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各々の意地

 月光の下、カルカンに飛びかかったのはカインより大きな影。先ほどまで半分失神しかけていたガヌートであった。

 カルカンに気付かれぬ様、大きな身体にも関わらず足音一つ立てずに飛びかかってゆく。

 手斧を振り下ろすと共に魔力による強化を行う。


 ガヌートとカルカンの力の差は天と地ほどあるモノの、死にかけのカルカンになら十分致命傷となる一撃。の、はずだった。

 カルカンの瞳に力が蘇る。当初の余裕は既に無く、歪んだ顔で吠えた。


「調子に……乗るなぁぁぁぁ!」


 ガヌートの腹部が大きく凹み、口から勢いよく鮮血を吹き出しながら吹き飛んだ。

 まるで投げられた小石の様に大きな身体が飛び、先の破壊から逃れた木々の間に突っ込み闇の中に消えた。

 闇の中から微かに聞こえる呻き声がガヌートの生存をブラドに伝えていたが、その呻き声は今にも消えてしまいそうなほどに弱々しいものであった。


 だがブラドはガヌートが生きている事からカルカンも限界であると確信した。

 ガヌートとカルカンの差は天と地ほどに開いている。本来ガヌートの実力であればカルカンの一撃を食らえば絶命して当然なのだが、それが半ば死にかけていると仮定しても、生きていると言う事はそれほどまでにカルカンが弱っている証拠だ。


 どうにかと、限界がきた身体をブラドが動かそうとするが動かない。奥の手もネイの一声で、何故か精霊が拒否して出来そうも無い。

 それを尻目にカルカンがふらつきながら、それでも強い足取りでネイに近づいていく。


「くそったれめ! 何てガキだ、ぶっ殺してやりたいが……。ああぁあぁああ!」


 急に叫び声を上げたカルカンがネイを蹴り飛ばし、その小さい身体が数メートル転がってゆく。

 だがどうやら殺す気はないのだろう。


「ああ! 我慢ならねぇ、殺したいのに殺せないってのはよぉ! それもこれもあのゴミ屑のせいだ! あいつさえいなけりゃこんなことにならなかったってのに!」


 なおも叫び続け仕舞いには自分の頭が削れるのでは無いかと言わんばかりに、頭を力任せに掻き出すカルカン。

 まるで駄々っ子の様に暫くそうした後、ピタッと動きが止まる。


「ああー、駄目だ。我慢出来ねぇ……。殺しちゃ不味いが死にさえしなければ、腕と脚引っこ抜いたって構やしねえだろ。はははっ、それが良い。こんな危ねえ奴を五体満足で連れて帰ったら、酷え目に遭うのは目に見えてるんだ」


 カルカンの顔は正気を失ったそれであった。

 目は忙しなく動き回り口の端が痙攣を繰り返し、垂れた涎を拭くこともしない。まるで魔神の威厳など既に無い。


 ゆっくりとネイに近づくカルカン。

 どうにか動こうともがくブラドであったが現実は厳しく、動くことが出来ぬままカルカンがネイに近づくのを見ることしか出来なかった。

 

 そしてカルカンがネイの側に立つ。

 身体から発する魔力は弱いモノの、意識が無い少女の手足を引き千切るくらい魔神にとっては造作も無い。

 カルカンが腕を振り上げたその時、小石がその頭に直撃した。ブラド、カルカンが共に小石が飛んできた方向に振り返る。


 上半身を起こし、カルカンを睨み付けるライラがそこにいた。


「あんた……。私の可愛い妹に何しようとしてんのよ!」


 ライラが叫んだ瞬間カルカンの身体が硬直する。

 それと同時にブラドに付いている精霊が俄に騒ぎ立て、辺り一面の精霊達が一斉に興奮しだした。

 それと共に、ブラドは自身の身体に微かにだが力が蘇るのを感じた。

 これを狙っていたのだ。ライラの特殊な、精霊達を暴走させる力。

 それがここに来てようやく発動した。


 ライラがカルカンを睨み、茫然自失といった感じでカルカンがライラを見つめる。

 しかし、


「ぬううううぁぁ!」


 カルカンの目が怒りに染まり、硬直した身体が俄に動き出す。


「何なんだてめえ等は、どいつもこいつも足掻きやがって! それに一番理解不能なのはてめえだ! 何でお前みたいな小娘があの忌々しいゴミ屑野郎と同じ力を使える! なんでなんでなんで、なんでこの俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ! 酷すぎる、あんまりだ!?」


 口から涎をまき散らし、遂には子供の様に泣き出したカルカンがライラに飛びかかった。


 限界を迎えていると確信していたカルカンの行動に、ブラドが驚愕したは当然のことであった。

 どう考えても限界のカルカン、それを支えるのは魔神の意地に他ならない。


 長い年月頂点に君臨していた魔神カルカンの魂が、矮小な人間に虚仮にされることを拒絶していた。

 その拒絶が限界を迎えたカルカンを動かす。


「お前は危険すぎる! ここで消え去れ!」


 カルカンの掌に魔力が凝縮されていくのがライラにも分かった。


 ライラにとって目の前の魔神は死だ。

 意思を持って迫り来る死そのもの。


 それが分かっていてなおライラはカルカンを睨むのを止めない。

 まさしくライラはブラドの孫であった。

 だがそんな2人の間に立ちはだかる影。

 

 ライラは見た、ものにして一秒も無い刹那その人物を。

 足下は覚束なく、身体は半ば弛緩し立っているのもやっとという具合。

 それでも壁の様に巨大な剣を両手で振り上げているカインの姿を。


 カルカンは見た。

 自身と忌々しい力を持つ小娘の間に立ちはだかる、30年前に魔神である自身に、長い事感じたことの無い恐怖を呼び起こさせた憎き男によく似たその孫を。

 目は虚ろで先ほどの獣じみた顔は既に無く、身体に力は無いのにも関わらず、手に持った巨剣を自身に振り下ろそうとするカインの姿を。


 カインが何よりも固く、そして限りなく重い家宝の巨剣を振り降ろす。

 同時にカルカンの掌が魔神に相応しい魔力によって強烈な光を放ち、辺りは光に包まれる。


 凶器に等しい轟音。そして大地が崩壊したかの様な地響き。

 余りの音と衝撃にライラは思わず目を瞑る。


 物音一つ聞こえない。

 徐々にライラが目を開いてゆく。

 破壊され開けた森であった空間に降り注ぐ月光によってライラが見た光景は、地に深々と突立つ巨剣と倒れ伏すカイン。

 そしてその前方、右肩から先を切り落とされたカルカンが歯を食いしばり片膝をついていた。


 早かったのはカルカンであったが、カインを殺すべく魔法を放つ瞬間に先ほどと同じように身体が硬直。

 自身を断ち切ろうと迫る巨大な刃を避けようとして、どうにか重心をずらす事に成功したカルカンであったが、命の代償にその右腕は切り落とされる結果となった。

 だがカインの方も限界を超えた状態で動いた代償として、巨剣を振るうままに倒れ伏す。

 

 流石と言うべきか、魔神のプライド。

 カルカンがギョロリとライラを凝視し、残った左手に魔力が集まる。

 ライラの心が恐怖に染まった。


 動ける様には到底思えない。

 どうして動けるのか、疑問が恐怖となってライラを襲う。


 答えがあるとすれば魔神だからとしか言い様がない。

 遙か昔、神によって封印されたと伝えられている邪神達。

 幾ら封印によって力が削がれたとしても、紛う事なき怪物を超えた怪物達。

 その異常性をライラはその身をもって体験し、今度こそ死を覚悟した。


 気が狂いそうな痛みに耐え、青年は剣を振った。

 勝てぬと分かっていてもオーガの男は、2人の妹のために敵に立ち向かった。

 少女は死を目前にして目をそらさず、その妹は祖父と姉を助けるために自身の力に倒れ伏した。


 次に意地を見せるのは……。




 

 

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