病と副産物
ブラドとカルカンの戦いが続く中、止まぬ猛撃を受け続けカインは身を丸めて情けなくも助けを願うしか出来なかった。
何故着いてきてしまったのか?
何故何とかなるなどと楽観的な考えを起こしてしまったのか?
そんな思いが沸き上がり、直ぐさま消えてゆく。
確かに何か切っ掛けが無ければ魔力放出障害がもたらす痛みに立ち向かう事は出来なかっただろう。
あえて窮地に立つことで自身の力を無理矢理使おうと考えたのは嘘では無い。
だがそれだけでこの場に来たわけでは無かった。
ライラにブラド。
親兄弟以外でガーラ・ビッグゲートの孫という立場以外で自分を見てくれる他人。
ライラに至っては記憶が無い幼少期の自分と遊んだことを覚えていてくれた。
カインは意識が戻って以来長い時間を家で暮らし、その間に他者と触れあったことは殆ど無い。
当然友達などいるはずも無い、そして女性の知り合いなんて皆無だ。
ライラは10年も会っていない自分のことを覚えていた。それがカインには訳が分からなくなるほど嬉しかった。
もしブラドに着いて行かずライラとブラドを見殺しにして、その後ブラドの言うとおり肉体を超越者、世間で言う魔王と化して生き長らえると考えたときカインはずっと後悔する気がした。
もし身体が化け物になって人から避けられる様になっても、カインは心まで化け物にはなりたくなかった。
ライラを見殺しにすればカインは何か捨ててはいけないモノを捨ててしまう。
そう考えるとブラドについて行くと言ってしまっていた。
萎える心を抑えつつ家宝である巨剣シンユ・ムグラムを振り回す。
技術なんてあったものでは無い、ただ振り回すだけ。
振ればその重さにバランスが崩れ、どうしようも無いくらいに攻撃が降り注ぐ。
戦ったことの無いカインにとって他者からの暴力は、ただただ恐怖であった。
鈍い痛みが全身を襲う。
唯一の救いは祖父のコート。素材が何かは知らないが男達が振るうナイフの一撃を、悉くその表面で止めてくれるがそれでも痛みは届く。
恐怖と痛みに身体が強ばり知らず知らず身体が丸まる。
そしてライラのことを思い出して時折巨剣を振り回す。
それの繰り返し。
段々と相手の暴力によって身体が痛いのか、それとも病が引き起こす痛みなのかが分からなくなっていく。
頭蓋骨を砕かれるかの如き痛みが絶え間なく襲いかかる。
徐々に酷くなる頭痛、その時少し離れたところから愉快そうな小さな声が確実にカインには聞こえた。
同時にカインは右頬に先ほどまでとは明らかに違う衝撃を感じた。
そして一瞬の間も置かず顎が跳ね上がりカインの身体が浮く。
漸くそこで自分が殴られたことに気付くカイン。
先ほどまでのナイフの感触と違う肉体がぶつかる感触。
だがその衝撃は本来肉と骨より硬いはずのナイフよりも遥かに強く、そして痛い。
たった二発の拳でカインの意識は遠のきかける。
だがその拳はそれでは終わってくれない。
カインの視界に入るのは一つの影。
それにも関わらず攻撃の勢いは先ほどまでの5人に比べて一層激しい。
倒れることも意識を失うことさえ許してくれない暴力に身体が悲鳴を上げる。
どうにか巨剣を振るうもそれを持つ腕を強打されバランスを崩し倒れかかるが、カインが倒れぬ様踏ん張る前に数え切れない拳によってカインの意思とは関係なく体勢を整えられ、そして又殴られる。
徐々に恐怖も肉体の痛みも遠のいてゆく。
カインが感じるのは魔力を長時間使った事による副作用からくる、今まで感じたことの無い程の激しい頭痛。
暴力による痛みなど分からなくなり、意識が朦朧となるどころか気絶すら許してくれない。
多分この頭痛が無ければ未だ飛び交う拳による暴力を受けながらでも、熟睡出来ると思ってしまうほどの常軌を逸した痛み。
生きるために力を使う事をブラドに宣言した自分が、何も分かっていなかった馬鹿だった事をカインは理解しあざ笑った。
この痛みは……。
カインは襲いかかる痛みの中、長生きする為とは言えこのような状況で無ければ力を使う気には絶対ならないだろうとぼんやり考えていた。
そして微かに見える視界にグッタリとするライラをとらえた瞬間、カインを襲う激しい頭痛は限界を迎え、同時に暴力が止んだ。
※※※※※※
カインにトドメを刺そうと飛びかかった5人の男達の本能に危険信号が鳴り響く。
止まるはずの無い速度で進んでいた5人の内3人の男達は、ありったけの魔力を肉体強化だけに注ぎ込み、骨を軋ませながら方向を変えることに成功。
だが方向を変えることに成功した男達より一歩前に出ていた男達にそれは叶わなかった。
カインの巨剣を握る右腕が歪に膨らみ、そして消えた。
パンッ!!!!
まるで雷鳴の様な破裂音が森に響き渡る。
赤い煙がカインの前で発生し、使い古されてくすんだ色のコートに赤い斑点を作り出して間を置かずに赤く染め上げた。
カインに向かって一番前を走っていた男が消えた。
消えた男の一歩後ろを走っていたもう1人の体感速度が遅くなる。
男は見た。
自分の前を走る男が巨大な壁によって赤い煙となる工程を。
黒い壁と空気に挟まれて前にいた男の身体がゆっくりと押しつぶされていく過程を。
砕けた骨が至るところから飛び出し、目は飛び出て割れた頭からは脳が飛び出す。
それすら圧壊し徐々に肉や骨が粉々に砕け、最後には赤い煙となって視界から消えた。
凄惨な光景を見た後方の男は血と脂で艶めかしく光る、極太の腕が伸びてくるのを躱すことは叶わなかった。
太い指が男の首に絡みつき、魔力によって強化された男の首は千切れはしなかったが無残にも頸椎がへし折れ四肢から力が無くなる。
薄れゆく意識の中で男はカインの顔を見た。
そこには先ほどまで自分達に袋だたきにあっていた気弱そうな顔は既に無く、瞳孔は開き口の端からは涎を垂らし狂った獣の様に歪んだ顔があった。
男は恐怖し、そして安堵していた。
それは自分が直後に死ぬと理解していたから。
そして残った仲間達がこの後目の前の化け物と戦わなければならない事を哀れに思い、今まで流したことの無い涙を流した直後意識が途切れた。
カインが掴んだ男を未だ戦っているブラドとカルカンがいる方向に投げつけた。
男の折れた首が長く伸び、直ぐに頭と胴体が離れてそのまま飛んでいく。
男だったモノはカルカンに向かって一直線に飛翔し、当たる寸前で弾けた。
ブラドと戦うカルカンが忌々しげにカインを睨み付ける。
直後カルカンの金切り声に近い怒声が響き、それをかき消す万雷にもよく似たカインの咆哮が木々を揺らした。




