金曜日の騎士 ヴァルキリエさんて何者!?
「世の中に偶然なんてものはありませんわ」
カンネがエスタトゥアに宣言する。
こちらはソルトスタジアムの裏側だ。緑が多い公園で、噴水や遊具などが設置されている。だがもうじき試合が始まるので人はほとんどいなかった。
カンネはエスタトゥアを連れてここまで来た。
ラタジュニアは後片付けで忙しく、ザマもその手伝いをしている。
ちなみにラタジュニアは何も話していない。カンネは事件を解決しほめてもらうためだ。
正直エスタトゥアはうんざりしていた。高飛車なお嬢様の探偵ごっこに付き合ってられないと思った。
ちなみに探偵という言葉はエル商会で読んだ妖精王国の名探偵が活躍する本で知っている。
妖精王国はかつて英国と呼ばれた国で、現在ではクイーンヘッドなるビッグヘッドに支配されているそうだ。
「世の中は常に一本の糸で結ばれておりますの。そしてその糸はすべての事象にたどり着くものですわ」
「……あんた、いやあなたの話は難しくてわからないよ。俺たちで犯人を見つけるなんて不可能だ。
妖精王国の名探偵みたいな千里眼なんて持ってないだろう?
そりゃあ旦那様の前でいい格好はしたいと思う気持ちはわかるよ。でもそれであなたの身に被害が出たら目も当てられないと思うのですが」
エスタトゥアは正論で諭してみる。どうせ根拠のない自信で自分の意見など頭から無視すると思っていた。
だがカンネはあくまで冷静であった。
「名探偵は千里眼など持っておりませんわ。あらゆる職業を経験し、数多い煙草の灰を見比べ、世界情勢を理解しておりますのよ。
初対面の人がどんな仕事をしているのか、一目でわかるのは、名探偵がその仕事を実際に体験し、自分の目で見たからわかったのですわ。
このわたくし、エル様の将来の妻になる女がただ実家で行儀見習いのみに夢中になっていたとお思いですの?
わたくしは六歳の頃からハンニバル商会でいろいろな雑用を経験しましたわ。
ヤギウマの世話に、メイドたちと掃除と洗濯をしたりしましたわ。料理だってレパートリーは千を超えておりますわよ。
数多い専門医たちの仕事を間近で見学したり、犯罪奴隷たちが働く荒地の開墾にも参加しました。手にタコができて筋肉が悲鳴を上げましたわね」
確かカンネは誰にも叱られなかったと言っていたが、仕事の指導は叱るうちに入っていないようだ。
あくまで自分が私的で叱られたことがないことに不満を抱いているようである。
「それが脅迫状の持ち主を探すのに何の役に立つんだ?」
エスタトゥアは反論する。確かにカンネが様々な仕事をしたのは驚きだ。
だがどれもすぐにやめてしまったに違いない。どれもそつなくこなしたにしても、薄っぺらいものだ。
つまりは器用貧乏というわけである。
だがカンネは自信満々であった。
「わたくしはすでに犯人の目星がついておりますのよ」
カンネの発言に、エスタトゥアは反論する。
「はぁ? あなたは何を言っているのですか。じゃあ犯人が誰かを言ってみろよ」
「ええ、言いますわ。先週に町のガトリング砲をだめにした者が犯人ですのよ」
「それって脅迫状に書いてあったのをただ言ってみただけだろうが!!」
エスタトゥアは激高した。ザマはヨモツから脅迫状を黙ってすり取ったのだ。
それにはこう書かれてあった。
『今日の始球式を中止しろ。そうでなければお前たちを殺してやる。
先週、ガトリング砲が塩水でさびて使えなくなったのを覚えているだろう?
あんな状態になるなんて想像したくないはずだ。
スタジアムの中では複数の火薬壺を設置させてある。
こいつが人の多いところで爆発したらどうなるか想像するのだな』
これが脅迫状の内容である。だがカンネは平然としていた。
「まず庶民のあなたに説明して差し上げますわ。
この手紙が送られたのはおそらく今日ですわね。本当に中止に追い込みたいのなら前日に出しておりますもの。
お客様が大勢入場した後に脅迫状が送られたのですわ。
そしてガトリング砲の件ですが、こちらは犯人しか知りえない情報ですの。
なぜなら町の人はガトリング砲が使えなくなったことは噂になっていても、塩水をかけられたことは閉口令が出ておりますわ。
最後に火薬壺ですが、こちらはヨモツ様にいたずらでないことをアピールさせるためでしょう。
もちろん先週の件で当事者しか知らない情報を提示されれば疑うのは筋ですわ。
そして犯人ですが、相手は愉快犯ですわね。それも相当の腕を持つ者の仕業でしてよ」
「なんで愉快犯なんだよ。俺みたいな亜人を忌み嫌うものの仕業かもしれないだろ?」
「いいえ、この手紙にはあくまで始球式を中止しろとしか書かれておりませんわ。
それに殺すという直球的な言葉を使っております。
思想犯は物事をファンタジーのように捉える傾向がありますわ。騎士団などは直接的な表現よりもむしろメルヘンみたいな脅迫状を危険視しておりますの。
ですがこの手紙の主はサルティエラが保管しているガトリング砲を誰にも知られずに駄目にした。
そこが愉快犯の仕業であり、実力者が犯人という根拠ですわ」
エスタトゥアは驚いた。カンネが理路整然と物事の道筋を描いたことが意外だからだ。
本当に彼女はラタジュニアさえ絡まなければスーパーガールなのだなと思った。
「それで犯人の目的ですが、おそらくはヨモツ様をスタジアムの中にくぎ付けにするためでしょう。
彼女の嗅覚と聴覚は常人をはるかに超えております。その力を発揮すれば火薬壺を発見することは可能ですわ。
ですが、それが罠なのです。おそらく犯人は外ですわ。なぜなら火薬壺というわかりやすい証拠品がヨモツ様の感覚を狂わせているのです。
なまじ感覚が鋭いため、それを盲信してしまうのですわ。
そもそも火薬壺と言っても火薬は簡単には手に入りません。フエゴ教団の司祭を通さなければ入手は不可能ですわ。精々臭いが染みついた空の壺を手に入れるのが関の山でしょう」
カンネの推理にエスタトゥアは舌を巻いた。なるほど一理あると感心する。
すると犯人の目的は何なのだろうか。先週に起きた獣たちの襲撃に似た事件でも起こすつもりだろうか。
イザナミから聞いた話によれば現在ガトリング砲が保管されている倉庫では兵士たちが一日中交代しながら見張っているという。
さらに二度あることは三度あるかもしれないので、外の警備も強化してあった。
もちろん町の警備も普段より厳しくしている。
そんな中でこのような脅迫状を送ることに何の意味があるのだろう。
「かーぽれぽれぽれ。うまく誘い出せたようですね」
突然声が聞こえてきた。どこからだと声の主を探す。
すると木の上から声がしたのだ。
そいつは木の上から降りてきた。ボロボロのマントを羽織り、顔を布で巻いており、表情はうかがえない。
だが体格は人間以上であり、袖から見える手から毛がはみ出ているので亜人なのはまちがいないだろう。
「かっぽ~れ! 私はスレイプニル。エビルヘッド教団の人間ですよ。そしてそちらの脅迫状を出したのは私です」
なんといきなり犯人がやってきたのだ。あまりの展開にエスタトゥアの思考は止まった。
「まさか、わたくしたちを誘うためにあの手紙を出したのかしら?
それにしては偶然の出会いがなければなりたたないお話ですけど」
カンネはスレイプニルに対して皮肉を浴びせた。
相手は笑うだけである。
「そうでもありませんよ。カンネ様。あなたは賢いお方だ。あのナトゥラレサ大陸一の商人ハンニバルの娘は伊達でないことを知っております。
ヨモツが普段と違う行動を取ればすぐに事件性に感付くでしょう。
ザマの性格なら人のものを掏ることなど朝飯前であることは調べておりますので。
もちろんあなたたちを外に出すための策は何十通りもありましたがね」
スレイプニルは慇懃な態度であった。
カンネは相手の態度に苛立っている。向こうの思惑がさっぱりわからないからだ。
「正確にはカンネ様に用があるわけではございません。
用があるのはそこにいるエスタトゥアさんなのですよ」
突然名指しをされて驚いた。いったいこいつは自分に何の用があるのだろうか。
「あなたに教えてあげたいことがあるのですよ。
あなたがひどい目に遭う理由ですが、あれは我らエビルヘッド教団の仕業なのです。
自身の村が襲撃されたのも、商業奴隷の研修で狂乱した村人に襲われたのも、オンゴ村で獣人族に襲われたのも、街道でビッグヘッドに襲われたのもみんな我らの仕事なのです」
エスタトゥアは何を言われたのかわからなかった。
スレイプニルの言葉がよその国に変換されたと思ったからだ。
だが相手はさらに言葉を畳みかける。
「かーぽれぽれぽれ。みんなあなたのせいなのです。あなたが存在しているのが悪いのです。
あなたは生きているだけで災厄をばらまく疫病神なのですよ。
早く死んでください。ほら、ナイフをやりますから自殺してください」
スレイプニルは笑いながら懐からナイフを放り投げる。
エスタトゥアは何気にそのナイフを拾った。
自分の意思というより、スレイプニルに命じられたから拾った感じだ。
「俺のせい……、みんな俺のせいで迷惑をこうむったのか……」
「はいッ、その通りでございます!!」
スレイプニルの顔は隠れたままだが、おそらくは邪悪な笑みを浮かべているだろう。
語感から彼があざ笑っているのがわかる。まさに喜劇を楽しむような感じだ。
そしてエスタトゥアは無意識のうちにナイフを喉元に突き刺そうとしていた。
操り人形のように見える。
「やめなさい! わたくしがほしいのはエル様へのお叱りですわ!! エル様に叱られると子宮がキュンキュンするからです!!
あなたが死んで悲しむ姿など見たくないのですわ!! そんなのを見た日にはわたくしも死にたくなるほど暗くなってしまいます!!
これはわたくしのため、自分のためにもあなたの自決は止めさせていただきますわ!!」
カンネは右手を突き出し、エスタトゥアを救おうとした。
だがスレイプニルが邪魔をする。両手を広げて通せんぼするのだ。まるで刑務所の壁のように立ちふさがっている。
カンネはにらみつけるが、相手は薄笑いを挙げているだけである。子猫と遊んで楽しむような様子であった。
これだけでも敵はただ者ではないと頭ではなく、魂で理解できた。
ああ、エスタトゥアの命を切り捨てるナイフがあと少しで届きそうだ。
エスタトゥアの瞳から光が消えている。彼女は無意識に行動しているのだろう。
哀れ、彼女の人生は無残にもここで終わるのだろうか!?
そうはならなかった。
突如エスタトゥアの背後に何者かが猿の如く降ってきたのだ。
そいつはか弱い少女から冷たく鈍色を放つナイフを取り上げたのである。
「何者ですか!?」
カンネが叫ぶ。だが相手は何も語らない。
それは金髪の美女であった。とうもろこしのようにふさふさで腰まで伸びている。
純白のマントに金縁の肩当てを付けていた。
大理石のように透き通った肌に、彫刻のように美しくも無機質な感じを受ける美貌。
エスタトゥアのナイフはふさふさの髪の毛が巻き付き、今も手にしているのだ。
彼女はマントから手を出していない。髪でナイフを手にしているのである。
その様子はまるで八つの首を持つ大蛇の如くであった。
もしくは視線で人間を石に変える魔女メドゥーサと例えてもおかしくはない。
「一週間の騎士の一人、金曜日の騎士、ヴァルキリエ」
女性はただそれだけしか言わなかった。だがそれだけで十分なのだ。
彼女はスレイプニルをじっと睨みつけていた。その瞳は氷のように冷たく、相手を凍りつかせると思わせる力を秘めているのだから。
ここから話は急展開になる予定です。
大まかな道筋は決まっており、いかにゴールへ向かわせるかが問題ですね。




