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トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第四章 エスタトゥアにライバルができた
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宴の途中でエスタトゥアが芸を披露します

「皆のものよくやってくれた!!

 今日は私の私財で宴を始めようではないか!! 町中の酒を集めて飲み明かしてくれ!!」


 夜が更けたサルティエラの町では各地に松明が灯されている。

 町長であり、塩の女王と呼ばれたイザナミは自慢の筋肉をピクピク動かしながら、町の中央にある自分の屋敷の屋根の上で、目の前に集まった大衆相手に声を上げていた。

 町を取り囲もうとした獣たちはすでに退けられた。

 町を守る兵士たちの練度の高さもそうだが、金目当ての者たちも協力して解決したのだ。


 これに関してはヨモツにすべて任せてある。彼女は目が不自由だが相手の嘘を見破る力があるのだ。

 てきぱきと兵士たちに指示を与え、報奨金などの支払いはあっという間に済ませてしまっている。

 高祖母のイザナミが力で支配し、玄孫のヨモツが政治をする。とてもバランスのとれた町といえた。


「ひゅーひゅー!!」

「さすが塩の女王様だ。太っ腹だね」

「いやいやヨモツ様の事後処理能力も素晴らしいよ。あのふたりがいればこの町は安泰だね」


 ちなみにイザナミの家族はヨモツだけだった。息子と孫は老衰してしまったし、ひ孫夫婦はヨモツが生まれてすぐ殺されたらしい。

 それも大量のスマイリーから町を守ったというから、今でも守護者のひとりとして崇められていた。


「さぁ、エルにカンネ。あんたたちにも感謝しなくちゃね。

 あんたらのおかげで手っ取り早く終わったからね!」


 イザナミは屋敷の庭へ降り立った。そしてパーティに参加していたラタジュニアとカンネに近寄る。

 カンネはラタジュニアの腕を組んでいた。彼は迷惑そうだが無理強いできずにいる。

 ちなみにエスタトゥアとザマはパーティの補佐で勤しんでいた。


「当然ですわ! わたくしとエル様の力が合わされば伝説に伝わる人食いの一つ目巨人トルトや、七つの頭を持つ大蛇エレンスゲだって裸足で逃げ出しますわ!!

 いいえ、わたくしなど付け合わせのフライドポテト、箸休めのピクルスにすぎませんわ!!

 エル様ひとりでも楽勝でしたわ、お茶の子さいさいでしたわ!!

 ああ、わたくしは余計なことをしてしまったかもしれませんわ!!

 エル様、わたくしを叱ってくださいまし!! この横からしゃしゃり出た雌豚におしおきしてくださいまし!!」


 カンネは自己陶酔していた。ラタジュニアはうんざりした表情を浮かべている。

 それを給仕しながらエスタトゥアは眺めていた。 

 ちなみにザマの方が彼女の数十倍テキパキと働いている。


「なんであの人、うちの旦那様にああもべたぼれなんだろうか。

 やっぱり家の大きさで人の心は変わるものかねぇ?

 それとも旦那様の父親の影響が大きいのだろうか?」


 訊いた話によればラタジュニアの父親が経営するラタ商会は結構大きいという。

 コミエンソの周りの村に支店が七つほどあり、商業奴隷は百人近くだそうな。

 さらに恩人のラタを神格化し、崇めている可能性もある。

 そうなるとカンネはラタジュニアではなく、その後ろにいる父親のラタだけを見ているのではと疑っていた。

 そこをザマが否定する。


「違います。お嬢様はエル様の家柄に惚れているわけではありません。

 さらにいえば出会った当初お嬢様はエル様を嫌っておりました」

「え、マジで?」

「はい。栄光あるハンニバル商会の令嬢である自分がなぜネズミの花嫁にならねばならないのか憤慨しておりました。さらにエル様を全力で殺そうとしましたね。

 ですがエル様は軽くいなしたため、お嬢様は見ての通り恥も外聞もない状態になってしまいました」

 

 軽く舌打ちするザマ。それを聞いてなんとなくカンネらしいと思った。

 町は大賑わいだ。普段は高い酒を飲めない庶民がここぞとばかり飲んでいる。

 子供たちも甘いお菓子やジュースを口にして喜んでいるが、母親は夜寝られないからときつく注意したりしていた。

 遠くではろれつの回らない声で歌を歌ったり、酔っぱらい特有のたこみたいな踊りを披露したりとめちゃくちゃであった。


 その一方で町を守る兵士たちは酒を一滴ものまず、夜通しで警備を続けていた。

 彼らは酒に酔っていないが、宴の雰囲気に酔っている。

 この隙に泥棒やスリが横行しないように見張っているのだ。

 もちろん後日特別ボーナスがもらえるのではりきって仕事をしている。

 これらはすべてヨモツの仕事であり、人をうまく使いこなしていた。


「そうだエスタトゥア。お前さんは歌と踊りが得意なのだろう?

 余興として一度みんなの前で披露してはもらえないだろうか。

 もちろんお代はきちんと前払いさせてもらうよ」


 イザナミが声をかけた。彼女は発達した大胸筋の間から金貨を十枚取り出した。

 テンパに直せば百万テンパを支払おうというわけだ。

 それをラタジュニアの前に行き、彼に握らせる。

 エスタトゥアの主は彼なのだ。主人の命令なしで芸を披露させるわけにはいかぬ。


「しかし、この状況で彼女に歌わせるのはどうかと……」

「わかっているさ。だが何事にも不規則な事態が起きるのは世の常だ。

 いろんな場所で試すのも向こうが望むことだろう?」


 イザナミに説得されてラタジュニアは許可を出した。どことなくイザナミの言葉が気になるエスタトゥアだったがすぐに支度をするよう命じられる。


 数分後、エスタトゥアは着替えを終えてやってきた。

 黄色と黒の縞々のフリルのドレスである。背中には妖精の羽に見立てた飾りが付けられていた。

 これはアラクネ商会会長、ジュンコがデザインしたものである。

 唄の師匠であるボスケの別荘に遊びに来た際、即興で作り上げた衣装だ。


「これはジュンコ様のデザインですね。なぜあなたがこれを?」

「ボスケさんの家に遊びに来た時、作ってあげると言われて作られたのさ」


 エスタトゥアは思い出す。ジュンコはジョロウグモの亜人である。

 蜘蛛の亜人といっても腕は二本しかないが、人間の腕より細長く、手先は黒く鋭い爪が光っていた。

 黄色と黒の縞模様の毛に覆われているが、不思議と愛嬌のある女性であった。

 その彼女が手持ちの糸と素材を使い、一時間足らずで作ってしまったのである。

 まるで蜘蛛が巣を張るような勢いであった。


「初めて見たときはたまげたよ。商店街の仕立て屋にお使いに行ったときも服を縫うおばさんがいたが、あれとはまるで別次元の出来事と思えたね」

「なるほどそうでしたか。あの方の腕前はギリシア神話に出てくるアテネと機織り対決に勝利したアラクネの再来といわれています。

 もっともアラクネはアテネに逆恨みされて蜘蛛の化け物に変えられましたが。

 初代アラクネ商会の会長はそれに倣って今の名前を付けたと聞きます」

「ジュンコさんはなんとなくふわふわと柔らかそうな人柄と外見だったけどな」


 ふたりは他愛ない話をしていたが、やがて庭では簡易ステージが設置し終わったと報告が来た。

 エスタトゥアはやれやれとステージの上に上がった。

 そして側にはクラシックギターを手にしたラタジュニアが椅子に座って待機している。

 ちなみにステージの周りは子供たちが椅子に座っていた。他の大人たちは酒を飲み、つまみに夢中になっており、エスタトゥアのことなど見向きもしなかった。


「エスタトゥア。今回はしんみりしたバラードを唄ってもらうぞ」

「ああ、いいよ」


 どうせラタジュニアの指示で歌うのだ。ジャンルなど自分にはどうでもよかった。


 エスタトゥアはボスケに習ったように腹から息を吸う。そして吠えるように歌った。

 ボスケほどの肺活量はないが、これでも毎日増やす訓練はしている。

 

 エスタトゥアの歌う内容は物悲しく、感傷的であった。

 そしてオーガイ直伝のダンスも加える。毎晩仕事が終わった後ブランコやポニトの前で稽古をしていたのだ。

 それに行商に出ているときも同じである。


 庭全体に広がるエスタトゥアの歌声は荒れ狂う酔っぱらいたちがおとなしくなるほどであった。

 するとはしゃいでいた子供たちもおとなしくなっている。

 何が悲しいのか、涙を流す子供が出てきた。ただし泣き叫ぶのとは違っていた。

 子供たちは母親の元に戻り、そのまま家に帰って暖かいベッドの中に潜るつもりだ。


「すてきな歌声ですね。歌姫ボスケ様が師匠だと聞きましたが、師匠譲りの歌い方といえましょう」

「……」


 ザマが素直に感想を述べているが、カンネは険しい顔になっていた。

 エスタトゥアをにらみつけるように見ていた。


「お嬢様?」

「―――!? 不愉快ですわ。わたくしは宿へ戻ります!!」


 カンネはぷりぷり怒りながら、その場を去っていった。

 ザマはため息をつきながらも、主の後ろを追っていく。


「やぁぁぁめ、ろぉぉぉぉ!!」


 突如憤いきどおる声が聞こえてきた。

 それは人間の中年男性であった。顔中髭面である。

そいつは酔っており、目を血走らせていた。


「いますぐ歌うのをやめろぉぉぉ!!

 耳障りだァァァ!! 殺してやるゥゥゥ!!」


 男はテーブルの上に置いてあった酒瓶を手に取った。

 それをテーブルに叩き付けて、割る。立派な凶器の出来上がりだ。

 そいつを振り回してエスタトゥア目がけて突進してきた。

 口から泡を吐き、よばれをまき散らしながら、奇声を上げている。


「やられてたまるか!!」


 エスタトゥアは男の顔面を蹴り上げた。顎に当たり気を失った。


「いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!!」


 エスタトゥアはつぶやいた。

 だが別のところでも酔っぱらいが暴れ始めた。


「ウゥゥゥ、俺は悪くない! 俺は正しいんだ!!

 間違っているのは、俺以外のすべてなんだ!!」

「ああ、悲しい。なんでこんなに悲しいんだ。

 こんなの俺じゃない。俺の思い通りにならない世界など滅んでしまえ!!」

「ぐぐぐ。頭が痛い。頭を押さえつけられるような気持ち悪い感触だ!

 こんな気持ちになるなど許せない!! 殺す、殺してやるゥゥゥ!!」


 どれも人間の男性で年齢はバラバラだった。

 どいつもこいつもエスタトゥアに対し敵愾心をむき出しにしている。

 周りの人間を突き倒しながら、一直線で彼女を殺そうと走り出した。


「やれやれ、こんな状況になるとはね。反省しなくては」


 イザナミが暴徒の前に立った。そして両腕を突き出し、右手で左手首を掴み、引き締める。

 サイドチェストという横から胸の筋肉を強調するポーズだ。

 そして大胸筋をぴくぴく動かすと、暴徒たちのみが吹き飛んだ。


「黄泉軍のヘル・トルネードの威力はどうだい?

 狙った相手だけを吹き飛ばす技だよ」


 男たちの顔面はぐしゃぐしゃになっていた。血と唾液が入り混じり、泡を吐きながらぴくぴくと痙攣していた。

 イザナミは兵士たちに指示をして、担架で運ばせる。

 そしてエスタトゥアの前に立ち、頭を下げた。


「エスタトゥア許しておくれ。まさか酔っぱらいたちが暴れるなど思いもしなかったのだ。

 私の浅はかな考えがあなたを危険にさらしてしまった。申し訳なく思っている」


 イザナミは深々と頭を下げた。

 だが歌を歌ったくらいで酔っぱらいが暴れるなど誰が予測するだろうか。

 彼女の口調では酔っぱらいが暴れるとは思っていなかったようだ。


「いいえ。これは私も悪い。なぜならこうなることは予想できたはずだからだ」


 ラタジュニアも頭を下げた。


(こいつは何を謝っているのだろうか? つーか酔っぱらいがキレて暴れることはあり得る話だと思うけどな)


 エスタトゥアは彼の態度が理解できなかった。自分が亜人だから酔っぱらいは暴徒と化したのだろうか。

 いや、違う。彼らはエスタトゥアが亜人であることを口にしていない。

 なにか別の理由で暴れたと思えた。


 ☆


 その晩、カンネは宿屋に戻り、一人で慰めていた。強面こわもての彼女らしからぬ甘い声を出していた。

 それをザマが窓の隙間からそっとのぞき見している。

 表情には何の感動もなく、じっと見つめるだけであった。

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