助けてくれたアオイさんの顔が!?
「へへぇ、これが三角湖なのか」
エスタトゥアは船に揺られながら外を眺めている。
とても広い湖であった。八蛇河を下流へ向かっており、三日ほどでたどり着いた。
西側には小さな村が見えた。ほとんどが木造の家である。小舟を出しており、漁業をしているようだ。
蛇の亜人が多いのでオロチマ村なのだろう。
東側は反対側と違い、規模の大きい村であった。こちらはジライア村なのだ。
大型船が三隻ほど停泊している。
南方はさすがに遠く、村の姿は見えない。それほどの大きさなのだ。
「なんでも被爆湖のひとつだそうですよ」
ザマが言った。彼女は黒豹の亜人だ。
その隣にはカンネというライオンの亜人が座っている。
ザマはカンネのメイドなのだ。
「元々は何もない岩山だったそうですが、キノコ戦争の後に起きた冬の時間により、雪解け水で作られた湖なのです。
その後はビッグヘッドによってキノコの毒は浄化され、森の恵みに囲まれたのです」
ザマの説明をなんとなく聞き流すエスタトゥア。
馬耳東風というわけではない。彼女の話は興味深いのだ。
だが目の前に広がる光景に感動しているのである。
「しかし広いなぁ。世界がこんなに広いなんて夢にも思わなかった。
あの狭い村で、さらに掘っ立て小屋だけが世界のすべてだと思っていたな。
なんとも俺がちっぽけな人間だと実感したね」
「わたくしも同じですわ。小さい頃はハンニバル商会がすべてだと思ってました。
ですが闘神王国の大きさはライオンの亜人であるわたくしがイエネコのようなちっぽけさを感じましたもの。
さらに闘神王ギルガメッシュ様の器を間近で見たときの感動は忘れられませんわ」
エスタトゥアとカンネは普通に話している。カンネはエスタトゥアの主人であるラタジュニアの自称婚約者を名乗っていた。
そのため商業奴隷であるエスタトゥアに何かとライバル心をむき出しにするのだが、ソルトスタジアムの件で距離が縮まったように見える。
「ああ、もうすぐオロチマ村に着きますよ」
ザマが教えてくれた。
☆
オロチマ村に到着したエスタトゥアは伸びをした。
ラタジュニアは馬車に乗ってやってきた。ヤギウマのクエレブレは船に揺られたにもかかわらず元気だ。
カンネとザマは周りを見回す。
オロチマ水運の人足たちはせわしなく働いていた。
「この村は昔から漁業関係が盛んでした。ブラックバスにブルーギル、コイなどが獲れます。
これはかつて二百年前にもたらされた外来種と呼ばれるものです。
基本的に泥臭くて手間がかかる魚類ですが、獲った後にきれいな水に満たした石で作った水槽で泥を吐き出させます。
そして濃い味付けをして売るのです」
ザマが説明してくれた。三角湖で獲れる魚は貴重なたんぱく質だ。
関係ないが近年黒蛇河の上流にあるガリレオ要塞なる天然ダムがあったという。
それが崩壊したため、黒蛇河は水があふれ、川の近くに住んでいた生物アメリカザリガニやウシガエルといった水棲生物はもとより、水を飲みに来たアライグマにヌートリア、アカシカにアカギツネなどがきれいに流されたという。
そのためそれらの死骸が三角湖に流れてきたそうだ。
ちなみに崩壊したガリレオ要塞にはエビルヘッド教団が居座っており、フエゴ教団も手が出せない状態だという。
「さてとサルティエラで仕入れた品をここで捌こう。そして名産品を大量に仕入れるんだ。
できればツナデ村にも寄っておきたいな」
「ジライア村には寄らないのかよ」
「寄らない。あそこはろくなものがないからな。輸入品ならあちらが上だが、やはりその村ならではの商品が必要だ」
ラタジュニアは説明した。エスタトゥアも納得した。
「まずは宿屋の確保ですわね。安宿は嫌いですがエル様と一緒なら馬小屋でも構いませんわ。
ああ、干し草の上でエル様に抱かれるのも悪くありませんわ!!
誇り高きハンニバル家の人間が獣臭い小屋でふたりっきり……。うふ、うふふ!!」
カンネは一人で盛り上がっていた。なので無視する。
いちいち反応する必要はない。
さて宿を探そうと馬車を走らせていた。
「やい。止まりな!!」
突然声をかけられた。それはカエルの亜人だった。それも七人ほどいた。
全員紺色の半被を着て、白い褌を締めていた。
どいつもこいつも目がぎらぎらと光らせている。
「お前はエル商会のラタジュニアだな?」
「そうだが、あんたらはなんだ?」
「俺たちはジライア水運のガマグチ一家のもんだ!! 野郎どもやっちまえ!!」
カエルの亜人が懐からドスを取り出した。
あまりの出来事にエスタトゥアは目を丸くした。
「なんなんだお前ら!! 俺たちに何のうらみがあるんだよ!!」
「うるせぇ!! お前のせいでうちはめちゃくちゃになったんだ!!
その恨みを今ここで晴らさせてもらうぜ!!」
カエルの亜人たちはドスを片手にクエレブレを突き殺そうとした。
しかしクエレブレの二本の角が男たちのドスを跳ね飛ばす。
伝説の英雄が使う聖剣の如きの振る舞いであった。
「ちぃぃぃき、しょぉぉぉぉぉ!!」
男の一人がクエレブレの尻を蹴り上げた。
さすがに怒りだし、男たちに突進していく。
その際にエスタトゥアは放り出されてしまった。
地面に転がり、痛みに耐える。
「ザマ!!」
ラタジュニアが叫んだ。ザマは馬車から飛び出し、エスタトゥアを回収する。
一方で馬車はすでに遠くまで走っていた。クエレブレも興奮してしまい、制御できないようだ。
「必ず迎えに行く!! それまで身を隠してくれ!!」
ラタジュニアが大声で叫んだ。
ザマは無言でうなずき、エスタトゥアをお姫様だっこしながら逃げた。
カエルの亜人たちはラタジュニアの乗る馬車と、エスタトゥアたちを追うものに分かれたのだ。
☆
「待て! 殺してやる!!」
カエルの亜人たちが追いかけてきた。ザマはエスタトゥアを抱えたまま走っている。
小柄とはいえ、人を抱えて走っているのだが、息切れ一つしていない。
まさに黒豹の如く、疾走していた。
「あいつらまだ追いかけてくるぞ。普通じゃない!!」
「はい。普通ではありませんね。よほどエル様は彼らに恨みを買っているのでしょうか」
「いや、そんなもんじゃないだろう。すごく不自然だ。もしかしたらエビット団の仕業かもしれないぞ」
「エビット団とはなんですか?」
「エビルヘッド教団の略だよ。あんまり長いから省略したんだ」
「それは賛成です。私も以後はエビット団と呼びましょう」
ザマは民家の屋根を上がって走っていた。男たちは懸命に追うがまったく追いつけていない状態だ。
「闘神王国ではヤギカバの大群に追われたことがありました。
それに比べれば何の恐怖も感じませんね」
「ヤギカバってなんだよ?」
「カバのように巨大なヤギですよ。ヤギウマと違ってあごの力が強く、川の中もすいすい泳ぐ闘神王国では絶対に敵に回してはならない動物ですね」
説明するザマはぴょんと高く跳んだ。家との距離が五メートルほど離れていてもあっさり届くのだ。
ところが背後から矢が飛んできた。矢はエスタトゥアの頬をかすり、血が流れる。
カエルの亜人たちは弓矢を持ち出したのだ!!
村の中で矢を撃ち出したのである。
「正気かあいつら!! 俺たちを本気で殺すつもりだぞ!!」
「ですが素人です。腰が弱いし、腕の力もへろへろです。これが闘神王国なら十歳の子供でも楽勝に弓を引けます。狂暴な巨大アカギツネを目の前にして尻込みする子供はいません。いてもどうせ死ぬだけですから」
なんとも物騒な会話だが、ザマは普通に話している。
その時ザマの右太ももに矢が突き刺さった。
思わず体勢を崩してしまい、地面に激突する。
「いつつ、大丈夫か!!」
「大丈夫です。ナハブ族の弓使いに比べれば大したことはありません。
ナハブは闘神王国より南方に住む蛮族のひとつで、略奪で生計を立てる一族です。
その強さはギルガメッシュ様の覇気を耐えるほどで、恐るべき実力者たちの集まりですね」
「さっきからなんだよその説明は!! 命の危険が迫っているのに暢気すぎるだろ!!」
「こんなときだからこそです。闘神王国に比べればここでの生活、いいえ、今起きている状況など子供の遊びです。はっきり言って緊張感がなく物足りないくらいです。
お嬢様の相手をしていた方がはるかにましですね」
ザマの態度にエスタトゥアは驚いた。
他の大陸の人間の考えがあまりにもかけ離れているからだ。
まさか矢に当たったのもわざとではないかと疑いたくなる。
だが問題は今彼女たちを囲むカエルの亜人たちだ。彼らはドスをちらつかせていた。
「ひっひっひ、死ねぇぇぇ!!」
カエルの亜人がよだれをたらしながらドスを振り下ろそうとした。
その時、何かが飛んできて、ドスを落としてしまう。
それはかんざしであった。かんざしが飛んできたのである。
「おやめ!! ここはクチナワ一家の縄張りだよ!!
ここでおいたをするならあたしらが相手になるよ!!」
それはヘビの亜人であった。青い肌をしたアオダイショウの亜人だ。
水色の着物を着ている。
その後ろに蛇の亜人たちが並んでいる。全員腹にさらしを巻いていた。
「くっ、クチナワ一家のじゃじゃ馬かよ」
「こいつがでしゃばるなんて予想外だ。悔しいが逃げるしかねぇ」
「ああ、ナガレさんに報告だ!!」
カエルの亜人たちは一目散に逃げていった。
そしてアオダイショウの亜人はエスタトゥアに近づいて手を差し出した。
「大丈夫かい。あたしはクチナワ一家の元締め、アオイっていうんだ」
「……ああ、ありがとう」
「そちらさんはケガをしているようだ。よかったらうちで手当てをしていきなよ。
ガマグチ一家の馬鹿どもの詫びには程遠いけどね」
そういって男たちにザマを運ばせた。
だがエスタトゥアはアオイの顔に食い入るように見た。
彼女の顔はコミエンソのエル商会の会計、ブランコそっくりなのだから!!




