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トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第三章 エスタトゥア、アイドル巡業へいく
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未知との遭遇

「うわぁ、キノコ人間が歩いているよ」


 エスタトゥアは幌馬車から身を出して目の前の光景を見て、驚いた。

 彼女はオンゴの村に来ていた。ここはキノコの亜人が住む村なのだ。

 村人は全員キノコの傘を差している。服はゆったりとしたトーガという半円形または楕円形の布をからだに巻くように袈裟けさがけに着ていた。まるでおとぎ話の世界に迷い込んだ気分になる。


「おい、その言い方は失礼だぞ」

「あっ、ごめん」

「人の陰口を叩くものは、別の人間に言われても文句は言えない。気を付けることだ」

「わかった」


 ラタジュニアに注意され、言葉を改める。

 以前、エスタトゥアはマイタケの亜人、オーガイと会っていた。

 その際キノコの傘に見えるのは実は髪の毛が自然に編んだものだと知っている。

 しかし、直で見るとキノコの傘そのものだ。生き物の神秘といえるかもしれない。


「この村はキノコが名産だ。しいたけやマイタケ、しめじになめこなど豊富だ。

 それを加工した商人が人気だね」


 ラタジュニアは幌馬車をゆったり走らせながら、エスタトゥアに説明した。

 オンゴの村ではキノコの栽培が盛んである。キノコの亜人だからというわけではないが、味の良さにも定評があった。


「で、こっちは海産物を売るってわけか」

「その通りだ」


 エスタトゥアは馬車内に積まれた木箱を見た。

 中身は海苔のりに、ムラサキガイの佃煮つくだにや、イカやタコの塩辛。

 乾燥コンブやワカメ、キヒトデの卵巣漬けなどが入っている。

 すべてコミエンソにある漁港から購入したものだ。


 新鮮な魚介類も売っているが、こちらは冷蔵庫がないので無理だった。

 フレイ商会やラタ商会しか新鮮なものを提供することができないのである。

 だからこそラタジュニアは別の方向で海産物を売るのであった。


 ちなみにオンゴの村に来る前は村を二つほど経由している。

 以前エスタトゥアが商業奴隷の研修として訪問した村は危険なので回避した。

 彼女が暴漢に襲われた忌まわしい場所だからである。

 本人は平気といっても、トラウマはどこで発動するかわからないからだ。


 そちらの村は平穏であった。フエゴ教団が布教して二十年以上過ぎているため、亜人に対する警戒はそれほどでもなかったのだ。

 その村から荷を下ろし、特産品を購入する。それの繰り返しであった。馬車の中にはその村で購入した毛皮や細工物などが新たに追加されている。

 もちろん買う相手は値切ろうとするもラタジュニアが交渉して逆に値切らせることが多かった。


 村にはラタ商会やフレイア商会があるが、ラタジュニアの卸す品は一味違う。

 職人の腕が違うのだ。同じ海苔の佃煮でも味わいが違うのだ。

 それらには一定のファンがいて、彼の商品を心待ちにするものが多い。

 もちろんラタ商会でも同じ品は置いてあるが、味が違うので購入者はいる。


「山の中だから海産物が売れるんだな」

「その通りだ。オルデン大陸は一部を除いて村の外に出る人間は少ない。

だが最初はすぐ売れたわけじゃないぞ。なにしろ海苔の佃煮は見た目がぐろい。誰も食べたがらなかった。

 だから逆に無料で試食してもらったのさ。それのおかげで好き嫌いは激しいが固定の客が買ってくれるわけさ」


 ラタジュニアは商品を売りながら勉強を教えていた。

 エスタトゥアも真剣に話を聞いている。彼の言葉をメモに書いていた。

 もっとも行商の売り上げなど微々たるものだ。エル商会の売り上げに比べると雲泥の差がある。会計のブランコは採算がとれないし、会長が根無し草みたいに放浪するのはよろしくないと苦言を呈するくらいだ。


「例えば商人が罪を犯すとしよう。店は教団が押収する。そして一週間後には競売にかけられるんだ。その間に店に手を入れるのは禁止されているな」

「教団といっても好き勝手はできないんだな」

「これもみんな自分自身のためさ。情けは人の為ならず。すべては自分の身を護るために必要なことなのさ」


 さてラタジュニアはある店の前にやってきた。村の中心にあるジョバンニ広場の近くだ。 

 赤レンガ造りの家だ。木の看板には『山猫レストラン』と書いてある。

 外にはテーブルとパラソルが置いてあり、野外でも食事をすることができた。

 現に村のキノコたちがおいしそうに食事をしている。


「これは坊ちゃま。よくお越しくださいました」

 

 店から山猫の亜人が出てきた。エプロンにコック帽をかぶっている。

 年齢は二十代後半といったところだ。


「ははは、ガトモンテスさん。坊ちゃまはやめてください。

あなたはもうラタ商会の商業奴隷ではないのですよ」

「関係ありませんよ。これは敬意です。ラタの旦那様に拾われなければ今の私はなかった。

 それにあなたが持ってきてくれた商品のおかげで私の料理の幅も広がっている。

 いわばあなたたち親子は私の生涯の恩人です。足を向けて寝るなどできませんよ」

「そうですか。コミエンソでもあなたの腕は届いておりますよ。

 注文の多い料理店と名高いそうですね」


 ガトモンテスは絶賛し、ラタジュニアは苦笑いを浮かべる。

 どうやらふたりは昔ラタ商会を通じた仲のようだ。

 もっともガトモンテスはへりくだった態度ではない。からっとしたものがある。



「おや、初めましてお嬢さん。私はガトモンテスと申します」

「あっ、はい。こちらこそ初めましてガトモンテスさん。エスタトゥアと申します」


 ガトモンテスはエスタトゥアを見て挨拶した。

 続けて彼女も返す。


「ところで例の件は承諾してもらえただろうか?」

「手紙の件ですか? もちろんです。むしろ許可など求めず勝手にやってもいいのに」

「そうはいかない。ここはあなたの城だ。勝手に騒音を持ち込むわけにはいきません」


 ふたりのやりとりをきいてエスタトゥアはため息をついた。

 もうふたつの村でやってきたことだが、いまだに慣れない。

 ラタジュニアはエスタトゥアに命じて着替えをした。そして本人はクラシックギターを取り出す。


「さて皆さま。今日はエル商会会長、ラタジュニア様が特別な趣向を披露してくれます。

 お代はいりません。ぜひごらんください」


 ガトモンテスがうやうやしく客たちに説明する。

 なんだなんだと騒がしくなるが、好奇心の方が勝ってきたようだ。


「さてお立合い。本日はエル商会のアイドル、エスタトゥアさんが歌と踊りを披露してくれます。どうぞ!!」


 エスタトゥアは店の前に立った。黄色い妖精のようなドレスを着ており、見る者がかわいいとつぶやいていた。

 その背後にラタジュニアはクラシックギターを抱える。そして演奏を始めた。


 それは海の幸を宣伝する歌であった。

 海から獲れた魚介類や海藻類がいかにおいしいかを説明する歌である。

 エスタトゥアは店の商品の宣伝のために歌い続けた。

 そして魚のようにぴちぴちはねながら踊ったのである。

 踊りは早朝の漁港で摂れたての魚を見ながら勉強した。


 やがて歌い終わると、エスタトゥアはおじぎをする。


「お粗末様でした」


 それを見た客たちは茫然としていた。途中で通行人も足を止めていたが何とも言えない表情になった。


「なんで歌いながら踊るんだ?」


 客のひとりがつぶやいた。大抵エスタトゥアが歌と踊りを披露してもこんな感想しか来なかったのだ。

 そもそも歌と踊りは別々だと思っている人間は多い。演奏はともかく歌いながら踊るなど前代未聞だ。

 ここに来る前にふたつの村でも披露したが村人は全員首を傾げているだけだった。


「歌は面白いな。海産物が食べたくなるね。でも踊りはいらないな」

「私は踊りが好きだな。あのぴちぴちしたのがたまらない。でも歌はいらない」

「せっかく歌と踊りはいいのに、一緒にするなんておかしいよ」


 客の反応はすべて批判的であった。どちらか片方はよいのだが、組み合わせたことで台無しになったと感じているらしい。

 もちろん彼らは歌と踊りは知っている。収穫祭なのでカスタネットや太鼓に合わせて歌って踊ることはする。

 だがどちらか片方だけなのだ。歌と踊りを一緒にすることが理解できないのである。

 彼らはエスタトゥアの行為がさっぱりわからずにいたのだ。


 微妙な空気の中、エスタトゥアはこっぱずかしくなる。

 ラタジュニアも最初から受け入れられるとは思っていなかった。商店街の人々にも披露したが、そちらは概ね受けていた。

 しかし長い間生きることを優先し、娯楽に縁のない者には未知のものだったのだ。


 そんな中、子供たちがパチパチと拍手をした。キノコとアリの亜人の子だ。

 キノコの母親(一見男に見えるが実は女)に連れられてきたのだろう。母親は無感動だが子供たちは喜んでいた。


「しゅごーい! うたっておどるなんてしゅごいの!」

「まるでえほんにでてくる、ようせいしゃんみたい!」

「ねえ、もっとうたっておどってよ!!」


 何も知らない子供たちは絶賛していた。大抵拍手をよこすのは子供たちくらいである。

 前の村もそうだった。

 エスタトゥアはうれしくなり、ラタジュニアに声をかける。


「アンコールよろしく!!」


 ラタジュニアは無言で首を縦に振るのであった。

 ちなみにガトモンテスは素直に感心している。彼は商業奴隷だったが、その手の娯楽に触れられる機会はあったからだ。

 そんな彼はエスタトゥアを見て言った。


「粗削りだが将来はきっと大きくなるかもしれないぞ」


 もちろん料理人なので芸能には詳しくない。だが長い間場数を踏んだ男はそう確信したのであった。

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