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初めての戦い

 ブラドの声を聞いて無意識のうちにカインは背負っていたモノを前に構えた。

 次の瞬間凄まじい衝撃がカインの両腕を襲い、破壊からカインを防いだモノがカインの手からはじき飛ばされた。


 何が起こったのかも分からず130㎏を超えるカインの身体が軽々と宙に浮き、後ろの壁を突き破って外へと吹き飛んだ。

 そのままの勢いで転がり、背中から木に激突してようやくカインは止まる。

 直後カインの横に、先ほど手からはじき飛ばされたモノが落ちてきた。


 轟音、そして地面にめり込む様にそれが突き刺さる。


 先ほどの衝撃で覆っていた布が全てはぎ取られた様であった。

 カインの横に突き刺さったモノ。それは一言で言って壁。

 形状はどうにか剣の様相をしている。だが異質。


 刃渡り2メートル、幅は広いところで1,5メートルはあるだろう。

 厚みも20センチ近くあり、柄もそれに負けないほどの巨大さ。

 さらに異質なのは、まるで巨大な鉱石を削り出したかの様な外見。

 一般的な剣とは違い、その表面は不細工なまでに所々がゴツゴツと盛り上がり一切の端正さを感じさせない。

 中央に一カ所だけ何かに削られた様な深い傷が走り、両の刃は鋭さを感じさせない。


 辛うじて剣の様相を保っている物体が、圧倒的な存在感を放ってカインの横に深々と突き刺さっている。

 その光景に肝を冷やしながらカインが眺めていると、近づいてくる足音が聞こえた。

 少しばかり背中に鈍い痛みを感じたがそれを無視してカインが勢いよく立ち上がると、先ほどカルカンの横に立っていた仮面を被った黒尽くめの男がゆっくりと歩いて近づいて来るところであった。


 先ほどはカルカンに目を取られ気付いていなかったが、男は戦いからほど遠い生活を送っていたカインから見ても強者の雰囲気を醸し出していた。

 どの様な鍛錬を積んだのかは分からないが、その鍛え上げられた身体は名工によって作られた名剣の鋭さをカインに想像させた。


 慌ててカインが構える。

 だが今まで一度も戦ったことなど無いカインの構えが可笑しかったのか、男の表情は仮面で見えないが愉快そうに肩を少しだけ揺らす。

 それを見てカインの顔が少し朱に染まる。


「申し訳ない。馬鹿にしたつもりは無いんだ」


 男が声をかけてくると考えていなかったカインの肩が上下に揺れる。


「今日は良い日だ、そうは思わないか?」


 男の真意が読み取れずにカインが睨んでいると、気にしていないといった風に男は話を続ける。


「英雄ブラドと魔神の戦いを見られる俺達は幸せだ。それにあの大英雄ガーラの孫と戦えるなど……」


 そう言って男は肩を揺らす。


「君の横に突き刺さっている巨剣が噂に名高いシンユ・ムグラムか? 噂通りまるで壁だな。それに重そうだ、鈍重な壁という異名も納得出来る」


 男は嬉しそうに、それは嬉しそうに話した。


「そんなことよりライラさんは何処だ?」


 カインは先ほどまで男が抱えていたライラがいないことに心穏やかでは無かった。

 まさか先ほどの衝撃で……。

 そう考えていると男がカインに話しかけてきた。


「心配するな。あの子は無事だ、部下に任せてある」


 そう言って後方を指さす。

 そこには男と同じく黒尽くめの男がライラを抱えて木々の側に立っていた。

 カインが目の前の男を再度睨む。


「カルカンが彼女を強く叩きすぎたのは謝ろう。しかしこれ以上の心配はご無用、彼女はネイ様を連れ戻す為の重要な鍵だ。これ以上彼女を痛めつける気は一切無い」

「ネイ様?」


 男がネイの名前を呼ぶ響きには薄らと畏敬の念が混ざっていることにカインは気付いていた。

 ブラドが言っていたネイと帝国が厄介な関係にあるという言葉を思い出し、カインは自身の想像以上に根深い問題があるのでは無いかと想像した。


 カインが思案していると、それに気付いたかの様に男が話し出す。


「ふむ、俺もカルカン同様少し興奮しすぎの様だな。それより少し英雄と魔神の戦いというモノを見ないか? どうせ死ぬならせめて面白いモノを見て死ぬ方が良いだろう?」


 男の言いぐさに少し腹を立てたカインであったが、そこで漸く辺りが不自然に明るいことに気付く。

 と、同時に辺り一面を覆う膨大な魔力の片鱗にすくみ上がる。

 そして何故今まで気付かなかったのだろうかと疑問に思った。

 

 明るい方向にカインが視線を移すとそこはまるで地獄であった。

 意思を持つかの如く蠢く炎がブラドの周りを這い回り、まるで軟体動物の様にウネウネとのたくりながらカルカンを燃やし尽くす為に伸びていく。


 だがその炎はカルカンに届かない。

 目に見えない壁がカルカンの身を守り、熱を通さないのか業火を前にしてその顔は薄ら笑いを浮かべていた。

 そこで不思議なことに気付いた。恐ろしいまでの炎が渦を巻いているというのにカインはその熱を感じ無い。

 さらにブラドの周り、大量の草木があるというにも関わらずその一つたりとも燃えている様子は無い。


「流石英雄と言われるだけはある」


 カインがその光景を見ていると、男が興奮気味に口を開いた。


「あれだけ大量の魔力を使っているにも関わらずこちらに熱が一切伝わらない。魔法へ完璧なまでに指向性を与えている。流石、炎の精霊に愛されし者だ。戦いたかったがあれは俺の手には余るな。そうは思わないか?」


 そう言って仮面の男はカインに話しかけた。

 とはいえ聞き慣れない言葉に、


「はあ……」


と、カインは相手の言っていることが分からず、曖昧な返事を返す。

 仮面の男はそれを気にすること無く話し続ける。


「しかし残念だ、あれほどの使い手が今夜魔神に殺されるんだからな」

「何だと!」


 男の一言にカインが憤慨する。

 そんなカインを見ても男は動揺せず話しかける。


「もう少し見ていたいが余りダラダラしているとこちらも奴に殺されそうだからな。待たせて悪かった、それじゃあこちらも始めようか?」


 仮面の男から殺気が溢れるのをカインは感じた。

 それと同時に木の側でライラを抱えている男と同じような、黒い服を身に纏った男達5人がカインの周りに気配も無く現れる。

 カインの顔が引きつるのを見て仮面の男はまた肩を愉快そうに揺らした。


「卑怯とは言ってくれるなよ。見た感じ戦いは素人の様だが腐っても大英雄と謳われたガーラ・ビッグゲートの孫。もしかしてと言うことがあるからな、念には念を入れさせて貰う」


 カインにとって生まれて初めての戦いだ。

 勝利出来れば最高ではあるが、せめて魔神と戦っているブラドの邪魔はさせないと気合いを入れ、震える指が女性の二の腕ほどもありそうなシンユ・ムグラムの柄を掴む。


 馬鹿げた重みをカインが感じた瞬間、5体の影が音も無くカイン目掛けて襲いかかった。





 

 

 

 

 

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