不穏
「で、これは一体どういうことだ?」
ブラドが半壊した酒場を見ながら、そう呟いた。
その呟きがあまりにも落ち着いており、それがカインにとっては余計怖く感じる。
とは言えその場で立ち尽くしている訳にもいかず、カインは先ほど見つけた手紙を渡そうとブラドに近づいた。
近づけば近づくほどジリジリと肌を焼かれるような熱を感じる。
「ブラドさん、すいません!」
「なんだカイン? どうした?」
「えっとあの、どうやら酒場を襲った奴らがこの手紙を置いていったようです。後、言いにくいことですけどライラさんが攫われました……」
「ふむ、そうか」
手紙を受け取ったブラドのあまりにアッサリとした返事にカインは面食らう。
「な、なんでブラドさん! ライラさんが攫われたっていうのにそんなに淡々としてるんですか!」
「なあカイン。ここで慌てたところでどうにかなるもんじゃ無いだろ? 分かったら離れて黙ってろ」
静かな言葉だった。だがそこにカインは逆らい難い何かを感じた。
『おわぁー、えらいことになっとるのう!』
突然場の空気にそぐわない脳天気な声がしてカインは慌ててそちらを見た。
するとネイを連れた三人の老人達がちょうど現れたところであった。
「おお、カイン君。悪いがネイちゃんを見といてやっておくれ」
そう言ってネイと手を繋いでいたバッチェが、そのあっという間に繋いでいた手をカインの手と変えた。
突然ネイと手を繋ぐ形になったカインは慌ててしまい動くことが出来ない。
そんなカインをよそに老人達はブラドの元へ近づいていく。
カインは良くないことだと思いながらそちらに聞き耳をたてた。
小さい声ながら何とか聞こえる。
「ふーむ、まさかもう行動に出るとはのう。それでブラド、その手紙にはなんと書いてある?」
「分かって聞いてるだろ? ご想像通りライラと引き替えにネイを渡せだとよ」
「想像通りか……。しっかし厄介な事になったの。流石に帝国といえど、この都市で手荒なことするわけが無いと考えてたのが甘かったのぉ。で、どうする?」
「分かりきったことを聞くなと言ってるだろ、腹が立つ。勿論ネイは渡さん。糞共は全員焼き殺してライラを奪い返す。それ以外に何かあるか?」
「まあそれ以外無いじゃろな。だがブラド、お前も分かっとるじゃろ? さっきの魔力、ありゃタダモンじゃあないぞ」
会話がそこで途切れる。
するとブラドがカインに視線を向け、バレたのかとカインが身体を硬くさせた。
「おい、そこの二人。聞き耳立ててんのが丸分かりだ、聞きたいならこっちに来い」
呆れた様子でブラドが言う。
2人というブラドの言葉をカインが疑問に思い、何と無しに横を見るとガヌートがばつの悪そうな顔をして頭を掻いていた。
二人がすごすごとブラド達に近づき会話が再開された。
「ブラド、二人に話してもいいんか?」
「ん? ああ、こいつらなら良いだろ。それよりここで話すのも何だ。悪いが酒場を直してくれないか、ウァーナム?」
「人使いが荒いのぉ……、年上はもう少し敬うもんじゃぞ」
ウァーナムと呼ばれた老人の枯れ木の様な身体から淡い魔力が溢れる。
すると酒場の地面から瞬く間に木が生えてゆき、あっという間に外面は壊れる前の姿に戻る。違いと言えば一部木が新しくなったせいか色が違うだけだ。
「凄い……」
その光景にカインは息をのむ。
「そうじゃろそうじゃろ! 年はとってもまだまだこれ位は出来るぞ!」
「はいはい、自慢は良いからさっさと中に入るぞ。憲兵さん達、悪いが怪我人のことは任せた」
憲兵達はその言葉に我を取り戻し、怪我人達の治療を始めた。
それをよそ目にブラド達一行は酒場の中に入っていく。
驚いたことに割れた酒瓶などの備品は無くなっているが、木製の机や椅子などは元通りになっている。
「おじいさん、凄いんですね……」
カインが間の抜けた顔をしながらそう言うと、ウァーナムは嬉しそうに顔をほころばせる。
それを無視してブラドがネイに話しかけた。
「ネイ、悪いがこれから爺ちゃん達は重要な話をするから自分の部屋に行っててくれるか?」
それにネイは頭を縦に振って、そのまま階段を上っていった。
それを見届けた後6人は椅子に座って話し始める。
「カインとガヌート、お前らは何が何だか分からないと思うから簡単に説明するぞ。まずライラを攫ったのは帝国の関係者だと俺は思っている」
「帝国というのは北にある帝国ですか? でも何故?」
カインが不思議そうに尋ねる。
「ああ、その帝国だ。奴らはライラと引き替えにネイを取り戻そうと考えている様だ。実はな、ネイは帝国と厄介な関係にある。で、それを知っているのは帝国の上の奴らと俺、それにそこの三馬鹿位だ。お前が渡してくれた手紙にはネイのフルネームが書かれている。と言うことで今回の件は帝国が起こしたモノだと考えられる」
「なにか色々とややこしい事があるみたいですね」
そうカインが言うとブラドは頭を掻きながら、
「ああ本当に面倒くさい。いろいろ聞きたいこともあるだろうが、話すとややっこしくなるから今は話さん。でだ、奴らはネイを連れて今日の夜、指定の場所に来いと書いている」
そう言ってブラドはカインとガヌートを見た。
「それで悪いが二人に頼みがある」
「ブラドさん、俺に出来ることがあるなら何でも言ってくれ。ライラを攫った奴らを俺は許せねえ!」
「落ち着けガヌート」
ブラドにそう言われ、立ち上がっていたガヌートは腰を下ろす。
「お前には悪いが俺がいない間ジジイどもと一緒にネイを守っていてほしい」
「ちょ、ちょっと待ってくれよブラドさん! 俺だってライラを連れ戻すのに協力したいんだ!」
ガヌートがまた椅子から飛び上がった。
それを見てもブラドは眉一つ動かさずに静かに言った。
「ガヌート、お前もさっきの魔力を感じたんだろ? お前を連れて行ってもどうこう出来る相手じゃあ無い事くらい分かるだろ」
ガヌートの顔が赤く染まるが、何も言い返さなかった。代わりに握った拳が小刻みに揺れている。
「別にお前を馬鹿にしているつもりは無い、事実お前は若手探索者の中じゃあ有望株だと俺は思っている。だが俺の想像が当たっているなら今回の相手は危険すぎるんだ」
ブラドが淡々と話しているとヨウムが疑問の声を上げた。
「ブラド、お前さんはさっきからあの魔力の持ち主のことを知っているように感じるが、何か心当たりでもあるのか?」
「ああ、正直信じられないが心当たりはある」
「本当か! それで誰なんじゃ?」
バッチェの質問にブラドは難しい顔をしながら口を開く。
「30年位前に話しただろ、ガーラと一緒に戦った魔神の事。その魔神の魔力と今回感じた魔力はそっくりだった……」
ブラドの言葉にカインを除く4人が顔を驚愕に染めて口をパクパクさせている。
バッチェが冷や汗を流しながらどうにか口を開く。
「ブ、ブラド、冗談じゃろ? 流石に魔神なんて……」
「こんな状況で冗談言うほど俺は馬鹿じゃ無いぞ、今言ったことは本当だ。どういう訳か今回の件に魔神が絡んでいると俺は思っている」
再び5人が黙り込む。
誰もが冷や汗を流しながら難しい顔をしているところで、カインが何気なく質問を投げた。
「あのー、魔神って何ですか?」
『はあぁぁぁ!?』
返ってきたのは呆れを含んだブラド以外全員の驚く声であった。




