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好調な出だし

「……不味いとは?」


 ユスリハの腕が木に変わった事など気にせずに、ブラドが尋ねる。

 整った顔を歪めてユスリハが答えた。


「兄の死への恐怖を利用して、身体を乗っ取ったのでしょう。完全に意識を呪いに蝕まれたと考えて良いと思います。かなり面倒な事に成りました」


 カインの背中に嫌な汗が流れる。

 尻込みしているとボーガーが呟いた。


「とはいえやる事は変わらんじゃろ。奴を倒さねば、余計面倒な事に成るじゃろうて。ブラド、カイン君! 行くぞ、気合いを入れい!」

「単純な奴」


 ブラドが苦笑し、それを聞いたボーガーは何も言わずに荒々しく鼻で笑った。


「とはいえボーガーの言う通りか。カイン、暴走するにしても俺たちを狙うなよ。それとユスリハさん。何か弱点とかは?」


 後ろに立つユスリハを振り向いて見るブラドに対し、ユスリハは、


「強いて言えば、火の魔法は有効です。それと幸いこの周辺の土地を流れる魔力の流れは、父が根を張り吸収してるので、それによる魔力供給は出来ないと考えて良いです。兄の魔力は非常に多いですが、先ほどの様に新しい身体に確りと強度を持たせて作り直すのはかなりの魔力が必要。だから何度も削り取っていけば、何れは……」

「……要するに、とにかく攻撃有るのみって事ですね……。頭が痛くなってきた……」


 残念な答えにため息をつくブラド。

 だが次の瞬間吠えた。


「ボーガー、カイン、聞こえたか? とにかく攻撃しろ! 相手の魔力は無限じゃねぇ、頑張りゃ何時かは倒せる」

「……良くそれで人に単純なんて言えたもんじゃの? まあ良い、行くぞカイン君!」


 ボーガーの言葉に頷いて返すカイン。

 同時に地面を蹴り、先ほどに比べ幾分大きくなっている巨木、フリージアンに飛びかかった。


 走り出した2人に向けて上からは枝が、下からは地面を突き破って根が襲いかかる。

 今までに比べどちらも細く、そして硬質な見た目をしている。

 そしてその数は遥かに増えていた。


 それでも尚、ボーガーは年齢を感じさせない身軽さと柔軟さで、カインより大きな身体をしているにも関わらず巧みに避けて進んでいく。

 一方カインは、ボーガーの様に躱す事は不可能と考え、可能な限り避けながらも手に持つ巨剣を盾に無理矢理進んでいく。

 とは言え四方八方からの攻撃を全て防げる訳でも無く、強かに全身を打たれるカイン。

 だが病の副作用による恐ろしいまでの頑丈性をもって、意にも介さず真っ直ぐに進んでいく。

 

 視界の端にそれを捉えたボーガーは、余りの頑丈さに苦笑いを浮かべた。

 枝や根に込められた魔力は、ボーガーやブラドであっても直撃すれば十分な被害が考えられる。

 痛みに顔を歪めてはいるが、そんな攻撃を何度も直撃しながら真っ直ぐ進むなど、正気であれば不可能であるし、何より普通なら直ぐに沈むであろう。

 余りの常識外れな身体に、段々と呆れの感情を感じてしまうのは無理もなかった。


 一足先に本体へと辿り着くボーガー。

 魔力を込め、戦斧を振りかざすが先ほどの様に枝が襲いかかる。

 

 だがついさっき喰らった攻撃を、また喰らう様ではそもそもこの戦いに着いてこれるはずが無い。

 待っていたと言わんばかりに、体勢を変えて、枝に向かって戦斧を振り下ろす。

 まるで金属同士がぶつかり合う音がして、ボーガーに襲いかかった枝と、その後ろに隠れていた枝を叩ききった。

 その反動を使って前に飛びだし、フリージアンの背後に回り込む。


「今だブラド!」


 ボーガーの一声。

 フリージアンの攻撃は、主にカイン達3人とユスリハだけに向けられていた。

 と言うより既にユスリハ以外の森の子供達は、フリージアンが呪いによって完全に意識を乗っ取られた時点で戦場から離れていた。


 ブラドは自身に襲いかかる枝や根を避けながら、ボーガーの合図を待っていたのだ。

 囮になって攻撃を集め、ブラドの魔法を遮る壁を少しでも減らすボーガーの合図を。

 ボーガーは他の亜人に比べて魔法が得意で無いオーガ族の特徴通り、魔力による肉体強化を持っての肉弾戦が十八番だ。

 もっとフリージアンの魔力が少なければ、その巨体を一撃で切り落とす事も可能であるが、相手が相手である。

 その為ボーガーが囮になり、広範囲の攻撃が得意なブラドが攻めるという戦法が昨晩考えた結果であった。

 細かい事が出来るはずも無いカインが、話に入れなかったのも当然の事である。


 ボーガーが作りだしたフリージアンの隙は、非常に小さなものであった。

 それなりの使い手であっても、見逃すであろう小さな。

 だが年老いて力量の下がってはいても、英雄と讃えられたブラドがそれを見過ごすはずも無く、先程と同程度の火球を針の穴に通すほどの繊細さで撃ち出した。


「カイン! 下がれ!」


 ブラドがカインを巻き込まぬ様に怒声を上げる。

 その声を聞いて慌てて地面を蹴り、後ろに下がるカイン。


 危険を察知したのか、カイン達に向けていた自身の手である枝と根をフリージアンは、慌てて壁にする為に引き戻す。

 だがそれも虚しく、高速で突き進む火球に触れた瞬間焼き消えた。

 そして幾重にも重ねられた枝に激突し、業火が生じた。


 先程に比べて魔力を練り込まれた根は、ブラドが放った火球の威力を減少させるに至ったが、それでもその根の壁を突き破り、フリージアン本体に直撃した。


 壁が威力を減らした事と、先程と違い巨木全体に魔力が行き届いていた為に、巨木の3分の1程しか焼き尽くす事が出来ず、無意識にブラドは舌を鳴らした。

 水分を多量に含んだ木が一瞬で焼き切れた為に、水蒸気が発生し視界が悪くなる。


 だがそんな中、ブラドはカインが真っ先に駆け出すのを見た。

 消えた身体の一部を治そうとするフリージアンに反撃を許さぬ速度で飛びかかり、両手で持った巨剣シンユ・ムグラムを力強く横一線に振るった。


 ハッキリ言ってカインが持つビッグゲート家の家宝シンユ・ムグラムは、剣という観点から見ると何とも言いがたい存在だ。

 馬鹿みたいに強固で魔力を殆ど通さない為に盾になり、その大きさから広範囲の攻撃を可能とする。

 だが反面、馬鹿みたいに重く、その巨大さから取り扱いは非常に難しい。

 そして何より刃の鋭利さと言う点では、二束三文で売られている不出来な剣よりも酷いと言って良いだろう。


 強固さも普通の剣であれば魔力による強化である程度はどうとでも成るし、重さとデカさで使いづらく、何より剣と言って良いのか分からない程になまくら。


 普通なら誰も使いたがらないし、使おうにも重すぎて使えない巨剣。

 だが人間離れした身体能力を持つビッグゲート家の者が使えば話は変わってくる。


 異常な迄のその重量は高速で振られる事によって、圧倒的なまでの破壊力を生み出す。

 どれだけなまくらであっても……。


 カインが力任せに振った巨剣は切ると言うより、引き千切るといった感じでフリージアンの身を半ばから横一線に切り落とした。

 弾けた木片が飛び散り、千切れた上部が空中で一瞬止まって、下に落ちようとした。


 ただそれで終わる相手ではない。

 カインは右から迫る気配に気付いて後ろに飛び退く。

 直後先程までいた所を根っこが叩き、地面が破裂した。


「良くやった、なかなかやるじゃねえか」


 気付くとカインの横にはブラドが立っていた。

 暴走せず、それでいて確り状況判断を取りながらフリージアンに一撃を入れた事に、驚きながらも嬉しそうに笑顔を見せた。


「流石ガーラの孫じゃのぅ。良くあれだけ魔力に満たされた巨体を叩ききれるもんじゃ」


 苦笑いしながらボーガーもこちらにやって来た。

 フリージアンは一瞬の間に結構な量を削り取られたので、修復に時間が掛かっている。

 すると後ろから驚いた声がカインに向けられた。


「私、カインさんの実力を見誤っていたようですね。申し訳ありません。しかし、これならどうにかなりそうです」


 ユスリハの少し安堵した声が響く。

 確かにカインを除いて初めの一撃を除けば誰も無傷で済んでいる。

 ただ魔力が少し減ってはいるものの、未だフリージアンが内包する魔力が膨大であることは、その身から発せられる魔力を感じれば明らかな事であった。


 一同気を入れ直し、動こうとした所で巨木に出来た顔が口を開いた。


「うーん、流石に相手が悪かったかなぁ……」


 なんとも緊張感の無い声が、ポカッと開いた口から発せられる。

 余り凹凸の無い顔であり、木の模様にも見える顔が流暢に言葉を発するのは少しばかり奇妙に思われた。


「違う……」


 小さな声でユスリハが呟くのをカインは聞いた。

 怪訝な顔をしてブラドが尋ねる。


「ユスリハさん、違うとは一体?」

「あれは兄、フリージアンの声じゃ有りません! おかしいです、呪いで心を蝕まれて声が変わるなんて……。あれじゃあ、まるで」

「なんだ、エンテは心が蝕まれると教えていたのかい?」


 ユスリハの言葉を遮って、木に出来た顔が話した。


「それはちょっと違うな。そもそも呪いなんて無い。ただ魂に細工して乗っ取っただけさ」


 そう言って顔は嬉しそうに、狂気を孕んだ笑顔を浮かべて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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