ!!」


 エスタトゥアの怒りは正当であった。そもそもカンネはナイフ一本で杉の木を切断していったのだ。

 たった一閃で5本の木を切断していくのだ。

 そしてある程度木を細工すると、木を宙へ飛ばしていくのである。

 一時間もしないうちに立派な山小屋ができてしまったのだった。


「ほほほ。オルデンはいいところですわね。これがナトゥラレサでしたら木が襲ってくるところでしたわ」

「木が襲うってなんだよ! 意味が分かんないよ!!」


 カンネは笑うだけでまともな返答はない。もうエスタトゥアは諦めた。


「わたくしは家を建てたのですから、エスタトゥアは料理をお願いいたしますわ。

 あとは食べられる野草と魚を獲ってきてくださいな。

 わたくしは獣を狩り、虫よけの花を探してきますから」

「なんか俺よりあんたのほうが大変じゃないか?」

「そんなことはありませんわ。なぜならこれはわたくしのための山籠もり。

 エル様の想いを抑えることが大事なのですわ。

 それに夜はふたりで慰めあいましょう。ひとりでするよりふたりでやったほうが気持ちいいですわ」

「やだよ! 絶対に一緒では寝ないからな!!」


 エスタトゥアはぷりぷり怒りながら森の中へ入っていった。

 腰にはナイフを佩いている。それさえあれば籠や釣り竿は作成できるからだ。


「あらあら、女同士に罪悪感があるのかしら。自慰は健康に最適なのに」


 カンネはやれやれとつぶやいた。


 ☆


 エスタトゥアは石に座って川で魚を釣っていた。釣り竿を作り、蔓から糸を造り出し、獣の骨で針を作った。

 餌は茂みに潜む毛虫やみみずがたくさんいる。

 手製の籠には魚がぴちぴち跳ねていた。


「こんな山奥でも平気なんだけどな。あいつと一緒だと気が重いぜ」


 エスタトゥアはぼやいた。

 彼女はエル商会の商業奴隷だが、その前身は貧しい村人であった。

 母親は人間だがよそ者のハムスターの亜人に抱かれ、彼女が生まれた。

 そのため村人から村八分扱いされ、母親と共に暮らすことになった。父親は村人になぶり殺しにされた。

 

 その後獣人族のデスピアダドに襲撃され村人は全員殺された。そこをラタジュニアに救われて今に至る。

 ちなみにデスピアダドの妻であるフアナは何者かに操られエスタトゥアを襲ってきた。

 もっとも本人は復讐心など一切ない。死んだらそれでおしまいだ。故に夫や息子が死んでもいなくなったとしか思ってなかった。


「あいつは有能なんだが、旦那様になると残念になるんだよな。まったく付き合ってて気が重いな」


 すると川の上流から何かが流れてきた。それは樽のように水面にぷかぷか浮かんでいる。


「あ~~~ら~~~~、エスタトゥアちゅわ~~~ん!! 元気かしら~~~!!」


 それはボスケであった。ウシガエルの亜人であり、高名な歌姫として有名である。

 エスタトゥアの唄の師匠でもあった。彼女は黒ビキニを着ていた。

 お腹を上に向け、川の流れに身を任せ、すい~っと枯れ葉の如く流れていったのだ。


「……」


 エスタトゥアはボスケが流れ切ると、目をこすった。

 そして立ち上がると、そのまま去ろうとした。


「ふぅ、疲れているんだな。早く帰ろう」

「エスタトゥアちゅわ~~~ん!! なぜ無視するのですか~~~!!」


 ボスケがクロールで下流から豪快に泳いでくる。

 エスタトゥアは無視して走り去ろうとしたが、ボスケが瞬時で前に立った。

 巨体に似合わず、カエルのような脚力である。


「……なぜ、ボスケさんがここにいるのですか?」

「決まっておりますわ~~~!! ただの偶然ですわよ~~~!!

 たまたま私が休暇なので、なんとなくここに来たのですわ~~~!!」

「こんな何もない山奥に、たまたま、なんとなく来るわけないでしょうが!!」


 エスタトゥアが激怒してもボスケは平然としていた。

 そこに森の中から人影があった。

 それは禿頭ですらりと背が高く、なんとなく柳の様な頼りなさがある。

 髭を生やしサングラスをかけている。黒い背広に黒いネクタイ、黒い革靴と黒づくめであった。


「ハンゾウさんも一緒でしたか」

「当然です。私はボスケ様の護衛です。フエゴ教団が誇る一週間の騎士ワンウィーク ナイツの一員ですから」


 エスタトゥアはハンゾウを見た。12人も同じ顔が並んでいる。前見たときよりかなり増えていた。


「なんで増えているんですか?」

「そういう時期なのですよ」


 答えになっていない。


「あら~~~、もうすぐ脱皮の時間ではありませんこと~~~!?」


 ボスケが声を上げるとハンゾウは首を縦に振った。


「百聞は一見に如かず。直に見るといいでしょう」


 ハンゾウは右手で上顎を、左手で下顎を掴んだ。それを一気に引っ張る。

 口は大きく割けた。だがそこには赤くゆでだこのようなハンゾウの顔があった。

 エスタトゥアは思わず腰を抜かすが、ボスケはニコニコ笑いながら見ていた。


 ハンゾウの頭は時計回りで動いている。その度にうにょうにょと這い出てきたのだ。

 まるでドライバーで嵌ったネジを抜き取る様であった。

 身体が腹部まで出ているが、皮の方は立ったままだ。手は腰に当てたままである。

 別のハンゾウが新しい服を用意していた。


 ハンゾウは両腕を天高く伸ばす。そして一気にすぽんと飛び出した。

 ちょうど下半身は見えずに済んだ。

 エスタトゥアはどこにいったと探したが、すでに新しい服に飛び込んでおり、着替えは一瞬で終わっていた。


 残された皮はふらふらとしていたが、両手で伸びた口を直すとサングラスをかけ直した。

 あとは普通の人として一員に加わった。

 本体の方は胸ポケットからサングラスを取り出してかけた。


 あまりにも非現実的な光景にエスタトゥアは夢を見ているのかと、ほっぺたをつねる。

 激痛が走るので夢ではないようだ。


「私は人間の父親と、蛇の亜人の母親がいます。そのためスキルは皮膚の忍術使い《スキン スキル》といいます。

 蛇のように脱皮し、その皮を自分の分身のように扱う力なのですよ」


 ハンゾウが説明したが、納得できなかった。いや常識の範囲を超えたというべきか。

 いくらなんでもそれはありえないだろうと思ったからだ。


「スキルの発動は本人の意思と、周囲の願望が一緒にならないと無理なのです。

 あなたの主人であるラタジュニアも同じです。彼はカピバラの亜人で前歯が出ている。

 歯を自在に操れると思っても不思議ではないでしょう」


 ハンゾウは説明すると、なるほどと思った。

 なんとなくだがラタジュニアが歯を自由に伸ばしてもおかしくないと感じていた。

 スキルの条件はよくわからないが、本人の意思だけではどうにもならないものなのだろう。


「さてお話は終わりにしましょう~~~!! どうせ私は休暇中ですわ~~~!!

 あなたと一緒に楽しく過ごしましょう~~~!!」


 こうしてボスケが山籠もりに参加するのだった。

 カンネは歓喜していたが、エスタトゥアは気が重かった。


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