出会い
「イーッヒッヒッヒ!! 見つけたぞォ!!」
太陽は真上に昇っている時刻。雲一つない青空だが、深い薄っすらとした暗闇を保有する森の中ではその恩恵を授かることは難しい。精々大手を広げた木々くらいなものであろう。
その状況で陰惨なことが起きていた。盗賊たちが無辜な村人を殺しまわっていたのである。まるで阿鼻叫喚の地獄絵図である。
ここはオルデン大陸の南方に当たる部分だ。海は漁業が盛んで、山では農業や酪農が盛んである。比較的南なので気候は穏やかであり過ごしやすい。果物は豊富に取れるし、野生の動物も丸々と肥え太っている。
とある村があり、人口は百人程度で、全員が親戚だ。よそ者はたまに来る行商人くらいしかない。その行商人も用が済んだらさっさと村を出る。よそ者が泊まる宿はない。逆に留まろうとすれば村人が鎌だの鍬だの、老若男女問わず持ち出し威嚇するであろう。
よそ者を忌み嫌っているのだ。まるで疫病神の如くである。だがそれは仕方のないことだ。村人は全員が家族だ。家族のだんらんに見知らぬ誰かが割り込んでも迷惑なだけである。囲炉裏の火は自分たちだけのものだ。
さらに自分たちの親戚以外の血が混じることを何よりも恐れている。生まれてくる子供が人ではなく、獣として生まれても村の掟を破る気はない。その発想がないのだ。
その村は現在盗賊たちに滅ぼされていた。
掘っ立て小屋のような家はすべて焚火のように燃やされており、大人も子供も老人もすべて剣で切り殺されていた。どれも手足を切り付けられ、必要以上に痛めつけられた後にバッサリとやられたのだ。命乞いを強要したあと無慈悲に刺し殺したりしたのである。
赤ん坊は泣き叫ぶところをそのまま剣で田楽イモのように腹部を突き刺し、息絶えたら燃え盛る家の中へ放り投げ、げらげら笑う。どことなく禁忌の煙草を吸ったような高揚感がある。
頭目らしい大男がいた。禿頭でげじげじの眉に髭をぼうぼうと生やしていた。額には緑色の鳥の刺青があった。右目には眼帯をかけており、笑うと前歯が数本欠けている。
熊のような巨躯で、上半身は裸であった。下半身に毛皮を巻いて、サンダルを履いている。
胸部と腹部は村人を殺した返り血で濡れていた。右手には剣が握られており、血と脂でべっとりとしている。そいつはぺろりと舐めて優悦に浸っていた。
他の仲間は六人ほどであった。全員男で頭目より半分の背丈(ただし成人より少し低い程度だが)で、オオアライグマの毛皮を頭からかぶっていた。
全員がやぶにらみで鼻が高く、ネズミのような出っ歯であった。手には頭目ほどではないが鉈を持っている。彼らは村人を狩って喜んでいた。彼らは狩りが大好きなのだ。
「イーッヒッヒッヒ。お前ネズミ人間かよ? 村八分になっていたってところだなぁ!!」
頭目はか弱い獲物に剣を向けていた。それは巨大なハムスターであった。
ハムスターとはネズミ科キヌゲネズミ亜科の哺乳類だ。体長は十五センチほどで、尾はごく短い。
毛は柔らかく、上面は橙色で腹は白色で、ほお袋をもつ。
主に動物実験用や愛玩用に飼われている。
目の前にいるのはゴールデンハムスターだ。いや、ハムスター人間である。
小柄な体格で耳は人間と同じ位置にある。全身は柔らかい毛で覆われており、胸部から下腹部は肌が露出している。
着ている服はボロボロの麻のワンピースだ。足は皮袋を履いており、ボロボロである。
ゴールデンハムスターの亜人である。亜人とは外見が人間と全く違う。イヌやネコの動物から、キノコや花、鉄や石などの鉱石にも亜人はいる。
亜人は人間だけの村では嫌われている。それなのにこの亜人は村はずれに住んでいた。
おそらくは村の人間が亜人と結ばれ、子を成したのだろう。そしてその子は村八分にされたのだ。火事と葬式以外、一切村人は関わらないのである。
「くっ、殺せ!!」
ハムスターの亜人はまだ子供なのか、声が高かった。盗賊たちを睨みつける目は怯えたハムスターではない、獲物を狙う山猫のようであった。
相手の態度が気に喰わないのか、蹴りを入れる。蹴とばされた子供は腹を抑え苦しそうにせき込んでいた。
「イーッヒッヒッヒ。誰が殺すかよぉ!! お前は俺様の息子たちを相手にしてもらうぜぇ!! 俺の娘は全員ハラボテでよぉ、同じ兄弟のケツ穴ばかりじゃかわいそうだから、お前のを使わせてもらうぜぇ!!」
盗賊は下種な笑いを上げながら、下劣なことを言った。
そう、彼らは家族なのだ。頭目は父親で部下は血を分けた息子であった。彼らは自分の子供同士で子供を作らせていたのだ。そして食料は同じ人間であった。
部下たちは先ほど燃え盛る家に放り込んだ赤ん坊を剣で取り出す。こんがり焼けており、彼らはそれらに群がった。他には人間の内臓を捌いた魚のように引き出し、世にもおぞましい人肉料理を始めていた。
彼らは食人一族なのだ。人間でありながら人間を喰らう鬼畜であった。まじめに働くことを否定し、楽なことしかしたがらないのである。人間狩りは趣味を兼ねているので苦痛にはならないのだ。
「さてと俺様が味見をさせてもらおうか。その後息子たちにかわいがってもらうがな。イーッヒッヒッヒ!!」
「まちな」
☆
いつの間にか幌馬車が村の中へ入っていた。馬車を牽いているのはヤギウマだが、通常のヤギウマより巨躯であり、目つきもするどい。オスなので立派な角を生やしている。
心なしか盗賊たちを睨みつけているように見えた。男たちは一瞬怯んだ。
その馭者はカピバラであった。それも二本足だ。
カピバラとは齧歯目カピバラ科の哺乳類である。
齧歯類では最大で、体長75~130センチほどで尾はほとんどない。
前足に4指、後足に3指あり、後指に水かきをもつ。
かつて南アメリカと呼ばれたナトゥラレサ大陸の湿地近くの森林にすむ。
もっとも目の前にいるカピバラの手は五本指で、耳は人間と同じ位置にある。皮のマントを羽織っており、皮手袋にサンダルを身に付けていた。サンダルから後指が見えるが、やはり水かきが存在している。
毛はタワシのように硬そうである。その眼付きは穏やかそうなものだが、盗賊どもを見る目はとても冷たい。まるで視線で相手の心臓を突き刺さんと言わんばかりだ。
「なんだぁてめぇは? 俺たちはこれからお楽しみなんだ、邪魔しないでくれよ」
「邪魔しなければどうなるんだ? 俺を見逃してくれるのか」
カピバラは冷静であった。まるで人に道を訪ねるような感じである。
すると部下たちは刃物を舌で舐めた。目の前に現れた亜人を解体したくてたまらない、そんな目であった。
「逃がすかよぉ!! ネズミの肉は最高にうまいんだぜ!!」
部下たちは四方八方に散らばり、カピバラを取り囲んだ。その動きは野犬のように鋭く、まるで突風のような勢いがあった。
こうやって相手を翻弄させ、その隙に哀れな犠牲者のわき腹をえぐるのだ。
「ヒッヒッヒ!!」
男たちはカピバラのぐるぐると周囲を回っている。そのくせ誰一人相手から視線を銛のように突き刺し離さないのだ。
野獣に目を付けられた恐怖は尋常ではない。さしずめ蛇に睨まれた蛙、猫に睨まれた鼠だ。さらに不気味な笑みと声を上げられれば睾丸は縮こまることは間違いない。
彼らはそうやって弱者をいたぶり、なぶり殺しにして楽しんでいたのだ。
だがカピバラはまったく落ち着いている。彼らの様子を見て、やれやれとため息をつくばかりであった。その態度に男たちが激高する。弱者が怯える姿を見ないとイライラするのだ。今まで思い通りに狩りがうまくいったので、その態度になれていないのである。
「クエレブレ。お前は何もしなくていいぞ。お前が動けばこいつらを皆殺しにしてしまうからな」
カピバラはヤギウマに声をかけた。まるでこちらを気遣うような口調であった。
そのために彼らは冷静さを失い、一気に獲物を針の筵にすることを決意したのだ。
彼らは知らない。窮鼠猫を噛むという言葉があるが、失念していた。だが手遅れだ。
彼らが一斉に野犬のように飛び掛かった瞬間、ひゅんと風切り音が聴こえた。
すると男たちはボトボトと地面に落下した。全員白目を剥き、口から泡を吹いている。
頭目は一体何が起きたのか理解できなかった。なんで部下たちが全員気絶したのだ。わからない。わからないが、目の前に立つカピバラの化け物が手ごわい敵であることは頭ではなく、本能で理解した。
「フォオオオオオオ!!」
頭目は雄たけびを上げながら突進してくる。今まで自分たちは一方的な殺戮を楽しんできた。一人返り討ちに遭っても複数で報復するのが基本だ。相手をミンチにして肉団子にして食べるのが最高に美味なのだ。
とにかく弱いものをいじめるのが楽しくてたまらなかった。この村の連中は基本的の呑気者で、農業が主で狩りはたまにしかしなかった。だから自分たちの襲撃にも耐えきれなかったのだ。もちろん下調べはきちんと済ませてからだが。
「殺す、ころす、コロスゥゥゥゥゥ!!
俺様たちはデスピアダド一家だぁ! 舐めた真似しやがってェェェ!!」
どんな小細工を使ったかは知らないが、自分の圧倒的な力で相手を叩き潰してやる。泣き叫び、命乞いをしてもやめるつもりはない。思いっきりいたぶってやる。
デスピアダドは酔っていた。あまりの興奮で脳みそが沸騰したのだ。そのために冷静な思考は不可能となった。
頭目の最後に見た映像はこうであった。
まずカピバラの突き出た二本の前歯が伸びたのだ。まるで木の壁の内側から突き刺した槍のようにだ。
その前歯はくるりと先端が巻かれており、それが二本とも頭目の顎を打ち抜いたのである。
顎は鍛えようのない急所の一つだ。頭目がいかに熊のような巨躯であろうと急所を狙われたらイチコロである。
デスピアダドは泡を吹いて地面に大の字で倒れたのであった。
「……こいつらベスティアだな。しかもパポレアルの一族だ。なんでこんな暴挙を……」
カピバラはデスピアダドたちの額を見てつぶやきながら相手の手足を縛った。後はしかるべき筋への連絡をするだけである。
適当に地面に放置している。風邪を引こうが腹を空かした獣に喰われようが知ったことではない。人でなくなった彼らに人間の気遣いなど不要なのだ。
☆
「大丈夫か?」
カピバラは怯えるハムスターに右手を差し出した。
ハムスターはにらみつけるだけで、丸まっているだけだ。やれやれと呟くカピバラ。
「怯えるなと言っても無理だろうな。しょうがない、まずは飯を食わせてやる」
そういって幌馬車に戻ると、何かを抱えて戻ってきた。それは銀色に光る円筒であった。
「こいつは缶詰だ。二年近くはもつ保存食だ。新鮮さは無縁だが食えなくはないだろう」
カピバラはふたを開けると中には魚が入っていた。つんと鼻に来る匂いを漂わせている。
「イワシの缶詰だ。海に住む魚をオイル漬けにしたやつだ。とりあえず喰え。食ってからでないと話ができないからな」
ハムスターは恐る恐る缶詰を鼻に近づけた。今まで嗅いだことのない不思議な匂いだ。
それを出されたフォークで一気に食べていく。おそらく生まれて食べた海の魚に感動を覚えた。パサパサとしているが川魚と違う食感に涙が出た。
他にもアスパラガスや豆の缶詰などがあり、合計五つほど食べた。お腹いっぱいになったハムスターは満足げになった。
「よし、これで会話はできるな。初めまして。俺の名前はラタジュニア。カピバラの亜人で行商人だ。お前さんの名前はなんという?」
「……エスタトゥア。ゴールデンハムスターの亜人だ」
「親はいないのか?」
「……いない。父親はハムスターの化け物で俺が生まれる前に村人になぶり殺しにされた。母さんはもともと村のはずれに住んでいて交流はなかったけど、俺を生んでからは村八分にされたんだ」
「……なるほど。生贄として生まれてきたわけか」
ラタジュニアは見当を付けた。人間と亜人の混血児を生かす理由はひとつだけだ。
村に疫病や天災が襲ってきたら生贄として殺すためである。大抵は村の代表の子供を生贄にするが、大切な跡継ぎを死なせるなどとんでもない。
だから村の禁忌とはいえ混血児を生かして育てるのである。村の災厄はすべてそいつに被せ、リンチにして殺し、ウサを晴らすのだ。
もっともこの村ではその前に盗賊たちに皆殺しに遭っている。逆にエスタトゥアが生き残ったのだから皮肉が効いている。
「お前。俺の奴隷になれ」
「はぁ? いきなり何を言ってるんだよ」
「俺はまじめだよ。奴隷と言ってもフエゴ教団に作られた法律で守られている。俺の奴隷になれば週に一度は休みがもらえるし、勉強もできる。
お前くらいの年齢なら十八になればすぐに解放奴隷になるだろう。
そうすれば結婚もできるし、ある程度は自由になれる。どうだ?」
「……なんかうますぎる話だな。普通奴隷は休ませずにこき使うものじゃないのか?」
「普通はそうだな。だが奴隷は財産だ。高い金を払ったのにすぐ壊れては元が取れないだろう。だから休みを入れ、文字の読み書きや計算などを学ばせ、効率よく使うわけだ。
言わば自分たちのための法律と言える。下手にいじめて恨みを買い、殺されるなんて話が多いからな」
ラタジュニアの説明を受け、エスタトゥアは納得した。どうせ行き場所などないのだ。この男について行くのも悪くない。
「いいぜ。あんたは命の恩人だ。奴隷でもなんでもなってやるよ」
「そうか。じゃあまず服を着替えろ。こんな薄汚れた服じゃ病気になってしまう」
そういってラタジュニアは麻の服を無理やり脱がした。
エスタトゥアは黄色い悲鳴を上げると、胸のあたりがふっくらと膨らんでいたのだ。
そして股間には何もない。平坦な茂みだけであった。
「お前、女だったのか」
「バカヤロウ!!」
パァンと頬を引っ叩いた音が響いた。
行商人のラタジュニアと、孤児のエスタトゥア。
この二人の出会いはやがてオルデン大陸に旋風を巻き起こすのだが、今は出会ったばかりの二人には気まずい空気が漂うばかりであった。
新連載を始めました。
マッスルアドベンチャーの時から出ていたラタの息子、ラタジュニアが主役です。
行商人となった彼がどんな冒険をするのかこうご期待です。
参考にしたゲームは特にないですね。最初はレースゲームのようにコース上でアイテムを拾い、それをゴールで売るみたいな感じでした。毒キノコとかを入手したら原点になるみたいな。
実際そのようなゲームは存在しませんけどね。
基本的に毎週土曜日の12時にアップしますが、次回は水曜の12時にアップされます。
今までは13話で完結させてましたが、26話でまとめたいと思います。