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トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第四章 エスタトゥアにライバルができた
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カンネお嬢様は最強なのです!!

「はあ? あいつの婚約者フィアンセだって?」


 エスタトゥアは驚いた。鏡があれば鳩が豆鉄砲を食ったような顔だったろう。

いきなりラタジュニアの婚約者を自称されたら驚くに決まっている。

それも見た目からしてゴージャスな女性が口にしたのだから破壊力は抜群だ。


 あらためてカンネという女性を見た。

 ライオンの亜人で、オスのライオンのようなたてがみに、ぴっちりとした革製のドレスを着ていた。足は膝まで覆う革製の靴を履いている。

 豊満な胸を支え、ヘソは丸出し。太ももは丸見えというスタイルに自信がなければ着られないものである。

 背は女性としては高く、肩幅もあった。

 精悍な目つきで、視線だけで相手をかみ殺してもおかしくない雰囲気がある。


 それにくらべてエスタトゥアは貧弱であった。身に付けているのは革製のビキニとサンダルだけである。十歳にしては平均を満たしているが、カンネと横に並べば見劣りしている。

 もっとも毛の多い亜人は大抵ビキニか、パンツ一丁が多い。

 フエゴ教団の司祭が法衣を着ているくらいだ。こちらは通気性のよい生地を使用している。


「あいつ? あいつって誰の事かしら?」


 カンネがぎろりと睨みつけた。まさにか弱いウサギを狙う雌獅子である。雄の場合は縄張りを守るために戦うので雌が狩りをするのは正しいのだ。

 エスタトゥアは思わず縮こまってしまう。

 彼女は決して臆病ではないが、カンネが持つ王者の覇気に当てられてしまったのだ。


「さあ、おっしゃってくださいな。あいつとはどこの誰を指しているのですか?

 もしわたくしの愛しいお方でしたらただでは済みませんわよ!!

 そう、あなたはハムスターの亜人のようですわね。わたくしが裸同士でたっぷりと嬲って差し上げますわ。

体を縄で縛って、鞭を打って、ロウソクの蝋を垂らして、逆さづりにして、浣腸してさしあげますわ。

 ああ、こんな小生意気そうな小娘を調教できるなんてゾクゾクしますわ!!」

 

 ぺろりとカンネは唇を舐め、うっとりした笑みを浮かべる。なんとも蠱惑的な光景だ。一方でエスタトゥアの背中に寒気が走ったのは言うまでもない。


(じょっ、冗談じゃねぇ!! ブランコの方がマシ……、でもねぇか。

あいつはあいつでいやらしく撫でまわすからなぁ)


 脳裏にブランコが低い鼻から息を荒げながら近づいてくる想像をすると、ぶるぶると首を振って妄想を消した。

 そう思うとこちらのほうがマシではと思わずにいられなかった。

 そこへザマが助け舟を出した。


「お嬢様、それは不可能でございます。見たところ彼女は商業奴隷。右腕に奴隷の腕輪をはめられております。

 先ほど述べたものはすべて違反行為となってしまいます。

 なぜならフエゴ神の名の元に、他人はもちろんのこと所有者でも奴隷の暴行は禁止されているからです」


 カンネは睨みつけたがザマは涼しい顔で流している。

 ザマは黒豹の亜人で、おかっぱ頭にメイドキャップを被っていた。

 すらりと背は高く、細長くすらっとした手足はまさに黒豹にふさわしい体躯である。

 身に付けているのは真っ白いエプロンにサンダルだけだ。おそらく胸部と下腹部は見えないが身に付けているだろう。

 

 カンネが太陽ならば、彼女は月といえる。華やかさはないが朧月夜のような美貌の持ち主であった。


「なんですって!? わたくしはハンニバル商会の令嬢ですのよ!! 

奴隷くらいどれくらいいじめようがわたくしを罰することなどできませんわ!!

 例え神だろうともわたしくの行動を妨げるなど許されませんわ」

「いえ、許さないのは神ではなく、エル様でございます」

「なんですって!?」


 カンネはきょとんとした表情を浮かべた。一瞬何を言われたのかわかっていない様子だった。

 するとザマはこほんと咳払いすると、改めてエスタトゥアに挨拶をする。


「お初にお目にかかります。私はザマでございます。

ナトゥラレサ大陸に拠点を構えるハンニバル商会のメイドを務めております。

 以後お見知りおきを」

「あっはい。こちらこそお初にお目にかかります。俺、いや私はエスタトゥアです。

 コミエンソの北区にあるエル商会の商業奴隷です」


 ふたりはぺこりと頭を下げた。

 エスタトゥアは唐突な挨拶についていくのがやっとであった。


「ごらんのとおり、彼女はエル様の商業奴隷です。

 そんな彼女をいじめたりしたらエル様の心中はいかがなものでしょうか。

 きっとお嬢様に対して冷たくなるかもしれません」


 そう言われてカンネは青ざめた。そして、しばらく考え込んだ。


「……それはいいかもしれません。なぜならあの方がわたくしを叱ってくださるのですから!!」


 その表情に満面の笑みを浮かべていた。目はキラキラと星のように輝き、まるで周りに花畑があるように踊り狂った。


「エル様がわたくしを叱ってくださる! お父様にも誰にもわたくしを叱ってくださいませんでしたわ!! いいえ、仕事では厳しく注意されましたけど、個人的には叱ってくれませんでしたわ!!

 ああ、なんたる甘美な響きなのでしょう! 天上の女神が奏でるハープの音とはまさにこのことですわ!!

 一刻の猶予もありませんわ。早くエル様の元にゆき、叱ってもらわなければ!!

 エル様はどちらに向かいましたの! 早く教えなさいな!!」


 カンネは興奮した状態でエスタトゥアに迫った。ザマに肘打ちされて早く答えろと急かされる。

 仕方ないのでエスタトゥアは正直に答えた。


「町から南に出たよ。今巨大アカギツネとアカシカの大群が迫ってきているんだ。

 町長のイザナミ様に頼まれたんだよ。

 ヤギウマのクエレブレに乗ってさっき走っていったよ」

「んまぁ!! なんということ!! エル様ひとりで獣たちの相手を指せようというのですの!?

 いくら司祭のスキルロッドとはいえ無茶もいいところですわ!

 ですが神に等しいエル様なら獣如き無双して蹴散らすに違いありませんわ!!

 エスパニャに伝わる邪悪な天気の精ヌベロ・エルだって裸足で逃げ出しますわ!!

 ああ、不肖カンネがお手伝いいたします! お待ちになってくださいましィィィ!!」


 そう言ってカンネは暴走するヤギウマのように南の方へ土煙をあげながら走っていった。

 後に残されるのはエスタトゥアとザマだけである。

 ザマは落ち着いたままであった。まるで家事を終えた母親の如くだ。


「よく考えればこの町は大ピンチなんだよな。つーかあのお嬢様を止めなくていいのかよ」

「止めても無駄です。頭に血が上ったお嬢様を止める気はありません」

「いや、止めろよ。あんたあいつの使用人なんだろう?」


 するとザマは不敵な笑みを浮かべた。

 なんとなくエスタトゥアは嫌な予感がした。

 訊くのをやめたいくらいだが、すでに手遅れであった。


「使用人だからこそです。お嬢様が無茶をして命を落とせば万々歳です。

 なぜならハンニバル商会には跡継ぎは長男のバルカ様しかおりません。しかも十歳です。

 私がバルカ様をたらしこみ、いずれ商会は私の物になります。もうすでにバルカ様は私の虜ですから」


 ザマは唇で笑った。邪悪な発想なのに、まるで初夏の風を思わせる爽やかさだ。

 なんて腹の黒い女なのだろう。黒豹だけに外見だけでなく、中身も真っ黒だったとは。

 エスタトゥアは衝撃を受けた。伝説の魔女ブルージャならこう笑うかもしれなかった。


「もっとも獣如きでお嬢様を踏みつぶすことなどありえません。

 おそらく彼らは今日お嬢様と対峙することを死ぬほど後悔するでしょう。

 ハンニバル様の娘は伊達でないことを知らしめることでしょうね」


 ザマは落ち着きながら言った。

 その口調は自信に満ちていた。まるで赤ちゃんのおしめを洗う感覚である。

 エスタトゥアはどこか心配になってくる。


「ところで獣の襲撃は南だけでしょうか」

「いや、東の方はあらかた片付いたみたいだよ。

西の河はイザナミ様が、北の山はヨモツ様が相手にしている。

なんでも虎の子のガトリング砲が何者かに使い物にされなくなったからだ」

「なるほど、そういうことですか。

 あのイザナミ様とヨモツ様が出るなら問題はございませんね。まったくありません。

 むしろガトリング砲はお二人の慈悲と言えますね。可哀想に」


 ザマは心底憐れんでいた。まるで楽しみにしていたお菓子がかびているのを嘆く妹を見る姉のようであった。

 いったいあのふたりの実力はなんなのだろうか。

 エスタトゥアは再び物見台へ登るのであった。


 ☆


 目にしたのは悪夢であった。エスタトゥアは遠眼鏡で各方面の様子を眺めていた。

 そこには常人には理解できない世界が繰り広げられていたのだ。


 西の河はイザナミが相手をしていた。彼女は立ったまま動いていない。

 両腕は腰に当てたままである。

 なのに、彼女から強烈な風が吹き荒れたのだ。


 巨大なアメリカザリガニのハサミは鉄の鎧を軽くひしゃげる威力がある。

 ウシガエルは小柄な人間なら長い舌であっという間にぺろりと食べてしまっていた。

 弩で射っても怯む様子はない。獣の壁が迫ってくる。


 そんな中でイザナミは胸と腹の筋肉を振動させ、風を生み出しているのだ。

 巨体が天高い舞い上がり、地面に叩き付けられ潰れていく様は地獄絵図であった。


「あれはイザナミ様の黄泉ヘルへ誘うウインドでございますね。

 筋肉の振動で風を生み出しているのでございます。

 エビルヘッドを倒した英雄フエルテ様のマッスル・スキルは彼女の技を参考に編み出されたと言われていますわ」


 ザマが説明してくれた。筋肉の振動だけでどうやって風を生み出すんだよ!!

 そう突っ込みをしたくなるが、現にイザナミは大胸筋の振動で敵を吹き飛ばしている。

 現実としては受け入れるしかない。


 獣たちはイザナミの相手をせず横切ろうとした。すると彼女は後ろを振り向き、両腕を上げ握り拳を作る。

 大胸筋をぴくぴく動かすと、獣たちはべちっと潰れたのだ。

 まるで見えない壁に体当たりしてしまったかのように!!

 その隙に傭兵たちが獣たちに矢をお見舞いしてやったのである。


「あれは現世ヘルを阻むタイフーンでございます。

 筋肉の振動で風の壁を作り出しているのです。

 私も見るのは初めてですが、圧巻でございますね」

「俺は白昼夢を見ている気分だよ」


 さてイザナミは大丈夫なので、今度は北の山を見る。

 そちらではヨモツが巨大なホシムクドリやドバトを相手にしていた。

 こちらでは彼女自身は戦っておらず、指揮を執っているだけであった。

 だが問題は彼女の行動だ。彼女はマントを脱ぎ捨て、素顔を晒している。

 

 白く短く切りそろえた白髪に、切れ長な目元は美人と呼ぶにふさわしい。

 しかし、その表情は惚けていた。卑猥な踊りを繰り返し、盛んに男たちを囃している。

 豊満な乳房を揺らし、お尻を淫らに振っていた。近くに親子連れがいない幸運を噛みしめているかもしれない。

 男たちはヨモツの裸同然の姿を見て興奮しており、巨鳥たちを相手に引けを取っていない。


「あれは軍歌ハッスル舞踏ダンスでございますね。

 ああやって自身の裸体を見せつけ発情することで、汗をかきます。その範囲はすごく広いですね。

 男たちはその汗を嗅いで死を恐れぬ兵士と化すのです。見たところ数百人いますが全員虜になっています。

 もちろん女性も彼女の裸体に興奮しますよ。現に私も宿に帰って自慰をしたいくらいです」

「いや、自重しろよ」


 ザマに突っ込みを入れた。ヨモツ自身、戦闘力は高祖母に劣るかもしれない。

 だが人を指揮する能力は並外れたものがある。

 似ても似つかぬふたりだが、塩の町を支配する女王にふさわしいと言えよう。


 最後はラタジュニアの方だ。こちらは苦戦していた。

 二本の前歯で巨大なアカギツネとアカシカの大群を相手にしているのだ。

 右の前歯でアカギツネの顔を殴り、左の前歯でアカシカの首をへし折っていた。


 クエレブレも負けてはいない。自慢の角で獣たちの身体を突き、頭を叩き付ける。

 地面に倒れたアカシカの頭を容赦なくひづめで叩き潰すさまはまさに巨象であった。

 獣たちを睥睨へいげいするさまは圧巻である。


 もちろん後方には金に釣られたものたちが弩で応戦している。

 それなのにアカギツネたちは怯む気配が全くない。

 むしろ興奮して敵意をむき出しにしていた。そのため弩の矢が刺さってもすぐには死なず、むしろ攻撃的になるのである。


「やばいな。あいつが負けるなんて思えないけど、心配になってきたぞ」

「心配など必要ありません。ほら、お嬢様がたどり着きましたよ」

「いやたどり着いても意味がないだろう。スキルがないのに自殺しに行くようなもんだろう」


 遠眼鏡をのぞき込むと、ラタジュニアは焦った様子を見せる。

 そしてカンネが空気も読まず抱きつき、イチャイチャし始めた。

 周りの男たちは場違いな愛撫する様を見て苛立っている。エスタトゥアは男たちに同情した。


 ラタジュニアの足を引っ張っても意に返していない。

 彼女は邪魔しに来たのだろうか。頭が痛くなる光景である。

 そこへアカシカがラタジュニアに体当たりしたことで事態は一変した。


 カンネが獣たちを睨みつけたのだ。まるで愛しい人とのひと時を邪魔されたように憤りを感じているようだ。

 そのアカシカは泡を吹いて、ばったりと倒れた。

 彼女は獣たちの前に立った。獣たちにとってカンネはか弱い獲物にしか映らなかったのだろう。

 そのまま勢いよく突進してくる。もうじき獣の波がちっぽけな彼女を足蹴にし、踏みつぶされるだろう。


 するとカンネが雄たけびを上げた。

 物見台からでも届く、大きな声だ。空気が震え、大地も揺れている。

 まさに地獄の底から響くような声であった。

 町では子供たちがみんな泣き出した。赤ん坊の泣き声に母親たちは困惑している。


 その声を聴いたアカギツネたちは泡を吹いて倒れた。それが一斉に数百匹も倒れたのだから驚きだ。

 後続の獣たちはそれを見て怯えた。そして仲間たちなど見捨てて住処へ逃げ出したのである。

 エスタトゥアはザマに振り向いた。彼女はなんでもないように表情を変えていない。

 これがカンネの実力なのか。まさに女帝といった感じである。遠目でも威圧感がばりばりなのがすごいのだ。


 こうしてサルティエラの危機は去ったのであった。

 

「チッ、また生き残りましたか」


 ザマの舌打ちは聞こえないふりをした。

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