その48
細い路地を何度も曲がり、青い瓦屋根をめざす。
冷たい風にあおられた髪がパサパサと頬を叩く。
わたしはうつむいて肩をすぼめ、コートの襟をぎゅっと合わせる。
ふと風がやみ、顔を上げた瞬間、立ち並ぶ家々の西側の壁が金色に染まっていることに気づく。
その光景にみとれながら歩むひと足ごとに、ふたりで過ごした時間が次々と脳裏によみがえってくる。
病院の屋上にたなびく紫煙。
カーステレオから流れるバラード。
落ち葉を踏んで歩いた風車のある公園。
ふわふわと揺れる髪に人懐っこい笑顔。
見えない糸に引っ張られるように、わたしは歩みを進める。
どうして――
どうして彼は、あんなにも明るい瞳で、微笑むことができたのだろう。
白いラベルに緑の横文字の瓶。
それを見つめる瞳の、重く暗い温度。
彼だってたくさんの重いものをひきずっていたはずなのに、いつだって真っ直ぐにわたしの中に踏み込んできてくれた。
朝ご飯だったというスティックシュガー。
食事を作ってあげると言った時の、少しはにかんだような、でも今にも泣き出しそうな顔。
いつだってわたしは傷つきたくなくて。
身を固くしたまま、愛されるのをただ待っているばかりで。
でももうわかってる。
このままずっと膝を抱えてうずくまっていたら、きっと後悔するってこと。
青い屋根が月のように、しんとした空に浮かぶ。
それは闇に隠していたわたしの輪郭を、愛しく浮かび上がらせてくれるだろう。
花壇を囲むレンガが、茶色く枯れた芝生が、どんどん近付いてくる。
体中が心臓になったみたいに、ドクンドクンと脈打っている。
玄関の前で思わず足を止め、大きく息を吸い込んだ。
笑って、由希子。
両手で頬を小さく叩いて顔を上げると、それを待っていたかのようにガチャリとドアが開いた。
驚いて、泣きそうにゆがんだ彼の笑顔。
ふわりと揺れる柔らかな髪。
懐かしいタバコの香りの青いシャツに、わたしはそっと顔をうずめた。




