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出会い

 前日降っていた雨は綺麗さっぱり止み、暖かい陽射しが草原に降り注いでいる。

 そんな草原を左右に分けるかのように並べられた幅の広い石畳の上を、ガタゴト音を立てて大きな馬車が走っていた。


 大陸の中央部からやや東に存在する都市、イラーク。

 農業で発展したその都市を出発してから早4日、出立した時は辺り一面を彩っていた麦畑は既に影も形もなく、今は青々とした雑草が周りに広がっている。


 普段は収穫した麦等の売り物を載せるが収穫にはまだ早く、そういった時期には人を乗せてキンダは稼ぎを得ていた。

 今回は7人、10代後半から20代半ば位の男達が荷台の揺れに合わせて身体を上下させている。

 内2人は用心棒代りの探索者で、1人はキンダの横に座り周りを警戒している。

 見晴らしが良い道故隠れる場所は少ないものの、小型の魔獣が現れる事は珍しく無く、10年前に滅びた王国から逃げ出し、野盗に身を落とした者達も数こそ減りはしたが未だに存在する。


 その様な状態で、本来緊張する筈のキンダの横に座る用心棒代りの探索者、ニールは不思議と安堵している様に見えた。


「なあ、キンダよぉ。出立した時より軋みが酷くなってるが大丈夫か? 大金貰った上に、馬もくれたからってアイツ乗せたの失敗じゃねえか?」


 ニールはキンダが用心棒としてよく雇う事がある中年の探索者だ。

 キンダが馬車で稼ぐ様になってからかれこれ30年程、当初からの関係という事もあって気の知れた仲と言っていい。


「五月蝿え、目的地はもう直ぐなんだから黙ってろ。それとも何か、お前あのデカブツに降りろって言えんのか? 俺はゴメンだぞ」


 そう言われるとニールは口を閉じるしか無かった。


 荷台にはニールの後輩探索者含め6人の男達が座っており、その内5人が一ヶ所に固まって座っていた。

 内1人はニールの後輩で用心棒代りの若い探索者であった。

 そしてその反対側、つまり馬車の進行方向側にキンダとニールの悩みの種が静かに外を見ながら座っていた。


 平均的な人間族の成人男性より頭一つ半程高い身長。

 使い古したコートの上からでも筋肉の盛り上がりが分かる屈強な身体。

 人間族というより、大陸の東側に暮らすオーガ族と呼ばれる大柄な亜人だと言われた方が納得出来る身体つきだ。


 その反面、肌も髪の毛も真っ白で病人のようで、そのアンバランスさがより気持ち悪さを引き立てていた。

 不気味に思われても仕方が無いだろう。


 馬車が出発して4日。

 そんな男が顔をフードで隠し、誰とも話さず常に隙間から外を見て口元だけ笑っている。

 気持ち悪く思わない奴がいるはずが無い。


 男の横には布で巻かれた、彼の身体より大きな物体が置かれている。

 とても重いのだろうか、馬車が揺れるたびにギシギシと嫌な音が鳴り、他の乗客はいずれ馬車が壊れるのでは無いかと不安な気持ちを積もらせていた。


(やっぱり兄さんに到着するまでついて来て貰った方が良かったかな……。いや、駄目だ駄目だ。今まで迷惑かけたんだ、最後まで迷惑かける訳にはいかないよ……)


 イラークを出立してから現在まで何度となく浮かんだ考え。

 目の前に垂れて来た老人の髪の様に真っ白な癖毛を、病人の様に真っ白な手で払いながら、男は何度目になるか分からない考えを打ち払った。


 男の名前はカイン・ビッグゲート。

 今年で18になるが、12歳の頃から6年近く訳あって家族以外の人と話したことが殆ど無い。

 もっと言えば12歳以前の記憶は綺麗さっぱり無く、他人と今まで殆ど話した事がない。 

 口を開かないのでは無い。ただ単に他人との接し方が分からず話せなかっただけであった。


 外を見ているのも半ば現実逃避に近い。今まで外に出無いカインからすると、外を見るだけで楽しく、他者と目が合わないと良いこと尽くしであった。


 20年前に起きた帝国の属国と亜人達の戦争。

 そして10年前に帝国と、その南に存在していた王国との大規模な戦争のお陰で、今も大陸の治安は荒れている。

 その上イラークと北にある帝国との間にここ最近険悪な雰囲気が漂っているため、両親はカインが旅に出るのを止めようとした。

 兄が付いていくと言い出したが兄も仕事がある身。

 目覚めてからの6年の間。

 記憶を失い家族の顔も名前も分からなくなっていた自分を、献身的に支えてくれた両親と兄にこれ以上迷惑は掛けられないと、どうにか説得し旅立ったのは良いが他人しかいない空間に心中穏やかでは無かった。


 話せば分かり合えるというのにどちらも話し出す事は無く、緊張感に包まれた荷台を無視して馬は呑気に走り続ける。


 カインが無心に外を見続けてどれだけ経っただろうか、ようやく目的地が見え始めた。

 カインの目が大きく見開かれる。


 4日間の短い旅であったが、部屋の中しか殆ど知らないカインにとって、旅の途中で見てきた全ての物はどれもが興奮せずにはいられないものばかりであった。

 だが今カインの視界に広がる光景はそれらと一線を画していた。


 フィルシー大迷宮都市、大陸で最大の迷宮を中心に栄えた巨大都市である。

 周りを巨大な壁に囲まれ、大陸では珍しい人間と亜人が共存する場所。


 目覚めてからの6年間、何も覚えていないカインは両親から一般常識を学び、そして兄からは古今東西の英雄達の話を聞かされた。

 英雄譚に憧れる年頃の兄の語りは熱を帯びており、否応なくカインも英雄と呼ばれる者達に憧れを持つようになっていく。

 特に、長い歴史において4人の高名な英雄、俗に大英雄と呼ばれる偉人。

 その内の1人が残した英雄譚は特にカインのお気に入りであった。


 残念な事に彼が残した一番有名なお話しの舞台となった場所は、既に滅びている。

 その為、彼が活動していたフィルシー大迷宮都市に行こうと決意した。

 何より、会いたい人物がいると両親に聞いて、生まれて初めての一人旅に出たのであった。


 想像していたよりも巨大な都市を前に、カインの心に一抹の不安が過ぎる。

 目覚めてからの6年間、殆ど家で過ごしていた自分に、果たして今まで見たことも無い大きな都市で人捜しが上手くいくのかという不安が。


 だからかカインは気づいていなかった、最大の問題はそれでは無いことを。人と接するのが苦手な自身が、これから体験したことが無い程の人波に分け入らなければいけないということを。


※※※※※※


 大きな門をくぐり、生まれて初めて大都市の地を踏んだカインの足は小刻みに揺れていた。

 カインの想像を遥かに超えた、これでもかと言わんばかりの沢山の人。人。人。


 たかだか数人の他人と旅した馬車の中でもキツい物があったのだから、それを遥かに超える人々の波に足が竦むのも無理は無かった。

 幸いにもカインの異質な風貌は、人間と多種多様の見た目をした亜人が共存するこの都市ではそう目立つものでは無かった。そう、風貌は。


「ちょっとそこのあんた、止まってくれるか?」


 声をかけられカインの肩が飛び上がる。

 ゆっくりと後ろを振り向くと、男が2人ニコニコと笑顔をカインに向けている。腰に下げられた剣に手をかけたまま。


「えっ。えっ。あの、何のご用件でしょうか?」

「いやぁね、門の付近で不審な奴がいたら声をかけるのが俺たちの仕事なの。だってほら、俺たち門番だし」


 風貌は問題なかった、ただ態度がいけなかった。


 大きな身体をした男が、背中に大きな武器と思われるものを背負って足を奇妙に振るわせている。どう見たって不審者としか思えない。


 ブワッと脂汗が吹き出るのをカインは感じた、と言うより既にフードの一部は汗でその色を変え始めている。

 それを見て門番は何かを確信したようにカインに話しかけてくる。


「お前動くなよ、動いたら切るぞ。俺たちだって昼間っからこんな大勢いる中で剣なんて抜きたくねえ」

「えっと、あの。あの」

「おっと、話したいことがあれば後で聞いてやる。だからおとなしくしてな」


 段々とカイン達の周りに人が集まってくる。沢山の視線が否応なくカインに集まるのを感じた。

 限界、そう限界である。カインの対人恐怖症とでもいえる精神は既に限界を迎えていた。


「ご、ごめんなさい!」


 ドン! と大きな音がした瞬間カインの姿が消え、彼が立っていた地面に亀裂が入る。

 その衝撃で2人の門番は転げ、もんどり打った。


 彼らが急いで立ち上がると遥か先、今降りてこようとするカインの姿が見えた。どうやら地面を蹴って飛び上がったらしい。


 門番の声が響き渡る。


「あいつを捕まえろおおおぉぉぉぉ!」


 走る走る走る、とにかく走る。カインはその大きな身体からは想像出来ないほどの速度でとにかく走っていた。

 どうして良いのか分からなくなり、半ばパニックに陥って逃げ出してしまったが後悔先に立たず。世間知らずのカインでさえ分かっていた、自分のとった行動は間違いなくアウトだと。


 どれだけ走っていたのだろうか、少し前から自分を追うように聞こえていた足音は既に聞こえなくなっていた。


 どうにか逃げ切れたと思ったカインの走る速度が徐々に遅くなり、遂には足が止まる。

 焦って逃げ出した事に後悔しつつも、息をどうにか整えて辺りを見渡した瞬間、カインの白い顔がより一層白くなり最早死人のような色合いへと変わった。


 土地勘が無い者が勢いのまま大都市を走ればどうなるか?

 答えは自分がどこにいるか分からなくなる、だ。


 辺り一面人っ子一人いない路地の片隅。カインは疑いの余地無く迷子になっていた。

 一応父親から都市に入った後、目的地まで行くおおよその地図は渡されていた。

 が、自分が今どこにいるかすら分からない現状では地図は何の意味も持たない。


 誰か歩いている人に目的地の行き方を聞こうと考えたが辺りに人は見当たらず、そもそも自分が見ず知らずの他人に声をかけることが出来るのだろうかと考え、絶望する。


 例え出来たとしても緊張で禄に話す事が出来ず、不審者と勘違いされる自分の姿が容易に想像出来てしまい頭を抱えた。


 そもそも何とか上手くいって目的地に行けたとしても、今頃お尋ね者になっている可能性が高い。そうなるとそこに憲兵がやって来てお縄にかけられるだろう。


「あああああ…………」


 情けない声を出しながらカインの大きな身体が膝から崩れ落ち、狭い路地は半ば通路が無くなっている。

 どうして良いのか分からずカインがそうしていると、不意に後ろから声をかけられた。


「あんた、そんなところで何してんの?」


 声をかけられカインが後ろを振り向くとそこには荷物を抱えた一人の少女が不機嫌そうに立っていた。

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