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命の洗濯

丸一日、幌馬車に乗せられてエスタトゥアは尻を痛そうにさすっている。一方で馭者であるラタジュニアは平気そうであった。

 周りは開けた野原であり、道はわだちがあった。途中ですれ違う人間はおらず、ただひたすら北へ馬車を進めていた。

 やがて轍を辿ると村が見える。周辺は作り立ての石の壁があった。複数の大男たちが四角に切断された石を積んでいる。


 二頭のヤギウマに牽かれた馬車で石を運んでいた。それを牛の亜人が指示している。男たちは不満そうな表情だが、鉄の首輪がつけられており、逆らうことはできない。

 それらを遠くで見ていると、幌馬車は村の入り口にたどり着く。そこには赤色の鎧を着た男が門番をしていた。

 ラタジュニアは何やら身分証明書のようなものを門番に見せると、幌馬車は村の中へ入っていく。


 ガタンガタンと凸凹の地面を進んでいく。村はぼろいあばら家が目立っており、エスタトゥアが住んでいたところと大差はなかった。

 そんな中で立派な石造りの建物があちこちで建てられている。中には建設中のもあった。

 赤いレンガで造られた家もあり、その周りは石畳で舗装されていたのだ。


 エスタトゥアは見たことのない風景にきょろきょろと目を走らせていた。

 あるところでは数頭のイノブタが柵の中で放し飼いにされていたり、ギャーギャー鳴くインドクジャクたちに餌をやる女たちが見えた。

 どれも人間だけであり、亜人であるラタジュニアを見つめる目は汚物の如くであった。


 睨みつける者には顔が赤く腫れていたりしていた。赤色の騎士たちは怠け者たちを叱咤し、馬車馬のように働かせるのである。

 そうこうしているうちにラタジュニアは一軒の建物の前に止まった。それは石造りの立派な建物であった。二階建てで、エスタトゥアは初めて見たので驚いている。まるで巨人に飲み込まれそうな感覚であった。

 ちなみに建物の近くにはヒマワリ畑が広がっていた。


ヒマワリとはキク科の一年草である。高さ約2メートルで茎は太くて直立し、長い柄をもつ大きな心臓形の葉が互生する。

 夏、周囲が鮮黄色で、中央が褐色の大きな頭状花を横向きに開くのだ。

花は太陽の方を向き、その動きにつれて回るといわれるが、それほど動かないのである。


 主に種子は食用や採油用に利用される。元は北アメリカと呼ばれた国の原産だ。現在その国がどうなっているかは不明である。


 ラタジュニアは馬車から降りると木製の扉を軽くノックする。しばらく経つと扉が開き、中からヒマワリがひょっこりと顔を出したのだ。

 それは歩くヒマワリであった。正確にはヒマワリの亜人で、花びらに見えるのは髪の毛と髭である。顔は褐色だが、首から下は薄緑色の肌であった。

 背丈は高く、扉をかがまないと通れないほどの身長であった。気のせいか太陽の方を常に向いているようである。


「おひさしぶりです。ヒラソル司祭。ラタジュニアです」

「おお、エルじゃないか。ひさしぶりだなぁ!! 元気にしていたか?」


 ヒマワリの名前はヒラソルらしい。彼は夏のような爽やかな声で歓迎の言葉を出し、ぎゅっと親しい友人の如く抱きついてきた。


「はい、それなりに元気にしております。そういえば奥さんは元気ですか?」

「ああ、ペルラか。元気にしているよ。ところで後ろにいる子は誰だい?」


 ヒラソルはエスタトゥアを見て、訊ねる。ラタジュニアは簡単に事情を説明すると、納得したようだ。

 ちなみにヒラソルはフエゴ教団の司祭だという。この建物は教団の教会だそうだ。

 窓には透明な板がはめられており、屋根には奇妙は黒い板が取り付けられていた。


 他にも犬だの、猿だの、豚だの色々な亜人がいそいそと仕事をしている。

 司祭と言っても神を祀るわけではない。フエゴ教団の司祭は特殊技能の持ち主なのだ。

 ヒラソルは農薬や除虫菊の製造を担当しているらしい。他の亜人も司祭見習いがほとんどで電気製品だの、特殊な薬だのを作っているそうだ。もちろんエスタトゥアはちんぷんかんぷんであったが。


「なるほど、盗賊に村を襲撃されたのか。しかし村人を全員皆殺しとは尋常ではないな。獣人間になりかけていたのじゃないか?」

「実際になりかけていたようです。何しろ頭らしい男は自分の子供たちを孕ませたとか言ってましたからね」

「悍ましい話だ。騎士たちにもきちんと残党は処理するように断らないとな。下手に放置をすると何をしでかすかわからんからな」


 ヒラソルとラタジュニアは話し合っている。エスタトゥアは段々飽きてきた。ぶらぶらと馬車に座り、足をぶらぶらさせている。


「そういうわけでこいつは奴隷にしたいと思います。それもきちんとした商業奴隷としてね」

「そのあたりが妥当だろうな。将来を考えても商業奴隷の方が自立できるからね」


 二人の話を聞いていると、エスタトゥアは商業奴隷にされるようだ。それもなったほうが将来有利と言われるほどである。


「おいおい。あんたたち何をやっているのかね?」

 

 ☆


 二人の会話に割って入った女がいた。それはジャンガリアンハムスターの亜人である。

 体格はずんぐりむっくりとした体形で、白い体毛だ。背中に黒い毛が線のように生えている。

 どことなく豪快そうな女性だ。その証拠に声も大きかった。


「ペルラさん、ご無沙汰しております」

「おお、エルか。ひさしぶりだな。元気そうでなによりだ」


 ペルラと呼ばれた女性はバンバンとラタジュニアの背中を叩いた。声は雷鳴のように鳴り響いており、耳にキンキンとしてくる。女傑じょけつという言葉がよく似合っていた。


「ところでエル。その子はなんだい?」


 ラタジュニアは一通り説明した。ペルラはうんうんと頷いた。そしてエスタトゥアに挨拶する。彼女はヒラソルの妻だと説明した。ハムスターはヒマワリの種が大好きだから理想の夫婦かもしれない。


「なるほどね。じゃあうちに連れてきたのは風呂に入れるためかい」

「はい。商業奴隷にするにしてもきちんとした奴隷訓練所に入れたいですからね。まずは身も心も洗っておかないとな」

「そうかい。じゃあ、さっそく風呂に入れるかね。さあ、ついておいで」


 ペルラは右手でエスタトゥアをひょいと掴んだ。まるで猫のように軽々と持ち上げたのである。


「ひええ、はなせ、はなせよぉ!!」


 エスタトゥアはじたばたしながら暴れるが、ペルラは大木の枝のようにどっしりと動かない。スタスタと家の奥へと入っていった。


 エスタトゥアはとある部屋に連れてこられた。それはすべすべの陶器で作られた部屋であった。部屋はかなり広く大人が十人ほど入ってもゆとりがあった。

 そこに大きな浴槽があった。熱いお湯が湯気を立てている。壁には鏡が張られていた。

 エスタトゥアは不安になってきた。初めて見る異質な部屋に腹が痛くなってくる。肌が湯気でべっとりと濡れていた。


 ペルラはエスタトゥアを座らせると、浴槽から桶で湯をすくい、それを頭のてっぺんから被せた。あまりの熱さにエスタトゥアは悲鳴を上げる。


「ひぃぃ!! なんだこりゃあ!!」

「はっはっは!! あんた風呂は初めてみたいだね。最初はびっくりするだろうが、すぐに気持ちよくなるだろうさ」


 ペルラは何か白い四角い物を取り出した。手でこすると見る見るうちに泡立ってきた。それをエスタトゥアにこすりつける。そしてブラシでゴシゴシ洗い始めたのだ。


「こいつは石鹸というものさ。慣れれば気持ちよくなるよ」


 甘い香りが鼻につく。こすられるたびに体が軽くなる感じがした。今まで川で行水をしていただけだが、きちんと体を洗うということがこれほど快感だとは知らなかった。


 再び熱い湯をかぶせられる。石鹸が洗い流されすっきりした。


「ははは、毛がきれいになったね。それにきゅっと締った尻だねぇ」


 ペルラはエスタトゥアの後ろから尻を撫でまわした。尻の部分は小さなしっぽが突き出ているがつるつるで、ぴちぴちして引き締まった尻は触り心地が良い。ぞわわと背筋に寒気が走る。


「おい! 気持ち悪い、人の尻を撫でまわすな!!」


 エスタトゥアは非難の声を上げた。


「はっはっは。いいじゃないか。同じ女なんだから。しかしこの小ぶりな胸もなかなか……」


 ペルラは背中に回り込み、両手で胸を揉んだ。感度が高いので激痛が走る。


「おい! さっきから何をしやがるんだ!! 女の胸を触って何が楽しいんだ!!」


 エスタトゥアは顔を真っ赤にした。さすがにやりすぎたのでペルラは頭を下げた。


「すまなかったねぇ。ひさしぶりに若い娘の肌を揉めたのでつい年甲斐にもなくはしゃいじまったよ」

「あんたいくつだよ」

「二十四だよ」


 ペルラはあっけらかんと答えた。二十代にしてはおばさん臭い。


「エルから聞いたよ。あんたは人間との混血児だってね。あたいもそうなのさ。ちなみにヒラソルも同じだよ」


 エスタトゥアは驚いた。自分と同じ立場の人間がいたとは信じられなかった。その様子を見てペルラはにっこりと笑う。


「ちなみにエル、ラタジュニアの愛称だがね。あいつも特殊な育ちなのさ。だからあんたが気になって仕方がなかったのさ」


 そう語るペルラの口調は母親のように優しかったのは、気のせいだろうか。悪い気はしなかった。


「特殊な育ちってなんだよ。あいつの親も人間なのか?」

「いや、違うよ。これは本人の口から訊いてみるんだね」


 ペルラに言われたが、エスタトゥアは興味がないので聞く気はなかった。


 ☆


 エスタトゥアは湯船に浸かった。ペルラは浴場を出ており、一人だけだ。


身体がぽかぽかしてくる。体の中に巣くっていた毒が抜けていくような感じがした。


 今日はいろいろなことが多すぎた。考えをまとめるにもまるで蜂蜜の如くどろりとしてまとまらない。


「どうせ俺にはいく場所はない。どうなったって構いやしないさ」


 投げやりな口調で、湯船に口まで浸かる。


 その一方で応接間ではヒラソルとペルラ、そしてラタジュニアがソファーに座っている。


 ヒラソルとペルラが一緒に座り、その向かいにラタジュニアが一人で座っている形だ。


「あの子はいい子だね。とても感度がいいんだ。女のあたいでもくらくらするね」

「感度はどうでもいいです。問題はあの子は生娘ということかです」

「それは間違いないね。あたいに触れられると本気で嫌がっていたよ。人に体を触れられることになれていないようだね。

 盗賊の仲間でないのも確かだ。あんたのことを知らなかったようだし、考えすぎだね」


 ペルラに言われて、ラタジュニアは頷いた。

 エスタトゥアを風呂に入れたのは本音を聞きたかったからだ。

 ラタジュニアは盗賊に襲われたエスタトゥアを救った。もちろん芝居である可能性もある。旅人をだまし討ちにして金品を巻き上げるなど珍しくないからだ。


 もっともその可能性はない。ラタジュニアがあの村に立ち寄ったのは遠目で黒煙を見たからである。そうでなければあらかじめ亜人を嫌う村になど近寄らなかった。


 わざわざ自分を誘うために火を付けるなどありえない。あの盗賊たちも司祭学校で牢獄に社会見学として赴いたときに見た罪人たちとよく似ていたのである。


「まあ疵物でないのは幸いだ。彼女の人生がまだやり直せるから安心だな」


 ラタジュニアは心から安堵していた。彼女の心に深い傷がないか心配していただけである。かなりのお人よしと言えるだろう。


「あの子は今までの商業奴隷とは違った人生を歩ませたいと思う。もちろん海千山千の事業だ、うまくいく可能性は低いだろう。だが挑戦してこそ、俺が親父の正面を受け止められるというものだ」

「というか、お前のやることは多分苦難の道だ。気を付けることだな」

「あたいらは応援しているけどね」


 応接間では笑い声が絶えなかった。

なんかいつもの私なら駆け足で書いている気がする。

なるべく丁寧に書いていきたいです。自分を変えたいためですね。

まあ主人公がカピバラで、ヒロインがハムスターかよと突っ込みたくなると思いますが。

次回は16日の正午にアップされます。余裕があるうちは水土アップしたいですね。

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