エスタトゥアとカンネは山籠もりに行くよ
「なんですって~~~!?」
カンネが切れた。理由は簡単、客がラタジュニアの悪口を言ったからだ。
カンネはエル商会で働くことになった。自分はもうハンニバル商会に戻る気はない。
永遠にオルデン大陸に骨を埋める覚悟があるとのことだ。
ザマの方は「お嬢様とエル様が祝言を挙げたらナトゥラレサ大陸に戻ります」と告げた。
そしてカンネはエスタトゥアと共に働くことになったのだ。
最初は掃除や洗濯などの雑用だが、カンネはそつなくこなした。
ザマはメイドとしてラタジュニアの身の回りの世話をしている。エスタトゥアはカンネにいいのか? と質問したが。
「ザマが裏切るはずありませんことよ」で終わった。
ザマの狙いはハンニバル商会なのでラタジュニアには興味がないことを、エスタトゥアは知っている。
知らぬはカンネばかりだ。
さてカンネは仕事が良くできた。お嬢様育ちだから箸より重い物は持たない主義かと思われたが大外れであった。
まるで何年も働いているようにきびきび動いている。記憶力も抜群で一度訊けばすぐに覚えた。
こうして調理はおろか、接客をまかせられるようになったが、問題はただ一つ。
「けっ、デカイネズミが調子に乗りやがって……」
店の外で通行人がラタジュニアの陰口を叩いていた。相手は人間である。
もっとも同じ人間でもラタジュニアを尊敬している者がいた。むしろそちらが多い。
陰口を叩くのは大抵努力を否定し、楽なことばかりするものばかりである。
人生は思い通りにならないことが許せない性質なのだ。
「まったくだ……。あいつのせいで俺たちがどれだけ面倒なことをさせられているのかわかったもんじゃない」
「俺の雇い主もネズミの真似をして衛生管理にこだわってやがる。面倒ったらありゃしねぇ……」
「本当にむかつくネズミだ。ネズミなら下水道に住んでりゃいいんだよ……」
年齢は50代くらいだ。潰しのきかない年代である。
自分たちは苦労してきたのに、ラタジュニアは親の金で店を作った。
世の中はすべて金だ。貧乏人は馬鹿を見る世の中だ。
あいつは俺たちのような弱者の気持なんか一切理解しないんだ。
彼らは弱者を盾に強者の罵詈雑言を並べていた。
彼らは面倒なことは他人に押し付け、ひたすら楽な道だけを歩んできた。
その結果がこれだ。いざ面倒が起きても誰も助けてくれない。助けても感謝どころか罵声しか来ないと知っているからだ。
自業自得なのだが彼らは一生気付かない。独身のまま惨めに死ぬだけだ。
周りの客は彼らを見下していた。ラタジュニアの苦労を知っているので彼らが見当違いの逆恨みをしていると気づいているのだ。
彼らが声高々に主張しても無視されるので、ますます苛立っているのである。
「この凡人共が!! 偉大なるエル様の悪口を言って無事で済むと思っておりますの!!」
カンネが悪口を聞きつけた。だが彼らはにやにや笑っている。
店員が暴力を振るえば、店に悪影響が出る。騎士団の命令で営業停止になるからだ。
相手が手を出せないのをあざ笑っているのである。
しかし相手が悪かった。カンネは手を出さずとも相手を無力化できるのである。
王者の威圧。それが彼女の力だ。
彼女ににらまれれば相手は精神的に押しつぶされてしまうのである。にらまれてなくとも周りの空気がぴりぴりと震えていることがわかった。
現に男たちは白目を剥き、涎を垂らしながら失禁していた。
そして気絶したので、道端にどかす。まるで邪魔な落下物のようにだ。
それを見た客たちは拍手喝采するのであった。
カンネは右腕を上げ、勝利のポーズを取った。
☆
「あなたの沸点の低さはどうにかなりませんか?」
その夜、従業員の控室でカンネは正座させられていた。目の前にブランコが立っている。
通行人を気絶させたことで騎士団に厳重注意をされたからだ。
さすがに店の陰口を叩いただけで気絶させるのはやりすぎである。
「だって愛しいエル様の悪口なんて許せませんわ!」
「では自分の悪口はどうですか? 怒りますか?」
「は? 凡人が何を言おうがわたくしには聴こえませんわ。
陰口など言いたい奴に言わせればよいのです。それも王者としての振る舞いですわ」
「なら旦那様も同じではないですか? いばるだけで仕事ができない人の悪口など聞き流しますよ」
「それは許せませんわ!! わたくしエル様の悪口だけは絶対に、ぜ~~~ったいに許せませんわ!!」
彼女の話を聞けば、自分の悪口はどうでもよく、ラタジュニアの悪口だけ許せないのだ。
どうにも困ったブランコだが、ザマが提案を出す。
「思い切って山籠もりをさせてはいかがでしょうか? エル様に対する沸点の低さを克服するために」
「それがいいかもしれませんね。カンネさんはどうも旦那様に限ってこらえ性がない。
地味なイモの皮むきや、細かい作業は黙々として進めるのに、たったひとつの欠点でパーになってしまいます」
カンネの仕事ぶりは完璧であった。接客はおろか、事務処理もちょちょいのぱであった。
まさに幼少期から商人の娘として基礎を叩きこまれただけのことはある。
問題はラタジュニアに関してだけであった。
「山籠もりですか。それはいいですね。ナイフ一本あればなんでもできますから」
カンネは乗り気であった。お嬢様でも山籠もりは平気のようである。
「そっか。じゃあしばらく寂しくなるな」
エスタトゥアは他人事のように言った。それをザマが否定する。
「何を言っているのですか? あなたも参加してください。
お嬢様ひとりでは寂しいと思うので」
「えー!? 何言ってんのお前は!! カンネだけでやればいいだろうが!!」
「それもそうですね。カンネさん一人で山籠もりをさせるわけにはいきません。
それに私自身もエスタトゥアさんが近くにいれば、衝動に駆られる可能性がありますので」
「何それ怖い!! あんたはまだ俺を襲う気満々なのかよ!!」
「もちろん、シチュエーションは大事にしますよ。思い切って草原の見えるコテージに行くための貯金はありますから」
「やだよ! 絶対行く気はないからな!!」
エスタトゥアは否定する。だがカンネは乗り気であった。
「それもそうですね。エスタトゥアと一緒ならエル様の気持ちを彼女にぶつけられますから」
「ぶつけるのかよ! 冗談じゃない、俺は行かないぞ!!」
「いや、許可するよ」
騒動の最中にラタジュニアが顔を出して許可を出した。
絶望で顔が真っ青になるエスタトゥア。
「では明日から山籠もりに行きましょう!!」
カンネは高らかに声を上げた。エスタトゥアはしょんぼりしていた。
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