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突発的な事故

「いらっしゃいませ!! ご注文はいかがいたしましょうか!!」


 エル商会に元気な声が響く。受付はエスタトゥアだ。客に向けて笑顔を振りまいている。

 今日は休日で若い男女や家族連れなどが目立っていた。

 全員、エル商会特製のハンバーガーが目当てである。


「はい! チーズバーガー二つに、オレンジジュース二杯ですね。

 セットで合計八〇〇テンパでございます。

 千テンパをお預かりしました。お釣りをどうぞ!!」


 エスタトゥアはてきぱきと仕事をこなしていた。

 ポニトはちょこまかと掃除をしている。六歳なので接客は難しいからだ。

 注文があると厨房に連絡を入れる。あらかじめ焼いたパンにレタスやトマト、ハンバーグをはさむのだ。

 できたてのハンバーガーがこの店の売りである。

 他の店だとあらかじめ作り置きにしていた。売れ残れば従業員の食事となる。


「はい! から揚げバーガー3つに、コーヒー二杯に、グレープジュース一杯ですね。

 セットで一二〇〇テンパでございます。

 はい、お預かりいたしました。ありがとうございます」


 エスタトゥアは押し寄せる客の波をてきぱきとこなしている。

 最初は戸惑い、失敗が多かったがブランコのしつけのおかげで向上した。

 エスタトゥアも仕事ができることが楽しくなり、はかどっている。


 そして昼飯時になるとエスタトゥアは休憩に入った。

 慣れてきたためか、初日ほど疲れていない。

 余裕があると肉体的疲労だけになった。

 最初は精神的疲労と合併し、ぐったりしていたものだ。

 

「ふぅ、疲れたな。今日の昼飯はなんじゃらほい?」

「はいなの~」


 休憩室に入ると、備え付けの椅子に座る。そしてポニトが冷たい水を持ってきた。

 ラタジュニアがフエゴ教団に借金をして購入した冷蔵庫で冷やした水である。

 川の水とは違う冷たさにエスタトゥアは衝撃を受けたものであった。


「ふ~、うまいな~。仕事の後の冷たい水は甘露の味だぜ」

「そうなの~。ここのおみじゅはとってもつめたいの~。すごくおいしいの~」

「ああ、最高だな。それよりも飯をくれ」

「はいなの~♪」

 

 ポニトはエスタトゥアに食事を持ってきた。カレーライスである。炊いた米で食べるのだ。

 イノブタの肉に、ひよこ豆、ニンジンにパプリカの入ったカレーだ。

 エル商会の賄い飯である。手軽に食べられるメニューだ。

 なんでもこの二百年以上昔からある調理法だという。もちろんエスタトゥアたちには関係ないが。


「ふぅ、今日はカレーか。最初は辛くて喰えたもんじゃなかったが、今じゃこの味がくせになるな」

「そうなの~。でもポニトはヨーグルトをいれないとたべられないの~」


 ポニトが嘆く。彼女もカレーを食べたかったのだろう。だが辛くてだめだったのだ。

 一度おとなと同じカレーを食べたが、舌を火傷してしまい、禁止にされた。


「あはは、おまえも大きくなれば食べられるよ」

「なのなの~♪ ポニトもはやくおとなになりたいの~」


 ふたりはなかよくカレーライスを食べた。

 飲み物はヤギウシの乳にヨーグルトと蜂蜜を入れたラッシーだ。

 エスタトゥアは早めに食べ、ポニトは小食だが懸命に食べている。

 彼女はそれを見て微笑ましく思った。まるで妹ができたらこんな感じだろうなと。


 すると外から大きな音がした。裏口の方からだ。

 そして周囲が騒がしくなる。いったい何事だろうとエスタトゥアは外に出た。

 そこには人が大勢集まっている。木箱がくずれていたのだ。


 近くにはヤギウマがぐったりと倒れていた。額に血がにじんでいる。

 おそらく暴走したヤギウマが積まれていた木箱に突進したのだろう。

 だが野次馬が収まる気配がない。いったい何が起きたのだろうか。


「ヤギウマだ! ヤギウマが暴れだして木箱の山にぶつかったんだ!!」

「大変だ! 木箱の下に女の子が下敷きになっているぞ!!」

「ひぃぃぃ!! 助けてぇ! 早く娘を助けてぇぇぇ!!」


 野次馬が叫んだ。どうやら運悪く災難に巻き込まれた犠牲者がいるらしい。

 母親らしい女性が半狂乱になっていた。しきりに木箱の山に近づこうとするが通行人が羽交い絞めにして止める。

 木箱の下には人間の女の子が倒れている。赤い服を着ているのでただの通行人だろう。

 だが木箱に押しつぶされているためか、うめき声をあげている。

 

「おい、大丈夫か!? 意識はあるか!!」

 

 エスタトゥアが声をかける。これはブランコから習った人命救助の基礎だ。

 まず声掛けをして意識があるかを確認するためである。

 すぐに女の子は返答してくれた。


「いたいよぉ、たすけて……」


 女の子は絞り出すような声で泣いていた。

 早く救助しなくてはならない。だが山のように積まれている木箱をどかすのにどれほど時間がかかるかわからない。

 大の大人がふたりがかりで持ち運びする大きさだ。さらに数も多く、すべてをどかすのにどれほど時間がかかるかも不明である。


「まかせろ」


 背後から声がした。それはエル商会のトップラタジュニアである。

 彼は手を後ろにやり、前を見ていた。

 野次馬たちはラタジュニアを見てひそひそ話をしていた。いったいどう責任を取るんだと意地悪そうな笑みを浮かべている。

 従業員たちはまったく焦っていない。主なら不可能などないと思っているからだ。


「さっさと始めるか」


 するとラタジュニアの二本の前歯が蛇の如く伸び始めたのである。

 二本の前歯は天辺にある木箱をひょいと掴んで地面に置いた。まるで巨人のようだ。

 それを何度も繰り返す。ひと箱ずつだが、みるみるうちに昇華されていった。

 そうこうするうちに木箱は取り除かれ、女の子だけが残されたのだ。

 他の見物人はあまりの光景に惚けていたが、ブランコがすぐに応急処置を始めた。


 そして後方から声がかかる。ヤギウマが牽く幌馬車がやってきたのだ。

 幌は真っ白で赤い五方星が描かれていた。

 緊急用の馬車である。中には医者と医療器具が揃えられており、病院へ行くまでに応急処置ができるのだ。


 女の子は無事に救急馬車に載せられたのであった。母親も懸命に頭を下げ礼を言っている。

 それを見てラタジュニアは安堵する。

 エスタトゥアも驚いていた。ラタジュニアのトゥーススキルは何度も見ていた。

 だがこんな力の使い方があるのかと、あらためてスキルの力に驚愕したのである。


「オホホホホ、やってしまいましたね」


 そこに嫌らしい声をかけられた。それは意地悪そうな表情を浮かべた人間で、狐顔の男だった。

 プリメロの町にあるレストランでからんできたロキという男だ。

 なにやら鬼の首を取ったように喜んでいるのは気のせいだろうか。


「オホホホホ。司祭の杖は敵と戦う以外に力を使ってはならないのですよ。

 今みたいに戦闘以外で使用するなどあってはならないことです。

 すでに騎士団に連絡しましたから覚悟してくださいね」


 後ろには取り巻きらしい人間たちがいた。十代後半で全員浅ましい笑みを浮かべている。

 エスタトゥアはそれを聞いて慌てふためいた。

 だがラタジュニアはその様子を見て、呆れかえっていたのだった。


 ☆


「ロキさんの言っていることはでたらめですよ」

 

 その夜、ブランコが言った。主がいなくても店は普通に経営していた。

 ラタジュニアは騎士団に連れていかれた。もっともその対応は丁寧なものであった。

 むしろラタジュニアを罪人呼ばわりするロキが乱暴に扱われていたのだ。


 その後ロキの取り巻きが騒ぎ出していたが、全員騎士団に取り押さえられていった。

 店に石を投げたり、落書きをしようとしていたのだ。

 彼らの言い分は犯罪者の店なんか潰していいんだよとのことだが、騎士団に捕らえられた。

 全員、ロキに小遣いをもらって店を荒らせと命じられたというから呆れたものだ。


「司祭の杖は犯罪行為を起こさない限り、罰せられることはありません。

 ましてや人命救助をした旦那様を裁くなどありえません。

 もっともこのことはあまり一般には知られていませんけどね」


 ちなみにラタジュニアはまだ騎士団本部に拘束されていた。

 伝令の話によればロキが騎士たちにラタジュニアを犯罪者として捕えろと詰め寄ったのである。

 騎士たちがラタジュニアの行為は違反ではないと説明しても納得せず、食いついてきたのだ。


 その結果、ロキは騎士団の勤務を妨害したとして逮捕された。一か月の強制労働の刑に処せられたのである。

 ロキは納得せず、あまつさえフエゴ教団を糾弾し始める始末だった。

 一応ラタジュニアは被害届を出すことでロキを訴えることにしたのである。


「しかしロキって男は何がしたいんだろうな。うちの旦那を罪人呼ばわりしていたけど、

 周りの連中はロキの事を馬鹿にしていたぜ」


 これは本当であった。ラタジュニアとロキがその場を去った後、野次馬たちはロキの悪口を言っていた。

 うざいだの、ざまあみろだの、一生出てくるなだと悪態をついていた。

 さらに父親そっくりだとも言っていたのだ。

 

「あの男は良くも悪くも父親の影響を受けているのです。

 父親は古くから北区で雑貨店ウトガルド商会を経営しています。

 昔は店の数が少なかったから、とても儲かっていたそうですね。

 ですが月日が過ぎるにつれ様々な店が増えてしまい、売り上げは落ちました。

 それなのに父親はそれを認めず、誰かが自分の邪魔をしている、悪いことをしていると思い込んでいるのです」


 エスタトゥアは以前ラタジュニアから教えてもらったことを思い出した。

 殿様商売を続け、取引相手に金を払わないなどやりたい放題だったと聞いている。


「悪いことってなんだよ。金儲けをして悪になるなら、うちより大きな商会はあるだろうに」

「そうですね。旦那様の父君が経営するラタ商会があります。

 それに鉱石と紙幣を扱うフレイア商会に、その会長の兄が経営するフレイ商会などもありますね。

 郵便や通信はヘルメス商会が有名ですし、衣服関係はアラクネ商会があります。

 ですがウトガルド商会はそれらの大手には喧嘩を売りません。旦那様が弱そうだからいじめているのですよ。

 もっとも旦那様は流れ者の小唄として相手にしてませんけどね」

「なるほどね。正直うちの旦那とあいつじゃ器が違いすぎるや」


 こうして夜は更けていった。主はなくともブランコが指示をしているので経営には問題はない。

 翌朝、ヘルメス商会から出た新聞が発行された。ラタジュニアとロキの記事が掲載されている。

 司祭の杖は犯罪行為以外なら使用は可能であることが書かれていた。

 さらにロキが騎士団にかみついたことも赤裸々に書かれていたのだ。

 結果、ロキが約一か月の強制労働刑になったことも記されている。


 ウトガルド商会はその影響を受け、ついに潰れてしまったのであった。

今回で一区切りです。次回は巡業に行きます。

ペドラーは行商人という意味ですが、行商してないのは問題ですからね。

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