第5話
間があいてすみません
次の日、椿を加えた4人は考古学者サム・コールドウェルの家へと、サントラフォードの石造りの街並みを歩いていた。
「〝勇の教義〟?私も聞いたことないな。そもそも、そんな遺跡があること自体知らなかった」
道中、スグルたちは椿になぞのアイテム、ブレイブ・ドグマや、それを手に入れた遺跡、研究者サムに会ったこと、古代文字の解読を頼んだことなどを説明した。
「そうですか……。いろんな街をまわってる先輩なら何か知ってるかも、と思ったんですけど……。それじゃ、サムさんだけが頼りだな」
スグルが口元に手を当てながら考える。
「しょうがねーよ、スグ。サムさんも有名な遺跡じゃないって言ってたんだし」
龍司が明るく言うと、琴葉も元気付けるようにスグルにうなずいてきた。
「そうだな。とにかくサムさんの話を聞こう」
サムの家は昨日と変わらずもの凄い勢いで散らかっていた。
「これは――すごいな」
始めてサムの家を訪れた椿が、サムやサムの家の様子をみて思わずそういったのを聞いてスグルたちは吹き出しそうになった。
当のサムは4人のそんな様子は気にも留めず。上機嫌で部屋へ招き入れた。
「お待ちしていましたよ、皆さん。おや、お連れの方が一人増えているようですね」
「椿という。よろしく」
サムの言葉に応えるように椿が簡単に自己紹介する。
「サム・コールドウェルと申します。こちらこそよろしくお願いします。
さて、みなさん。昨日あの古代文字を解読したのですが凄いことがわかりました」
早くスグルたちに報告したくてたまらなかったのだろう。サムが興奮気味に話し始める。
「みなさんが持ってきてくださったあの古文書には遺跡について重大な秘密が記されていたのです。解読した後、私、興奮して昨日は眠れませんでしたよ。ところでスグルさん、あの遺跡の名前をご存知ですか?」
サムに聞かれてスグルは遺跡の名前を知らないことに今更ながら気づき、首を横に振る。
「あの遺跡は〝己を見出すための試練〟と呼ばれる遺跡です。発見されたときはたくさんの考古学者があの遺跡を調査しました。しかし、名前にある〝試練〟というものがどんなものか判らず、それどころか何の発見もされず、次第に忘れ去られていったんです。
しかし、スグルさんたちが持ってきてくれてた古文書によればどうやら隠された部屋があるようです。おそらく、その先に試練が待っているのでしょう。どうします?今すぐ行ってみますか?」
サムが勢いよくたずねる。
「でも、試練って何なんでしょう。なんの準備もなく行くのは危険じゃないでしょうか」
琴葉が不安そうにおずおずと反論する。
「でも、行ってみないことには始まらないだろ。やばかったら逃げればいいし、椿先輩もいるから大抵のことは大丈夫だって」
不安そうな琴葉をよそに龍司が能天気に言う。
「龍司さんはいっつもそうやって考えなしで行動して後悔してるじゃないですか」
「考えなしはひで~よ、琴葉。俺だってそれなりに考えて――」
「まぁ、確かに、今回はリュウの言うとおり行ってみないとなにもわからないな。とにかく遺跡の隠し部屋に行ってみるか」
ハァ、とため息をつきながら話をまとめたスグルを見て、椿がくすりと微笑んだ。
遺跡までの道のり、サムを守りながらとはいえ、琴葉の遠距離攻撃、そして椿という強力な助っ人を得たスグルたちの敵になるモンスターはいなかった。スグルたち一行は戦闘らしい、戦闘もないまま遺跡にたどり着いた。
「古文書によると遺跡の祭壇の裏に隠された階段があるみたいです」
サムの言葉にうなずき、遺跡の奥へと踏み込む。
途中、ゴーレムの群れに襲われたが、それ以外はたいした敵も出現せず、長年、この遺跡を研究しているサムの案内で迷うことなく祭壇へとたどり着く。
祭壇の裏にはサムの言うとおり下へ降りる階段が隠されていた。
「いや~、皆さんが先日、私の依頼を受けてくれたおかげで、かなりモンスターの数が減っていますね」
「そういや、依頼で初めてここへ来たとき、かなりの数のモンスターがいましたけど、よくこんな遺跡で研究なんてできましたね」
階段を下りながら、ふと、思いついたように龍司が言う。
スグルも龍司の言葉を聞いてその通りだと思った。この遺跡、広さは大して広くはないくせにモンスターを掃討するのに丸二日かかったのだ。そんな中でひ弱な研究者であるサムがたった一人で、よく研究などすることができたものだと思った。
「アハハハ。私、逃げ足だけは速いんですよ」
笑いながらそういうサムにスグルは少しの違和感を覚えたが、頭の隅に押しやった。
「部屋に着いたぞ」
先頭の椿が声を上げる。椿の後に続いて部屋に入ったスグルは、その部屋の中を見て立ち尽くした。
部屋の中央に通路があり、その両側に戦士の石像が等間隔で並んでいる。その通路の奥には何か紋章のような物が祭られている祭壇があった。階段が隠してあった上の祭壇よりはるかに立派で細やかな細工が施されていた。大事な儀式の時などに使われていたのだろうか。
「これは――」
「す――げぇ」
「ふぁぁ」
スグルの後ろから部屋に入ってきた3人も感嘆の声をあげている。
その時――
「来るぞ。上だ!」
ハッとしたように椿が叫んだ。
スグルがとっさに天井を見上げると、巨大な、虫のモンスターがガサガサと天井を這いながらこちらに向かってきた。ムカデの胴体に馬鹿でかい鎌を持った蟷螂がくっついているような姿をしている。
これが――このモンスターが試練なのか?
「リュウと琴葉はサムさんを護衛してくれ。オレと先輩で前衛をやる」
怒鳴り声で指示するスグルのとなりに椿が並ぶ。
ドスン、という音を立てながらモンスターが天井から着地した。
〝断罪の鎌〟
スグルがゴクリとつばを飲み込む。今までに感じたことのない異様なプレッシャーが伝わってくる。
恐怖だ――。
オレはこいつを恐れているんだ。
抗いようのない恐怖が心の奥底からこみ上げてくる。少しでも気を抜くと押し流されてしまいそうだ。
モンスターの全身から来る圧力に耐え切れず、スグルは叫びながら突っ込もうとした。体重をつま先にかけた時、さっと椿がモンスターと、スグルの間に割り込んだ。
「恐怖を感じることは誰にだってある。その恐怖と君はどう向き合う?」
「オレは、ただ――」
「君がしようとしていることは無謀というものだ。無謀と勇気は似ているようで全く違う。昨日、私を助けてくれたとき、君は何を思っていた?」
凛然とスグルに言い放つ。
昨日、あのモンスターに立ち向かったときは恐怖から突っ込んだわけではなかった。ただ頭で考えるよりも早く、身体が動いただけだった――。
ただ、先輩を護ろうとして。
振り返ると、不安そうな顔の琴葉と、サムの前に立って、護衛をしている龍司が目に入った。
心に恐怖はもう宿っていない。なぜか気持ちは穏やかだ。ただ、仲間を護りたい。
「先輩が……、隣にいてくれてよかったです」
スグルがそう言うと椿は少しだけ頬を赤くして顔を背けた。
「では、行くぞ」
椿の声を聞いて、スグルは背中のさやから静かに剣を抜いた。言い知れない緊張の中で敵と対峙する。
ギィィィという鳴き声をあげながらギルティ・サイスが両手の鎌を振り下ろしてきた。左右片方ずつをスグルと椿が剣と盾を使い、受け止める。
ガギィィン――。
鎌を受けた場所から火花が飛ぶ。圧倒的な力に、押し込まれそうになるのを必死にこらえると――。
「運命に導かれし、古の十字架よ。魔を祓う聖なる光を放たん 〝運命の十字架の放つ光〟」
琴葉の放つ魔法が、左右の鎌を受け止めている椿とスグルの間を、光の矢となって駆け抜け、ギルティ・サイスの腹部に命中する。
敵のLPが削れ、わずかな隙が一瞬できる。
その隙を見逃さず、椿は高く敵の顔面へ跳躍する。
〝刹那の斬撃〟
椿の剣が瞬時に繰り出す高速の4連撃が、琴葉の魔法で苦痛にゆがむ顔に、吸い込まれるように命中する。
ギィィと、叫びながらギルティ・サイスは左右の鎌を滅茶苦茶に振り回すが、スグルと椿はそれを冷静にかわし、盾で受けきると、隙を見て少しずつダメージを与えていく。
――いける。
距離をとって、ヒットアンドアウェイで冷静に戦えば大丈夫だ――。
ムカデの体と蟷螂の上半身がくっついているあたりを切り裂き、距離をとったスグルが、そう感じた瞬間、ギルティ・サイスが何もない空中を切り裂くように鎌を振るった。
何だ?こんなに距離があって届くわけがないのに――。
スグルが疑問に思った次の瞬間、ヒュィィと風を切るような音がした瞬間、スグルは鋭い斬撃を受け、吹き飛ばされた。
「がっ」
石像の一体にぶつかり、胃の中が逆流しそうになる。LPが一気に3割以上削られ、半分近くになってしまった。
一体何が起こったんだ?
「カマイタチだ、気をつけろ」
同じような攻撃を目にしたことがあるのだろう。椿がスグルだけでなく遠距離で戦況を窺っている龍司たちにも注意しているので攻撃範囲はおそらくそれなりに広いのだろう。
「スグルさん!」
琴葉がすぐに呪文の詠唱を始める。
「風にただよう小さき光よ ここに集いて癒しとならん 〝癒しの光〟」
スグルの身体が白い光に包まれる――。
だが、何も起こらない。いつもなら柔らかな光に包まれ、LPが回復するはずなのに。
「そんな、まさか。回復不能地帯か!」
椿が絶句する。
「あり得ない。ボスの部屋で回復不能地帯だなんて」
「回復不能って、アイテムとかでも無理なんですか?」
カマイタチから必死にサムと琴葉を守っている龍司が聞く。
「そうだ。回復不能地帯ではあらゆる回復手段が無効化される。ボスのいる空間が回復不能地帯なんて……」
「スグ、ここはひとまず撤退しよう」
龍司がスグルに向かって叫ぶ。
「――っ。わかった」
ボスの強さや、回復不能地帯など、想定外の要素が多すぎる。一端、引いて戦略を練り直さなければ――。
スグルがそう判断した時。
「だめです。出口が塞がれています」
背後で琴葉が悲痛な声をあげる。振り返るといつの間にか出入り口が戦士の石像によって塞がれていた。
どうすれば――。
目の前が真っ暗になり、吐き気がこみ上げてくる。このままでは全滅だ。
「スグ、前――」
混乱して動きの止まったスグルの隙をギルティ・サイスは見逃さなかった。龍司の声にハッ、とスグルが我に戻った時には目の前に死神の鎌が迫っていた。
咄嗟に剣で受けようとするが、間に合わない。
スグルが痛みに備え、目を閉じる。
だが、痛みが襲ってくることはなく、代わりにギィィンという音が響いた。
「これで昨日の分の借りは返したぞ」
目を開けると椿がスグルの前に仁王立ちし、ギルティ・サイスの攻撃を防いでいた。
「くらえ!〝|奇怪なる蛇のごとき一撃〟」
いつの間にかすぐ傍で戦闘に参加している龍司が裂帛の気合と共にガードしている椿の横をすり抜け、敵に一撃を見舞う。
「リュウ!お前、サムさんは?」
「琴葉が守ってくれるってさ。あいつもあいつなりに戦ってるんだ。ていうか、お前に前衛任してらんねーって」
龍司が顎で後ろを示した。振り返ると、サムをかばいながら、琴葉がいつになく頼もしい顔で頷く。たぶん最後の一言は龍司のものだろうが……。
何を迷っていたんだろう。オレの周りにはこんな素晴らしい仲間がいるんだ。戦うしかないのなら、戦うまでだ。
「さてと、スグル君、龍司君。状況は厳しいが……、たとえ負けるとしても――」
「そうですね。どうせなら格好よく負けましょう」
「いっちょ、派手に行こうぜ」
頷き合い、ギルティ・サイスが3人に攻撃を仕掛けてきた瞬間、スグルたちはそれぞれ別の方向へ散らばった。咄嗟に標的がバラバラになったことに混乱した隙を逃さず、琴葉の魔法攻撃が見事に命中する。そこへ3方向から、椿が、龍司が、そしてスグルが持ちえる最強の技を一斉に叩き込む。
「「「ウオォォ!」」」
〝椿繚乱・雪演舞〟 〝刃の雨〟 〝獅子の鋭牙〟
3方向からの同時攻撃に防御が付いていかず、ギルティ・サイスのLPゲージがググッと減少する。そのまま休むことなくスグルたちは攻撃を加えていく。琴葉もサムを敵の攻撃から守りながら、隙を見ては魔法攻撃を命中させていく。LPゲージの残量などもう気にかけてはいなかった。自分たちが先に倒れるか、敵を打ち破るかのどちらかしかないのだから――。