その8
姉が美咲を落ち着かせて戻ってきたとき、ちょうど父方の伯母と叔父が病室に姿を見せた。姉は二人を目にするや否や、深々と頭を下げ、するすると口上を述べた。
「敏子おばさん、豊おじさん、ごぶさたしてます。お忙しいのに、父のためにわざわざすみません」
「あれー、あっこちゃん? あれまあ、すっかりいい奥さんになっちゃって。子どもたちも、もうこんなにおっきくなっちゃったの」
伯母はそう言って、美咲の頭にシワだらけの手をのせた。
「美咲、ごあいさつは?」
「……こんにちは」
「こんにちは。美咲ちゃん、いくつになった?」
伯母の問いかけに、美咲は固い表情のまま答える。
「四つ」
「そっかぁ、四つか。あれ、下の子は、何て名前だっけ?」
「ほれ、大悟、お名前は?」
母にうながされて、大悟が大きな声で答えた。
「すぎもとだいご、にさいです!」
「まあ、これはまた元気がいいわ」
その場が和やかな雰囲気につつまれたそのとき、叔父が、姉の後ろ隠れるようにして立っていた私に気がついた。
「おお、ひょっとして、ゆっこちゃんか?」
伯母も驚いて顔を上げた。
「ええ、まあ……」
微妙な空気が流れる。
「なんだ、東京からきたのかい」
「はい、あの……」
姉の流れるようなあいさつが頭をよぎる。
わたしもあんな風にきちんとしたふるまいをしなくては。
が、そう意識するほど口元はこわばり、声がのどに絡みついた。
長引く沈黙がその場をぎくしゃくとさせていく。
「そうか……なあ、それじゃ、かえってよかったじゃないか。娘が二人とも来てくれちゃ、兄さんも心強いだろ、はっはっは」
とってつけたような叔父のことばに、みなが大げさに愛想笑いをした。
わたしは、たったひとりで大人のなかに放り出された小さな子どもみたいに、頼りなく泣きたい気持ちでひたすら自分の足元を見つめていた。