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第8話


 ――半年前。スグルたちが弥生学園に入学してすぐ。


「いいから俺らのクランに入れよ。回復魔導師が欠けてんだ」

「いえ、私はその……」


 エバーランドに来て2日目。1日目に1年生全員で実地訓練を受け、今日から本格的にクランに加入してクエストを受けることになる。そのためこの日から2~3年生で構成された既存のクランによる1年生の勧誘もスタートする。

 当然、回復魔導師や動物使い(ビースト・テイマー)などの重宝されたり、稀少(きしょう)なロールの新入生は熱烈な勧誘を受ける。残念ながらスグルは剣士、龍司はシーフと、特に珍しいわけでもないロールの組み合わせのペアにはそれほど熱心な勧誘の声はかからない。

 しかたなく、スタート地点にあたる始まりの街の広場をプラプラと歩いていた2人の耳に、そんな、いささか穏やかでない会話が聞こえてきた。


「いいじゃん。とりあえず話だけでも聞きに来てよ」


 さっき聞こえてきたのとはまた別の声。


「もう少し他のクランの方にも……行ってみようかと……」

「いいって。他のクランなんて弱っちぃとこばっかだからさ。俺らのクラン入ったほうが絶対正解だって」


 声のする方を見ると女子が1人、2人の上級生から勧誘に()っていた。釣り目や細いあごのラインなど顔がそっくりなところを見ると上級生は双子だろうか。勧誘といってもかなり強引なもののようだ。

 はっきりと断ればいいものを、性格なのかおどおどした態度をとっているので、強引な上級生は無理やりにでもクランに加入させてしまおうという勢いだ。

 周りを見回してみても、あの2人は装備も見た感じよく装飾された武具を装備しており、それなりに実力のあるクランに所属しているのだろうか、止めようとする上級生はいない。もちろん、入学したての1年生が上級生に注意できるはずもなく、みんな見て見ぬ振りを決め込んで視線を合わせないようにしている。


「やだね~、ああいうのは……。て、おいスグ何する気だよ」


 龍司が止めるのも聞かず、スグルは強引な勧誘を続ける上級生2人を睨みつけながら、ズンズンとむかって行った。

 何故だろう――。

 オレってこんな熱血タイプじゃないはずなのに……。当たり前のように上級生の前に立ちはだかって、気が付いたら――


「やめましょうよ、先輩方。あんま強引な勧誘は」

「あ?なんだ、1年か、お前?ロールは……剣士か……。いまさら素人剣士なんてうちにはいらねーよ。消えろ」

「誰が先輩たちのクランなんかに入りたいって言いました?こっちから願い下げですよ。その子も嫌がってるじゃないですか」

「んだと、てめぇ。喧嘩売ってんのか?」


 スグルの言葉に激昂(げっこう)する上級生。すると、もう片方が激怒した先輩をなだめながらスグルを威圧するように(にら)み付けてくる。


「なんでお前にそんなこと判るんだよ?いいから消えてろっていってんだろ」

「オイオイ、先輩方。了承を得ないままクランへ連れてこうとするような勧誘のどこが強引じゃないって言うんですか?なんならその辺にいる先生方にも詳しく説明してもらえないっすかね?」


 スグルが何も考えずに飛び出すのを、ため息つきながら見ていた龍司だったが、やはりピンチになればスグルの味方に付いてくれる。そんな幼いころからの相棒を頼もしく思いながらスグルも先輩2人を攻め立てる。


「こんな人通りの多いところで問題起こしたら、勧誘活動停止、とかって処分が出るかもしれないですよ」


 スグルと龍司の口撃に言葉が詰まる上級生。が、相手は入学したての1年生。このままではいい笑いものになってしまう、と声を荒げてスグルたちを威嚇する。


「消えろってんだろ、1年坊が。あんまなめてると痛い目見るぞ」

「俺ら、〝()(ろう)の騎士団〟に逆らうと、どうなるかわかってんのか?周りの奴らはちゃんと見てない振りをしてるぞ」


 おそらくは名の通ったクランなのだろう。周りにいる上級生らしき生徒も、まずいことになってる、という顔をしているし、馬鹿なやつらだなぁ、と(あき)れた表情をしているものまでいるのだ。しかし、龍司はそんな周りの反応など歯牙にもかけない様子で反論する。


「だ~めですよ、先輩。そういうセリフを吐くやつは決まって、やられる運命なんすから」

「はっ。いい加減にしろよ。正義の味方のつもりか?この子の前でいい格好したいんだろ」


 くすくす、と一部の周りの生徒から嘲笑(ちょうしょう)が起こった。絡まれていた女子が、顔を真っ赤にしながら、それでも申し訳なさそうな表情をしている。その女子の申し訳なさそうな表情を見た瞬間、スグルの中で何かが生まれた。


「……が……るい」


 ぼそりと、スグルがつぶやいた。


「あん?なんだよ、言いたいことがあるんなら、こっち向いて、はっきりと言えよな。正義の味方だったらよぉ」

「正義の味方の何が悪い、って言ったんだよ。困ってる人を助けて何がおかしい?」


 ス、スグ?と龍司も驚くほどの気迫に、〝牙狼の騎士団〟の2人もたじろいだ。が、すぐに我に返り、スグルに負けじと大声を張り上げる。


「調子に乗ってんじゃねぇ」

「ヒーロー気取りか?ゲームの勇者にでもなったつもりか?うぜぇんだよ」


 龍司がまた口を開きかけたがスグルは片手で龍司を制して声高々に宣言した。


「英雄の何が悪い?勇者の何が悪い?なぜ正義の味方を馬鹿にする?せっかく日常とかけ離れた冒険の世界に来ることができたんだ。勇者を目指して何がおかしい?宣言してやるよ。

オレは勇者を目指す。だから、当然困ってる人がいれば助ける」


 スグルの横で龍司がやれやれ、と首を振った。


「なんの騒ぎですか」


 広場の入り口のほうから真白(ましろ)のローブに身を包んだ人物が走ってきた。始まりの街を管理している先生の1人だ。

 学園の先生方はエバーランドでは生徒たちのこういった、いざこざを抑えるための任に就いている。エバーランドにおいて生徒間での攻撃のやり取りではLPにダメージを受けることのないように設定されている。だが、だからといって生徒と生徒の間で争いが起きないわけではない。そのため先生方は〝神の使い(セラフィム)〟と呼ばれる特殊なロールについている。

 神の使い(セラフィム)である教師は、生徒である冒険者たちに対して、絶対的な力を持ったアビリティを行使することができる。〝神の裁罪(ジャッジメント)〟と呼ばれるそれは冒険者に対して、一定額の罰金であったり、一時的なクランの活動停止等をを強制することができる能力である。もちろん弥生学園の教師陣が公正な人物であるからこそできることではあるのだが……。

 この世界で、先生はそんな圧倒的な力を持っているので、どれだけ力のあるクランにいても反抗するのは懸命ではないので……。


「何でもないっすよ」


 と作り笑いを浮かべながら上級生2人が誤魔化す。それでもやってきた先生は疑わしげな目を向けていたが、問題は起こさないように、というときびすを返して戻っていった。

 それを確認した後で上級生の1人が苦い表情をしながら小さく毒づいた。


「お前ら覚えてろよ。〝牙狼の騎士団〟に逆らったこと後悔するぞ」

「負け惜しみの捨て台詞っすか」


 龍司が笑いながら切り返す。


「いつまでも余裕ぶってられると思うなよ。勧誘初日でうちのクランとこんな事起こしたんだ。お前ら受け入れてくれるクランなんかねーと思え」

「構いませんよ、別に。オレとリュウは元々どこかのクランに入ろうとしてたわけじゃないですから。それじゃ、失礼しますね。行こうぜ」




 そういって、絡まれてた女子を連れ出し、スグルは龍司とその子、琴葉の3人でクランを結成したのだ。


「椿先輩、あの日の出来事を知ってるんすか?」


 龍司が口を開きかけたスグルよりも一瞬早く疑問を口にする。


「ああ。本当にただの偶然だったんだけどな……。あの時の君の台詞を聞いたときの驚きは今でもはっきりと覚えてるよ……」


 そう言って言葉を切り、顔を少し伏せた椿の顔は、嬉しさと切なさが同居したような複雑な表情をしていた。スグルたちは一体なぜあの出来事を椿が覚えているのか、椿の驚いた台詞って一体何なのか、聞きたいことはたくさんあったがそんな表情の椿を見たら言葉を口にすることができずにいた。


「おっと。すまない。ボーっとしてしまったな」


 そんなもどかしい顔をしているスグルたちに気づいた椿が謝る。


「いえ。でも先輩、驚いたって何に驚いたんですか?あの時の台詞って何です?」


 椿の表情がいつもの(りん)としたものに変わったのを見て、スグルが椿に聞いた。


「ん。それをわかってもらうにはまずは私のことを話さないといけないな……。

 実は、私は1年生の初め、ソロプレイヤーではなくコンビを組んでいたんだ。」


 それ自体は何も不思議ではなかった。むしろ、当然だろう。何も知らない1年生がいきなりソロプレイでやっていけるほど、エバーランドの冒険は甘いものではないからだ。だが、今、椿はソロプレイヤーとして活動している。つまり、コンビを組んでいたパートナーとどこかで別れたということだ。


「聞いても……いいですか?コンビ組んでいた人は今――」

「転校――したんだ。2度ゲームオーバーになって……」


 スグルの質問に対して椿が静かに答えた。その表情からは何も読み取れない。悲しみも理不尽さもすべて飲み込んだ表情だ。


「そいつは……彼は私の双子の弟だった……」


 ズガン、と頭を殴られたような衝撃がスグルたちを襲った。


「私と弟は1年の時コンビを組んで冒険していたんだ。自分で言うのもなんだが、私の名前は今でこそ、ソロプレイヤーとしてそれなりに知られてはいるが、弟とコンビを組んでいたときは、まったくの無名だった。私は弱く臆病(おくびょう)な剣士で、戦闘の時など、いつも弟の影に隠れているような存在だった。そんな情けない私を弟はいつも(かば)い、守ってくれた」


 そういう椿の表情は少し照れたような穏やかな笑みを浮かべていた。


「先輩が臆病――ですか?」


 スグルは思わず口にしてしまった。


「失礼な。私だって一応、か弱い女の子なんだぞ」


 すねたような表情で椿がスグルに反論する。すいません、と謝りながら、スグルは昨日までの戦闘を振り返った。臆病――。


「その表情、まだ納得してない、って顔に書いてあるな。スグル君?」


 椿の表情はこれ以上ないって程、ニッコリ笑っている。だが、目が笑っていない。スグルの背筋が凍りついた。


「そ、その、伺いにくいんですが、弟さんはどうされたんですか?」


 見かねた琴葉が助け舟を出してくれる。琴葉の質問に我に返った椿がポツリ、ポツリと再び話し始める。


「弟はいつも私を守ってくれた。そして、私が助けてもらった後、お礼を言うと決まって弟はこう言うんだ。

 勇者が困ってる誰かを助けるのは当然だ、と。

弟はいつも言っていた。せっかくこんな冒険する機会があるんだ。どうせなら勇者を目指そう、と。

 そう、スグル君があの時、〝牙狼の騎士団〟のメンバーに言った台詞だ。君があの台詞を口にしたとき私は自分の耳を疑ったよ。もうその台詞を聞くことはないと思っていたからね」


 優しい、穏やかな笑みをスグルに向ける。


「あれは……、その……、勢いというか何も考えず勝手に口が動いたって言うか……」

「ホ~ント、スグは時々、驚くほど考えなしに行動するからな」

「うるせー、リュウ」

「フフ、龍司さんの言う通りかも知れないですね」

「ちょっ、琴葉まで……」


 肩を落とすスグルを見て他の3人が笑う。


「ハハハ。そういう後先考えずに行動することがある所も弟とどこか似てるな。半年前のあの時は声を掛けそびれてしまった。だが、君たちの事を忘れることはなかった。そして神は私を見捨てはしなかったのだな。まぁ、このエバーランドに神様がいればの話だが。昨日、君たちに出会い、窮地(きゅうち)を助けられた。私がクランに加えて欲しいと言ったのは恩を感じて、ではない。弟がこの世界を去ることになってから、私は誰にも守られなくていいように遮二無二力をつけた。いつか勇者に出会ったとき、今度は私も勇者の力になれるように……、そうあの日、誓いを……」


「「「よろしくお願いします、椿先輩」」」


 スグル、龍司、琴葉は椿の言葉を遮り、同時に言った。


「先輩が私たちのクランに入ってくれたら、凄いうれしいです」

「むしろ、こっちから頼みたいくらいっすよ」

「リュウや琴葉の言う通りです。椿先輩、オレたちに力を貸してくれませんか?オレたちのクランに入って頂けませんか?」


 椿は一瞬、(ほう)けたような顔をしたが、すぐに我に返り、ゆっくりと頷いた。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 ひゃっほー、と龍司が歓声を上げる。この瞬間、スグルたち〝天空を護る者〟に新たな仲間が加わった。


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