師匠たちの護衛は騎士の盾と言うそうです
「それでは失礼いたしますわ~~~!!」
ソルトスタジアムにある一室。ゴールデンハムスターの亜人であるエスタトゥアの控室があった。
彼女は本日行われる始球式に参加するためである。
そこにエスタトゥアの師匠であるウシガエルの亜人ボスケとマイタケの亜人オーガイが挨拶に来たのだ。
ボスケはオルデン大陸一の歌姫であり、彼女のコンサートは高額のチケットが飛ぶように売れていた。
そしてオーガイは舞姫であり、こちらもボスケと畑は違うが踊りの世界では第一人者として有名である。
そのふたりがエスタトゥアの師匠なのだ。
それもアイドルになるための修業なのである。
ある程度の金持ちなら羨ましがるほどだ。
控室にはナトゥラレサ大陸に店を構えるハンニバル商会の娘カンネがいた。
彼女はお嬢様と呼ばれる地位にあり、ふたりの舞台を見たことがある。
そんな彼女は目の前の巨匠に感動し、エスタトゥアの態度に驚愕したのは言うまでもなかった。
「はい。始球式で会いましょう」
「ええ、楽しみにしておりますよ」
エスタトゥアは挨拶し、オーガイも応じる。
控室を出ると人間の男が立っていた。
ひょろりと背が高く、黒い背広を着て、黒いネクタイを身に付けている。
細長い身体で風が吹けば飛んでしまいそうなのに、柳に雪折れなしのようだ。
ボスケのボディガードだ。名前はハンゾウだという。
初めて会ったのはコミエンソの北区にあるノースコロシアムだった。
ボスケのコンサートの帰りに、彼がやってきたのだ。ボスケの使いである。
前は六人いた。全員同じ顔で、まるで亡霊のようであった。どれも顔は青白く、目つきは鋭かった。
それが一〇人になっていたのだ。
「……なんかハンゾウさん、前より人数が増えてない?」
「あれから月日を重ねましたからね」
答えにならない答えで返された。
なんともいえない空気になる。
もっともハンゾウは気にしていないようだ。
「ボスケ様。時間でございます」
同じ顔が一斉にボスケの周りを囲む。
全員隙が無く、警戒し始めた。
まるで城壁であり、矢でも鉄砲でも突破は不可能と思われる。
「それではまた会いましょ~~~!!」
ボスケは最後まで声がでかかった。
のっしのっしと大きな腹を震わせて去っていく。
そこにボスケが耳打ちした。
(ボスケ様。あまり単独で動かれるのは困ります。何かあっては遅すぎます)
(わかっておりますわ。ですがすべてはエスタトゥアさんのためです。
今日は彼女にとって大きな行事。緊張をほぐすのも師匠の役目ですわ)
ボスケは小声で答える。彼女は常に声を張り上げているわけではないのだ。
(もちろん私自身も安全を考えておりますわ。
私の身に危険が起きれば、彼女が必要のない責任を背負うことになります。
それだけは絶対に避けなくてはなりません!!)
ボスケは真剣な口調であった。彼女は自分の身に危険が迫っていると感じているようだ。
しかし、それが別の誰かが責任を負うと思っているようでもある。
それは誰なのか。ボスケとハンゾウの胸の内に秘められているだろう。
「いったハンゾウさんて何者なのかな?」
エスタトゥアは今更ながらボスケのボディガードに疑問を持った。
そもそもボスケの別荘に稽古へ出向いたときも、ハンゾウは別荘の周りを幽霊のように佇んでいたのだ。
いったいどこから連れてきたのか、興味を抱いたのである。
「ハンゾウ様はフエゴ教団が寄越してくれた一週間の騎士の一人、水曜日の騎士ですわ」
カンネが説明してくれた。これは意外であった。
彼女曰く、商人なら誰でも知っていることですわと胸を張られたが無視する。
「一週間の騎士とは要人の護衛が仕事ですわ。主にフレイア商会のオロ会長のような大物が多いですわね。
先ほどお見掛けしましたが、人間の女性が護衛についておりましたわ。
ですがボスケ様のような芸能人関係は珍しいですわね」
「へー、そうなんだ。というかオーガイさんは護衛とかいないですよね」
カンネの話は半分聞き流して、オーガイに話を振る。
「いえ、いますよ。すぐそこに」
そういって手の平を上に向けて壁を差した。
そこには冷たい石の壁しか見えない。
彼女は空想上の友達が見えているのだろうか?
「うわぁ、危ない!!」
突如後ろから叫び声が聞こえた。
それは木箱であった。エスタトゥアよりも高く積まれた木箱が崩れ落ちてきたのである。
見れば台車を押している人間が慌てている。
おそらくは無理して木箱を積んだ結果がこれなのだ。
「うわぁぁぁ!!」
エスタトゥアは思わずしゃがみ、頭を押さえた。
だが予想した衝撃はまったく来ない。
どうしたのかなと、目を開いた。
木箱は宙を浮いていた。
いや何者かが木箱を支えていたのだ。
それは半透明な腕であった。丸太のように太い腕だ。
そいつは壁からにょっきりと出てきたのである。
「ハットリさん。ありがとうございます」
オーガイは相手に礼を言った。
どうやら腕の主に声をかけたようである。
べりべりと壁に貼られた張り紙を剥がす様に現れた。
いったい壁から出てきたのは何者だろうか。
そいつはナメクジの亜人らしい。二メートルほどの巨漢であった。
上半身だけ壁から出ているのが異様に見える。
ムキムキの筋肉質な身体だが、顔つきは草食動物のような優し気なものである。
「この方はハットリさん。ナメクジラの亜人で、私の護衛を務めてくださっております。
一週間の騎士では土曜日の騎士と呼ばれております。
とてもシャイで、人見知りなお方ですが、とてもいい人ですよ」
オーガイに紹介され、にっこりと笑うハットリ。
まるで熊のような愛嬌を見せるが、迫力があった。
つまり得体のしれない何かを感じたのである。
エスタトゥアは怯えつつもハットリと握手をする。とても大きくて温かかったのが意外であった。
人間の男は平謝りしたが、オーガイは気を付けてくれと注意しただけだった。
「そんなことで許されると思っているのですか!! あなたは今人に危害を加えようとしたのですよ!!
もしかしたら死んでいたかもしれませんわ! 結果論で無傷で済みましたが、きちんと誠実な対応を求めますわよ!!」
カンネが烈火の如く怒りだした。エスタトゥアは意表を突かれた。
自分を嫌っているからケガをした方が喜ぶと思ったからだ。
カンネは男の襟首をつかみ、責任者に会わせるよう迫った。
そして男を連れてどこかへ行ってしまったのだった。
「この手の事故はきちんとけじめをつけないといけないって旦那様が言ってたな」
エスタトゥアはラタジュニアの教えを思い出した。
問題は本人の意向を無視して一人で行ってしまったことだが後の祭りだ。
さてカンネがいなくなり、オーガイも別れを告げる。
「それでは始球式で会いましょう。カンネさんにもよろしく伝えてくださいな」
オーガイはぺこりと頭を下げると、去ろうとした。
ハットリは再び壁に張り付いていく。
半透明の身体は壁と同化していった。
見る見るうちに壁と区別がつかなくなっていく。まるで魔法だった。
「いったいハットリさんて何者ですか?」
苦笑いを浮かべながら思わず呼び止めオーガイに訊ねた。
オーガイも彼女の疑問にこたえるべく足を止めて説明した。
「ハットリさんは八蛇河の下流にあるナメクジの亜人が住むツナデ村出身です。
あそこの村は工芸品を作る職人が多くて有名な村です。
ハットリさんのおばあ様は過去にフエゴ教団から連れてこられた一人なのです」
なんでもフエゴ教団は五〇年前にある事業を行った。
それは司祭で人間の男と亜人の娘を結婚させることだ。
子供の頃から一緒に生活させることで亜人に対する偏見を薄れさせる。
そして子供を産ませ、さらにその子供を別の亜人の子と結婚させて子供を作る。
教団学校にはそんな子供が多かった。
ラタジュニアの場合は母親が司祭の娘であったため、人間の血を引いている。
それ故にラタジュニアは教団学校に入学できたという。
教団学校に入学したものの進路は三つだ。
ひとつは司祭になること。もうひとつは司祭の杖になることだ。
もっとも司祭の杖は才能が開花しなければ無理である。
ラタジュニアは司祭の杖になれた。ただパートナーがおらず、二歳年下の妹であるイデアルが司祭試験に合格した後、猛毒の山に赴く儀式をするらしい。
そしてどちらにもなれなければ騎士になるのだ。
「でもハットリさんは普通じゃないですよね。司祭の杖とは違うのですか?」
「ごめんなさい。言葉が足りませんでしたね。スキル持ちでも騎士になることはあります。
こちらは騎士の盾と呼ばれております」
ちなみにハンゾウも騎士の盾だという。剣でないのは相手を傷つける可能性があるからだ。盾なら相手を守れるからだという。
「呼び止めて申し訳ありませんでした。それではまた会いましょう」
「はい。楽しみにしておりますよ」
エスタトゥアは呼び止めた非礼を詫びた。
今度こそオーガイは立ち去った。
そしてカンネが戻ってきた。
「ふぅ。相手に責任を取らせることができましたわ。
あら、オーガイ様は行かれましたのね。わたくしも挨拶をしたかったですわ」
「ああ、よろしくと言ってたぞ。というか責任を取らせたってなんだよ」
「決まっておりますわ!! あの男はフレイ商会の従業員でしたので、直に上司に苦情を入れましたわ!!
まったく上司が無能だと従業員も悲惨ですわね。ハンニバル商会なら上司を地獄のしごきで再教育しているところですわね」
「そうなのか。でも意外だよな。俺のために怒るなんて。てっきりケガをしたら喜びそうなのに」
するとカンネは般若のような形相でにらんだ。思わずちびりそうになる。
「わたくしがあなたを認めないのはあくまでエル様のことだけですわ。
あなたが身に不幸が起きて、あの方が嘆き悲しむ姿など見たくはありませんわ。
それに不正で勝利を得るなど無意味ですわ。なぜなら嘘は薄っぺらい紙のようなもの。
丁寧に結った縄は千切れにくいのですわ。
わたくしはあくまで正々堂々と勝負いたしますわよ!!」
カンネの瞳は輝いていた。彼女はラタジュニアに関してだけ激高するようだ。
エスタトゥアはカンネを少しだけ見直した。
「ああ、でも、あなたをいじめてエル様におしおきされるのも捨てがたいですわ!!
ですがやりすぎて見捨てられてしまったは意味がありませんわ!!
なんて難しいかじ取りなのでしょう。でもそれがたまりませんわ!!」
カンネは自己陶酔して身を悶えている。
やっぱりこいつはブレないなと感心した。
護衛の名前は後付けであり、オーガイの護衛も後付けです。
辻褄合わせも小説を書く上での面白さだと思います。
我ながら話が極端に脱線してないと感心しております。
これは基本の土台がきちんとしているからだと思いますね。
キノコ戦争が起きて荒廃して二百年が過ぎた地球が舞台。
ビッグヘッドという人間の頭に手足がくっついた怪物。
アライグマやヌートリアといった外来種が横行し、巨大化している。
神応石と呼ばれるものを額に埋めることにより、人体に異常を起こし特殊能力を身に付けさせる。
これがオルデンサーガの胆です。これがズレない限り、話は破たんしないと思っています。
まあ、私がそう思い込んでいるだけですけどね。




