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第6話


どれくらいの時間がたったのだろう。何時間も戦い続けたようでもあり、ほんの数分だったような気もする。

 気がつくとズズーンと音を立てながら、ギルティ・サイスの巨体が沈んだ。


「やった――のか?」


 全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちながら龍司がつぶやいた。

 スグルもへたりと、座り込んだ。LPゲージを見ると、残り2割を切っていた。


「フゥ。昨日といい、ハードな戦いが続いたな」


 さすがの椿も消耗(しょうもう)しきっているようだ。


「琴葉君とサム氏は無事かな?」


 サム氏ってそんな言いにくい呼び方しなくても……。

 などと、心の中で突っ込みながら、スグルが琴葉とサムの様子を確認しようと後ろを振り返ってみると――。


「みなさん!琴葉さんが!」


 サムが琴葉を抱えながらあわてて、こっちへ駆けてきた。


「琴葉!」


 さっきまでの疲れが吹っ飛んだかのように、龍司が急いで駆けより、琴葉の身体をサムから受け取る。スグルと椿も龍司の後ろから琴葉の様子を(のぞ)き込む。


「琴葉、どうした?何があった?」

「う……しろ……です」


 琴葉が舌をもつれさせながら言葉を発した。

 ハッとスグルたちが顔をあげたときにはもう遅かった。

「「痛っ」」


 椿と龍司の首元に小さな針が刺さっていた。


「なん……だ……これ……」

「くっ、麻痺……毒……か」

「すいません。少しの間そこで動かないでいてください」


 淡々と変わらない口調で何も感じてないように謝る。

 針を刺したのは予想外の人物だった。


「サム……さん。何でこんなこと?」

「今まで黙っていてすみません。これが私の使命であり、この部屋を訪れる冒険者たちへの試練なんです」

「どういう――」


 スグルの頭はぐるぐる回って混乱していたが、本能的に剣を構えながら(うめ)くように疑問を口にした。


「いきなりで、混乱しますよね。つまり、こういうわけです。この遺跡である条件を満たしたクランがクエストを完遂(かんすい)すると〝勇の教義(ブレイブ・ドグマ)〟という古文書のアイテムが手に入る。この遺跡を研究している考古学者は私1人ですので、当然、古文書を手に入れたクランの方はあなた方と同じように、私のところへ解読を依頼に来ます。

 そのあと、私はあたかも自分で古文書を解読した風を装い、そのままクランの方々の遺跡への旅に同行します。そして旅の途中でこの試練を受ける資格があるか判断するのです」


 語られる謎のアイテム、〝勇の教義〟の秘密と考古学者サムの正体。


「――――っ」


 スグルは言葉が出てこなかった。残りの3人もたとえ麻痺でしゃべれない状態に(おちい)っていなくても、言葉を発することはできなかっただろう。

 サムは穏やかといってもいいほど落ち着いた微笑みのまま、まるで世間話をするように言葉を続ける。


「ここへ来るまでと先ほどのあなた方の戦い、見せていただきました。その上でスグルさん、あなたが試練を受けるのに最もふさわしいと思い、多少強引でしたがこういう形をとらせていただいたわけです」

「――なぜ、オレなんだ?条件っていったい何なんだ?」


 必死に動揺(どうよう)を隠そうとするがどうしても声が震えてしまう。サムの答えを待ちながらも剣を握る手を休めない。

 そんな様子のスグルに対して、あくまで落ち着いたサムが静かに首を横に振った。


「私にも実は、詳しくはわからないのです。一つだけわかっている条件はロールが初期ロールであることだけ。それ以外は、なぜあなたが選ばれたかも、一体どんな条件を満たすと私の試練を受けられるのかもわかりません。私はあくまでただのプログラム、ただ……感じとるだけなんです。この冒険者は勇者の素質がある、と」

「ゆ、勇者?」


 勇者――ってあのRPGの主人公とかの?


「勇者、です。この試練をクリアした冒険者のロールは勇者へと変化します。システム上、ロールは初期ロールから上級ロールへの1回しか変化しません。ですから、わかっている条件に初期ロールである冒険者、と言ったでしょう?

 さて、名残惜(なごりお)しいですがそろそろ始めましょうか」


 そういうとサムの身体から突然、目もくらむような光が発せられた。強烈な光を浴び、ちかちかしたスグルの目が再び捉えたサムの姿はヨレヨレの考古学者の姿ではなく、全身黒い甲冑に包まれた騎士の姿だった。バシネット型の兜の奥にそれまでの優しい眼差しを湛えた眼ではなく、戦いに身を置く者が持つ荒々しい光を帯びた眼がのぞいている。


「あなた方との旅は短い間でしたが楽しかった。それだけに残念ですが……、私はプログラムである以上、与えられたコマンドを実行しないといけません。……あなた方を倒すというコマンドを」


 そこで言葉を切ったサムが手にした両手大剣をスグル目掛けて振りおろしてきた。スグルは構えていた剣で咄嗟に受け止めたが、その威力は激烈だった。


「――ぐっ」


 なんとかサムの大剣を押し返すが、衝撃でわずかにLPゲージが削られる。


「おっと。忘れてました。このままではスグルさんが圧倒的に不利でしたね」


 そういうとサムが何やら呪文を唱えた。すると2割を切っていたスグルのLPゲージが満タンにまで回復した。スグルのLPが回復したところでもう一度サムが呪文を唱える。


「一時的に回復不能状態を解除しましたが、また元に戻させてもらいました。さて、これで心おきなく戦えますね」


 言い終わるやいなやサムが再び打ちかかってくる。大剣を受けるたびにぶつかった刃から火花が見えるほど強烈な斬撃だ。


「くっ。最後に一つだけ教えてくれ。オレがここで負けたら……、試練に失敗したらどうなるんだ?」

「負けは即ち、あなたのLPがなくなること。今、唯一動けるあなたがいなくなれば……残りの3人はどうなるかなんて聞かなくてもわかりますよね?」


 ぞっとするほど落ち着いた声で残酷な答えをサムが口にする。

 そうだろうと思ってはいたが、その答えを聞き、スグルの胸中にふつふつと怒りが湧き上がってきた。

 理不尽だ。ただ理不尽という思いだけがスグルの心のなかで渦巻いていた。


 斬撃を受けきったところで怒りにまかせて切り返す。技も何もない。ただ怒りのまま、身体が動くままに剣を振り回しているだけだ。

 スグルの繰り出す力任せの攻撃をサムは少しもひるむことなくカン、カィンと受けきる。斬撃を受けるサムの目はスグルを(あわ)れむような、それでいて(さげす)むような色を浮かべていた。


「残念です。あなたは〝勇〟持つものだと思っていたのに……。今のあなたの剣撃には怒りしか込められていない。怒りに身を任せているだけでは到底、勇者へとたどり着くことはできません。ただ狂戦士へと堕ちていくだけです。これ以上続けても無駄かもしれませんね」


幻霧閃光(ナイトメア・ミスト)


 サムの大剣が紫の光を帯びた。ガァン、とスグルの斬撃を弾き飛ばす。

 次の瞬間、スグルの剣の刃が根元からバキン、と音を立て割れた。


「え――」


 武装破壊?

 そんなバカな。剣は新調したばかりなのに――。

 剣士は魔法や素手での攻撃はほとんど不可能だ。つまり剣を失うことは攻撃手段を失うことである。剣は当然使えば使うほど劣化していき、壊れやすくなる。なので、剣士は剣の耐久値には常に気を配っている。耐久値が限界に来ると剣は壊れ、剣を鍛冶屋で修理してもらうまで無力になるからだ。


 しかし、スグルのアズール・ブレードは新調したばかりで、劣化など全くしていないはずだ。

 混乱するスグルをよそにサムは容赦(ようしゃ)ない攻撃を繰り出してくる。盾と折れた剣で必死に攻撃を防ぎながら、スグルは一旦、間合いを取った。


 どうする、どうすれば――。

 攻撃手段を封じられ、仲間は戦闘不能。まさしく、絶体絶命だった。逃げることすらできないのだ。

 サムの姿が大きく見える。途端に自分が矮小(わいしょう)な存在に思えた。


「そういえば、スグルさん。椿さんのこと、聞いてますか」


 サムがゆっくりと間合いを詰めながら、ふと思い出したように言った。


「何をだ?」

「彼女はこの世界で一度ゲームオーバーになっていることを」


 はじかれたようにスグルは後ろの椿を振り返った。

 椿は一度ゲームオーバーになっている――。

 つまりもう一度、この世界でLPが尽きれば、その時――。

 スグルは大きな後悔に襲われた。自分たちのせいでこの世界から1人のプレイヤーが去ってしまう。それを防ぐには……。


「う、ぅうあああぁぁ」


 遮二(しゃに)無二(むに)突っ込んだ。折れた刃で何かが起こるとも思えなかった。

 ただ、その場にじっとしていたら、後悔の念に、恐怖に、自分への怒りに押しつぶされそうだったのだ。


「むだですよ。言っているでしょう。あなたの剣には怒りと恐怖しか込められていない。それでは私を倒すことは、この試練をクリアすることはできません。あなた方は敗れ、残念ながら椿さんはこの世界を去ることになる」


 スグルのメチャクチャな攻撃の合間にサムは的確な攻撃を繰り出し、少しずつスグルのLPを削っていく。それでもスグルは折れた刃を振り回し続けた。

 サムの言葉など聞きたくなかった。ただ、この地獄のような時間がはやく終わってほしかった。本当は剣を投げ出してしまいたかったが、椿の前でそんなことはできなかった。せめて精一杯努力したように見せよう。そんな汚い自尊心やそれに対する怒り、サムに対する恐怖、椿がこの世界から去ってしまう恐怖などで頭が一杯だった。

 


「ス……グル……君」



 ぐちゃぐちゃだったスグルの頭が、真っ白になった。振り返ると椿が全身を震わせながら、不自由な体を必死で起こそうとしていた。


「せんぱ……い。すみません」


 頭で考えるよりも早く口が動いていた。


「オレたちのせいで……。先輩は一度……、オレ、知らなくて」


 声が震えていた。

 椿と目が合った瞬間、涙が勝手にあふれてきた。


「本当にすみま――」


 どうしていいか分からず、ただ謝ろうとしたスグルが言葉をとめたのは柔らかい微笑みを浮かべながら椿が首を横にゆっくりと振ったからだ。


「無謀……と勇……気は似てるようで……違う。そうだ……ろう、スグル君?」


 その言葉を聞いた瞬間、スグルの中から消え去った。

 怒りが――。

 恐怖が――。


「おかしいですね。この麻痺毒は身体にまわると全身が弛緩してしゃべることなどできないはずなんですが……。おや」


 サムもスグルの雰囲気が先ほどまでと違うことに気がついたのだろう。

 

「みんなを――あなたを護るために……。この世界での時間を――未来を護るために。オレは戦います」

 

 スグルの言葉を聞いた椿が力を使い果たしたように崩れ落ちそうになる。それをスグルはすんでのところで受け止め、抱きかかえた。口を開き、何かを伝えようとするが麻痺のせいで思うようにしゃべることができないのだろう。そんな椿に向かってスグルは一言だけ――。


「いってきます」


 椿を、龍司を、琴葉を護るため――帰るべき場所を護るため。そんな意味を込めて……。

 再びサムと向かい合う。スグルはゆっくりと剣を構えた。


「何をするつもりなんですか?その折れた刃で」


 向かってくるスグルに対して投げかけてくるサムのしゃべり方はあざ笑うかのような口調だった。

 しかし、スグルは気にしなかった。少しずつスピードに乗りながら間合いを詰める。


 怒りは消えた。

 恐怖も消えた。

 なぜ忘れたんだろう。ギルティ・サイスと戦っているときに気付いたのに。

 無謀と勇気は似ている。だが――。

 無謀の根底(こんてい)には、自分や、相手への怒りが、失うことへの恐怖がある。

 しかし、勇気の根底にあるのは護りたいと思う意志。


「……は……じゃない」

「なんです?」

「折れたのは剣なんかじゃなかったんだ」

「これはおかしなことを言いますね。自分の持っている剣をよく見てみなさい」


 折れたのは剣じゃなかった。折れたのはオレの心であり、護る意志だ。

 サムの大剣が振り下ろされる。

 スグルは目を閉じた。


 ガァン。 


 折れたはずの刃が(きら)めき、大剣を受け止めた。

 サムの動きが、驚いたように一瞬止まる。

 スグルは(あお)(きら)めく紺碧(こんぺき)の刃の一撃を見舞う。サムはその斬撃をかろうじて受け止めた。が、勢いまではとめきれず、後ろに数歩押された。


「これは驚きました。まさかあの幻術をやぶるとは……」

「もう迷わない。オレは――みんなを護るために戦う」


 あれほど大きく見えていたサムの姿が、今は自分と同じ、いや小さくさえ見える。重く感じたサムの剣撃も難なく受け止めることができた。

 無言で剣を振るった。サムも無言だった。ギィン、ギャィン、と刃と刃がぶつかり合う音だけが響いていた。

 少しずつ、スグルが押し始めた。わずかな差だが、スグルの剣撃がサムの防御をかいくぐって少しずつダメージを与え始めた。

 ガギィィン、と二振りの剣がぶつかり、鍔迫り合いになる。


「みんなの存在が――護るべきものがあるから、無謀ではなく勇敢に戦えるんだ」

「気付いたようですね。よかったです」


 兜の下でサムが微笑んだ気がした。

 サムの大剣を弾き飛ばした。


 身体が――動いていた。


「〝獣王矛刃(じゅうおうむじん)〟」


 百獣の王と化したスグルの刃が、サムに襲いかかった。縦へ横への、高速の6連撃。最後の一撃でサムの兜が砕ける。

兜の下にあった顔は笑っていた。


「フフフ、無謀と勇気は似ているが違う……ですか。スグルさんの勇気は何かを護る心――なんですね。あなたの〝勇〟、確かに見せてもらいました」


 LPゲージが尽きていた。黒い鎧が光になって霧散(むさん)していく。

 ヨレヨレの考古学者のサムの姿に戻っていた。表情は相変わらず穏やかだ。


「試練は終わりです。私の役目も……。奥の祭壇に解毒剤とこのイベントの報酬があります。それから出口も。

 仲間の方にはひどいことをしました。すみませんでした、と伝えてください」

「あなたと出会えてよかった」


 消えゆくサムに向かって小さくつぶやく。それはスグルの紛れもない本心だった。


「私も、ですよ。あなたのお陰で役目を果たせました。短い時間でしたが楽しかったです、ありがとう。ここでお別れです」


 サムの身体が光の粒になって消えていく。

――さようなら。

 消え去る瞬間、微笑みながらサムがそうつぶやいた気がした。

 


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