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トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第三章 エスタトゥア、アイドル巡業へいく
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馬車を牽くヤギウマはすごく強かった

「どうしたんだ? そんな気の抜けた顔になって」


 エスタトゥアが心配そうに声をかけた。

 彼女は今幌馬車の中にいる。街道をひたすらまっすぐ進んでいた。コトコトと石畳を走る車輪の音が響いている。

 周りは山が壁のように囲まれており、山から来る冷たい風が吹き付けてくる。

 街道には馬車の他に寒さに震える旅人たちが歩いていた。

 まるで北風と太陽に出てくる旅人のようである。


エスタトゥアは商業奴隷といい、商人が使役する奴隷となっていた。

 そのご主人様であるのが馭者を務めるカピバラの亜人ラタジュニアである。

 彼は体格が良く、年齢は十八歳だが同年代と比べると頭はずば抜けていた。

 優しそうな目をしているが、抜け目のない商人でもある。


 現に彼はコミエンソという都市で店を構えていた。

 オルデン大陸最大の宗教団体フエゴ教団が本拠地を構えているのだ。人の出入りは激しく、様々な品物が血液の如く流れてくる。

 新陳代謝を繰り返し、弱いものは潰され、食い物にされていった。その分機会は多い。


 その中では生き馬の目を抜く覚悟がなければ生きてはいけない。

 ラタジュニアが住む北区では商店街がある。しかし経営者はどこか抜けていた。世間知らずであった。

 かつて教団が各地にある村から末っ子たちを集め、教育させたのだ。実家は長男が跡を継ぎ、それ以下は長男のために労働力として一生を送るからだ。

 彼らは勉強だけ得意だが、商売人としては失格だった。借金を重ねた彼らは毎晩酒に逃げ、女房と子供に当たらずにはいられなかった。


 そこをラタジュニアが証文を買い取り、店を乗っ取ったのだ。それが十五歳の頃である。

 そして店主に対して商売の指示を出したのである。海千山千のラタから商売のイロハを叩きこまれたのだ。

 ひょろひょろのもやし坊やたちではラタジュニアの前歯にかじられて終わりである。


 そんな彼が先ほどから気の抜けた表情になっているのだ。

 エスタトゥアは心配せずにはいられなかった。

 何か不幸の前触れではないかと、不安になってくる。


「なあ、何があったんだよ。二日前に受け取った電報が原因なのか?

 もうオンゴ村を出て二日になる。飯を食う時も、物を売買するときもため息交じりだ。

 そんなんじゃ人に嫌な顔をされるぜ。あんたが俺に教えたことだぞ」

「……そうだな。てめぇで教えたことを、教えたやつに言われるようじゃ、商人失格だ」


 ラタジュニアはため息をついた。エスタトゥアはやれやれと首を振る。

 エスタトゥアは思い出す。オンゴ村を出て、数刻経った後、騎士の一人が早馬でやってきたのだ。

 そして本来渡すはずだった電報を手渡しされたのである。

 そのときラタジュニアの表情は言葉にできないほどであった。


 エスタトゥアは自分の主人が何事にも動じないと思い込んでいた。

 それなのにラタジュニアの真っ青になったときは驚いたものだ。

 そして電報を丸めて捨てようとしたが、エスタトゥアに拾われる。ゴミを捨てたら罰金になるのだ。


「カンネが来ましたって、ブランコが教えてきたみたいだけど。

 カンネって誰だよ」

「お前には関係のないことだ」


 けんもほろろに断られた。こうなると意地でも口を開くことはないだろう。

 エスタトゥアは諦めることにした。

 正直ロキという人間の男が難癖をつけ、嫌がらせをしてきたときでも、無表情で大人の対応をしてきた男だ。逆にロキの方が癇癪を起したくらいである。

 それがカンネという人間が来ただけで頭を痛めているように見える。


(そもそもこいつは山師には見えないんだよな。堅実で石橋を叩いて渡る性格だ。

 なのにアイドルというばくち打ちみたいな真似をするとは思えないな)


 これは自身がエル商会に仕えてわかったことだ。

 エル商会の玄関はいたって普通だ。山師なら玄関に力を入れる。つまり外見だけ繕う形にするはずなのである。

 エル商会のやり方は地産地消である。店で扱うハンバーガーは、近場の畑で取れた野菜を買い取り、肉は近場に住む猟師たちから購入している。

 そうすることで運送費を安く済ませているのだ。もちろん期間限定で別の村の名産品を使ったハンバーガーも用意する。しかしあくまで限定で品切れになれば終わりだ。


 店の乗っ取りも無差別ではない。職人の腕は抜群だが、商売には向かない者を狙っていたのだ。

 同じ店で働くシマリスの亜人ポニトの父親も同じである。

 ラタジュニアは自身の店にふさわしい店だけ乗っ取っていた。それ以外の店は放置している。

 エル商会で働きだしたものは生活が安定していた。なので自然に財布のひもも緩みだす。

 子供たちにおもちゃやお菓子、絵本を買う余裕が出てきたのだ。


 自然に商店街も活性化し始めている。さすがにロキの家族が経営するウトガルド商会は相手にしない。

 以前はしていたようだが、亜人嫌いの主人は頑なに拒否しているのだ。

 差し伸べた手を振りほどく者はそのままにしているが、その数は少ない。


「なあ、おい。もう少ししゃきっとし……」


 なんとも頼りない主人の背中を押した瞬間、前方から悲鳴が聴こえてきたのだった。


 ☆


 ラタジュニアがしゃきっと気持ちを切り替え、前に進む。

 すると街道は荒らされていた。馬車は子供が作った神の工作みたいに潰されている。

 さらに旅人たちは数人地べたに倒れていた。

 一体何事かと周りを見回すと、前方に異形の怪物が立っている。


「ああ、でか頭だ!!」


 それはビッグヘッドという、人間の頭に手足がくっついた怪物である。

 彼らは一様に大きく口を開けて笑っているのだ。

 スマイリーという品種であろう。人を足から齧って殺す悪趣味な性質を持っていた。


「あれ? 倒れている人たち、みんな五体満足だ。喰われている人なんかひとりもいないぞ」


 エスタトゥアが疑問に思った。それにビッグヘッドたちの口元はきれいなままだ。

 もし人を食べたなら血で汚れるはずだからである。

 これはいったいどういうことかと悩んでいたら、ビッグヘッドたちは舌をべろんと出し始めた。


 出した下をべろべろと動かしている。下唇と上唇をぺちゃぺちゃと音を立てていた。

 そしてエスタトゥアに近づくと、舌を槍のように突き出したのである。

 それはまさに槍であった。赤黒い色をした舌がまるで鉄の槍の如くするどかった。


 エスタトゥアのこめかみをかすり、彼女は思わず腰が抜けた。

 あまりの出来事に彼女の思考は停止してしまっている。

 あわあわと口をパクパクしていたが、別のビッグヘッドが再び舌の槍を繰り出そうとしていた。


「危ない! ぼけっとするな!!」


 叫び声と共に、エスタトゥアの体がふわりと浮き上がった。胸を覆うビキニに強い力がかかる。

 何者かが自分のビキニを後ろから引っ張っているようであった。

 それはラタジュニアの前歯である。彼の前歯がエスタトゥアをひょいとつかみ取ったのである。


 エスタトゥアは馬車に戻された。そしてラタジュニアがビッグヘッドに向き合う。

 ビッグヘッドたちは笑うことをやめた。鋭い目つきでラタジュニアを睨みつける。


「こいつらは舌の槍使い、タング・ランサーだ!! 舌を槍のように自在に操るビッグヘッドだ!!

 その力はヤドリギで作られたミスティルテインの如く、神を殺さんばかりの威力だ。 

絶対に近づくんじゃないぞ。クエレブレが守ってくれる」


 クエレブレとは幌馬車を牽くヤギウマのことである。巨躯でヤギウマとは思えない目つきをしていた。

 めったなことでは動じず、今も冷静であった。エスタトゥアはクエレブレにしがみつく。


「さあかかってこいビッグヘッドども! 俺が相手だ!!」


 啖呵を切るとビッグヘッドたちはラタジュニアを無視して通り過ぎた。

 呆気に取られていると、相手はエスタトゥアに向けて一直線であった。


「なんだと!? なんで俺を無視してエスタトゥアを狙うんだ!!」


 ラタジュニアは吐き捨てた。意味不明な行動だが、この世には無意味なものなどない。

 この行動には必ず理由がある。だが今はエスタトゥアを守ることが最優先だ。


「エスタトゥア!! クエレブレを解放しろ!! 今のお前の身体を守るのはそいつしかいない!!」


 エスタトゥアは最初何を言われたのか理解できなかった。


「早くしろ!!」


 再度言われて、はっとなった。急いでクエレブレの拘束を解放しようとする。

 だが焦ってしまい、なかなかうまくいかない。

 そうこうする間にビッグヘッドたちは近づいてきた。

 そして舌の槍を突きさしてくる。彼女のもみあげや肩の毛がかすって、パラパラと毛が落ちる。


 エスタトゥアは思い切ってナイフを取り出し、拘束を切断する。

 するとクエレブレはビッグヘッドたちの前に立ちふさがった。

 その眼は人に調教され、唯々諾々と人に従うヤギウマの眼ではない。

 むしろ戦場で命を捨てる覚悟を決めた、金剛石の如く固い決意を示した目である。


「メェェェエエエエエエエエ!!」


 クエレブレは咆哮を上げた。空気は震え、近くにいた虫や鳥たちが逃げ出した。

 ビッグヘッドたちも怯む。

 クエレブレはその隙を見逃さなかった。突進した後自慢の大きな角でビッグヘッドを一体持ち上げ、一気に放り投げる。

 天高く飛ばされたビッグヘッドはこれまた天に向かって突き刺した馬車の残骸に落下した。

 

「ギィィィ、ガァァァァ!!」


 ビッグヘッドは断末魔をあげるとじたばたと痙攣した後、木へ変化した。

 他の仲間たちはすぐに舌の槍でクエレブレを殺そうとする。

 だがクエレブレはその巨体に似合わず、舌の槍を紙一重で躱していた。


「ギギィ!!」

 

 クエレブレの角がビッグヘッドの額に命中する。そして突き刺さったビッグヘッドは頭を大きく振り回して投げ飛ばした。

 さらに首を横に振り回す。ビッグヘッドの額は横に斬れた。

 斬られた部分から木の芽が生えてくる。

 クエレブレの角は剣のように鋭いのだ。いや英雄エル・シッドが扱う二振りの名剣、ティソーナとコラーダの如くである。二本とも柄頭≪つかがしら≫で鍔は黄金でできているのだ。


「てめぇら如き、俺の敵じゃないんだよ! 

 俺を殺したければ、千人ほどよこしやがれ!! 千人来ても潰してやるがな!!」


 クエレブレはそう言っている。言葉はしゃべれないが、その剣並みに切れ味のある目付きがそう言っている!!


 クエレブレとはオルデン大陸がエスパニャ、すなわちスペインと呼ばれた時代の神話に出てくるドラゴンの事だ。

 地底に通じる泉に棲んでいるといわれていた。

 若いうちは家畜や人間を襲い、血を吸い、年を経て鱗が大きく硬くなると海へ出て座法の番をするのだ。


 ヤギウマにつけるには仰々しい名前だが、彼は違う。

 

「俺は絶対的強者だ! 主のために命を懸けるのなど朝飯前よ!!

 仮にドラゴンがいたとしてもそいつの喉を噛み千切って見せるぜ!!」


 クエレブレはまさに王者の風格を見せつけていた。

その証拠に見る見るうちにビッグヘッドは減っていき、最後の一体だけ残していた。

 恐怖の色が濃く出ている。異形の怪物でも感情はあるのかと意外だった。

 だがそいつはエスタトゥアをにらみつける。そしておちょぼ口を作ると舌を吹き矢のように伸ばした。

 

 ぺっ!!


 その瞬間、何かが飛び出した。エスタトゥアは咄嗟に頭を下げる。

 真上を何かが通り過ぎた。そして幌馬車がいきなり吹き飛んだ。

 幌は飛ばされ、木箱は飛散した。中身が零れ落ち、地面にまき散らされる。


 エスタトゥアは何が起きたのかわからなかった。

 あまりの恐怖に身体が動かなくなっている。

 心臓の鼓動が早くなった。早く行動を起こさなくてはならない。

 だがからだはちっともいうことをきかないのだ。


 ビッグヘッドがまた何かを噴き出そうとしている。それでも身体は動かない。

 もうどうしようもない状況と思われた。


 それを助けたのはクエレブレだった。彼は角で何かを弾き飛ばしたのだ。

 そいつはビッグヘッドの額に命中する。それは歯であった。前歯だ。

 こいつは前歯をへし折り、それを大砲のように飛ばして攻撃したのである。

 そして絶命した。木へ変化していくのだった。


「ううぅ、なんなんだ? なんで俺がこんな目に遭うんだ?

 俺は知らない間に神の逆鱗≪げきりん≫に触れたのか?

 気づかない間に人の陰口を叩いたのが巡り巡って帰ってきたのか?」


 あの日、自分の村が獣人族に滅ぼされ、ラタジュニアに拾われたときから始まった。

 ある村では狂乱した村人に追い回された。

 またオンゴ村では獣人族の女たちが復讐にやってきたのだ。

 

「わけがわからない。わけがわからないが、むかついてきたぞ。

 俺が悲惨な目に遭って喜ぶ奴がいるんじゃないのか?

 俺が逃げればそいつがバスローブを着てワイングラスを片手に高笑いするんじゃないのか?

 ゆるせない! 俺を馬鹿にするやつはゆるさないぞ!!

 俺は逃げない! 逃げないことでそいつを大いにむかつかせてやる!!俺は負けないぞ!!」


 エスタトゥアはそう誓ったのであった。

 ラタジュニアはすべてが終わった後ノコノコやってきた形になってしまい、気まずそうだ。

 クエレブレがめぇと鳴き、ぺろりと彼の頬を舐めた。なぐさめてくれるのかと、ラタジュニアは額を撫でるのであった。

 ラタジュニアが所有するヤギウマの名前は今回決めました。

 作中でも語っている通り、エスパニャに伝わるドラゴンの名前です。

 というか完璧な後付け設定ですね。なんとなく会話セリフが多くなったのは説明文だけだとつまらないからです。

 もう26話で完結させることはやめました。完結させたからといって面白いわけじゃないからね。

 それにこの作品を書いてて楽しいから、お楽しみはすぐにやめない方がいいと思いました。

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