後片付け
「ここがお前の家か」
ラタジュニアは村はずれにあるエスタトゥアの家の前に立っていた。周りは鬱蒼とした木々に囲まれており、ジメジメしている。
それはみすぼらしい、風が吹けば崩れてしまいそうな粗末なあばら家であった。家畜小屋と言われても納得できるようなものだ。
ラタジュニアはエスタトゥアの荷物を取りに家に来たのである。
「そうだよ。母さんと一緒に暮らしていたんだ」
「おふくろさんはどうした?」
「二年前に病で死んだ。村の連中が葬式を手伝ってくれたよ」
エスタトゥアは吐き捨てるように言った。村八分でも葬式を手伝うのは遺体が腐って伝染病を流行らないようにするためである。すべては自分たちのためなのだ。
さて家の中に入ると、むわっと悪臭が漂ってきた。藁で作られたベッドに、地面がむき出しの床、そこに大きな石で円状に作られた囲炉裏がある。
雨風は防げるのでなかなかのものであった。
自分で焼いた壺に木の実や果実酒が入れられている。他にもアナウサギやヌートリアの骨が散らばっており、天井にはそれらで作られた干し肉が吊るされていた。
壁には手製の弓が置かれている。弓は手垢で汚れていた。おそらくエスタトゥアは母親の死後、一人で生きてきたのだろう。
エスタトゥアからはゴミのように腐った臭いがする。ろくに体を洗うこともなく、日々の生活を過ごすために生きてきたのだ。もっとも村人も似たようなものだろう。こちらは家族がおらずひとりぼっちで過ごしたから余計汚くなっているのだ。
「おい、これらの壺に入った木の実や、干し肉は俺が買い取ろう。他に必要な家具はあるか」
「家具なんて上等なものはねぇよ」
ラタジュニアに対し、憎々し気に答えた。まだ完全に心を許したわけではないようである。小動物が大型の動物に対し、威嚇するのと同じであった。
それでも機嫌が悪くなることはない。語尾に負の感情は含まれていないからだ。これから通じていけばいいのである。
「ところであいつらは放置して大丈夫なのかよ」
あいつらとはデスピアダドたちのことだ。手足を縄で縛り、芋虫のように地面に転がしただけである。
「お前の私用が終われば戻る。そして狼煙を上げ騎士団に来てもらうんだ。おそらく奴らはオラクロ半島にある鉱山で一生肉体労働して暮らすだろう。女を抱けないようにするのも忘れないだろうな」
「なんだそりゃ?」
エスタトゥアの問いに答えず、ラタジュニアは家の外に出る。むせかえる悪臭から解放されて、甘く新鮮な空気を吸い込んだ。それは家の主も同じである。
「思い切ってこの家を潰すか」
「潰しても構わないぞ。でも手間がかかるんじゃないか」
「まあ、見ていろ」
家の前にラタジュニアが立った。両手を後ろに組む。そして前歯がにょろにょろと伸びたのだ。エスタトゥアはそれを見て腰を抜かした。
デスピアダドが吹き飛ばされたときは見る余裕はなかったが、改めてその姿を見るとその異様さに背筋に寒気が走った。
驚愕のエスタトゥアを無視して、ラタジュニアは二本の前歯で家を解体した。
前歯はまるでクワガタのハサミの如く、家を覆い、ぐしゃっと潰してしまったのだ。
それを三度も繰り返すと、家はあっという間に薪の山に変わってしまったのである。
さすがのエスタトゥアも目を丸くした。
「なっ、なんなんだよ、その力は!!」
「司祭の杖だ」
「司祭の杖だって?」
「ああ、フエゴ教団の司祭を支える杖だ。幼少時から司祭学校に通い、そして特殊な訓練を受けることで身に付ける力だ。もっとも人体の延長を利用したものがほとんどで、空を飛ぶとか、魔法みたいなことはできないがね」
魔法でないと断るが、実際目の前でしたことは魔法以上である。
「俺はパートナーがいなかった。二歳年下の妹が司祭の勉強をしている。二年後に猛毒の山に付き合うまで俺は行商人として活動しているわけさ」
エスタトゥアはラタジュニアの言っていることが理解できなかった。そもそもフエゴ教団など初めて聞いた名前だ。
どんな集まりかは知らないが、この男が前歯を自在に伸ばし、人を殴ったり家を潰したりする力を身に付けさせたことは分かった。
「さて狼煙を上げに行こう。トラブルが起きたら赤色の狼煙を上げるのが決まりなんでな」
そう言った瞬間、村の方から絶叫が聴こえてきた。
☆
村に戻ると今度は別の惨劇が待っていた。
縄で拘束された盗賊たちが異形の怪物に喰われているのだ。
酒樽のように大きな人間の顔に、手足が生えた不気味な存在。それはビッグヘッドというものだ。
そいつらは口を大きく広げて笑っている。にやにや笑う姿は滑稽どころか、恐怖を抱かせるものがあった。
「スマイリーか!!」
ラタジュニアは叫ぶ。スマイリーと呼ばれた怪物は盗賊の足を手でつかんだ。
そして足のつま先から歯を小刻みにさせながらかみ砕き始めたのだ。
あまりの激痛に男たちは獣のような断末魔を上げていた。それは人間が発声するようなものではなかった。地獄が存在するのなら間違いなく責め苦をあげる亡者のようである。
「ヒィイイイイイイ!! いだい、いだいぃぃぃぃ!!」
「来るなぁ、来るなぁぁぁ!!」
「俺の方に来るな!! そっちに行けよ!!」
男たちは糞尿を漏らしながら泣き叫んだ。血を分けた兄弟なのに彼らはかばうことなく、相手になすりつける始末であった。
その姿を見ると、家族でも危機が来れば平気で災厄に身内を売るものだとエスタトゥアは思った。
ちなみにデスピアダドはすでに下半身を喰われており、口から血を噴き出しながら悪態をついていた。
「イヤダァ、死にたくないィィィ!! オマエラァ、俺の代わりに喰われろよ。なんで俺様が喰われてるんだよォ!! オカシイダロォ!?
ヒィィィィ、俺様の腰がナイィィィィ!! ヒャッハッハ、これは夢だァ、悪夢ダァ。
こんなの現実じゃない。こんなの俺様が見ていい現実じゃないんだァ!!」
哀れなものであった。目は焦点を合っていない。口から泡を吹き、涙と鼻水を滝のように流していた。
七人いた盗賊たちは七匹のスマイリーにソーセージの如く、ポリポリと足から齧られているのである。
「なっ、なんだありゃあ!!」
「おいエスタトゥア! 近寄るんじゃない!! あいつらはビッグヘッドでもっとも質の悪いスマイリーという種類だ。あいつらは犠牲者を足から齧って泣き叫ぶ声を聴くのがなによりも大好きなんだ!!」
ラタジュニアは彼女を庇うように前に出た。
「だからさっさと片を付ける。スマイリー如きに殺されるような俺じゃないぜ!!」
ラタジュニアはトゥーススキルを使い、スマイリーたちを屠っていく。
二本の前歯はスマイリーたちの額を撃ち抜いて行った。獲物を口から吐き出すと、レロレロと舌を上下に動かした後、目から芽が生えてきた。
そしてスマイリーのいた場所には一本の木が生えたのである。
「化け物が木になった……」
「あいつらはそういうものなんだ。死ぬと木に変化するんだよ」
ラタジュニアはスマイリーたちを全滅させた。食らい切る前に倒したので盗賊たちは下半身を失ったままである。血を吐き、現実を受け入れることができない彼らは苦悶の表情を浮かべながら死んでいった。
弱者をいたぶり、なぶり殺しにして楽しんだ者たちの惨めな末路である。だが同情はしない。彼らは報いを受けたのだ。因果応報である。
「やれやれ。こりゃあ騎士団が来たら説明するのが面倒だな」
そうつぶやくと後ろから叫び声が聞こえた。エスタトゥアだ。
彼女に別のスマイリーが襲い掛かってきたのである。腰を抜かしており、逃げ出すことができない。エスタトゥアは両足を掴まれ、口に運ばれようとしていた。ラタジュニアとは距離が離れており、間に合わない!
「なめんな!!」
エスタトゥアは隠し持っていたナイフを手に、スマイリーの額に突き刺した。スマイリーは苦しみだし、やがて木に変化する。
彼女は人食いの怪物から解放され、肩で息をしていた。
「やるね」
ラタジュニアは素直に彼女を褒めた。
☆
ラタジュニアは手持ちの発煙筒を使い、狼煙を上げる。数十分後に馬車がやってきた。五人ほど乗っており、全員赤色の鎧を着ていた。
ラタジュニアは事情を説明すると、騎士たちは後片付けを始める。
燃やされた家をかき集め、村人や盗賊たちの遺体はまとめて火葬にされた。
エスタトゥアは遺体を荼毘することに抵抗を覚えた。村は土葬が常識なので軽い衝撃を受けたのだ。
パチパチと火花を上げ、黒い煙が天高く広がっていく。鼻の下がなんだかべっとりとしてきた。人の脂が拡散した証拠である。
鉄のような血の臭いが和らぐと、少しだけ心が落ち着いてきた。ちなみに盗賊たちの使っていた武器は騎士団が没収している。
「仲間はいると思う。自分たちの娘といっていたからだ」
「わかりました。まずここの後始末を終えたら探索します。人食い人種は放っておくとろくなことがありませんからね」
ラタジュニアは騎士の一人と話をしている。エスタトゥアは村を見回した。
いい思い出など一切ないが、かつて村だった場所はもうない。だだっ広いだけであった。
村人の冷たい目を思い出すたびに悪寒が走る。あいつらがみじめな死にざまを晒したことで胸がスカッとしたのも事実だ。
「へっ、ざまあねぇや。くたばって当然だぜ」
エスタトゥアは吐き捨てる。
「おーい、早く来い!」
遠くでラタジュニアが呼んでいる。
エスタトゥアは深呼吸をすると、声がしたところへ走っていった。
これからどんな人生が待ち受けるだろうか。奴隷になるのは決定だが、今までの生活よりましかもしれない。
だが彼女は知らない。これからの人生で彼女はフエゴ教団、いやオルデン大陸でも見たことのない世界を見ることになるのだ。