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肉の坩堝

 砂埃と踏みにじられた木々と草花の匂いが鼻腔を、無数の地を蹴る雑音が聴覚を支配する。

 視界には死して蠢く魔獣が溢れ、数多の魔力が集落に絶望の影を徐々に落としてゆく。


「男共は気合いを入れろ! ガキや嫁、惚れた女に良い所を見せるチャンスだ! 敵の正体は分からねえが、俺等に手を出した事後悔させてやれ!」


 集落にガヌートの檄が飛ぶ。

 恐怖を打ち払うかのように男達はまるで絶叫のような返事を返し、魔獣が森を蹂躙する音を一瞬かき消した。


「弓が得意な者は見張り台に上がれ! 武器を持つ者は外に出て、逆茂木の後ろから槍で刺し殺せ! 逆茂木を突破されたら兎に角殺せ! 女子供はもし中に入ってきたら自分で動け、分かったな!」


 そう吠えたオークの長の声は僅かに震えている。

 そうでもしないと心が折れてしまいそうなのだ。


 集落に向けて走り来る魔獣の群れは、どう見たって集落の戦力でどうこう出来る範囲を超えていた。

 その上死霊術で操られてる魔獣は完全に消し去るか、或いは込められた魔力が無くなるまで攻撃を加えなければならないと言われている。

 エンテの名前が出てきた時に自分達で何とか出来るとは思っていなかったが、思っていた襲撃者ではないものの、どちらにせよ絶望的な状態である。


 元々数が少ないレクトブル等の強靭な魔獣こそ少ないが、辺り一面の魔獣を総動員したかの様な数だ。

 逆茂木は女性や子供にも手伝って貰い、十分な魔力で強化している為そう易々と壊される事は無いだろうが、いずれ重量に負けへし折られるか地面から引っぺがされる事は目に見えていた。


 だがやるしか無いのだ。

 止めねば集落の中で震えている同胞や、祖を共にした者達が死んでしまう。

 今必要なモノは生きる事への渇望と、そして神への祈りだけであった。


 ガヌートとイリオーネ、そして各集落の長が先頭に立ち逆茂木の後ろで蠢く魔獣達がいる方向を睨み付ける。

 既に下からでも森が踏みにじられて上がる土埃は確認出来、襲撃がすぐそこまで迫っている事が見て取れた。

 長達を中心に肉体自慢の者達が並び、その後ろに魔法が得意な者が待機する。

 そして弓が得意な者は見張り台の上で弓を張り、合図を待っている。


 ふとガヌートはこんな時にブラドがいてくれればと思い、そして頭を振った。

 ライラとネイを守ると言ったのは自分だ。

 誰もがその異常な魔力を恐れて目を向けようとしていないが、森の奥から僅かに流れてくる魔力で自分達では関わる事も烏滸がましい死闘が繰り広げられているのは明白であった。


 くだらない事を考えてしまったと自分に活を入れ、集落の周りの空き地の先にある木々に視線を向けた瞬間、その木が何かに押されるように音を立て動いた。

 同時に正面の森がなぎ倒され、死臭を放つ魔獣達が一斉に現れる。


 物量だけで心が折れてしまいそうになる。

 それに加えて酷い匂いが頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を生み出し、怪しく光る眼が戦場に立つ戦士の背中に冷たい汗を流させた。


「まだ動くな! もう少し引きつけろ!」


 オーガ族代表のイリオーネの凜とした声が響き渡り、乱れ掛けた戦士達の心に落ち着きを取り戻させる。

 普段は気の強い短気な女性であるが、20年前の戦争時に活躍したボーガーの血を引くだけあって一種のカリスマ性があるのだろう。

 声一つで皆の心を纏め上げるその姿にガヌートは苦笑した。


 だが魔獣の勢いを止める事は出来ない。

 魔力を持ってして操られた死体は無情に突き進むだけだ。


 まだ戦闘が始まっていないのにも関わらず、全員の額からは汗がにじみ出ている。

 もう少し、もう少しと全員が心の中で呟き、死した魔獣がもう少しで逆茂木に衝突するという所で命令が下った。


「今だぁ! 落とせぇぇぇぇぇ!」


 その声とほぼ同時に、ガヌート達前線の後ろで待機していた魔法班が行動に移った。

 ありったけの魔力を、地面に描いていた魔法陣により土の精霊が好む魔力に変換する。


 魔法陣は魔力を特定の波長に近づける為の、謂わば装置である。

 亜人は人に比べ魔力が多い種族も多数存在するが、何故か得意とする属性が大方決まっており人間の様にあれやこれやと低いレベルの魔法でも使える種は少ない。

 魔法陣はそう言った亜人が、自身の苦手な属性の魔法を使う為の技術である。


 より精霊が好む魔力の波長に近づける為に人間・亜人関係なく使う事もあるが、今回は土の精霊の力を借りやすくする為に魔法陣は描かれていた。

 そしてその効果が魔獣達に襲いかかった。


 先頭を走っていた魔獣達の姿が一瞬にして消え失せる。

 もし生きた状態で多少頭が働いていたのなら、幾らか被害も少なく済んだだろう。

 だが魔力により操られた人形と化している魔獣達は、当然出来た巨大な穴へと次から次へと落ちていった。


 土の精霊の力を借りて発動した魔法はただ巨大な穴を地面に開ける、それだけのシンプルなものであった。

 ただ魔力の多い亜人達がありったけの魔力で創り上げた地面の穴は深く、深くへと死した魔獣達を落としていく。


 地面に叩きつけられた魔獣はそれでも襲いかかろうと穴の中で蠢くが、上からは絶え間なく同胞達が降り注ぎ徐々に潰れ、動かぬ肉塊へと変わってゆく。

 衝撃で潰れなくても穴の中という密室の中で痛みも感じず、ただただ進もうと四肢を動かそうとするものだから、より一層隙間が無くなり肉の壁に封じられ、圧され、潰れていく。


 集落を襲うはずだった肉の壁という、質量による破壊を逆に自分達が喰らう形となり、凄まじい速度で魔獣達の数が減っていく。


 空から襲いかかろうとする魔獣もいるが、それは弓を得意とする亜人達の餌食となった。

 狙い澄まして放たれた矢は、空を飛ぶ為の羽を引き裂いてゆく。

 空を飛ぶ魔獣は本能的に風の魔法を駆使し飛行の補助として使っているモノが多く、あくまではメインは羽であり、羽を射られると飛行が困難になる事が多い。

 高位の魔獣であればそのような状態になっても無理矢理魔法によって飛ぶのだが、今集落を襲おうとしているのは下位の魔獣ばかり。

 その為、羽を射るだけで下にいる魔獣達に踏みにじられ瞬く間に肉片へと変わっていった。


 だがその様な状況でも、誰1人笑っている者はいなかった。

 いや、嬉しそうに笑っている者がいないというのが正しい。

 ガヌート含め幾人かは苦笑いを浮かべていたのだから。

 その中にはイリオーネや各長達も含まれていた。


 なにせ目の前で大量の魔獣が完全に動かぬ肉塊となっているにも関わらず、未だ未だそれに近い数の魔獣が、踏みにじられ見晴らしの良くなった森のお陰で容易に確認出来るのだから。

 苦笑しながらガヌートが横に立っているイリオーネに声をかけた。


「これ、使役してる奴は何考えてんのかな? 簡単な命令しかしてないみたいだけど、こんだけ馬鹿みたいな量操るだけの魔力あるんなら自分で戦った方が手っ取り早いと思うんだけど」


 不機嫌そうにイリオーネが答える。


「大方馬鹿にしてるんじゃ無い? 森の浅い層に暮らしてる私達なんか取るに足らないとでも思ってんのよ。まったく腹が立つ、絶対に死んでやらないんだから」


 その機嫌の悪さに下らない事言うんじゃ無かったと頭を掻きながら、ガヌートは呟いた。


「ホントにそうなのかなぁ? どうもしっくりこねえ……」

「何!? 何か言った!?」

「……ゴメン、何でも無い……」


 ともすればこの状況でも殴られそうな気がして素直に謝るガヌート。

 そうこうしている内に、徐々に穴の余裕が無くなってくる。

 それは遂に魔獣との正面衝突が始まる事を意味していた。


「そろそろ来るわよ! 皆覚悟は決まってるわね!」


 イリオーネの言葉に被せ気味に「応!」と気合いの入った返事が飛び交う。


 段々と穴に落ちた魔獣達が重なりその姿が見えてくる。

 潰れ潰れ、肉の道が出来たと同時に第一陣が逆茂木と衝突し突き刺さる。

 それ目掛けて魔力によって強化した槍が突き出された瞬間、本当の戦いが始まった。

 

 ※※※※※※


 魔獣が近付いてくる音を聞きながらライラとネイは、亜人の女性や子供と共に集落の中央で固まっていた。

 少し前より人が少ないのは多少魔法に自信のある者や、オーガやオークの様に女性でも高い戦闘力を持った者が戦いに赴いたからであった。


 ライラがネイを強く抱き締めている。

 他の子供達の様に泣きはしていないが、ライラの服を強く掴んでいる事からネイも不安である事が見て取れた。


 すぐ側では亜人の子供達のすすり泣きが聞こえ、それが逆にライラを冷静にしていた。

 カルカンを前に死を覚悟したのも、冷静になれている一因かもしれない。


 ライラは自身の周りの精霊を狂わし、場合によっては周りの者に力を与える力の事を考え、自身も戦場に立つとガヌートに言ったが却下されていた。

 上手い事ガヌート達の力を底上げ出来るのならば話は違うが、どう転ぶか分からない力など危なっかしくて使えるはずも無い。

 同様にネイが戦場に立つ事も却下された。

 ネイの力を間近で見てしまったガヌートからしてみれば、ライラの力を借りる異常に危険だと直感的に理解していたのだ。

 ネイの力が誤って自分達に向いた場合、魔獣に惨たらしく食い殺される方がマシ。

 死より恐ろしい目に遭ってしまうと、言葉として説明出来ないが本能的に感じていた為にネイも大人しく待っている事になった。


 徐々に近づいてくる音を聞きながらライラが皆の無事を祈りながらジッと座っていると、急にネイが立ち上がった。


「ちょっとネイ!? 大人しく座ってなさい!」


 その声を無視してネイが、チットが寝ている厩舎に向けて走って行く。

 慌てて追いかけるライラであったが、人が密集しているこの状況では他の人が邪魔で上手く進めない。

 反対に身体の小さなネイは人の間を器用にすり抜けて、どんどん先に進んで行ってしまう。


 どうにかライラがネイに追いついたのは厩舎の前であった。

 そしてネイは先程と同じように無言で厩舎の中を見つめていた。


「ちょっとネイ! 大人しくしときなさいって……!?」


 捕まえようとネイに近づいた際に、厩舎の中で寝ているはずのチットを見て驚きの声を上げるライラ。

 厩舎の中には、チットと辛うじて分かる緑色の固まりが鎮座していた。

 時折緑色の物質がもぞもぞ動いて気持ち悪い。


 だが、そんな気持ち悪さも忘れてライラは焦っていた。

 なにせチットはフィルシー大迷宮都市を出立する際、都市の重鎮でありブラドの友人でもあるヴァーナムから借り受けたペットなのである。

 普通なら人に懐く事の無いレクトボア、それも極めて珍しい特異個体の子供である。

 何より短い旅ではあったが、基本的にその大きな背中に乗って旅路を進んでいた為に情も感じている。


 何が起きているのか分からないが、身体全体が緑色の苔のようなモノに覆われて、その上モゾモゾと動いている。

 どう見てもおかしいと、半ばパニックになったライラがチットに纏わり付く緑色の物体に手を掛けようとした所でネイに止められた。


「ちょっとネイ、離しなさい! チットが死んでも良いの!?」


 状況が状況な為、少し怒気を孕んだ声を出すと、少し怯えるような表情を見せながらネイが口を開いた。


「……もう少ししたら起きるから、少しだけ我慢して……」


 ネイの言葉にライラが止まる。

 ライラとブラドくらいにしか懐かないで、殆ど喋る事も無く自身の感情を表に出さない妹ではある。

 だが、どうにも勘が優れているというか、魔力の察知など其処いらの探索者より優れていると姉の贔屓目無しでもそう思う事がライラにはあった。

 現にライラとガヌートが気付いていなかった魔獣の大群に気付いているような素振りを見せたのはネイ1人である。


 チットの事も心配ではあるが、ネイの言う事を信じて見ている事にライラは決めた。

 そこでようやく気付く。

 チットを覆う緑色の物質がチットを食べようとしているのでは無く、チットを核にして結びつこうとしているのだと。

 あり得ない事だが良く見ればチットの魔力と緑色の魔力が組み合うかの如く動いているのが理解出来た。


 呆然と見守る中、二つの魔力がカチリと組み合わさった時膨らんでいた緑色の物質が収縮し、チットの姿が克明に現れた。

 ただ少し違うのは全身が緑色に染まり、背中からは8本の長い触手が伸びて動いている。

 唯一馬鹿面だけはそのままであった。


「うわ! 気持ち悪い……」


 ウネウネと蠢く触手を見て無意識にライラが呟くと、意味が分かったのか触手が力が抜けたかのように地面に垂れた。

 そんな事を気にせずネイは見た目の変わったチットに近づき、頭を撫でながら呟いた。


「……ガヌート嫌いじゃ無いから、助けてあげて。……頑張って」


 ネイがそう言うと同時に、チットの身体が勢いよく震え出す。

 それと同時に背中から生えた触手が太く長く膨張し捻れていく。

 その捻れが極まった時、その捻れを解放する勢いを利用しチットが空高く舞い上がった。


 その光景をライラは、呆然としたまま眺めるしか無かった。

 

 


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