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魔神カルカン

 カインとブラドは夜になってフィルシー大迷宮都市を出発した。

 目指したのは都市の西側に存在する、何処までも続くエンテの森。

 その森に入って少し進んだところに建てられた、今は使われていない休憩場が手紙で指示されていた目的地であった。


 エンテの森は人間と亜人の生活圏を分ける目安として定められており、本来は亜人の生活圏である。

 そのため人間が踏みいることは基本的に禁じられてはいるが、人間と亜人が共存するフィルシー大迷宮都市が側にあることから探索者であれば浅いところまでは入ることが許されている。


 これは増えすぎた魔獣を探索者達に狩らせ森に住む亜人の負担を軽減、そして充満した魔力を吸収した迷宮に潜む魔獣に比べ地上の魔獣は弱いことから駆け出し探索者の鍛錬に適しているからと、亜人と探索者ギルド間の契約が出来ているからである。


 今2人が目指している休憩所はそんな駆け出し探索者の為に作られた場所であった。

 とはいえ元から余り使われていなかったことから魔獣が住み着いてしまい、数年前に新しい休憩所が作られたことから現在は近寄る探索者は殆どいない半ば廃墟と化している。


「ブラドさん、後どれ位で着きますか?」


 カインがブラドに尋ねた。


「この速度ならすぐ着く。それより舌を噛むから喋るな」


 ブラドが馬の上からカインを叱責する。

 なにせカインは今まで動物に乗ることなど無かったから、ブラドが心配するのも仕方の無い事であった。

 もっともカインが乗っているのは馬では無い。レクトブルと呼ばれる大型の猪である。


 本来魔獣のレクトブルは人間には懐かない。

 だがカインが乗っている個体は数年前に狩られた通常より強い力を持った特異個体の子供であり、老人の1人ウァーナムが小さな頃から育てているため珍しく人に懐いている。


 初めはカインも馬に乗るはずだったのだが、カインの体重に加えカインが持つ荷物を運べるほど馬力のある馬がいなかったために、結果ウァーナムのペットであるレクトブルに乗る事となった。

 動物に乗ったことの無いカインだったが、良く調教されているのかそれが嘘のように乗り心地は良かった。


 月明かりの下、カインとブラドはエンテの森に向けて猪と馬を走らせる。

 ブラドの言ったとおりカイン達はその後10分もしないうちに森の際にまで辿り着いていた。

 

 森は鬱蒼としており先ほどまで明るかった月の光も、森に一歩入れば光源として役には立たない。

 また至る所で木の根が飛び出ており、カインの乗るレクトブルはともかく馬で移動するのは困難な事からカイン達は森に入る前に降りることとした。


 カイン達がレクトブルと馬を付近の木に紐で止めると2体はその場で休みだした。

 森には数多くの魔獣が生息しており本来危険だが、レクトブルは森の浅い領域では生態系の頂点に立つ魔獣であるし、馬はブラドの魔力を少しではあるが纏っているので近寄る魔獣はいないと考えたのだろう。


 そんな二体を放って2人は森の中に入っていった。

 月の光はないもののブラドが正面に生み出した炎が辺りを照らす。


「大丈夫ですかブラドさん? これじゃあ相手にバレますよ?」


 カインが心配そうにブラドに話しかける。


「ふん、バレても燃やしてしまえば良いだけのことだ。それに既に囲まれている。襲うなら既に襲われているさ」


 その言葉にカインは驚いてブラドにくっついた。


「ええい気持ち悪い、くっつくな! 相手は俺たちが来ることが分かっているんだから監視されていて当たり前だろうが。さっさと離れろ」


 ブラドに怒られたカインは離れたものの、怯えて身体を縮こませながら殆どくっつかんばかりの距離でブラドについて行く。


 いくらか歩いたところでカインが気づいた、物音がしない。


「ブラドさん、やけに静かですけどこれが普通なんですか?」

「いいや、本来なら夜であっても魔獣の鼻息や木々のざわめきなんかで五月蠅いくらいだ。予想通り魔神がいるんだろう。どいつもこいつもビビって息を潜めてるんだ」


 ブラドが前方を照らしながらズンズンと歩を進めていく。

 それに続いてカインが歩くこと数分、目の前に半ば崩れかけた木製の小さな建物が木々の間から現れた。

 

「ブラドさん、話してた目的地ってここですか?」

「ああそうだ、今か今かと期待してる雰囲気がビシビシ感じる。カイン、気合い入れろよ」


 そう言ってブラドは一度深呼吸をして、扉に手を触れた。

 ガタが来ているためかブラドが扉を押すと、大きな音がしてゆっくりと開いていく。

 ブラドが生み出した炎によって照らし出された休憩所の中は意外と整理されており、ぱっと見たところ誰もいない。


「おい、カルカン! 来てやったぞ、さっさと出てこい!」


 ブラドの怒声が小屋を揺らしたかのようにカインには感じられた。

 カインがブラドの後ろで身を丸くしていると、小屋の奥の暗闇から脚が現れる。


「やあやあ久し振りだねぇ、ブラドちゃん」


 現れたのは特徴の無い青年であった。

 背は高くも低くも無く、顔立ちも特にこれと言って印象的なものでは無い。人の少ない小さな村ですれ違っても、印象に残らない様な青年。


 ただこちらを舐め回す様な目と、身に纏う濃厚な魔力がカインの本能に危険を告げていた。


「ふーん、思っていた通りネイって娘は連れて来なかったんだねぇ」


 カルカンと呼ばれた魔神がブラドに話しかけた。


「当たり前だ、誰が連れてくるか。それよりライラは無事なんだろうな?」


 ブラドの問いかけにカルカンは嫌な笑いを浮かべながら指を鳴らす。

 すると先ほどカルカンが出てきた反対側の読みから男がグッタリとしたライラを抱えて姿を現した。

 意識が無いのかライラは動かない。

 それを見てブラドの身体から魔力が溢れ出す。


「てめえライラに何をしやがった?」

「うーん、攫うときに少しばかり強く叩き過ぎちゃってねえ。後、騒がれたら面倒だから薬を少々。大丈夫、死んじゃあいないさ」


 そう言ってカルカンはニヤニヤと笑った。

 ブラドが顔を歪めて今にもカルカンに襲いかかりそうであったが、一度息を吐いてカルカンに質問する。


「単刀直入に聞くが、てめえ帝国と手を組んでるのか?」

「なぁに、そんなこと聞きたいの?」


 カルカンが愉快そうにブラドに聞き返すと、ライラを抱えている男がカルカンに何か話しかけようとする。

 だがそれはカルカンの刺すような視線で遮られた。


「てめえ、俺が話してるのを邪魔するんじゃねえ! 殺すぞ?」


 先ほどまでブラドと話していた声色と違い、腹の底に響くような低いカルカンの声に男だけで無くカインまで身体を縮こませる。

 そんなカインを見てカルカンが口角を上げる。


「ブラドちゃん、君の後ろで小さくなっているのはもしかしてガーラちゃんの親族かい?」


 ややあってブラドが口を開く。


「……そうだアイツの孫だ」


 その言葉にカルカンが目を細める。


「そうかそうか、嬉しいなぁ。ガーラちゃんが龍皇の奴と戦って死んだって聞いたときは心底ガッカリしたものさ、恨みを返せないってね。へぇー、お孫さんねぇ」


 カルカンの細くなった目に見つめられてカインは怖気のようなものを感じた。


「それより質問に答えろ」


 ブラドの苛立った声が響く。


「ん? ああそうだったね、ごめんごめん。ブラドちゃんの言うとおり北の帝国と手を組んでいるよ。だいたい想像はついているんでしょ?」


 カルカンがからかう様に質問に答えた。


「人間を餌としか考えてない様なお前が一体どういった風の吹き回しだ? 幾ら皇帝が先祖返りだと言われるほど力があるとしても、お前が人間の下につくとは考えづらい」

「なあに今回は少しばかり相手が厄介ってだけさ。目障りな龍皇の奴もガーラちゃんとの戦いで未だ動けないみたいだしね。それにネイって娘の力は僕達からしても魅力的だ。ムカつきはするが、このタイミングを逃したら少々面倒なんでね。多少は我慢するさ」


 そこでブラドが口を挟んだ。


「僕達? やはりお前以外にも魔神が動いているのか!?」


 ブラドの言葉にカルカンはしまったと言わんばかりに舌を出した。

 それが気にくわないのかブラドの声に苛立ちが混ざる。


「魔神共が集まって何考えていやがる。答えろ!」


 常人であればすくみ上がる様なブラドの怒声を聞いてもカルカンは薄ら笑いを浮かべながら口を開く。


「いけないいけない、久し振りに知り合いに会ったからって話しすぎは良くないね。後ブラドちゃん、その質問には答えられないよ。例えこの後死んじゃう君にだってね」


 そう言うとカルカンを纏っていた濃厚な魔力が膨らみ始める。


「少し話し過ぎちゃったね、でももう我慢出来ないや。ブラドちゃん僕はね、30年前に君とガーラちゃんに受けた屈辱で今日に至るまでずっと頭がおかしくなりそうだったんだ……」


 カルカンの表情は薄ら笑いを浮かべているが、瞳は徐々に狂気をはらんでいくのがカインにも見て取れた。

 頭がおかしくなりそうな程の魔力が空間を支配していく。


「老人を痛めつけるのは気が進まないけど仕方ないよね? だって僕を侮辱したブラドちゃんが悪いんだから……。だからさ……簡単には死んでくれるなよ?」


「カイン! 来るぞ!」


 ブラドの怒声がカインの耳を打つ。

 その瞬間半ば朽ちかけた休憩場が四散した。



 

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