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トゥースペドラー ハムスターアイドルが無茶な人たちに絡まれます  作者: 江保場狂壱
第三章 エスタトゥア、アイドル巡業へいく
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行商の旅立ち

「ふぅ、いい風だな」


 エスタトゥアは幌馬車から身を乗り出し、風を感じていた。まるで風の精霊に抱かれている気分になる。

 今、彼女の着ている服は乳房と下半身を隠すビキニのみである。毛の多い亜人は大抵ビキニが多い。皮膚呼吸ができなくなるからだ。

 とはいえエスタトゥアは十歳児なので凸凹は目立っていない。

 ローブを着る場合も、下着は下半身のみの場合が多い。


 さて彼女は今ラタジュニアの幌馬車に乗っていた。立派な小象のような大きさのヤギウマが牽いている。

 馬車の中は木箱が積まれており、行商に必要な品物が詰まっていた。

 これらはすべてラタジュニアだけで運ばれた。前歯だけで積み下ろしをするさまは悪夢であった。


 二人は行商に出かけているのだ。会計のブランコは渋い顔だったが了承した。

 ただし一か月以内に帰宅することを約束されたが。

 エスタトゥアがついてきたのはアイドル活動の一環だ。人が集まる場所で歌を歌うのだ。


 歌と踊りは人前で出られるほどになった。ただし楽器の演奏だけはできなかったので、ラタジュニアがクラシックギターを演奏することにしたのだ。

 衣装も用意してある。アラクネ商会の会長でジョロウグモの亜人であるジュンコがデザインしたものだ。

 ちなみに彼女はボスケの家に遊びに来たついででエスタトゥアの衣装を作ったのである。

 それをラタジュニアが聞いたときはげんなりした表情になった。彼女もまた彼の父親ラタに恩を受けた者なのだ。


 出かける間際にポニトが「おみやげ、たのしみにしてるなの~」と声をかけられた。

 エル商会では唯一の癒しである彼女の願いは必ず叶えるとエスタトゥアは胸に誓った。

 

 現在、二人は街道を走っている。途中でリュックを背負って誇りまみれのマントを着て歩く旅人を追い越した。

 彼らは街路樹の下で休んでいたりしている。そして実を食べて腹を満たしていた。

 これはフエゴ教団が植えたもので旅人は自由に食べることができるのだ。


 途中で大型の幌馬車と行き交ったりしていた。

 街路樹のために撒く肥料を積んだ馬車も通っている。

 そして街道の家畜の糞を回収する馬車もあった。いろいろなものがいて見ていて飽きない。

 

 四方は広い草原で、西には大きな森が、東には山が見えた。石畳の街道だけが異質に思える。

 二百年前はこうではなかったという。キノコ戦争のせいで地形が大きく変わったと言われている。

 ラタジュニアは学校で習ったそうだ。キノコ戦争は教団学校を通っているものくらいしかあまり知られてないという。

 もっともエスタトゥアにはそれを確認する術はないし、どうでもよかった。


「ああ、いい風だな。とてもいい行商日和だ」


 ラタジュニアが返事をする。彼が騎士団に呼ばれて一週間過ぎた。

 当初の通りにラタジュニアは事情聴取のために呼ばれたので、その晩で帰ってこれた。

 だが彼を告発したロキは一か月の強制労働刑に処せられたのだ。

 理由は簡単、騎士団にかみついたのである。


「聞いた話だと、あの男、騎士たちを罵倒したんだって?」

「ああ、したな。司祭の杖は犯罪以外なら使っていいという話を信じないんだ。

 そんなのはウソだ。おまえたちはまちがっているんだと、わめいていたよ。

 隊長が頭を抱えて、団長に連絡したんだ。団長が説明してもだめだった。

 あまりに暴言がひどいので逮捕されたよ。まったくあいつはなにをしたいのかわからないな」

「確かにな」


 ラタジュニアはため息をついた。長年彼の悪口や陰口を広めた害獣が消えたのだ。

 しかし安堵するよりも、憂鬱な雰囲気なのは彼の性格によるものだ。

 相手を奈落の底に叩き落すよりも、いいたいことをいわせてやるほうがいいと思っているのである。


「それにしてもあいつのおやじは頭がおかしいな。息子が騎士団に掴まったのをあんたのせいにしてさ。

 そんでもってうちの店を荒らしまくったせいで騎士団に逮捕されちゃったからな」

「ああ、ロキのおやじさんは過保護で育てられたからな。自分の店では神のつもりなのさ。

 そのせいで息子が逮捕されても自分が口を出せば何とかなると思っている。

 要求が叶わなければ自分より弱い奴を叩くから質が悪いな」

「そうだな。でも初めて見たけどロキのおやじってあんまり息子と似てないな。母親似か?」


 雑談をしている最中に前方から何かがやってきた。

 ぼろい服を着た旅人たちのようだ。三人ほどいて、大声で叫んでいる。

 いったいなにが起きたのだろうか? エスタトゥアはそちらを見た。


 それはクマネズミであった。普通は二〇センチで人家の屋根裏に住む。褐色の毛皮だ。

 だがエスタトゥアが見たものは一メートルほどの大きさであった。ちょっとした野良犬よりも体格が大きいのだ。

 それが群れを作って草原を疾走している。その数は千匹近かった。まるで黒い絨毯のように見える。


「助けてくれぇ!!」

「なんで俺がこんな目にぃ!!」

「ひぃぃ、追いつかれるぅ!!」


 男たちは街道まで逃げ込んできた。手には剣やいしゆみなどを手にしている。

 おそらくは涙鉱石るいこうせきを探す石探しミネラル ハンターなのだろう。

 大方、巨大クマネズミの巣を突いたために、群れの怒りを買い、追い回されたというべきか。

 それにしても街道まで逃げてくるのは問題だ。一般人がいるのに彼らはそれを無視して逃げてきた。

 これは緊急避難を超えた過剰避難である。


 ラタジュニアはやれやれと言いながらも、馬車を降りた。

 そしてクマネズミの群れにひとり立ったのである。

 エスタトゥアには馬車から降りないよう指示してだ。


 クマネズミはまるで野良犬のように草原を走る。そして後ろ脚を蹴り、ラタジュニアに噛みつこうとしたのだ。

 

 その時、ばひゅんと空気の切れる音がした。

 クマネズミが一匹、弾かれて高く跳んだのだ。

 そして草むらに落下する。泡を吹いて気絶していた。

 それを見て野次馬たちはすごく驚いた。


「ああ、伸びている! 歯が伸びて、クマネズミどもを吹き飛ばしている!!」

「まさか、あの方は司祭の杖なのか!! あんな技は見たことがない!!」

「すごいぞ! もしかして俺たち助かるんじゃ!?」


 それはラタジュニアのトゥース・スキル《歯の拳闘士》であった。

 二本の前歯が蛇のように長く伸びている。そして先端は軽くまるまっており、まるで拳をにぎっているかのようだ。

 

 だがクマネズミの群れは気にしない。仲間が一匹吹き飛んだくらいでは止まることはないのだ。

 むしろ目の前の敵に集中するようになった。相手はただひとり。自分たちが一斉にかかればあっという間に全身かじりついて骨さえ残ることはないだろう。

 そう考えたわけではないが、本能で理解していた。

 一匹だけでは弩で簡単に殺せる無力なクマネズミも、群体という力なら村ひとつ簡単に滅ぼせる力を持っている。

 

 力。圧倒的な力。人間の持つ剣や槍、フエゴ教団が所持する鉄砲など群体が生み出す力の前では無力なのだ。

 力の波に飲み込まれた巨大クマネズミの群れはラタジュニアをすぐに蹂躙できると信じていた。信じ切っていたのだ。


「ひぃぃ、ひるまない!! あんな力を見せつけてもネズミたちはひるむ気配がない!!」

「だめだぁ! あいつらは人間と違って本能のみで生きているんだ!! だから怖いものがないんだ!!」

「終わりだァ、俺たちはあいつらにかじられてエサにされるんだぁ!!」


 野次馬たちは絶望の声を上げている。エスタトゥアもなんだか不安になってきた。

 だが主の方を見ると、彼は堂々としていた。


「ふぅ、所詮はネズミだな。身体が大きくても本能のみで動いている。

 人間の敵ではないな」


 ラタジュニアは冷静なままであった。腕は後ろに組んでおり、目の前に迫りつつあるクマネズミの群れを見つめている。

 そして自分のスキルを発動させたのだ。


 最初は一匹だけ殴り飛ばしたが、次は一度に三匹のクマネズミを弾き飛ばした。

 飛ばされたクマネズミは群れの真ん中に叩き落される。その衝撃で疾走中のクマネズミはバランスを崩し、後方のクマネズミたちに踏みつけられる始末だった。

 

 一度だけでは焼け石に水である。だがラタジュニアは続けて弾き飛ばした。

 まるで秋の野分のわけのごとく、クマネズミの行進を吹き飛ばしていくのだ。

 その様子はさながら子供が投げるボールを大人が簡単に蹴り飛ばすようなものであった。


 クマネズミの群れは直感でラタジュニアは危険だと察した。となれば彼を相手にせず、後方にいる彼より弱そうなやつを相手にした方が得策である。

 彼らはエサがほしいのだ。自分より弱い相手をエサにしたいのである。

 とすればラタジュニアをよけるのは必然であった。


「ひぃぃ!! 彼を避けはじめたぞぉぉぉ!!」

「さすがにあの人の強さに、野生の本能が察したのかもしれんぞ!!」

「どうする! 俺たちはどうすればいいんだぁぁぁ!!」


 もちろんラタジュニアは相手を見逃さない。

 前歯の範囲は広い。片方だけでも五メートルは伸びる。

 群れの前方を包むように補佐していた。


 前歯はクマネズミたちを引っかけるように投げ飛ばした。

 それを何度も何度も繰り返す。

 一匹すら抜け出すことは叶わない。ラタジュニアの足元に隙ができており、そこから抜け出そうとした者がいたが、すぐ前歯がクマネズミの首を突き刺した。

  

 殺すことは簡単だが数が多すぎる。故に投げ飛ばすだけにとどめていたのだ。

 もちろん落下の衝撃で首の骨が折れたり、内臓が破裂して死ぬものもいた。

 さらに後方に踏みつぶされてしまうものもいる。

 

 数刻後にはクマネズミの群れは一掃されたのだった。


「すげぇ……」


 エスタトゥアはつぶやいた。

 かつて自分の村で盗賊たちや、スマイリーという頭に手足がくっついた化け物を一掃したことは見ていた。

 だが巨大クマネズミの群れをたったひとりで片づける様は圧巻であった。


 さて数時間後に騎士団が事後処理にやってきた。街道では野生動物の群れが襲撃することが多いからである。

 もちろんラタジュニアは逃げてきた男たちを拘束する。そして騎士団に引き渡した。

 彼らは石探し屋で、ビッグヘッドが排出した涙鉱石を探索中にクマネズミの巣を見つけてしまい、つい刺激してしまったという。

 仲間は七人ほど犠牲になったということだ。

 生き残った者はただちに拘束される。街道を危機にさらしたからだ。おそらくは犯罪奴隷としてナトゥラレサ大陸に送られるだろうが自業自得である。


「違うんだぁ! 俺たちはだまされたんだぁ! あいつに嵌められたんだぁ!!」


 男たちはみっともなくわめいていた。なんでも昨日、近くの村にある酒場でひとりの男が彼らに話を持ち掛けたという。

 それは手つかずの涙鉱石の山があるということだ。発見したのは夜遅くだったという。その地図を買取り、それをもとにやってきたという。街道の近くなので急いで回収する必要があったそうだ。

 結果、そこにはお宝の山などなく、クマネズミの巣だったというオチであった。


「あいつらはばかじゃないか? なんで自分が見つけたものをわざわざ人に教えたりするんだよ」

「そうだな。だが彼らは金がなく、じり貧だったのだろう。そこを突かれたという感じだな」

 

 男たちの身なりはみずぼらしかった。涙鉱石の山を見つけなければ赤貧で息絶えていたかもしれない。

 男たちは仲間の命を失い、騎士団には逮捕されるという顛末であった。

 三人とも涙と鼻水、よだれを垂れ流している。自分たちの未来が絶望に包まれたと感じているのだろう。


「彼らを笑ってはならない。俺だってもしかしたら商売に失敗し、無一文になるかもしれない。

 だから俺は人の悪口と陰口は叩かない。他人にやり返されるからだ。

 まあ、気を付けてはいるが、知らないうちに行っている可能性はある。あくまで心がけているだけだな」


 ラタジュニアは騎士たちに事情を説明した後、幌馬車に乗った。

 エスタトゥアも乗り込み、ゴトゴトと音を立てながら進んでいく。

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