流れ来る魔力
辺りに充満していた魔力がフリージアンの身体に吸収された事で集落が魔獣に襲われている事に気付いた後、ブラド達の攻撃は熾烈を極めた。
ボーガーが襲いかかる無数の枝や根を切り払い、ブラドはその隙を突いて火球を巨木に向かって打ち出す。
枝に茂っていた数えるのも嫌になる数多の葉は、今や研ぎ澄まされた刃の様に変質し襲いかかるが、それを悉く燃やし尽くすブラド。
カインはそんな事も気にせずに徐々に強まっていく頭痛と、全身を内側から蝕む激痛に歯を食いしばりながら特攻を繰り返す。
枝と根に打ちのめされ、葉の形をした刃に晒されながらも馬鹿げた頑丈さでもって突き進んでいる。
カルカンと戦った時より痛みに耐え、未だ暴走していないのは超越者化が進んだ為か。
そんな中、ボーガーの補助として枝に変化した腕で敵の攻撃を妨害しているユスリハの胸中には、疑問が渦巻いていた。
兄であるフリージアンを乗っ取ったと語った目の前の敵。
ならば、意識を確り保っていなければ魂を引きづりこまれる様な、この感覚はなんなのか?
ここ数日、ユスリハを含めたエンテの子供達は、フリージアンに近づく度に魂が引っ張られる様な感覚を覚えていた。
実際おかしくなってしまい、自分達が手を下すしか無くなってしまった兄弟もいる。
これが呪いならば納得も出来るのだ。
そもそもフリージアンとユスリハ、それに他の兄弟達は全員エンテの魔力から生み出された存在。
唯一フリージアンはエンテに掛けられた呪いを誤魔化す為に作られたと父に聞いているが、とは言え同じ存在、同じ魔力から生み出されたのには違い無い。
つまり魔力の大小に差はあれど、魔力の波長自体は全員が非常に似通っている。
その為フリージアンを蝕んでいる呪いが、魔力の波長がよく似ている自分達に魔の手を伸ばしているというのであれば理解出来る。
だが奴は兄を乗っ取ったと語り、その正体が呪いでは無いとも語った。
確かに兄の雰囲気はまるで別物の様に変わっていた、それこそ人格が入れ替わってしまった様に。
ならこの感覚はなんだというのか。
この引きつけられる様な、そして呪いの様な邪悪なモノとは違う、まるで父を前にした様な暖かい感情は。
そしてもう一つ、ユスリハには気になっている事があった。
初めこそ苛烈を極めたブラドとボーガーの攻撃が徐々に勢いを落としているのだ。
様子を見る限り、魔力が切れかかっているといった雰囲気では無い。
言ってみれば攻撃を躊躇しているといった所か。
周囲の魔力が消えた後からフリージアンだったモノに、集落の方面から一定の魔力が流れてきている。
それが集落の壊滅を示しているのかは分からないが、置き土産がある以上幾ら大量の魔獣が襲っても早々にやられる事は無いとユスリハは考えている。
だが、その魔力が敵の身体に吸収されればされるほど2人の攻撃は勢いを落とし、そして表情が歪んでいく。
まるで無垢な存在に剣を向けてしまい後悔している様だとユスリハは感じていた。
唯一攻撃の勢いが緩まないのはカインだけであった。
だがこちらはこちらで、時間が経つにつれ激痛に顔の歪みが激しくなっている。
初めの内気そうな、自分に自信の無さそうな見た目以上に幼さを感じる顔は既に無く、まるで怒り狂った獣かといった有様だ。
ユスリハが顔を歪ます。
初めこそどうにかなりそうだったが、今や状況は非常に悪い。
兄であった巨木は人間や亜人とは違い、その身体は魔力で出来ている。
その為千切られた根や、焼き尽くされた枝。
そしてその元となる幹は魔力が在る限り即座に復活してしまう。
その上少なくない魔力が集落方向から敵に向かって流れており、ブラドとボーガーの攻撃が弱まっている今、徐々に魔力が増えていっているようにも見えた。
これではジリ貧。
ハッキリ言って非常に不味い状態である。
それを察知してか、ブラドとボーガーが隙を見てユスリハの隣に集まってきた。
カインは相も変わらず凄まじい形相で特攻を繰り返している。
襲いかかる攻撃をいなしながらブラドがユスリハに尋ねた。
「ユスリハさん……。どう考えても異常です。何故か攻撃する意思が削がれていってる。これは貴方の兄の力ですか?」
ブラドの質問にボーガーも顔をしかめながらユスリハを見る。
その質問にユスリハは自身の考えが間違っていない事を確信した。
ブラドもボーガーも自身と同じく、感情では無い、何か本能的に目の前の敵を攻撃してはいけないと感じているのだと。
「確かに、やろうと思えば魔力を含ませた花粉を吸い込ませる事で、相手の身体や精神に影響を与える事は出来ます。ただお二人の様に魔力が多い場合は、それ相応の花粉を吸い込まなければ影響は無いはずです。正直私もなにがどうなっているのか分かりません。もし奴が言った通りに兄を乗っ取ったというのであれば、その存在の力だろうかと……」
ユスリハの答えに二人は苦虫をかんだ様に表情を歪める。
「どうも見ていると、集落方面から流れてくる魔力が来れば来るほど私達3人の動きが悪くなっている様に思います。そこにヒントがあるのでは無いでしょうか?」
その言葉に二人ともなる程と、納得する。
集落が襲われている事に気付き少々焦って周りが見えていなかったが、確かにユスリハが言った通り、この不調は集落から魔力が流れてきた時から徐々に酷くなっている。
となれば、その魔力が不調の原因と考えられるだろう。
「なら一か八かその魔力を誰かいってどうにかするか?」
ブラドがそう言うと、即座にボーガーが反論する。
「この状況でか? それに魔力の元が分からないのに、行ってどうにかなるのか?」
「だが現状八方塞がりだぞ。カインだって何時ぶっ倒れるか分からないんだ。それに流れてくる魔力をどうにかしないと、奴は回復し続けるし、こっちの不調はどんどん酷くなる。可能性があるとしたらあの魔力の流れを断つくらいじゃねえか」
ブラドの答えにボーガーは押し黙る。
それはブラドの意見を肯定している事に他ならなかった。
「……私が行きます」
ユスリハを二人が見る。
「今、一番役に立っていないのはどう見ても私です。それなら避難している兄弟達を連れて原因を探した方がまだ可能性はあるかと。それに先程から魂を引っ張られる様な感覚が強くなっているので、このままここにいたらおかしくなって攻撃の矛先を変えてしまう恐れもあります」
考えている時間は無いと無言でブラドとボーガーは頷いた。
「ミドリ!」
ユスリハが叫ぶとどこからともなく緑色の触手が2本現れ、彼女を掴むとあっという間にその身体を森の中へと引っ張り込んだ。
それと同時にユスリハの魔力に似た存在が一斉に集落に向けて駆け出す音が響き、直に音は聞こえなくなる。
「ようやく気付いたのかい? 少々遅いんじゃないか?」
巨木から浮き出た顔がカインによってその身を引き千切られているにも関わらず、軽い口調でブラド達に問いかけた。
鼻を鳴らしてブラドが言い返す。
「ふん、余裕綽々って感じだな。それより追いかけなくて良いのかい? 今も流れてくる魔力がテメエの命綱だろ」
ブラドの挑発を受けながら顔は楽しそうに笑った。
「ははは、いや、なんの問題も無いよ。別に誰かを殺すのが目的じゃ無いし、というか殺してしまったら大きな問題だ。流石にブラド君を殺してしまったらカインがどうなるか分からないしね。長い時間を掛けた計画をそんなミスで台無しにしたくないんだよ、僕も」
言っている意味が分からないとブラドとボーガーが眉を顰める。
「何言ってるか分からないって顔をしてるね。それで良いんだ。今回の目的はただカインを痛めつけて、超越者化を進める、それだけさ。成果は上々、あの薄汚い魔神にも感謝しなきゃいけないなぁ」
それだけ告げると、二人に向けて無数の枝がしなる音を枯れた森に響かせた。




