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トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第三章 エスタトゥア、アイドル巡業へいく
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毒を吐くツキヨダケ

「わたしはよかったと思いますね」


 ここは山猫の亜人ガトモンテスが経営するレストランの中だ。

 店内は二〇人ほど収容できるが、外にもテーブルがあるので客が多くても大丈夫だった。

 店内には店主であるガトモンテスと、カピバラの亜人ラタジュニアにゴールデンハムスターの亜人エスタトゥアがいた。

 店の隅にはキノコの亜人が座っており、テーブルの上には壺とグラスが置かれてあり、ひとりで何かを飲んでいる。


「確かにエスタトゥアさんの歌と踊りは珍しいですね。まるで妖精の国に迷い込み、妖精たちの踊りを見ている感じでした。

 わたしはコミエンソで商業奴隷として働いておりました。商売柄、歌姫に踊り子などをよく見ておりましたから、目は肥えていると自負しております。

 こいつは坊ちゃまが大恩ある旦那様の息子であることとは別でございます」

「ありがとうガトモンテス兄さん。だけど慰めはいらないよ。最初からこの事態は予測していたからね」


 ラタジュニアは椅子に座って食事をしていた。黒蛇河くろへびがわで摂れたアメリカザリガニのフライが盛られている。それをタルタルソースに付けて頬張っていた。

 エスタトゥアはオンゴ村で摂れたシイタケステーキを食べている。

 分厚いシイタケがじゅ~っと湯気を立てていた。肉厚のシイタケが何とも言えない味わいがあるので驚いている。


「うまいな。このシイタケ。キノコだけだから淡泊かと思っていたけど、歯ごたえがあってうまいな」

「ははは。このオンゴ村ではキノコの栽培が主流でね。人工栽培だけど安定して食べられるのが売りなのさ」


 ガトモンテスが笑いながら言った。

 もちろんキノコ栽培にはフエゴ教団の技術が投与されている。

 おかげでシイタケやしめじにエノキタケ、なめこにエリンギが安定して食べられるのだ。

 干しシイタケや瓶詰のみそ漬けのエノキタケなど、様々なキノコ商品が得られるのが売りであった。


 店にもキノコを中心としたメニューが並んでいる。

 シイタケとしめじ、まいたけのかき揚げや、キノコソースかけの豆腐ステーキなどがある。

 これらの料理はガトモンテスがコミエンソにあるラタ商会で習ったものだ。

 フエゴ教団は世界中のあらゆる調理法が伝わっている。ガトモンテスはそれらを習い、自分の物にしたのだ。

 彼はオンゴ村のキノコに魅入られ、解放奴隷になった後はここで店を開いたのである。


「ところで君はあまり落ち込んではいないようだな。遠足の前日に晴れを期待していたのに翌日には雨が降っておじゃんになったのと同じなのだが」

「まあね。そもそもアイドル自体いまだに理解してないんだよね。まるで猿回しの猿みたいに意味を理解しないまま芸を仕込まれた気分だな。

 ぶっちゃけ、恥ずかしいことだけはわかるよ。知らない人が大勢いる前で歌って踊るのは裸で人前に出るみたいだもんな」

 

 エスタトゥアはシイタケステーキをフォークとナイフで切り分けながら、頬張っていた。

 その様子を見てラタジュニアは安堵している。

 自分が始めた事業だが、エスタトゥア自身がストレスで突かれていないか心配だったのだ。


「アイドルの道は深く険しい。二百年前には存在していたが、キノコ戦争のせいで焼失してしまった。

 俺はそれを復活させたにすぎない。だがアイドル活動を見た一般人の冷淡さには驚いたな。

 長い間生きることに必死で娯楽に余裕がなかったとはいえ、未知の娯楽を受け入れられない土壌が作られていたのだな。

 それに囚われないのは子供くらいなものか」


 ラタジュニアが独白した。結構思った以上の手ごたえがなく、ショックだったのかもしれない。

 ガトモンテスは慰めの言葉が出なかった。

 エスタトゥアはシイタケステーキに夢中であり、口を挟む気はない。


「なんとなくだけどさぁ……」

 

 そこに第三者が声をかけた。それはムキタケの亜人に見える。

 だがその人は女性らしい顔立ちであった。エプロンの下には胸が膨らんでいる。

キノコの亜人は食用キノコだと女性だが外見は男性なのが多い。

 

 顔立ちは可愛らしいが派手さに欠けており、印象が薄い。

 キノコの傘の下には後ろ髪が短く切りそろえてあった。

 なんとなく言動が緩んでいるように聴こえる。


「あんたら、ハングリー精神が足りないと思うわけよ。獲物の喉に食らいつく気概がないわけよ。

 そもそもアイドル活動とやらは完全にあんたの娯楽だろ?

 つまり片手間で失敗しても損はしないわけよ。あばら骨を抜き取るような痛みはなく、精々手の爪を切り落とす程度の覚悟しかない。

 アイドルで稼がなきゃ飢え死にするくらいの気概がないから、みんなわけのわからない催し物としか判断しないと思うわけね」


 「おい! ルナ!! いくらお前はラタ商会とは関係ないとはいえ、坊ちゃまに対して失礼だぞ!!」


 ガトモンテスが銅鑼を鳴らす様に声を荒げた。ムキタケの亜人はルナという名前のようである。

 どうやら従業員のようだが、ルナの涼しげな顔で聞き流し、毒舌は続いた。


「何を言ってるんですか? あなたはもうその人とは契約が切れているのでしょう?

 しかも雇用主の息子であなたどうこうする権利はないはずです。

 あなたはただ媚びを売っているだけなのですよ。

 坊ちゃまと持ち上げて、自分に有利になるよう仕向けているだけなのですよ」


 あまりの毒舌にガトモンテスは鳩が豆鉄砲を食ったようになった。

 逆にエスタトゥアはどこか小気味よく聴こえていた。確かにアイドル活動は仕事の片手間で、とても命を懸けているとは思えない。

 ラタジュニアの方を見るが彼は無表情であった。逆にこの沈黙が怖く感じる。


「……まったくお前の言う通りだよ。俺は心の底では奴隷根性が染みついているんだな。

 坊ちゃまと呼ぶのもまさにそれだ。俺は坊ちゃまを通して旦那様に通じ、店を大きくしたいと願っているんだ。

 まったく、俺は情けない男だよ……」


 ガトモンテスは怒らず、そのまま彼女の言葉を受け入れた。

 それをルナがあざ笑う。


「あはは、何素直に謝っているんですか。そこにいる坊ちゃま様に聞かせるように言うなんて。

 まるで自分は心の底ではあなたを心酔していると宣伝しているみたいではないですか。

 まったくさもしいですね。あなたは自分をよく見せたい偽善者なのですよ」


 ルナはけたけた笑いながら、グラスにある液体を飲み干す。彼女は酒でも飲んでいるのだろうか。

 ガトモンテスは反論もせず、ただ黙っているだけだった。


「まったくそこのおぼったまもいい身分ですわね。

 他の商会は自分の生活を守るために働いているのに、あなたは海にも山にもならないアイドルというわけのわからない事業に手を出している。

 しかも何のリスクも背負っていない。それで受けないことに悩むなんて愚の骨頂です。

 人生を舐めてるとしか思えませんね。あはは!!」


 ルナはまた飲んだ。げらげら笑っている。ラタジュニアも反論せず黙っているだけだった。


 さすがにエスタトゥアもまずいと思ったのだろう。ルナを止めようと立ち上がった。

 だがラタジュニアは右腕を出して止めた。

 この酔っぱらいを止めないことに意味があるのだろうか。


 するとルナはテーブルに顔を突っ伏した。数秒ほど経つとがばっと起き上がる。

 先ほどと違って顔面蒼白になっていた。身体が小刻みに震えている。


「うぅぅ、また私暴言を吐いちゃいましたか?」


 ルナは泣きそうであった。先ほどとは違い、死にそうな表情を浮かべている。

 ガトモンテスは容赦なく肯定する。


「ああ、吐いた。しかも坊ちゃまに対してもな」

「ひぃぃぃぃ!!」


 ルナはラタジュニアの元に走り寄り、土下座した。

 もっとも頭の傘が邪魔して額をつけることはできないでいる。


「お許しくださいラタジュニア様!!」

「ああ、許すよ。君の言葉は心に突き刺さる。だがそれがいいんだ。

 誰も俺に対して注意してくれない。みんなラタの息子だから叱ってくれないんだ。

 精々ブランコさんくらいだな。

 この店に来てあなたの罵詈雑言を聞くのが癒しなんだ。むしろお金を払いたいくらいだよ」

「ははぁ!! 恐れ入ってございます!!」

 

 ルナは深々と頭を下げる。

 その様子を見てエスタトゥアは後ろからガトモンテスに聞いてみた。


(なぁ、あの女酔っぱらいだろ? なんでうちの旦那様はお目こぼしするのかな?)

(いやルナは酔っぱらいじゃないよ。彼女は下戸げこで酒は一滴も飲めないんだ)

(は?)

(あいつはムキタケに見えるが、実はツキヨダケの亜人なんだ。毒キノコは女性に見える男性が多いのだがあいつは特別なのさ。外見通りで中身は女性なんだ。

一見おとなしめだが毒舌モードになることがあるんだな。あいつは俺に対して誰もいわないことを言ってくれるんだ。初心忘れるべからずを思い出させてくれるんだよ)

(じゃああいつはなんで酔っぱらっているんだ?)

(あれはエア酔っぱらいといって、酔ったふりをしているんだ。あんまり演技が深くなりすぎて酒を飲んでなくても酔っぱらうんだな)


 なんて面倒臭い性格なんだ。エスタトゥアはそう思った。


 その時、外が騒がしくなったのと同時であった。

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