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終業時のエル商会

「ラララ~、

 それゆけ、脂肪ラード錬金術師アルケミスト~♪

 愛しき人を、救いに行け~♪

 足の裏に、刃を生み出して、地を滑って行け~♪」


 エル商会の仲である。現在は夜ですでに客はいない。もうすでに闇夜がどっぷりと町を包む時刻である。

 いるのは後片付けをしている従業員だけである。主はすでに部屋にこもっており、書類にハンコを押している最中だ。

 その中でゴールデンハムスターの亜人であり、エル商会の商業奴隷であるエスタトゥアが歌いながら踊っていたのだ。


 着ている服は黄色と黒の混じったドレスで、背中には虫の羽みたいな装飾品がついていた。

 それを着ながら踊る様は妖精のように思える。周りの景色が殺風景な店内であることを除けばだ。

 歌を聞いているのはシマリスの亜人で商業奴隷である六才児のポニトと、エル商会の財布を管理する白蛇の亜人であるブランコのみであった。

 

「うわ~、しゅてきなの~!!」

「ははは、ほめてくれてありがとうポニト」


 ポニトは拍手をした。とても楽しそうである。生まれて初めて見た歌と踊りに感動したのだ。こんなのは大道芸やサーカスでも見たことがなく、興奮していた。

 ブランコもポニトほどではないが、拍手をしている。ただ力がこもってない。形式的なものだ。

 ちなみに歌の内容は英雄フエルテの盟友、脂肪の錬金術師アトレビドが司祭兼恋人を救いに行く物語だ。


「お見事です。ここ一か月でかなり上達したようですね」

「なのなの~♪」


 そう一か月だ。エスタトゥアがこの商会に来てそれだけの時間が経っていた。

 エスタトゥアの仕事は掃除に洗濯、店番が主だった。

 週に一度だけ休日が与えられ、午前中はブランコが勉強を教えているのである。

 ちなみにポニトや他の商業奴隷も同じであった。


 午後は自由時間で商店街を見て回った。いわゆる社会見学みたいなものだ。

 エル商会に比べると寂れている印象が強い。あくまでエル商会を基準にしたものであって、決して無人でも死にかけているわけでもなかった。

 経営者は大抵寒村の末っ子が、フエゴ教団に連れてこられ、商業学校に通ったものがほとんどだ。

 そのためか知識はあるが経験はからっきしで、世間知らずな者が多かった。

 それをラタジュニアが隙を突き、魅せの権利を奪ったのである。


 現在乗っ取った店にはエル商会の商業奴隷たちが使っている。

 パンを焼いたり、野菜や魚を売っていたりした。

 パンは通常時の半額で販売されている。野菜や魚は通常より安く仕入れており、エル商会にも卸すが、普通に売買していた。

 仕立て屋はエル商会の制服を仕立てたり、ほころびを直したりしている。


 もちろんすべての店がラタジュニアの物ではない。

 本屋や食器屋などもいる。彼らはエル商会の恩恵を直接受けることはない。

 だが他の人間は生活に余裕が出てきたので、買い物の回数が増えたのだ。

 おかげで商店街はそれなりに賑わっているといえる。もちろんエル商会と比べると雲泥の差があるが。


 エスタトゥアはエル商会と商店街を見比べることで、自分が勤務しているところがどれほど大きいか理解できた。

 ハンバーガー屋という店は一見奇抜に見えるが、理に適った商売だ。

 何しろハンバーガーにパンは必須だし、野菜や肉、魚も必要になる。

 それにハンバーガーを包む紙も必要だし、制服を洗濯したり、掃除のための薬品も必要になる。食べ物だけあれば済む問題ではないのだ。


 ハンバーガーひとつ作るだけでも大勢の人間が関わっている。

 より安くするために農家や漁師などと契約しているのだ。

 現在はコミエンソの北区だけだが、他の区域でも店を出す計画があるという。

 だからこそラタジュニアが目指すアイドルが理解できないのである。


「旦那様は次の行商であなたを連れて行くと申しています。

 行く先々で歌ってもらい、エル商会の宣伝をするためです」

「しゅごいの~! エスちゃんのうたならみんなだいしゅきになるの~!」


 ブランコが淡々とした口調で答えた。ポニトは無邪気にほめている。

 これはエスタトゥアもラタジュニアから聞かされている。

 自分はエル商会の広告塔だといわれていた。


 だがそれはラタジュニアの口実である。

 エスタトゥアをいずれは大陸全土に知らぬものはいないというアイドルに育てるつもりなのだ。

 もちろん店の金は使わず、個人資産を使うのが筋だと思っている。

 しかしブランコにしてみれば無駄だと思えた。確かに個人資産を使うのは自由だが、いざというときのための資金は必要だと思う。

 なのにアイドルという愚にもつかない企画に金を捨てるのはもったいないのだ。


「でもまぁ、四年やって芽が出なかったらきっぱりやめるといってたぜ」

「当然です。旦那様の娯楽に何年もつき合わされてはたまりませんからね」

「結構ずけずけ言う性質なんだな、あんた」

「当然です。商会の会計を預かる身ですから。あと先輩に対してあんた呼ばわりはいけません。癖になって別の人に言ってしまう可能性が高くなりますよ」


 ちなみに四年はラタジュニアが言い出したことだ。失敗したら自分の代ではアイドルは作れないと思っている。


「エスちゃんしゅごいの~。うたもきれいだし、おどりもじょうずなの~」

「ははは、ポニトほめてくれてありがとう。これも先生がじょうずなためだろうな」

「じょうずどころか、その道では一流ですからね。ボスケ様にしろ、オーガイ様にしろ。

 どんな凡人でも有名人に教えてもらえればうまくならないはずがありませんからね」


 これはブランコの嫌味である。エスタトゥアに歌の稽古をしたのはオルデン大陸随一の歌姫ボスケだ。ウシガエルの亜人でその巨体から生み出される声は圧倒的である。

 さらに踊りの稽古は同じく一流の踊り子、オーガイだ。彼女はマイタケの亜人でしなやかな踊りを見せてくれる。


 その二人が週に二度稽古をつけてくれるのだ。上流家庭としてはうらやましくなる組み合わせである。

 それに二人の名声は高く、一流の師匠なのだからかならずうまくなるという先入観もあった。

 エスタトゥアが仕事の終わりに従業員の前で歌を披露するが、やはり二人の名前が出てくる。

 さすがボスケとオーガイの弟子であると。それを聞くたびにラタジュニアの表情に暗い影が落ちることをエスタトゥアは知っていた。


 ちなみにボスケにはハンゾウというボディガードがおり、オーガイにもナメクジラの亜人、ハットリというボディーガードがいる。こちらは無口で常に地面や壁に溶け込んでおり、滅多に見ることはできない。

 ハンゾウはブランコの叔父に当たる人だという。ボスケのボディガードと聞いたときは意外そうな顔になった。


「ああ、俺もそう思うよ。俺の歌と踊りがうまくなったのは、一流と呼ばれている人たちが稽古をしてくれたおかげだとね」

「自覚があって何よりです。調子の乗らないよう気を付けなさい。旦那様に迷惑が掛からないようにね」

「心得ておくよ」


 ポニトは二人の会話の意味が理解できずきょとんとしていた。

 彼女は純粋にエスタトゥアの歌と踊りを楽しんでみていたのだ。

 エスタトゥアは思わずポニトの頭を撫でた。するとポニトの頬が赤くなる。

 頭をなでなでしてもらって、とてもうれしそうだ。それを見るとエスタトゥアの世間体で冷たくなった心も暖められ溶けていく気がした。


「ところであなたの着ている服は何かしら? この間稽古が終わったときに持ち帰ってきたみたいですが」

「うん、とってもきれいなの~。それにとってもしゅべしゅべなの~」

 

 ブランコがエスタトゥアの着ている衣装を見た。生地の見た目は薄いが、頑丈な作りの衣装である。

 商店街の仕立て屋が作るような代物ではないとブランコは理解した。


「ああ、この間稽古に行ったときに客が来たんだ。なんでもジョロウグモの亜人で俺のために衣装を作ってくれたんだよ」

「衣装を作ったですって!? まさかあなたの寸法を測ったのですか!!」


 ブランコは興奮しながら詰め寄った。彼女は可愛いものが大好きだ。

 特にエスタトゥアはお気に入りで、彼女を撫でまわすのが趣味である。

 ちなみにポニトは六才児なので対象外であった。


「そりゃあ、寸法は測ったよ。あんたと違ってさっさとすませてくれたけどな」

「なんですって!! ああ、うらやましい!! ここ最近のあなたは胸が膨らんできたわ!!

 でも寸法を測れるのは来年の身体検査まで!! それ以外で測るのは職権乱用ですわ!!

 ああ、測りたい!! あなたの身体をすみからすみまで撫でまわしたいわ!!」


 自分の欲望を平然と口に出している。エスタトゥアの背筋が寒くなってきた。

 それでも商業奴隷を理由に、強要しない点がブランコの性質の良さかもしれない。

 ポニトは何のことかわからないでいるが、何気なくヒントを言った。


「? なでたいなら、おねがいするといいなの」

「―――!? その手がありましたか。エスタトゥアさん、今夜私の部屋に……」

「こねぇよ!! なんだよ、グッドアイデアが浮かんだみたいに!! 部屋に行ったら俺の身体が大ピンチになるだろうが!!」

「大丈夫ですよ。あなたをマッサージするだけです。お風呂上りに温かくなった体を私が全身かけてもみほぐす……、考えただけでも」


 たらりと鼻血が出た。ブランコは白蛇の亜人だが真っ白というわけではない。

 肌は鱗に似た毛で覆われており、少しだけ灰色がかかっている。

 それでも鼻から垂れる血を際立たせるには効果的であった。


「はい、ぶりゃんこしゃん。ちりがみなの」


 ポニトはチリ紙をよこす。鼻に詰めるためのものだ。

 ブランコは手早くチリ紙をちぎり、丸めて鼻に入れた。

 知的な彼女が鼻に詰め物をする姿は滑稽だが、本人は気にしていない。


「ありがとうございます。ポニトさん」


 ブランコはポニトに礼を言った。小さいながらも気配りができた少女に感謝を述べる。

 だがエスタトゥアの怒りは収まらない。


「冗談じゃねぇよ!! 揉むならともかく揉まれるのはごめんだぜ!!」

「揉むですって? あなたの口調だと誰かを揉んだのですか?」

「ん? ああ、揉んでるよ。オーガイさんをな」

「なっ、なんですって!?」


 ブランコは何故か驚愕していた。エスタトゥアは意味が分からず話を続ける。


「オーガイさんは踊りの稽古が終わると一緒に風呂に入るんだ。

 そして風呂上りに俺がマッサージをするんだよ。一応弟子の仕事としてな。

 いや~、オーガイさんの身体はすごいよ。肌は真っ白できめ細かいし、見た目ではわからないけど、筋肉がすごいんだ。

 固さだけでなく、柔らかくて揉みごたえ抜群なんだよ。さすが一流の身体は出来が違うな」


 エスタトゥアが説明するとブランコは震えていた。

 いったいどうしたのかと声をかけると、一気に爆発する。


「なんてことですの!! エスタトゥアさんに直で揉んでいただけるなんてうらやましいですわ!!

 師匠である立場を利用して弟子にマッサージをさせるなんて許しませんわ!!

 私なんて自家製のぬいぐるみを制作し、毎晩抱いて寝てますのよ!?

 本当は本人を裸にして一晩中撫でまわしたいくらいですわよ!!

 ああ、許せない! ゆるせない!! ユルセナイッ!!!」

「ぶりゃんこしゃま、おこっちゃだめなの~。

 おこるとおうまさんになってしまうの~」


 ブランコの眼が血走っている。本気で激怒しているのだ。

 もっともエスタトゥアとポニトにぶつけず、自分で完結させているからマシと言えた。

 ただブランコの本音を聞いてしまい、戦慄せずにはいられないのも事実である。


 今日もエル商会は平和であった。

ここ最近ラタジュニアの出番が少ないです。

逆にエスタトゥアが非常に目立っておりますね。なんとなくエスタトゥアは突っ込み役として活動させたかったのですよ。

それと両極端な性格の持ち主を出すことも大切だと思いました。

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