舞姫登場
「はい! もっとお腹に力を込めなさ~~~い!!」
「あいよ!!」
エスタトゥアは声を上げる。もともと声は大きい方だが、さらに高い。
陶器類がひび割れてもおかしくないくらい、空気が振動していた。
ここは北区にある歌姫ボスケの別荘だ。一般の住宅街から外れている。
周りは緑が多く、まるで楽園のようであった。さすがは一流の歌姫ともなると持ち家は半端ではない。
エスタトゥアは週に二回、ここに通って歌の稽古をつけてもらっていた。
もちろんエル商会での仕事が終わってからだ。
毎回、ヤギウマの牽く巨大カボチャをくりぬいた馬車に乗っていった。
ちなみにオルデン大陸でも小屋ほど大きく成長するカボチャは珍しくない。
芸能関係者が好む馬車だ。その名もシンデレラと呼ばれている。
エスタトゥアのいる部屋は大きな部屋であった。一度に二百人ほど入ってもゆとりのある広さである。
普段は客人や、フエゴ教団の教団学校の生徒を集めていた。
ここで簡単なミニコンサートを開くのである。楽団などは彼女が雇っており、普段は酒場などで演奏をして腕を磨いていた。
ボスケの指導は厳しいものであった。まるで騎士団の教官並みの厳しさだ。
へんなあだ名をつけたりはしないが、大砲みたいに声を張り上げた。
エスタトゥアがミスをすれば容赦なく叱咤する。
「お腹に力が入ってないわ~~~!!
もっと丹田に力を入れなさ~~~い!!」
「あいよッ!!」
その叱咤は彼女を奮い立たせ、結果的に上達へ導いていた。
ボスケは歌が得意だけでなく、教授するほうも上手であった。
エスタトゥアも気分が乗って稽古に力を入れている。
まるで自分以外の誰かが乗り移ったように気分がいい。
さて稽古が終わり、ふたりは人間のメイドが淹れた紅茶を飲んでいた。
のどがよくなるよう蜂蜜が入ってある。
それにボスケは彼女のために食事法や訓練方法を教えていた。
稽古のない日は彼女の指導を忠実に守っている。ブランコにも指導書は送られており、生活習慣を管理されていた。
エスタトゥアは負けん気が強かった。最初はアイドルに難色を示したが、いざ始まると本気で稽古に力を入れていたのだ。
「エスちゅわ~~~ん! あなたの歌はよくなったわ~~~!!
最初に来た時とは天と地の差よ~~~!!」
ボスケは歌いながらほめた。あいかわらず耳が痛くなる小枝。
さすがに何度も通えば慣れてくる。
彼女は金持ちだが裏表のない女性だった。使用人にも優しく、エスタトゥアも稽古は厳しいが、決して感情的にはならず、きちんと指導しているのだから。
「はい。毎晩従業員たちを前に歌っていますが、すごく上達したとほめてくれました」
エスタトゥアは敬語で返した。さすがにラタジュニアみたいに軽口はまずいとブランコから指導を受けていたのである。
その言葉にボスケはにっこりと満足そうに微笑んだ。
「は~~~、これで少しだけラタ様に恩を返せましたわ~~~!
でもまだまだ足りませんわ~~~!!」
ボスケは歌いながら嘆いていた。
彼女はお茶会の最中で愚痴をこぼすことが多かった。主にラタジュニアの父親ラタに関してだ。
なんでも彼女が幼少時の時に村で伝染病が起きたらしい。
村は貧乏で薬など買えなかった。この時分ではフエゴ教団と縁があったが、まだフレイア商会しかなかったのである。
そこへラタが商売物の薬を惜しげもなく与えたのである。
代わりに各家庭にある干し肉と漬物をもらった。だが薬の方が高価であり大損だったという。
「数年後に再会したとき、ラタ様はわたくしのことなど覚えておりませんでしたわ~~~!
ラタ様曰く、人を助けるのが趣味で、商売関係以外は覚えてないとのことですわ~~~!
それを聞いたとき感動したのです~~~!!
そして一生をかけて恩を返すと誓ったので~~~す!!」
何度も聞かされた話である。だが感情の込められた歌なので心地よく耳に響き、飽きることがないのが不思議だった。
「そして今夜、その恩を返したい者がくるのです~~~!!」
「? くる? 今夜?」
コンコンとノックの音がした。人間のメイドだ。彼女は客が来たことを主に伝えに来たのである。
数分後にやってきたのは女性だった。大体二十代をちょっと超えた感じである。
だが髪型が不思議なのだ。
それは巨大なマイタケであった。
マイタケとはサルノコシカケ科のキノコである。秋にクリ・ナラなどの大木の根元に生えるのだ。
茎はよく分岐し、多数の傘が重なり合って大きな塊状となり、表面は灰白色または暗褐色で裏面は白いのである。
頭部はマイタケのように表面は灰白色で、すらりと背が高く、胸は豊満でこしはきゅっとくびれていた。
切れ目で鼻が高く、唇は小さい。
肌は真っ白で身に付けているものは白いドレスで胸と下半身を隠しているだけだ。
そのためか長い脚がにょっきりと伸びている。
「うふふ。初めましてエスタトゥアさん。私はマイタケの亜人オーガイと申します」
オーガイは頭を下げた。エスタトゥアもつられて下げる。
オーガイの頭部はマイタケの傘であった。だがそれは髪型なのだ。
キノコの亜人は傘の部分が髪の毛でできている。大きくなるにつれて自然に髪の毛が絡み合い、傘を作っていくのだ。
「この方は~~~、舞姫のオーガイさんです~~~!!
踊り子としては一流の人なのです~~~!
今日はエスちゅわ~~~んの踊りの稽古をつけてもらいます~~~」
「はぁ? 今から踊りの稽古ですか?」
「はい。エスタトゥアさんはアイドルを目指しているとか。そのためにも歌って踊れる技術が必要と聞きました。
なので私が踊りを教えます。代金はそうですね。あとでエルさんに伝えておいてください」
なぜ彼女は踊りの稽古をつけてくれるのだろうか。もしかしたら彼女もラタに恩を返したい人かもしれない。
「あなたも旦那様の父親に恩義のある方なのでしょうか?」
「はい、その通りです」
オーガイはあっさり認めた。
「でも私はあくまで商業奴隷です。旦那様の許可なしではなんとも……」
「なのでボスケさんの稽古に合わせるのです。エルさんはきっと難色を示すと思いますので」
どうやら彼女はラタジュニアに内緒でエスタトゥアに稽古をつけるつもりのようだ。
「では、一度踊りますね。踊りとはどういうものか知る必要がありますからね」
オーガイは部屋の真ん中で踊りを始めた。部屋は片づけられており、踊りを始めても問題のない広さだ。
演奏はボスケが務めることにした。一流の歌姫と舞姫がコンビを組む。
おそらくこれほどのものは十万テンパを払ってでも惜しむ者はいないだろう。
エスタトゥアは奇しくもその特別ステージをひとりじめしているのだ。
ボスケの歌は英雄フエルテのテーマであった。
フエルテが亜人の混血児としていじめられていたのを、司祭シンセロに救われた。
そしてシンセロの娘であるアモルと共に苦楽を共にする。
さらにフエルテは成長して司祭の杖となり、筋肉の風使いとして目覚めた。
ふたりは猛毒の山に赴き、悪のビッグヘッド、エビルヘッドを倒したのだ。
その間にオーガイは踊り続けた。フエルテがいじめられたときは悲壮感あふれる踊りだ。
それがシンセロに救われると解放の喜びをあらわしている。
そしてフエルテとアモルが旅立ち、苦難に立ち向かう様はまるで英雄のように力強かった。
踊りで喜怒哀楽を表現したのだ。エスタトゥアは思わず見とれてしまっていた。
踊りなど商店街の近くで大道芸を見たことがあるが、あれとくらべるとこどもの遊戯にしか見えなかった。
本物の踊りとはこうなのかと感動したものである。
「ふぅ、お粗末様でございました」
オーガイは汗を拭わず頭を下げた。汗と化粧が混じりあう臭いが漂うが不快にならなかった。
美しい女性は汗をかいても美しかった。
同性でも胸の高鳴りを覚えたのは初めてである。
さてオーガイはボスケの浴場を利用した。汗を流すためだ。
ボスケとエスタトゥアも一緒である。
エスタトゥアは辞退しようとしたがボスケに強引に入れられた。
浴場はとても広く、二十人が入ってもゆったりできるくらいだった。
壁には鏡が五枚ほど張られていた。風呂桶などが置かれている。
そこに三人は浴槽に入っていた。三人とも真っ裸である。
「ふぅ、いい湯ですね。ボスケさんのお風呂は最高です」
「そうね。わたくしの身体は大きいから、これくらいがちょうどいいわ」
「でもマイタケとウシガエルの亜人がお風呂に入ったら、いい出汁が取れるかもしれないわ」
「それはどうかしら。ウシガエルをそのまま煮込んでも生臭くて食べられないわよ」
オーガイとボスケが話をしていた。意外だがボスケの声が小さい。さすがに浴場では控えているようだ。
逆にエスタトゥアは大人しくしていた。さすがに二人を前に軽口は叩けない。
それに気づいたのかすぐにオーガイが声をかけた。
「ところでエスタトゥアさん。今日の踊りはどうでしたか?」
「すごくよかったです。踊りにはくわしくないけど、すごいことはわかりました」
エスタトゥアは素直に感心した。素人でもわかるのだ。
オーガイが一流の舞姫であることが理解できた。
一度見ればぐいぐい引き込むことが一流だと思える。
「うふふ。ほめてもらえてうれしいです。ラタさんは私の恩人でもあるのですよ」
「恩人ですか? ボスケ様のように命を救われたのでしょうか?」
「いいえ。わたしはラタさんに自分の道を教えてもらったのですよ」
オーガイは昔話を始めた。オーガイはオンゴの村に生まれた。
そこで彼女は肩身の狭い思いをしていたらしい。
なんでもキノコの亜人は他の亜人とちょっと違うのである。
食用キノコの亜人は男の容姿だが性別は女性である。
逆に毒キノコの亜人は女の容姿だが性別は男性である。
特に致死性の高いドクツルダケやタマゴテングダケの亜人は美しい容姿であった。
逆にエリンギやシイタケの亜人は筋肉隆々が多いのだ。
その中でオンゴはぐれ三人娘というのがいた。
一人はマイタケのオーガイだ。
食用キノコの亜人なのに女性らしさがあるので、敬遠されている。
もう一人は村長の娘でベニテングダケのヘンティルがいる。
毒キノコの亜人だが筋肉隆々の女性だった。
現在はフエルテと共にエビルヘッドを倒しに行った英雄の一人として数えられている。
最後の一人はツキヨダケのルナだ。見た目はムキタケに見えるが性別は女性である。
夜、傘の部分が光る珍しい女性であった。
現在はオンゴの村でガトモンテスの店で働いているという。
「私は子供の頃、自分で壁を作っていたのです。実際オンゴの村ではちょっと変わっているだけで、誰も嫌ってなどいませんでした。
ですが幼少時の私は疎外感を持っていたのです。勝手に自分と他人の間に壁を作っていたのです。
それを取り払ったのがラタさんでした。マイタケなら踊るべきだと助言してくださったのです。
その言葉を胸に私は踊り子になりました。そして今では有名人になってしまったのです」
オーガイは遠い眼をしながら独白した。
エスタトゥアとしてはそんな一言で将来を決めたのかよと心の中で突っ込んでいた。
なんとなくだがラタは適当に励ました気がしてならない。
だが悩める人間としては他愛ない言葉で人生が左右されるものだと知っている。
「それにしてもオーガイ様の身体って意外に鍛えられているのですね。
近くで見たら結構筋肉がついているから驚きました。
遠目から見たら華奢に見えたからなおさらです」
エスタトゥアは話題を変えようとオーガイの身体を褒める。
すると彼女は目を輝かせ、エスタトゥアに近づいてきた。
気のせいか自分に触れたがるブランコに近い目つきであったことは気のせいと信じたい。
「わかりますか!! 踊りは結構筋肉を鍛えるものなのです。
本当はヘンティルさんみたいに岩のようにごつごつした筋肉がほしいところですが、私はあまり肉が付かない性質なのです。
ああ、どうして毎日筋肉トレーニングをして食事にも気を遣っているのに、筋肉がつかないのかしら」
オーガイはしょんぼりしたように言った。
それほど悩む物とは思えない内容である。
だがオンゴの村にとって女性は筋肉隆々が美しいとされるらしい。
「ねっ、さわってみてください。どうですか? 私の筋肉は?」
エスタトゥアは無理やり右腕の筋肉を掴まされた。
細く真っ白い肌で触り心地はよい。だが中身は固く太い筋肉が通っていた。
固いといっても暖かく、太陽の光を浴びた岩のような感じがしたのだ。
「すごく、固いです」
「まあ、本当ですか!? とてもうれしいです。
ああ、でもこんなかわいい子に私の筋肉を触れてもらえるなんて夢のようだわ。
さあ、もっと触ってくださいな。腕だけでなく、 腹部や足も揉んでくださって結構ですのよ」
そういってオーガイは立ち上がる。目の前にはくっきりと六つに分かれた腹筋が見えた。
胸部も女性の胸を保持しながらも、筋肉でピンと形を整えているように思える。
はっきりいって眼が据わっているのが怖かった。
(そうか。この人はブランコさんに似ているんだ。
違うのは俺を触りたいんじゃなく、触ってほしいんだ)
エスタトゥアはうんざりした表情になった。
ボスケはその様子を見て、ほほえんでいた。
その日の夜はこうして過ぎていった。
新キャラオーガイの由来は森鴎外です。
ちなみにボスケはスペイン語で森という意味があります。
私としては森公美子さんをイメージしておりますね。




