集落防衛戦
逆茂木に魔獣達が突き刺さるが、動きが止まる事は無い。
死霊術によって動いている存在は込められた魔力が完全に尽きるか、形が無くなるまで砕かねば動きを止めない。
落とし穴によって多数の魔獣を葬れたまでは良かったが、完全にジリ貧に陥っていた。
悪あがきのように槍で突き刺し続ければやがて動きを止めるが、余りにも魔獣の量が多く有効打に至っていない。
だからといって逆茂木を乗り越え、戦うのは危険すぎる。
幸い一方向からの襲撃だった為に魔力による逆茂木と土台になる地面の強化は万全であり、暫く突破される事は無いと思われた。
だがそれも時間の問題。
逃げようにも、離れた瞬間に逆茂木と地面に送られている魔力が途切れてしまい、あっという間に波に飲み込まれる事は明確の様に思われた。
落とし穴にかなりの量の魔力を使ってしまった魔法班が、気力を振り絞って魔法を放つが如何せん敵が多くこちらも有効打になっていなかった。
唯一ハッキリと敵を葬っている者が1人、ガヌートであった。
「クソッタレ、とっておきだってのにこんなに早く使うなんて!」
ガヌートが何かを投げつける度に、離れた所から火柱が立ち上がり少なくない数の魔獣を焼き尽くしていた。
ガヌートが投げつけている物は「蓄石」と呼ばれる迷宮内で取れる特殊な石である。
迷宮に充満する魔力は、何もそこで暮らす魔獣にだけ影響を与える訳では無い。
迷宮に存在する鉱石は、充満した魔力に長時間晒されている内にその魔力を吸収していく。
それによって通常より魔力を含んだ鉱物が出来上がり、迷宮に満ちる魔力の性質によって様々な特性を得る。
そして内包していた魔力を殆ど使い終わると出来上がるのが蓄石であり、軽石の穴のように魔力を溜めていた空間が空く事によってそれに応じた魔力、実力者であれば魔法を込める事が可能となるのだ。
迷宮の奥深くに行けば行くほど魔力の濃度は上がり、よって鉱物は多量の魔力に晒される為に内包する魔力は大きくなる、勿論鉱石の種類によって限度は様々だが。
当然大量の魔力を含んだ鉱物で出来た蓄石は、より一層魔力を込める事が出来るので勿論値も張る。
今回ガヌートが投げつけた蓄石はフィルシー大迷宮都市を出立する際、都市の重鎮である三馬鹿老人から譲り受けたものであった。
ガヌートの稼ぎで計算すると、10年近く働いた金がまとめて吹っ飛ぶ事になるであろう最高級の蓄石。
そんな持っているだけでも恐ろしい一品に、ブラドが丁寧に火の魔法を込めたガヌート最大の切り札だ。
とは言え、幾ら最高級といえどブラドが本気で魔法を閉じ込めるのは容量の問題により不可能であり、威力は本来の物よりは劣ってしまう。
だが森の浅い領域に暮らす魔獣相手を焼き尽くすには十分すぎる威力であった。
「クソ、数は減ってるがこれじゃあ先に石が尽きちまう!」
持っている石の半分以上を使ったが、それでも広がる魔獣の群れは大群と言って差し支えない。
蓄石に込められた業火は、魔力量でいえば今回攻めてきた魔獣を消し尽くすに十分な威力を秘めていた。
では何故未だ大量に残っているのか。
理由は魔力の指向性の為である。
魔力に指向性を与えるのは、魔法を使うようになった子供でも無意識に行う技術である。
身体の外に出した魔力、そしてそれによって行われる魔法に込められた力を無駄にしない為に、力を目的の事柄にだけ向ける技術。
誰しもが無意識に行う本能とでも言うべき技術ではあるが、ブラドの様に力がある者の場合は話が違ってくる。
そもそも子供が薪に火を点ける為の魔力と、辺り一面を一瞬で焼き野原に変えてしまう魔力では同じように指向性を与えても、後者の場合漏れ出た魔力だけで周りに大きな影響を与えてしまう。
主に破壊という影響を。
だから力が大きくなればなる程に、魔力に指向性を与える技術はそれ以上に高めなければならない。
今回十分な威力がありながら魔獣達を一掃出来なかったのはそこにある。
ブラド自身がこの場にいて魔法を使うというなら幾らでも柔軟に指向性を与える事は可能である。
だが今回はブラドの魔法を蓄石という形でガヌートが扱う為、放ったが最後ガヌートには制御は出来ない。
その為ブラドが蓄石に込めた魔法は範囲を絞り、強敵相手の魔力一点集中型として魔法を込めていた。
それが理由で威力は十分なのに、魔獣を一掃する事が出来ない。
初めその威力を見て浮かれかけたものの、減っていく蓄石、そして未だ大量にいる敵。
徐々にガヌートの表情が暗くなる。
初めに比べれば格段に数は減っているが、それでも凄まじい数の魔獣が今も逆茂木に突き刺さり、少し前から固定している地面にヒビが入り始めている。
留められるのももう直に限界が来るのは明白であった。
だが誰も諦めない、諦める事は死ぬ事と同意義。
戦士らしく死のうなんて考えは誰も持っていない。
ただ諦めなければ助かる可能性は0では無いと理解しているだけ。
そして、そこに少しばかり神への祈りを添える。
徐々に逆茂木を支える地面のひび割れが大きくなり、逆茂木自体からも嫌な音が鳴り出している。
その時イリオーネがガヌートに大声で話しかける。
「ちょっとガヌート! さっきの蓄石、後何個あるの?」
「後3個って所か、それがどうしたんだ?」
ガヌートがそう返すと、少し考えた様子を見せた後イリオーネが切り出した。
「あんたも分かってると思うけど、このままだと突破されるまでそう時間はかからないわ。だからそれ投げて、あいつ等がぶっ飛んだ所に飛び込むわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 正気か姉ちゃん?」
ガヌートの問いに真剣な面持ちでイリオーネが頷く。
「当たり前よ、こんな時に冗談言わないわ。長たるもの、こういう時に身体張らなきゃ面目立たないわ。それに周り見なさいよ、今にも飛び出しそうなのが結構いるわよ」
そう言われてガヌートが周りを見渡すと、オークの長や若いオーガ達等、肉弾戦が得意な者達がちらちらと見返していた。
確かにこの場に留まって槍で何度も刺して倒すより、飛び込んで暴れ回った方が効率的ではある。
隙間の無い魔獣の群れに飛び込むのは自殺行為だが、爆風で魔獣が吹き飛んだ空間に飛び込むのなら多少は可能性もあるだろう。
魔獣は未だに多いが、それでも初めに比べ3割程度の数になっているように思えた。
このままではどうしようも無いと考えていたのはガヌートも同じだったので、少し迷いながらもその案に乗る事にした。
「分かった。それじゃあ投げるぞ」
「何時でも良いわよ」
イリオーネの合図に合わせ、ガヌートが残りの蓄石を少し離れた所へバラバラに投げ込んだ。
直後に炎の渦が巻き起こり近くの魔獣を消し炭に変え、少し離れていたものは衝撃で吹き飛ばされ、結果幾らかの空間が出来上がる。
「行くわよ!」
イリオーネの怒号と共に何人かのオーガとオークがその空間に飛び込み、得意の獲物を存分に振り回す。
ガヌートはイリオーネと共に、正面に空いた空間へと飛び込んだ。
その片手には腰にぶら下げていた肉厚の手斧が握られており、魔力による強化は既に済んでいる。
背を合わせるイリオーネの両手にはボーガーが持っていた物と酷似した戦斧を握っており、ガヌート同様強化は済んでいた。
「それじゃあ、フィルシーに行って鍛えた実力見せて貰うわよ。口だけじゃない事期待してるわ!」
「任せとけ!」
そう言い合うと2人とも迫り来る魔獣目掛けて武器を振るった。
結論から言えば、自殺にも似た行動の出だしは上手くいった。
そこまでに多数の魔獣を葬っていたお陰で圧は減っており、何より数は多くてもそれ程強力な個体が少なかった為、腕自慢の亜人達が全力で振るう武器の前に一撃で数体の魔獣が吹き飛び押しつぶされる事は無かった。
特にガヌートにイリオーネ、そしてオークの長の3人は際立っており次から次へと迫ってくる魔獣達を寄せ付ける事は無かった。
だが多勢に無勢。
徐々にガヌート達と魔獣との間の空間は狭まってゆき、結果武器を振るう為の空間は無くなっていく。
冷や汗を流し苦笑しながらガヌートが側で戦斧を振るうイリオーネに話しかけた。
「ちょっとヤバいんじゃねえか、姉ちゃん。これじゃ時間の問題だぞ」
「五月蠅い! 無駄口叩いてないで身体動かしなさい! それにあたし達が死んでも、魔獣の数減らして集落の皆が助かりゃ良いのよ!」
そう返されると返す言葉が無い。
ガヌートは黙って目の前の魔獣を殺す事に集中した。
ただそんな状態でも疑問を感じていた。
戦えば戦うほど、目の前に溢れる魔獣を操っている存在の目的が分からない。
それどころかこちらを殺す意思が薄いようにも思えてきた。
大量の魔獣を操る魔力は脅威の一言だが、余りにも命令が単純すぎる。
これが正面からだけで無く、横からも攻めてこられていれば既に集落は踏みにじられ誰も彼もが死んでいたに違いない。
イリオーネは馬鹿にしているのだと言っていたが、どうにも違和感を拭いきれないガヌート。
そんな事を考えていると少し離れた所で叫び声が上がった。
視線をチラッと向けると、オークの長が飛び込んだ空間とは違う、つまりオーガの青年3人組が飛び込んだはずの場所に人影は無くなっていた。
「ガヌート! よそ見してんじゃ無いわよ! 他に気を遣う暇があるんなら目の前のこいつ等を1体でも多くぶっ殺しなさい!」
イリオーネが悲鳴に近い怒声を上げた。
もうすぐそこまで魔獣の波は迫っている。
必至に手斧を振るうがジリジリと距離が縮まっていき、ガヌートは覚悟を決めた。
次の瞬間ガヌートは戦斧を振るうイリオーネの袖を、空いている手で掴み集落の方に向けて投げ飛ばした。
「……ガヌート!」
飛んでいったイリオーネが叫ぶがガヌートはそちらを見ずに手斧を振るう。
だがそれも長くは続かない。
投げ飛ばされたイリオーネが逆茂木の内側に着地したと同時に、目の前でガヌートが魔獣の波に飲み込まれた。
言葉も出せず立ち尽くすイリオーネであったが、次の瞬間上空から何かがガヌートと先に飲み込まれたオーガの青年達がいた場所に降り注いだ。
それは緑色の長く太い柱のように見えた。
次々と同じ物が魔獣達の間にも突き刺さる。
そして何かが上空から落ちてきた。
それはガヌート達と共にやって来たレクトブルの様にも見えた。
ただ面影があるだけでその体積は倍以上に膨らみ、全身は緑色に染まって、何より身体のあちらこちらから長い触手が蠢いている。
逆茂木の内側にいた全員の動きが止まる。
そんな事お構いなしにそれは、触手を伸ばしオークの長を捕まえ無造作にイリオーネ達がいる方向へ放り投げた。
飛んできたのはオークの長と、共に戦っていたオークの青年だけでは無い。
先に地面に刺さった柱のような触手が動くと同時に、踏みにじられ血だらけになったガヌートと、オーガの青年達も宙を舞ったのだ。
慌ててガヌートを受け取るイリオーネ。
同様にオーガの青年達も他の者に受け止められたようだ。
4人とも血まみれになっているが、まだ生きているようで呻き声を上げている。
「ポルカ、オルカス! ガヌートをライラちゃんの所に連れて行って! 他の3人を受け止めた人達も行って、早く!」
本当なら自分が連れて行ってあげたいが、自分にはやる事があると急いで走ってきたポルカ達にガヌートを預けて魔獣の方を向くイリオーネ。
そこには今まで自分達がしていた必死の努力をあざ笑うかのような存在がいた。
周りにいた亜人全員が呆然と眺めている。
巨大で緑色をしたレクトブルの全身から生えていた触手が枝分かれし、数え切れないほどの触手が辺りにいた魔獣達を雁字搦めに縛り付ける。
そして触手に捉えられた魔獣達の身体が一瞬にして干物のように萎んだ。
一切の水分を吸い取られたか様にしか見えない魔獣は、時を待たずにサラサラと粉になって散っていく。
目の前の存在がしている事は単純だ。
大量の触手で魔獣を無造作に捕まえ、そして瞬時に水分を奪う。
良く見れば同時に魔力すら吸い取っている事にも気付いていただろう。
だが余りの光景にイリオーネを含む誰もが気付く事は無かった。
瞬く間に溢れんばかりの魔獣が粉となって消えていく。
同時に緑色をしたレクトブルの体積は、それに合わせ段々と巨大になっていった。




