勇者の守る綺麗な世界
いつかの時代のどこかの世界。その世界は今にも魔王に滅ぼされようとしていました。勿論、その世界の人たちも黙って世界が滅ぼされるのを見ていることは出来ません。そこで、その世界の王様は1人の若者を勇者として育て、魔王に立ち向かわせることにしました。その若者は素行も良く、毎日の訓練を真面目にこなし、それはそれは強い勇者になりました。しかし、勇者を育てている間に、世界の半分ほどは魔王に滅ぼされてしまいました。そして、今も魔王の侵略が止まることはありません。解決を急ぐ王様は勇者に言いました。
「お前はとても強くなった。それこそ魔王と戦えるほどに。だから、この世界を守るために魔王を倒してきて欲しい。お前だけにこのような重荷を背負わせるのはとても心苦しいが、今、この世界を救うことができるのはお前しかいないのだ。勿論、魔王を倒した暁には褒美はなんでもやろう。」
勇者は黙って王様の言葉を聞いていました。そして、色々と迷いはしたものの自分の大切な家族や友達を守るために魔王を倒しに行くことに決めました。
それからの行動はとても早かったということです。王様は勇者に最高の剣と最高の鎧を与え、その他サポートできることならなんでもしました。その甲斐もあり、勇者はなんなく魔王のしもべの魔物たちを倒していき、魔王のもとへ向かいました。魔王は勇者を見ると、一瞬どこか悲しそうな目をしたのですけれど、すぐさま勇者と戦いを始めました。その戦いはとても白熱したものとなりました。両者の強さはほぼ互角だったのです。その勝負は、中々勝負がつきませんでしたが、最後の最後で勇者が勝利を収めました。勇者が倒れた魔王の前に立ち魔王にとどめを刺そうとすると、魔王はなにかに解放されたように穏やかな顔で勇者に笑いかけました。
「あぁ、これで俺はやっと休めるんだな」
「最後に何かいうことがあれば聞いておこう。」
「なにも、言うことは無いさ。俺は君に負けて、そして、死ぬ。それだけさ。」
「そうか。じゃあこれでさよならだ。」
「あっ、いや、やっぱり一つだけ聞かせてくれ。君はこれからどうするつもりなんだ。」
「どうってお前を倒したら街でゆっくり暮らすさ。もうこんな戦いはこりごりだ」
「そうか。」
魔王はそう言って少し悲しげな顔を見せた後、言葉を続けました。
「暴走する馬の背中に乗っていると、とても怖い。自分では止めることができないから。」
「何を言っている。」
「君には感謝しているんだ。俺は今とても、救われた気分だよ。だから、このまま倒されるのも良いと思ったが、最後にこの魔法を贈ろう。」
「なっ!?」
「君のこれからが幸せでありますように。」
そう言った後、魔王はなにか呪文のようなものを呟くと勇者がとどめを刺すまでもなく死んでしまいました。勇者は最後に魔王が言った事が気にかかったものの、魔王を倒したという達成感でいっぱいで急いで王様に知らせにいきました。王様は勇者の話を聞くと、大変喜び、勇者になんでも褒美をとらせました。勇者は一生困らないほどのお金と名誉を手に入れ、家に戻りました。家に戻るまでの間、勇者は会う人全員に感謝の気持ちを伝えられました。そういうことに慣れていなかった勇者は少し恥ずかしかったものの自分がしたことがこんなに多くの人たちの笑顔をつくったということが分かり、とても嬉しく思いました。そうして、勇者はその世界の英雄となり、末永く幸せな人生を送りました。と、それはそれはとてもハッピーな世界なのでしょうが、魔王が死んで、幸せな世界になって、数日が経った頃、勇者はこの世界がなにかおかしい事に気がつきました。勇者が帰ってきてからというもの、この世界には良い人しかいなかったのです。いや、それはとても良い事ではあるのですが、とても不自然な事でした。人というものはそれぞれによって価値観が異なりますし、争い事がなくなることなんて、ほとんどないでしょう。それにもかかわらず、この世界には争い事など存在せず、みんなが気持ち悪いほどに笑顔で居続けています。そこで勇者は魔王が死に際に言っていた事を思い出しました。あの時は意味がわからなかったけれど、もしかしたら魔王が何かをしたのかもしれない。そう思った勇者は何か手がかりが無いかと、魔王がいた城へ向かいました。城の中には誰もいなかったので、部屋をしらみ潰しに探していきました。そして、何ヶ所か部屋を巡っていると、魔王が生前使っていただろう部屋を見つけました。勇者は部屋に入り、机の上を見ると、一冊の日記が置いてある事に気がつきました。勇者はその日記を手に取り読み始めました。
1ページ目
この世界と住人を守るために魔王を倒しに行くように王様から命令を下された。大変に名誉な事だと思う。みんなも笑顔で送り出してくれた。けれどこれからいつ死ぬかわからない戦いの場に赴くのだから、怖い思いもある。だから、これからの事を日記に残す事にした。いつ死んでも、僕がこの世界で最後まで戦ったということは残っていてほしい。
4ページ目
自分の力がこれ程までに強くなっていたとは驚きだ。多数の魔物でもなんなく倒していける。これならきっと魔王も倒せる事ができるだろう。ついに、世界を救う事が出来るんだ。
8ページ目
ついについに、この日が来た。魔王をついに倒す事が出来た。身体はボロボロだけど、達成感でいっぱいだ。早く帰ってみんなの喜ぶ姿が見たい。
10ページ目
王様の近衛兵の魔法で拘束されて、牢屋に入れられてしまった。外からは、僕の事を怪物だと言う声が聞こえる。これは一体どういう事だろう。僕は何のために戦っていたんだろう。もう僕がこの世界にいる意味はないのかもしれない。
15ページ目
1人の人間を殺しても何とも思わなくなった。僕はもう人間では無くなってしまったのだろう。でも、間違っているのはこの世界だ。
20ページ目
僕はもう止まれない。一度振り切れてしまった心と強い力はもう誰にも止められない。ただ、願わくば誰か僕を止めてほしい。
日記はそのページで終わっていました。勇者は魔王がどのような境遇であったのかを知る事が出来ました。大きすぎる力は人々の恐怖となります。そして、それは魔王でもそれを倒した勇者にとっても同じなのでした。それが分からなかった魔王は街に戻ると人々に祝福される事はなく、大人数の兵士達により拘束されて監禁されてしまったのです。しかも、自分を怪物と呼ばれた魔王は、人間不信に陥ってしまい、それならばと、世界を滅ぼす魔物になってしまったのでしょう。そして、その事を知った事で、私は最後の魔王の魔法がどのようなものであったかに気がつきました。私は魔王を倒すほどの力を持っていたのに、人々から、世界から、祝福され、幸せな人生を送っています。つまり、それはきっとこの世界は作られた世界であり、本物の世界ではないということなのです。魔王は私に自分と同じような境遇に陥らないよう、私に幸せな夢を見せ続けてくれていたのです。これが本当の世界であったのならば、私も魔王と同じような迫害を受けていたのでしょう。魔王は本当は、とても優しい心の持ち主であったのかもしれません。しかし、その事に気づいた勇者はある選択を強いられることになりました。一つは、この作り物の世界で平和に暮らすこと。もう一つは元の世界に戻ることです。確かにこの世界はとても居心地がいいのです。何も不自由はしません。悪意の欠片もない世界です。けれども、考えれば考えるほど、現実の世界の家族や友達の顔が思い浮かんできました。私が愛していたのはやはり、現実の世界だったのです。それに、私がこの世界にいるという事であるならば、現実の世界では今もなお、魔王が倒されたことを知らない住民たちはビクビクと毎日を過ごしている事でしょう。私は現実の世界を守るために戦っていたのだから、戻って世界が平和になった事を伝えなければいけないんだとそう思いました。勇者は魔法を使い、自分にかかっていた魔王の優しい魔法を解き放ちました。すると、周りの世界がキラキラと砕け散り、現実の世界が私の目の前に現れました。現実の世界で私は魔王の城にいました。目の前には魔王の死体があり、魔王を倒した後だという事が分かりました。
「優しい夢をありがとう。あなたは本当は心優しい人だったんだね。」
勇者は魔王にそう言ってマントをかけてあげました。ただ、勇者としてはこれからが問題です。魔王と同じような境遇をたどるのがわかっているので、とても街には戻れません。しかし、魔王を倒したという事実だけは街の住人に知らせなければなりません。魔王の城を出て、街に向かう途中ずっと考えていましたが、何もいい案は思い浮かびませんでした。街まであと数キロほどになった時に数人の子供たちを見つけました。その子供たちを見て、丁度良かったと思い、勇者が声をかけると、子供たちは怪訝な顔をしながらも話に付き合ってくれました。そこで、勇者はフィクションを入れながら勇者の冒険の話をしました。その勇者が傷だらけになりながらも魔王と戦いついには倒したこと、そして、勇者自身も死んでしまったこと。冒険の話が好きな子供たちですから、それはそれは熱心に勇者の話を聞いていました。語り終えると男の子は興奮冷めやらぬといった感じですし、女の子は勇者が死んでしまった事に泣いてくれていました。最後に子供たちに名前を聞かれましたが、勇者の友達ということだけ伝えておきました。これで多分噂として街に魔王が倒された事が伝わるでしょう。大人が子供が言ったことを信じるのかという不安もありましたので、子供たちには勇者としてもらったアクセサリーを渡しておきました。さて、これで勇者としての仕事は終わりました。これからどうするか迷いましたが、勇者は山の中でのんびりと暮らす事を選びました。狩りをするには十分な力を持っているし、街には帰れなかったからです。山の中に住んでからはとてものんびりとした時間が流れました。面白いことはあまりないのですが、それなりに良い時間だったと思います。しかし、勿論、寂しくなる事もあります。そこで5年経ったある日、勇者は街に行く事に決めました。5年前と比べて髪型も変わっているし、髭も生えているから勇者ということに気づく人は誰もいないと思ったからです。ただ、一目だけでも自分が守った世界が見たかったのです。街に着くとなにやら騒がしい音楽が聞こえて来ました。何事かと近くにいた人に尋ねると、今日という日は勇者が魔王を倒した日ということで、毎年お祭りを行なっているということでした。広場へ向かうと、そこには幸せそうな住民の顔が広がっていました。そしてその住民が取り囲んでいたのは紛れもない勇者の像だったのです。どうやら王様は勇者に最大限の敬意を表してこの像を建ててくれたらしいのです。何かとても心の中が熱くなるのを、感じました。私のやった事は決して間違いじゃなかったと肯定されたような気がして、思わず目から涙が流れそうになりました。すると近くにいた男の子に声をかけられました。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「何でもないよ。ただ、ちょっとね、嬉しい事があったんだ。」
「嬉しい時にも涙って出るんだね。でも今日はせっかくの勇者様のお祭りなのだから笑った方が楽しいよ。」
「そうだね。君の言う通りだ。ところで、君は勇者様の事をどう思う?」
「勇者様はとっても強いし、かっこいいんだ。僕の憧れなんだよ。僕もいつか勇者様のようになりたい。」
その言葉を聞いた瞬間、勇者は自分がこの世界にいて良かったのだとそう確かに感じました。
「きっと君ならなれるよ。」
「ありがとうお兄ちゃん。じゃあ僕もういくから。」
そういうと、その男の子は走り去っていきました。
そして取り残された勇者はもう一度周囲を見回した後、空を見上げました。そこにあったのは満天の星空でした。それはそれはとても綺麗なものでした。
(魔王さん、あなたの言う通り、この世界は間違っているかもしれません。でもあなたが思っているよりもこの世界は綺麗でしたよ。それに気付かせてくれて、本当にありがとうございました。)
勇者は心の中で魔王に感謝の言葉を贈ると、明るい喧騒を後にしました。
この世界がいつまでも平和でありますようにと祈りながら……
初投稿になります。
少し、英雄というものに考える所があって書かせていただきました。読んでて拙い所も多くあると思いますが、少しでも僕が考えた事が伝われば良いなと思います。