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魔獣の氾濫

 カイン達が出発して早30分。

 襲撃を始め特に集落周りで変わった事は無かったものの、イリオーネや他種族の長達の元、未だに警戒は続いていた。

 戦いに慣れていない女子供は集落の中心に集まっているが、なにぶん人が多い為完全に固まっているとは言えない。

 見張り台には何人も男達が立ち、緊張した面持ちで監視を続けている。


 イリオーネはボーガーの代役としてオーガ族の纏め役として動いているが、ガヌートも忙しく集落を歩き回っていた。

 今でこそ集落で暮らしているが、探索者として活動していた亜人達も少なからずいる。

 ただガヌートほど若い者はおらず、また探索者を辞めて時間が経っている者達が多い為、現役のガヌートはそう言った意味で頼られていた。


 集落の男達は若い者も狩りを生業に暮らしている者が殆どだ。

 とはいえ今回の様な自体は初めてであり、内心怯えや恐怖感を抱えている者が多い。

 その点ガヌートはブラドを信じているので、多少心に余裕があった。

 そういった雰囲気を敏感に感じ取り頼りにされているのだろう。


 暫く集落を見て回ったが何も不自然な点は見当たらず、ガヌートはライラとネイの様子を見に集落の中心へと足を向けた。

 辺り一帯の集落よりは大きいとは言え、大勢の亜人達がいる現在人捜しは多少骨が折れる。


 ライラ達を探している途中、何人ものオーガ族の女性に声をかけられる。

 主におばさんと言われる様な、ガヌートより年上の女性達ばかりだ。

 集落の暮らしは助け合いが当然とはいえ、両親を早くなくしたガヌートから見れば探索者になる為に飛び出すまで色々世話を見てくれた人ばかり。

 一番世話を焼いてくれたのがボーガーの一家とはいえ、ガヌートからすれば集落にいるオーガ族全員が家族の様なものだ。

 暫く何も起きなかった事で緩みかけた自分に気合いを入れて程なく、ライラ達を見つける事が出来たガヌート。

 

 五感に優れた亜人より魔獣達のそれは優れている。

 その為本来いるはずの魔獣達は見張りのサポートで出払っており、現在厩舎にはチットしかいない。

 そんなチット以外魔獣がいなくなった厩舎の前で2人とも立っていた。

 皆と一緒にいる様に言っていたのに勝手に歩き回っている事を怒ろうと近づくと、ライラが振り返りガヌートだと確認し苦笑いを浮かべた。


「お前等なぁ。危ないから他の奴らといてろって言ったのに何してんだ。ガキ共もおとなくしてるってのに……」

「ゴメンゴメン。急にネイがこっちに走り出して。そうだ! ちょっと見てよ、なんだかチットが変なのよ」

「話をそらすな! って言いたいが、チットがどうしたって?」


 特異個体の血を継いで丈夫だと思っていたが、子供のチットに無理をさせ過ぎたかと不安になり、厩舎の中を眺めるネイの横に立ってチットを確認するガヌート。

 だがそこにはいつも通り腹を上に向け、時折鼻を鳴らすチットが眠りこけていた。


「いつも通り馬鹿面晒してるだけじゃねえか……。しかし普通魔獣ならこう、直感的に今の状況感じて少しは警戒したりしねえかなぁ……」

「イヤイヤ、そうじゃなくって。確かに馬鹿面だけど、毛を見てよ。毛を」


 ライラにそう言われ、もう一度チットを観察するガヌート。

 そこでようやく、チットの全身が薄く緑色になっているのに気付き、同時に微かだが魔力を感じた。


「なんだこれ? 知らない間に外で走り回ってたって事は無いよな?」

「知らないわよ。外に出るって何時出る時間があったのよ?」


 確かにガヌート達が集落に来てから今まで、外に行く時間など無かった。

 魔力を感じはするものの、どうにも草か、あるいは苔の様な物が全身にくまなくくっついている様にしか見えない。


「まあいつも通りだし良いじゃねえか。別に苦しんでる様子も無いんだろ?」

「そりゃそうだけど……」


 不安そうにするライラの頭を乱暴に撫でながらガヌートは笑う。


「安心しろって。様子も変わらないし、何より魔力の変調も感じないだろ? そんな事よりお前らに何かあったら、俺はブラドさんに殺されちまう。この後も俺は見回りするから、たまにチットを見といてやるよ。だから戻った戻った」

「分かったわよ。そりじゃあこの子は任せるわ。ネイ、行きましょ」


 渋々といった感じでライラがネイの手を引き戻ろうとする。

 だが何故かネイはその場から動こうとせず、チットを見るのを止めて森の方をソワソワと見ている。


「どうしたのネイ? 何か聞こえたの?」


 訝しんで尋ねるライラにネイは不安そうな顔をして、黙って首を振った。

 そんなネイを見た事が無いライラとガヌートは少々不穏なものを感じたがこのまま立っている訳にもいかず、多少強めに引っ張って行く事にした。

 

 ネイを引っ張っていくライラを見送り、再度見回りを始めるガヌートであったがどうにも落ち着かない。

 嫌な想像を振り払おうと歩いていると気付けば門の前まで辿り着いていた。

 門の前では初め来たときのように、ポルタとオルカスが見張り台の上で真剣な面持ちで辺りを探っている。

 良く見れば門の周辺にいる者全員が緊迫した表情を浮かべている。


 その近くでイリオーネが他の亜人達の長と話し合いをしていた。

 近づいて行って声をかけるガヌート。


「姉ちゃん、何かあったのか?」

「それが少し前に急に連れていた魔獣達が、鳴き声もなくへたり込んだのよ。ガヌート、何か感じなかった?」


 そう問われ少し考えた所で、ガヌートは先程のネイの事を思い出した。


「そういえばさっき、ネイの奴がどうも様子がおかしかったな?」

「正直嫌な予感がするわ。何かあったときのために、悪いけどここにいて頂戴」


 イリオーネに頼まれ頷くガヌート。

 嫌な予感がしているのはガヌートも同じ、反論するはずが無かった。


 と、突然見張り台に立っていたポルタとオルカスが声を上げた。


「な、何か来てる! なんだあれ、森を突っ切ってるのか!? 凄い砂煙だ!」


 それを聞き一気に慌ただしくなる。

 ガヌートとイリオーネ、それに他の亜人達の長が飛び上がって見張り台に上った。


 凄まじい光景が広がっている。

 この辺りはそれ程高さのある木は存在せず、見張り台に上ると森を見渡せた。

 ポルタとオルカスが指さす方向にモウモウと立ち上がる砂煙。


 徐々に音が聞こえてくる。

 それが木々がへし折りながら、大量の魔獣が一同に向かってくる音だと気付くのにそれ程時間は掛からなかった。


「魔獣の大量発生スタンピードか!? いや、でもあの方向に迷宮なんか無かったはずだぞ!」


 オークの長が顔色を悪くさせながら叫ぶ。

 その場にいる全員が同様に顔色を青くさせていた。


 魔獣の大量発生スタンピードは、ごく希に起きる現象だ。

 主に地脈を流れる魔力の一部が、何らかの原因で擦れた事によって生まれた魔力溜まりを元に出現した迷宮から発生する。

 地脈の擦れが更に歪む事で迷宮に流れ込む魔力が急に多くなり、迷宮の魔力を吸収している魔獣の活動が活発化。

 それによって爆発的に増える事が原因と考えられている。


 だがその要となる迷宮はこの付近に存在していない。


 一瞬目の前に広がる光景に心を乱されたガヌートであったが、どうにも不自然な感じがしていち早く冷静になる。

 その量が奏でる足音は大きいものの、距離があったのも冷静になれた理由の一つだ。


 魔力を目に集中させ、こちらに進んでくる魔獣の群れを観察した所で驚きの声を上げた。


 魔獣の種類がバラバラなのだ。

 普通、迷宮から発生するスタンピードで溢れ出す魔獣は一種類。

 急激に増えた迷宮の魔力によって活性化した魔獣が、他の魔獣を喰らい爆発的に増える事で発生する。

 つまり迷宮から溢れ出すのはその喰らい合いに勝ち残った種だけだ。


 だがガヌートの目に飛び込んできた魔獣達は統一性が無く、様々な種が溢れかえっている。

 この辺りで暮らす魔獣が、まるで一段となって集落に向けて近づいてくる様に見える。


 ガヌートがあげた驚愕の声を聞き、我に返ったイリオーネ初め他種族の長達も迫り来る魔獣良く見て同じく驚きの声をあげる。


「なんだあれは! スタンピードで現れる種は一種だけでは無かったのか!?」


 ゴブリン族の長が叫びに似た声を出すが誰も答えない。

 なにせ今その場にいる者が、全員同じ事を考え混乱していたのだから。


 誰が言ったのだろうか。

 恐れを含んだ誰かの声が、小さいながらもハッキリと聞こえた。


「ちょ、ちょっと待て……。なんだ? なにかおかしいぞ……」

「そんなの見れば分かるわよ!」


 イリオーネが焦りと怒りを含んだ声で答える。

 半ば八つ当たりの様な怒りだ。

 そんなイリオーネの肩を軽く叩いてガヌートが口を開いた。

 ただその声は震えている。


「姉ちゃん、魔獣を良く見ろよ。見えねえか、あいつ等の身体。それに目が。何種類もの魔獣が一斉に走ってるのも異常だが、あいつ等の様子の方がどう考えたって異常だ……。どうなってやがんだ……」


 徐々に近づいてくる魔獣達。

 そこでイリオーネはガヌートの言っている事が理解出来た。

 まず身体の一部が欠損している魔獣が多くいる。

 頭が割れて空洞になった頭蓋骨が見えているモノ。

 腹が裂け、あふれ出た内蔵を引きづりながら走っているモノ。

 前足や後ろ足、中には羽が千切れながらも、異様な動きで近づいてくるモノ。

 どう考えても死んでいなければおかしい、生理的な嫌悪感を沸き立てさせる魔獣がちらほら見える。


 そして何と言っても目だ、目がおかしい。

 身体が綺麗なままの魔獣は何割か存在するが、目だけがどれもこれも青白い魔力光を発している。

 目を既に失っている魔獣も、そのポッカリと空いた穴から光が漏れ出している。

 何とも不気味な光。

 それを確認したイリオーネの背中に、どっと冷たいモノが伝う。


「な、なによあれ……」


 尋常の光景では無い。

 気の強いイリオーネの声が震えるのも仕方が無い事であった。


 誰かがポツリと呟く。


「……死霊術か?」


 その呟きにオークの長が唾を飛ばしながら反論する。


「馬鹿な事を言うな! そんな禁術、誰が使うというのだ!」


 死霊術。

 死んだ生物を操る、生命の理に反した魔法として忌み嫌われる禁じられた魔法。

 幾ら魔獣や人と人との小競り合いが絶えない世界といえど、暗黙の内に死者を道具にするこの魔法を使う事は禁忌とされている。

 オークの長が青かった顔を赤く染めるのも仕方が無かったが、それにガヌートは反論する。


「でも現実問題、今俺等の前に広がってる光景は死霊術としか考えられねえぞ。それじゃあアンタ、他にこの光景を作り出す魔法があるとでも言うのか? それにどう考えたってタイミングがおかしい、まるで狙ったみたいだ。付け加えて言うなら今回はそもそも初めっから非現実的な事が起きてるんだ、今更死霊術がどうしたって言うんだ」


 一瞬、もしや魔神が手を引いているのかと思うガヌート。

 生命の理に反する死霊術、言ってみれば生命を作りだしたとされる神への冒涜だ。

 一部の頭のおかしい、魔神を信奉する異教徒であれば死霊術を使う可能性はあるが、森の浅い領域にいるそれ程強くない魔獣とはいえ、いくら何でも数が多すぎる。

 魔神程とは言わなくても、膨大な魔力を持っていなければ、今集落に向かってくる数に魔法を掛ける事など出来はしない。


 その点、魔神であれば納得出来る。

 莫大な魔力に加え、元から主神に逆らった神々なのだ。

 生命の理など初めから気にするはずも無い。


 ただ、と心の中で呟くガヌート。

 今回の首謀者が魔神と考えるのは不自然でもあった。

 何故なら大魔王エンテに呪いを掛けてまで今回の状況を引き起こすのは、どうにも腑に落ちないのだ。

 言ってみれば割に合わないといった所か。

 幾ら魔神とはいえ、相手は龍皇を除けばこの星で敵無しとも言われる3体の怪物達の1体。

 

 果たして怪物に魔神とはいえ呪いを掛けられるか、寧ろそれ程の力があるのならば魔獣の死体など使う必要などあるのか。

 目的は分からないが、どう考えたって非効率的すぎるようにガヌートには思えた。


 次の瞬間、自身の内にある恐怖を払うかの様にガヌートが吠えた。


「そんな事より! 戦う準備をするぞ。何が起きてるかなんて、助かった後に考えれば良いんだ! 姉ちゃん、それにあんた等! 集落の長達が怯えてちゃ、皆が怯えちまう! 気合いを入れろ!」


 その言葉に全員の表情が引き締まる。

 若輩者のガヌートに叱責されたのに誰も嫌そうな表情は浮かべていない。

 誰も彼もが集落を背負った、戦士の顔をしている。


 逃げ場など無い、戦うしか無いのだ。

 そこからのイリオーネと長達の動きは速かった。

 各々の仲間に声をかけ、瞬く間に戦う準備が整っていく。


 魔獣達が近づいてくる騒音が徐々に大きくなってくる。

 

 恐怖はある。

 怯えもある。

 だが逃げ場が無い今、戦うしか無いと理解している。

 戦うのが嫌ならば、死ぬしか無いのだ。


 集落にいる全員が神に祈りを捧げながら、手にする武器を力強く握った。


 


 

 



 



 

 

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