フレイア商会のオロ会長が一気にネタ晴らしをしちゃいました!!
「かっぽ~れ!! まさか一週間の騎士がお出ましとはね!!」
ソルトスタジアムの外、人気のない暗い場所で、スレイプニルは叫ぶ。声は男だが姿格好はボロボロのマントを羽織り、顔は隠してある。まるで死神のようだ。
対して目の前にいる人間の女性はヴァルキリエと名乗った。
ふさふさの金髪に白いマントを着た凛々しい女性だ。絵本に出てくる姫騎士のようである。
「……」
ヴァルキリエは何も答えなかった。彼女は魂が抜けているゴールデンハムスターの亜人、エスタトゥアを守る様に立っていた。彼女はライオンの亜人であるカンネが介抱している。
「かーぽれぽれぽれ!! あなたはその子を守ろうというようだな。だがそいつはやめたほうがいい。
我らエビルヘッド教団はこいつをいじめ続けるだろう。
こいつに嫌がらせをするのはもちろんのこと、こいつの関係者はすべて攻撃対象です。
みんなこいつを嫌うだろう。だって仲良くしただけで災難に遭うんだ。
嫌な気分になりたくなければ、こいつを無視するんだな!! かっぽれかっぽれかっぽれ!!」
「んまぁ、なんという腐れ外道でしょうか!! わたくしはあなたのような人は大嫌いですわ!!
それに闘神王国では弱い者いじめをするものは、地面に首だけ出して巨大ホシムクドリに目を突かせますわ!!」
「あんたばかねぇ~、ここは闘神王国ではないのよん。世間知らずのお嬢様は黙ってなさいな。
かーぽれぽれぽれ!!」
スレイプニルはげらげら笑っている。近くにいたカンネは怒っていた。ものすごく怒っている。
一方でヴァルキリエはにっこりと笑っていた。
だがエスタトゥアは異変を感じた。彼女の周りは冷気が漂い始めている。それはカンネも同じだった。
「うふふ」
笑い声を出すと、彼女の髪の毛が蜘蛛の足のように広がったのだ。
そしてマントを翻す。その下は美しい彫像のような身体であった。身に付けているのは金色のレオタードで、袖なしだった。
両手には金でできた白縁のガントレットをはめており、足は太ももを覆う革製のブーツを履いていた。
マントの下から複数の剣を取り出す。合計八本の剣がスレイプニルに切っ先を向けていた。
「うふふ」
再び笑う。さらに気温が下がった、気がした。彼女がほほ笑む度に冷気が強くなる気がする。
見ているだけで背筋が凍る思いがする。尻の孔につららを突っ込まれたらこんな気分なのではと思った。
ヴァルキリエの八本の剣はまるで蜘蛛だった。
さらに彼女の髪の毛は蜘蛛の巣のように網を張っている。カンネがためしに草をむしり、張られた髪に落とす。
草はスパっと切れた。指でためしていたら確実に落ちていただろうと、カンネは震える。
「さすがですわね。金曜日の騎士のヴァルキリエ。
彼女の髪の毛の戦乙女は一人で八人、いいえ千人を相手にしても引けを取らないと聞きますわ。
誇張だと思って話半分でしたけど、目の前にいるあの方はまさに噂以上の気迫を感じますわ」
カンネがすごく褒めた。本当にヴァルキリエはすごかった。
スレイプニルは先ほどから投げナイフをエスタトゥア目がけて投げている。
剣を持つ相手ではなく、気の抜けた弱者をしつこく狙っているのだ。
「あー、もう!! 強い人と戦いたくない!! 弱い奴をいたぶって楽しみたいんだよ!!
あー、むかつく、むかつく!!」
スレイプニルは子供のように地団太を踏んでいた。彼はものすごく卑劣であった。顔は見えないが悔しそうな顔をしていると予想できる。
あまりに腐った性格なのでカンネはむかついていた。ヴァルキリエは慈愛の笑みを浮かべたままである。
そして彼を睨む。カンネが生まれ持った力、王者の威圧だ!!
「ひぃ!!」
スレイプニルは慌てた。カンネに睨まれて、びびったのだ。
もう怖くてこの場所にはいられない。カンネの王者の威圧は数百頭の野生動物たちを気絶させ、怯えさせる力がある。
並大抵の相手ではカンネに触れることは不可能だろう。
「もう嫌だ!! いじめが楽しめないなんて許せない!!
覚えてろよ! 必ずお前らに仕返しをしてやるからな!!」
スレイプニルは悪態をつき、敵に背を向けて逃げた。周りにはソルトスタジアムを警備していた兵士たちが集まってきている。
そこに頭に灰桜色のマントをすっぽりとかぶり、褐色肌をチューブトップのビキニのみで装った人間の女性が現れた。手には大鎌を持っている。
塩山の責任者であり、この町の町長であるイザナミの玄孫ヨモツだ。
「くふふ。ついに見つけましたわ。この私に囮を使い、翻弄させたことは褒めて差し上げましょう。
ですがいたずら半分で騒ぎを起こすだけでなく、エスタトゥアさんを苦しめて楽しもうというふざけたことを訊いたからには生かしておけません。
この私があなたの記憶を刈り取って差し上げましょう!!」
ヨモツは大鎌を両手で掲げた。彼女は大鎌で敵を切らない。敵の心を切るのだ。
怒っている人はたちまち静まり、悲しむ人はたちまち笑い出す。
人はこの力を心を狩る者と呼んでいた!!
「うるせぇ、バカ!! お前なんかとやりあいたくないよ!!
一方的に蹂躙するのが楽しいんじゃないか!! あーむかつく、むかつく!!」
だがスレイプニルは真っ先に逃げた。強い相手とはやりたくないと言わんばかりだ。
あまりの逃げっぷりに、周りの人間は呆れていた。誰もがスレイプニルを軽蔑している。
遠くでカラスがカーと鳴いているのが聴こえてくた。
☆
「どうやら間に合ったようですね」
エスタトゥアはただちにソルトスタジアムにある医務室に連れていかれた。白いベッドが三台置かれてあり、壁には薬品がたくさん入った棚が置いてある。
エスタトゥアはベッドに寝かされた。そこに彼女の主人であるカピバラのラタジュニアと黒豹でカンネのメイドであるザマ、カンネ本人にヨモツ。
さらにヴァルキリエの他にもうひとりいた。
それは猫の亜人だが、全身は黄金の毛並みに包まれていた。
年齢は六十歳を超えた感じだが、上品で優しそうな女性である。
着ているのは水色のワンピースで、足元まで伸びていた。
装飾品は首元に琥珀の首飾りが光っている。
「お初にお目にかかります。私はフレイア商会会長オロと申します」
オロは頭を下げた。この人が涙鉱石を取り扱い、紙幣を管理するフレイア商会の会長なのだ。
エスタトゥアはどことなく彼女に威圧感があると思った。
見た目で騙されてはならない。猫の亜人でもカンネのようなライオンの如く力を隠し持っていると感じた。
「これはオロ会長。ご無沙汰しております。まさかあなたがここに来るとは思いもよりませんでした」
ラタジュニアが先に挨拶をする。それに合わせてオロも頭を下げた。
「ラタジュニアさんもご無沙汰しております。ですが今日は私がオーナーを務める犬侍党の大事な試合の日です。
それにフレイア商会は番頭のオッタルが務めており、私は行事に参加するだけのお飾りですわ」
オロはしっとりとした声で答えた。ネコの亜人だが猫背ではなく、ぴんと背を伸ばしている。
毅然とした女性だ。エスタトゥアのように無学な少女でも彼女の雰囲気はただ者ではないと理解できる。
「エスタトゥアさん。今回は申し訳ありませんでした。
私がきちんとあなたのことを補佐していればこんなことにはならなかったのです」
「あの、オロ会長がなぜそのように卑下しているのかわかりません。
先ほどの事は誰にも予測できなかったと思いますが」
カンネが恐る恐る声をかけた。傍若無人な彼女でもオロの前ではおとなしいお嬢様になるようだ。
「いいえ。私の責任です。私がエスタトゥアさんの身体状況を知っていたにもかかわらず、私はラタジュニアさんに投げていました。
エビルヘッド教団が彼女を狙うのはわかっていたはずなのに、その護衛をほとんどしなかったのは私のせいなのです」
「それってどういうことだよ?」
エスタトゥアが質問した。なぜ自分の身体状況に問題があるのか。それにエビルヘッド教団が確実に狙うと予測した理由も知りたかった。
「実はな。お前は通常の人間と違って、神応石の効果が強いとわかったんだ。
こいつはフレイア商会で商業奴隷に登録する際に、身体検査をしただろう?
その時に知ったんだよ」
ラタジュニアが説明する。神応石とはなんだろう?
「神応石は人の精神に強く反応する石だ。人間の脳にあるが砂粒ほどの大きさしかない。
本人だけでなく、他人の感情にも左右される力がある。
こいつのおかげで二百年前にキノコ戦争が起きたとき、人間は亜人に変化で来たんだ。
人間以外になりたい、人間以外になって、人間の肉を喰らいたいとな」
「そしてラタジュニアさんとヴァルキリエのスキルが使えるのもその力です。
こちらはフエゴ教団が用意した通常より大きめの神応石を額に埋め込むことで使うことができるのです。
もっとも修業をして才能が開花するのはわずかですが」
オロが補佐した。ラタジュニアのトゥーススキルは神応石の力で使えることが分かった。
だがエスタトゥア自身にどうかかわるのかがわからないのだ。
さらに説明は続く。
「お前の食生活で説明されたときに、お前はある変な草を食べたと言っただろう?
その時絵で描いて説明したじゃないか。俺はあの絵を見て驚いたよ。だってあれは念呪草だったからな」
「念呪草だって? あの変な草の名前かよ」
「お前には変な草かもしれないが、あれは特別な草なんだ。
エビルヘッド教団が改良した神応石を肥料にして作られた草なんだよ。
あれを食べることで神応石の力が増すんだ。肥料がないから枯れたようだがな」
「……じゃあ何か? 俺の親父はエビルヘッド教団の一員だっていうのかよ」
ラタジュニアとオロがそろって首を縦に振った。
エスタトゥアが食べた草は彼女の父親がもたらしたものなのだ。
それはエビルヘッド教団が作ったという。なら消去法で父親は関係者なのはわかる。
「それはお前だけが特別じゃないんだ。俺の同期であるフエルテやアトレビドも同じなんだ。
彼らは幼少時に念呪草を食べた記憶があるという。だからこそ強力なスキルが使えるようになったといえるな」
「これが彼らの手段なのです。神応石の力を増した子供たちを利用し、自分たちの野望を叶えようとしているのです。
その方法は一風変わっており、常人には理解しがたいでしょう。
ですがフエゴ教団に近い人間だと、彼らのやり方がわかってしまうのです。
エスタトゥアさん。彼らはあなたを悲劇のヒロインに育てるつもりなのでしょう」
ラタジュニアとオロの説明は終わった。
エスタトゥアの頭はついていけなかった。神応石という新しい言葉が理解できないのだ。
しかし彼女が理解していることがある。それはエビルヘッド教団というわけのわからない連中が自分の人生に干渉しようとしているのだ。
これは許せない。断じて許すわけにはいかない。
しかも先ほどは自分で自分を殺す様に誘導されたのだ。もう少しで自分殺しをする羽目になったことに怒りがわいてくる。
「……今まで運命の神様が俺をもてあそんでいると思っていた。
けど相手はエビルヘッド教団という連中の仕業だったんだな!!
上等だぜ! 俺はあいつらのためにめそめそ泣くのは御免だ!!
あいつらをむかつかせてやる! それが俺の正義だ!!」
エスタトゥアは決意を新たにした。
「なるほど、相手はあの淫祀邪教の奴儕なのですわね!!
これは戦い甲斐がありますわね!!」
「正直面倒事はごめんですが、お嬢様がやるというならやります。
本当に厄介事を持ち込まれていい迷惑です」
「あらあら、ザマったら冗談ばっかり♪ そんなに照れなくてもいいのよ」
ザマはうんざり顔だが、カンネは冗談と受け取っているようだ。
「この町では私とイザナミ様がおります。それ以上に兵士たちの練度はフエゴ教団騎士団に勝るとも劣らないと自負しておりますわ。
向こうがちょっかいをかけても返り討ちにして差し上げましょう。エスタトゥアさんは気兼ねなく私たちを頼ってくださいな」
ヨモツが力強く宣言する。とても頼もしく思えた。
「……」
ヴァルキリエはエスタトゥアを睨みつけている。医務室に入ってから彼女は険しいままであった。
何か癪に障ることを言っただろうかと心配になる。
「まあ、この子がこんなに機嫌がいいなんて初めてだわ。よほどエスタトゥアさんが気に入ったようですわね」
オロが心底驚いた口調で言った。
「ええ!? これで機嫌がいいのかよ!? どう見ても不機嫌そうじゃんか!!
エスタトゥアが突っ込んだ。どうやら調子が戻ってきたようである。
「いや、ここまでヴァルキリエ先輩が上機嫌なのは初めてだ。明日は雨でも降るのかねぇ」
ラタジュニアも肯定する。エスタトゥアは彼女の顔を見る。
仏頂面で機嫌がいいとは思えない。
「そういえばスレイプニルと戦っていた時、笑っていたけどあれって怒っていたのかな?」
「ああ、その通りだよ。俺が教団学校に通っていた時に先輩の笑顔を見たが、あの後絡んできたチンピラ五人が血祭りになっていたっけ」
ラタジュニアは遠い眼でつぶやいた。エスタトゥアは聞くんじゃなかったと後悔する。




