第4話
「ふぅ~、やばかったぁ」
ドサッ、とその場に龍司が座り込んだ。
スグルも荒い息をしながら剣を背中の鞘に納刀する。
「リュウ、休むのは安全地帯に戻ってからだ。行くぞ」
スグルの言葉に「へいへい」と返事をしながら立ち上がる。
龍司が立ち上がるのを見て、スグルは琴葉と椿に声を掛けた。
「琴葉、大丈夫か。また、モンスターが出現するかもしれないから、いったんさっきの安全地帯まで戻って休もう。……先輩もよかったらいっしょにどうですか」
最後のセリフをぼそぼそと付け加える。
「お言葉に甘えさせてもらおう。君たちに街でのお詫びや今の戦いのお礼も言いたいし、な」
「お礼なんていいですよ。それじゃこっちです」
スグルと龍司が前に立って進み、琴葉と椿が後ろからついてくる。
「スグやるじゃん。ちゃっかり先輩まで誘って。俺と琴葉ははずそうか」
いつものニヤニヤ顔で龍司がスグルの耳元でささやく。
「そんなんじゃねーよ。……一人にしとくわけにもいかないだろ」
「何を二人でコソコソはなしてるんです」
琴葉が後ろから声を掛けてくる。
「いや~、スグもしっかりしてるなって話。さりげに椿せんぱゴフゥ」
「何でもない、何でもない。そんなことより、琴葉、いつの間に攻撃魔法覚えたんだ」
龍司のみぞおちに肘を食らわせながらスグルが慌てて話題を変える。
「私もわかんないんです。二人を助けなくちゃ、って思ったら口が勝手に動いてたんです」
「魔法にしろ、アビリティにしろ、覚える際にレベル以外の条件が絡むことがある場合がたまにある。今回は君があの二人を守りたいという強い思いが魔法を発生させる引き金になったんだろう」
この世界での経験に勝る椿がスグルたちに説明する。
「このエバーランドはレベルや経験値だけが強さを決定付けるわけではない。同じロールでも覚えるアビリティが違ったりするだろう。個人の性格や思いなども強さに関わってくるといわれている」
「へぇ。じゃぁ、オレとリュウがピンチにならなかったら琴葉はあの魔法をまだ覚えてなかったかも知れないってことですね。――っと、ここは安全地帯だからしばらく休憩しよう」
安全地帯に入り、それぞれが思い思いの場所に座ると、椿がポーションを3人に配った。
「ほんのお礼のしるしだ。それはLPと魔力を回復する上にその最大値をわずかだが増やす効果があるから、飲んで損はないと思う」
「そんな貴重なアイテムいただけませんよ」
「構わないさ。アイテム欄にいつまでもしまっておいては意味がないからな」
「いいじゃん、スグ。せっかくだからいただこうよ。それじゃ椿先輩、いただきますね」
しばらく、無言で甘く身体に浸み込むようなポーションを味わった。
「ふぅ。なかなかうまいな、これは。さて、非礼を詫びるつもりが、その前にまた助けてもらうことになるとは……。重ね重ねすまない。えーと――そういえばまだ名前をきいてなかったな」
「オレは雨獅子スグル。ロールは剣士です」
「空原龍司っす。スグとは幼馴染の腐れ縁てやつです。ロールはシーフっす」
「あ、あの、私は夕上琴葉、ロールは回復魔導師です。よろしくおねがいします」
スグルたちがそれぞれ自己紹介をする。
「クラン名はなんていうんだい?」
「〝天空を護る者〟です。大層な名前ですけど、実際は1年生3人の弱小クランですけどね」
スグルが笑いながら言う。
「格好いい名前じゃないか。さっき、街で会ったとき自己紹介したが、私はソロプレイヤー2年の雪銀椿。ロールは魔剣士だ」
魔剣士――スグルの剣士や龍司のシーフなど、最初に自分の化身に与えられるロールを基本ロールと呼び、そのロールをある条件をクリアして進化させたものを上級ロールと呼ぶ。基本ロールはすべての種類が確認されているが、上級ロールは様々で何種類あるのかは生徒の間では未だに解明されていない。その条件も様々で中には条件が不明のままでランダムではないか、とまで言われているものもある。
「魔剣士って上級ロールですよね。すっげー」
「剣士ってことは魔剣士は剣士から進化するんですか」
「おそらく、な。わたしを含めて今、この世界には魔剣士は3人いるが、全員剣士からの進化だったはずだ」
スグルは椿の技の威力を思い出し、自分もあんな風になれたら、と思った。
「よかったら進化の条件、教えてくれませんか」
「なんだ、スグ。先輩とお揃いがいいのかよ」
「ち、ちが、単純に興味があるだけだよ」
ムキになって龍司に反論するスグルを見て、琴葉と椿が笑う。
「ハハハ、スグル君とお揃いは魅力的だが、残念ながら条件は判っていないんだ。私の場合はある日、コンパイルしたらいつの間にかロールが変化していて自分でも原因がわからないんだ」
「あちゃ~、残念だったなぁ、スグ」
茶化すように龍司が言う。龍司だけでなく琴葉や椿までもクスクスと笑っている。
「ところで、君たちはなぜ〝死者の住まう洞窟〟なんかにいたんだ?クエストか?」
「いえ、そういうわけじゃ……。琴葉が攻撃魔法を覚えてなくて、レベル上げにと……」
椿が話題を変えてくれて助かった。
「なるほど。アンデット系統には杖のような打撃が効くからな……。フム。クエストも受けずにダンジョンに入り、レベル上げをするということは何か難しいクエストに備えているのか」
「え~と、まぁ、その」
「ああ。いや、すまない。クランメンバーでもない私には教えられないことだな。ただ、今日のお礼にしばらく助っ人として君たちのパーティに加えてもらえないかと思ってね。もちろんクエストの報酬は君たちで分けてもらって構わない。ただお礼がしたいだけなんだが……」
椿が意外な提案をしてきた。椿の戦闘力はさっき見た限りではかなり高いはずだ。助っ人としてパーティに加わってもらえれば戦闘はかなり楽になるだろう。
「どうするよ、スグ」
さっきとは打って変わって龍司が真面目な顔でスグルに小声で聞いてきた。
「リュウはどう思う」
「俺はスグに判断任せるけど――報酬はいいって言ってくれてるし、しばらくパーティ組んでもらってもいいんじゃね」
「私もそう思います」
琴葉も龍司に賛成する。
スグルたちが小声で話し合ってるのを見て椿が慌てて、
「もちろん、私のことが信用できなかったり、都合が悪いなら断ってくれ」
と言い繕う。
「いえ、ぜひお願いします。こちらとしても先輩がパーティに加わってくれれば凄く助かるので」
スグルの返答を聞いた椿が微笑むと、手を差し出した。
「それでは、決まりだな。しばらくの間よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
椿の差し出した手を、内心ドキドキしながら握り、スグルは答えた。
「さてと、そんじゃボチボチ帰りますか」
気が付くとエバーランド内での時間で午後6時を回っていた。
サントラフォードに戻ったスグルたち4人は椿の行きつけの酒場で夕食にすることにした。
「いらっしゃい――おや、姫。珍しいな、連れがいるなんて」
西部劇に出てくるような木でできた酒場のドアを通り抜けると、主人が椿に話しかけた。
「姫?先輩のことですか」
「なんだ、お前さん方知らないのかい。〝白銀の椿姫〟や〝雪椿〟。この人の通り名のことだよ」
「やめてくれマスター、そんなことを教えるのは。まったく……。部屋を貸してもらうぞ。4人前の食事を適当に運んでくれ」
頬をほのかに染めながら椿が酒場の奥にある部屋に入っていく。
二つあるうちの奥の部屋に入ると、酒場の喧騒が聞こえなくなった。部屋には小さいながら暖炉が備え付けてあり、パチパチと音を立てて炎が静かに燃えている。中央に机が置いてあり、4人が席に着くとウェイトレスが料理を運んできた。
「酒場にこんな部屋があったんですね。オレ初めて知りましたよ」
運ばれてきた海の幸をふんだんに使ったシチューとパンをほおばりながら龍司が言った。
「どの酒場にも2~3個は個室があるんだ。ただ、部屋を使うにはその酒場で100以上のクエストを受諾してクリアする必要があるがな」
「クエストを100以上ですか?フワ~、凄いです」
「先輩どのくらいここを拠点にしてるんですか?」
「私はあちこち移動しているからな。この街を拠点にしたのはこれが3回目だが、合わせると半年、といったところか」
「オレたちもう3ヶ月くらいここを拠点にしてるけど……、クリアしたクエスト30くらいだよな」
スグルが少しへこみながら言う。1年生3人だけのクランだからクリアするスピードが遅いのは仕方がない。だが、ゲームをかなりやり込み、自他共に認めるゲーマーであるスグルにとってゲームで負けるのは少し悔しかった。
「慣れだよ。君たちも慣れればクエストをクリアするのも早くなるさ。それより、今回のクエストでもらった報酬の分配をしないか」
「いえ、いいですよ、そんな。パーティに助っ人として加わっていただけるんですからそれ以上お礼なんてもらえないですよ」
なおも椿は分けようと言い張ったが、スグルたちはさすがにそこまでもらうわけにはいかないと受け付けなかった。
食事も済み、なんでもない話で盛り上がり気が付くと時間は10時を回っていた。
「おっと、こんな時間か。そろそろ解散にするべきかな」
「先輩はこの辺に宿を取ってるんですか」
「何だよ、スグ。そんなこと聞いて。先輩の部屋に押しかけようって気か~。スグも大胆になったな」
「ば、バカ。そーゆーんじゃ――」
「ハハハ、私は別に構わないぞ」
「先輩もからかわないでください」
「フフ。まぁ、冗談はその辺にして、君たち〝天空を護る者〟は明日からどうするんだ。予定がわからないと助っ人を引き受けた以上、困るのだが……」
「ああ。それでしたら明日、この近くにある遺跡について研究している考古学者のところに行くんですよ」
琴葉が説明する。
「考古学者?クエストの依頼か?」
「そんなところです。オレたちもまだ詳しくわかってないんで明日、そこへ行く途中で説明しますよ」
琴葉の代わりにスグルが答えると椿はそれ以上深く聞くのをやめた。
「そうか。では時間も遅いし、そろそろ宿に戻るか。君たちもこの辺の宿に泊まっているのか?」
「ええ。この近くにある月見亭って宿屋です」
「では明日からは私もその宿を拠点にしよう。今日は今までの宿に戻るから明日10時にこの酒場に集まるってことでいいかな?」
「わかりました。それじゃ明日からよろしくお願いします」
椿と別れると3人は歩いて10分ほどのところにある宿屋に向かった。
宿に戻る間、琴葉の覚えた攻撃魔法についてや、椿の上級ロールについてなどを話した。
「琴葉の魔法、すげ~威力だったな」
「ボスの腕を消し去ったからな。名前からしてアンデット系統に特効とかじゃないのか」
「スグルさんの言うとおりです。さっきウィンドウで説明を見たら、そんなことが書いてありました。それより、今日はレベル上げありがとうございました。おかげで攻撃魔法も覚えられたし」
お礼を言いながら、琴葉がぴょこんと頭を下げる。
「お礼なんていいよ。こっちこそ助けてくれてありがとな。ホント危なかったよ」
「それより威力といえば先輩の技、凄い威力だったな」
「スグは威力だけじゃなく魅力も凄いと思ったんじゃ――と冗談だって。そんな睨むなよ。確かにスゲー威力だったな。ボスを凍りつかせちまったんだから。いいよな~上級ロール。憧れるぜ」
「でも椿先輩はどうやって上級ロールになったのかわかんないって言ってましたし、どうやったらなれるんでしょうね」
琴葉が首をかしげる。確かに上級ロールへと進化できれば戦力は格段にアップするだろう。今日の戦闘で上級ロールの圧倒的な技の威力を見たスグルはそう思った。
そんな話をしているといつの間にか3人の泊まっている宿、月見亭についた。
階段を上がり、琴葉と部屋の前で別れると(琴葉は当然だが、一人部屋だ)スグルと龍司はシャワーを浴びすぐにベッドに横になった。
「今日のボスは今までで一番強かったよな」
ベッドに入った途端、溜まっていた疲れがドッと溢れたのだろうか、くたびれた声で龍司が話しかけてきた。
「そうだな。実際、偶然覚えた琴葉の魔法と先輩がいなかったら絶対やられていたな」
スグルも疲れた声で返事をする。
「俺も上級ロールになりて~な~。な、スグもそう思うだろ?」
「そうだな」
脳裏に浮かぶのは椿の圧倒的な強さと美しさ。それを振り払いながら短い返事を龍司に返す。抗いがたい眠気がスグルを襲い、いつの間にかスグルは深い眠りに落ちていた。